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2022年08月31日

ヒッチハイク4



ハッと目が覚めた。反射的に携帯を見る。午前4時。辺りはうっすらと明るくなって来ている。
横を見ると、カズヤがいない。一瞬パニックになったら、俺の真後ろにカズヤは経っていた。
「何やってるんだ?」と聞く。
「起きたか…聞こえないか?」と、木の棒を持って何かを警戒している様子だった。

「何が…」
「シッ」

かすかに遠くの方で音が聞こえてきた。口笛だった。ミッキーマウスのマーチの。
CDにも吹き込んでも良いくらいの、良く通る美音だ。しかし、俺達にとっては、恐怖の音以外の何物でもなかった。

「あの大男…」
「だよな」
「探してるんだよ、俺達を!!」

再び俺たちは、猛ダッシュで森の中へと駆け始めた。
辺りがやや明るくなったせいか、以前よりは周囲が良く見える。躓いて転ぶ心配が減ったせいか、かなりの猛スピードで走った。
20分くらい走っただろうか。少し開けた場所に出た。今は使われていない駐車場の様だった。
街の景色が、木々越しに薄っすらと見える。大分下ってこれたのだろうか。
「腰が痛い」とカズヤが言い出した。我慢が出来ないらしい。
古びた駐車場の墨に、古びたトイレがあった。
俺も多少もよおしてはいたが、大男がいつ追いついてくるかもしれないのに、個室に入る気にはなれなかった。
俺がトイレの外で目を光らせている隙に、カズヤが個室で用を足し始めた。

「紙はあるけどよ〜カビカピで、蚊とか張り付いているよ…うぇ。無いよりマシだけどよ〜」

カズヤは文句を垂れながら、糞も垂れ始めた。
「なぁ…誰か泣いてるよな?」と、個室の中から大声でカズヤが言い出した。

「は?」
「いや、隣の女子トイレだと思うんだが…女の子が泣いてねぇか?」

カズヤに言われて初めて気がつき、聞こえた。確かに、女子トイレの中から女の鳴き声がする…
カズヤも俺も黙り込んだ。誰かが女子トイレに入っているのか?何故、泣いているのか?

「なぁ…お前確認してくれよ。段々泣き声酷くなっているだろ…」

正直、気味が悪かった。
しかし、こんな山奥で女の子が、寂れたトイレの個室で1人泣いているのであれば、何か大事があったに違いない。
俺は意を決して女子トイレに入り、泣き声のする個室に向かい声をかけた。

「すみません…どうかしましたか?」

返事はなく、まだ泣き声だけが聞こえる。

「体調でも悪いんですか、すみません、大丈夫ですが」

泣き声が激しくなるばかりで、一向にこちらの問いかけに返事が返ってこない。
その時、駐車場の上に続く道路から車の音がした。

「出ろ!!」

俺は確信とも言える嫌な予感に襲われ、女子トイレを飛び出し、カズヤの個室のドアを叩いた。

「何だよ」
「車の音がする、万が一の事もあるから早く出ろ!!」
「わ、分かった」

数秒経って、青ざめた顔でカズヤがジーンズを履きながら出てきた。と同時に、腸射場に下って来るキャンピングカーが見えた。

「最悪だ…」

今森を下る方に飛び出したら、確実にあの変態一家の視界に入る。
選択肢は、唯一四角になっているトイレの裏側に隠れる事しかなかった。
女の子を気遣っている余裕は消え、俺達はトイレを出て裏側で息を殺してジッとしていた。
頼む、止まるなよ。そのまま行けよ、そのまま…

「オイオイオイオイオイ、見つかったのか?」

カズヤが早口で呟いた。キャンピングカーのエンジン音が駐車場で止まったのだ。
ドアを開ける音が聞こえ、トイレに向かって来る足音が聞こえ始めた。
このトイレの裏側はすぐ5m程の崖になっており、足場は俺達が立つのがやっとだ。
よほど何かがなければ、裏側まで身に来る事はないはずだ。
もし俺達に気づいて近づいて来ているのでもあれば、さいあくのばあい、崖を飛び降りる覚悟だった。飛び降りても怪我はしない程度の崖であり、やれない事はない。
用を足しに来ただけであってくれ、頼む…俺達は祈るしかなかった。
しかし、一向に女の子の泣き声が止まらない。
あの子が変態一家にどうにかされるのではないか?それが気が気でならなかった。

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2022年08月30日

ヒッチハイク3



キャンピングカーが国道を逸れて、山道に入ろうとしたので、流石に俺達は立ち上がった。
「すみません、本当にここで。ありがとうございました」と運転席に駆け寄った。
父は延々と、「晩餐の用意が出来てるから」と言って聞こうとしない。
母も「素晴らしく美味しい晩餐だから、是非に」と引き止める。
俺らは小声で話し合った。いざとなったら逃げるるぞ、と。
やがてキャンピングカーは山道を30分ほど走り、小川がある開けた場所に停車した。
「着いたぞ」と父。

その時、キャンピンクカーの一番後部のドア(俺達はトイレと思っていた)から

「キャッキャッ」

と、子供の様な笑い声が聞こえた。
まだ誰かが乗っていたか!?その事に心底ゾッとした。
「マモルもお腹すいたよねー」と母。
マモル…家族の中では、唯一マシな名前だ。幼い子供なのだろうか。
すると、今まで無口だった双子のオッサン達が口をそろえて

「マモルは出したら、だぁ・あぁ・めぇ!!」

とハモりながら叫んだ。

「そうね。マモルはお体が弱いからねー」と母。
「あーっはっはっはっは!!」といきなり爆笑する父。

「ヤバイ、こいつらヤバイ。フルスロットル(カズヤは、イッてる危ないヤツを常日頃からそういう隠語で呼んでいた)」

俺達は車の外に降りた。良く見ると、男が川の傍で焚火をしていた。
まだ仲間がいたのか…と、絶望的な気持ちになった。
異様に背が高くゴツい。2m近くはあるだろうか。父と同じテンガロンハットのような帽子をかぶり、スーツと言う異様な出で立ちだ。
帽子を目深に被っており、表情が一切見えない。
焚火に浮かび上がった、キャンピングカーのフロントに描かれた十字架も、何か不気味だった。
ミッキーマースのマーチの口笛を吹きながら、男は大型の無い負で何かを解体していた。毛に覆われた足から見ると、どうやら動物の様だった。
イノシシか野犬か…どっちらにしろ、そんなモノを食わせられるのは御免だった。
俺達は逃げ出す算段をしていたが、予想外の大男の出現、大型のナイフを見て、委縮してしまった。

「さぁさ、席に着こうか!」と父。
大男がナイフを置き、傍でグツグツ煮えている鍋に味付けをしている様子だった。
「あの、しょんべんしてきます」とカズヤ。
逃げようと言う事だろう。俺も良く事にした。
「早くね〜」と母。
俺達はキャンピングカーの横を通り、森に入って逃げようとした時、キャンピングカーの後部の窓に、異様におでこが突出し、両目の位置が異様に低く、両手もパンパンに膨れ上がった容姿をしたモノが、バン!と頭と両手を張り付けて叫んだ。

「マーマ!!」

もはや限界だった。俺達は脱兎の如く森へと逃げ込んだ。
後方で父と母が何か叫んでいたが、気にする余裕などなかった。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」とカズヤは呟きながら、森の中を走っている。お互いに何度も転んだ。
「とにかく下って県道に出よう」と、小さなペンライト片手にがむしゃらに森を下へ下へと走っていった。
考えが甘かった。
小川のあった広場からも、町の明かりは近くに見えた気がしたのだが1時間ほど激走しても、一向に明かりが見えてこない。完全に道に迷ったのだ。
心臓と手足が音を上げ、俺達はその場にへたり込んだ。
「あのホラー一家、追ってくると思うか?」とカズヤ。

「俺達を食うわけでもなしに、そこは追ってこないだろ。映画じゃあるまいし。ただの少しおかしい変人一家だろう。最後に見たヤツは、ちょっとチビりそうになったけど…」
「荷物…どうするか」
「幸い、金と携帯は身につけてたしな…服は、残念だけど諦めるか」
「マジハンパねw」
「はははw」

俺達は精神も極限状態にあったのか、なぜかおかしさが込み上げてきた。
ひとしきり爆笑した後、森独特のむせ返るの様な濃い匂いと、周囲が一切見えない暗闇に引き戻された。
変態一家から逃げたのは良いが、ここで遭難しては話にならない。
樹海じゃあるまいし、まず遭難はしないだろうが、万が一の事も頭に思い浮かんだ。

「朝まで待った方が良くないか? さっきのババァじゃないけど、熊までとはいなかくとも野犬とかいたらな…」

俺は一刻も早く下りたかったのだが、真っ暗闇の中をがむしゃらに進んで、さっきの川腹に戻っても怖ろしいので、腰を下ろさせそうな倒れた古木に坐り、休憩する事にした。
一時は、お互いあーだこーだと喋っていたが、極端なストレスと疲労の為か、お互いにうつらうつらと意識が飛ぶようになってきた。

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2022年08月29日

ヒッチハイク2



男友達だけの集まりになると、いつもカズヤは卑猥な歌を歌いだす。その夜もカズヤは歌い出した。
その日の夜は、2時間前に寂れた国道沿いのコンビニで降ろしてもらって以来、中々車が止まらず、それに加えてあまりの蒸し暑さに、俺達はグロッキー状態だった。
暑さと疲労の為か、俺達は変なテンションになっていた。
「こんな田舎のコンビニに降ろされたんじゃ、たまったもんじゃないよな。これならさっきの人の家に、無理言って泊めてもらえば良かったんなぁ」とカズヤ。
確かに先ほどのドライバーは、このコンビニから車で10分程行った所に家があるらしい。
しかし、どこの家かも分かるはずもなく、言っても仕方が無い事だった。
時刻は深夜12時を少し過ぎた所だった。

俺たちは30分交代で、車に手を上げるヤツ、コンビニで涼むヤツ、に別れることにした。
コンビニの店長にも事情を説明したら

「頑張ってね。最悪どうしても立ち往生したら、俺が市内まで送ってやるよ」

と言ってくれた。
こういう、田舎の暖かい人の心は実に嬉しい。

それからいよいよ1時間半も過ぎたが、一向に車がつかまらない。と言うか、ほとんど通らない。
カズヤも店長とかなり意気投合し、いよいよ店長の行為に甘えるか、と思っていたその時、1台のキャンピンクカーが、コンビニの駐車場に停車した。
これが、あの忘れえぬ悪魔の始まりだった。

運転席のドアが開き、コンビニに、年齢はおよそ60代くらいかと思われる男性が入ってきた。
男の服装は、カウボーイがかぶるようなツバ広の帽子にスーツ姿と言う、奇妙なモノだった。
俺はその時丁度コンビニの中におり、何ともなくその男性の様子を見ていた。
買い物籠にやたらと大量の絆創膏などを放り込んでいる。コーラの1.5Lのペットボトルも2本も投げ入れていた。
その男は会計をしている最中、立ち読みしている俺の方をじっと凝視していた。
何となく気持ちが悪かったので、視線を感じながらも俺は無視して本を読んでいた。
やがて男は店を出た。

そろそろ交代の時間なので、カズヤの所に行こうとすると、駐車場でカズヤが男と話をしていた。

「おい、乗せてくれるってよ!」

どうやらそういう事らしい。
俺は当初、男に何か気持ち悪さは感じていたのだが、間近で見ると人のよさそうな普通のおじさんに見えた。
俺の疲労や眠気の為にほとんど思考できず

「はは〜ん。アウトドア派(キャンピングカー)だから、ああいう帽子か」
などという良く分からない納得を自分にさせた。
キャンピングカーに乗り込んだ時、しまったと思った。
おかしいのだ。何がと言われても、おかしいからおかしい、としか書き様がないかも知れない。これは感覚の問題なのだから。
ドライバーには家族がいた。
もちろん、キャンピンクカーと言うと、中に同業者が居る事は予想していたんのだが、

父。ドライバー。およそ60代。
母。助手席に座る。見た目70代。
双子の息子。どう見ても40過ぎ。

人間は予想していなかったモノを見ると、一瞬思考が止まる。
まず社内に入って目に飛び込んで来たのは、まったく同じのギンカムチェックのシャツ、同じスラックス、同じ靴、同じ髪型(頭頂ハゲ)、同じ姿勢で座る、同じ顔の双子の中年のオッサンだった。カズヤも絶句していた様子だった。
いや、別にこういう双子が居てもおかしくはない。
おかしくもないし悪くもないのだが…あの異様な雰囲気は、実際その場で目にしてみないと伝えられない。
「早く座って」と父に言われるがまま、俺たちはその家族の雰囲気に呑まれるかの様に、車内に腰を下ろした。
まず俺達は家族に挨拶をし、父が運転しながら、自分の家族の簡単な説明を始めた。
母が助手席で前を見て座っている時は良く分からなかったが、母も異様だった。
ウィディングドレスのような真っ白なサマーワンピース。顔のメイクは、バカ殿かと見まちがうほどの白粉ベタ塗り。
極めつけは母の名前で、『聖(セント)ジョセフィーヌ』。
ちなみに父は、『聖(セント)ジョージ』と言うらしい。
双子にも言葉を失った。名前が『赤』と『青』と言うらしいのだ。
赤ら顔のオッサンは『赤』で、ほっぺたに青痣があるオッサンは『青』。
普通、自分の子供にこんな名前をつけるだろうか?

俺達はこの時点で目配せをし、適当な所で早く降ろしてもらう決意をしていた。狂っている。
俺達には主に父と母が話しかけて来て、俺達もそれぞれ適当な答えをしていた。
双子は全く喋らず、まったく同じ姿勢、同じペースでコーラのペットボトルをラッパ飲みしていた。
ゲップまで同じタイミングで出された時は筋が凍り、もう限界だと思った。

「あの、ありがとうございます。もうここいらで結構ですので…」

キャンピンクカーが発車して15分も経たないうちに、カズヤが口を開いた。
しかし、父はしきりに俺達を引きとめ、母は「熊が出るから!今日と明日は!」と、意味不明な事を言っていた。
俺達は腰を浮かせ「本当にもう結構です」としきりに訴えかけたが、父は「せめて晩餐を食べてけ」と言って、降ろしてくれる気配はない。
夜中の2時になろうかと言う時に、晩餐も晩飯も無いだろうと思うのだが…。
双子のオッサン達は、相変わらず無口で、今度は棒つきペロペロキャンディを舐めている。
「これ、マジでヤバイだろ」と、カズヤが小声で囁いてきた。俺は相槌を打った。しきりに父と母が話しかけてるので、中々話せないのだ。
1度父の言葉が聞こえなかった時など、「聞こえたか!!」とえらい剣幕で怒鳴られた。
その時、双子のオッサンが同時にケタケタ笑い出し、俺達はいよいよヤバイと確信した。

ヒッチハイク3へ

2022年08月26日

ヒッチハイク



ヒッチハイクとは、洒落怖のひとつである。
内容はどこかの映画に似てなくともない。


【内容】



今から7年ほど前の話になる。
俺は大学を卒業したが、就職も決まっていない有様だった。
生来、追い詰められないと動かないタイプで(テストも一夜漬けタイプだ)
「まぁ何とかなるだろう」とお気楽に自分に言い聞かせ、バイトを続けていた。
そんなその年の真夏、悪友のカズヤ(仮名)と家でダラダラ話していると、なぜか「ヒッチハイクで日本を横断しよう」と言う話に飛び、その計画に熱中する事になった。

その前に、この悪友の紹介を簡単に済ませたいと思う。
このカズヤと俺と同じ大学で、入学の時期に知り合った。
コイツはとんでもない女好きで、頭と下半身は別と言う典型的なヤツだ。
だが、根は底抜けに明るく裏表も無い男なので、女関係でトラブルは抱えても、男友達は多かった。
そんな中でも、カズヤは俺と1番ウマが合った。
そこまで明瞭快活ではない俺とは、ほぼ正反対の性格なのだが。

ヒッチハイクの計画の話に戻そう。
計画と言ってもズサンなモノであり、まず北海道まで空路で行き、そこからヒッチハイクで地元の九州に戻ってくる、と言う計画だった。
カズヤは「通った地方の、最低でも1人の女と合体する!」と、女好きならではの下世話な目的もあったようだ。
まぁ、俺も旅の楽しみだけではなく、そういう期待もしていたのだが。
カズヤは長髪を後ろに束ね、一見バーテン風の優男なので(実際クラブでバイトをしていた)、コイツとナンパに行って、良い思いは確かにした事があった。

そんなこんなで、バイトの長期休暇申請や(俺は丁度別のバイトを探す意思があったので辞め、カズヤは休暇をもらった)、北海道までの航空券、巨大なリュックサックに詰めた着替え、現金などを用意し、計画から3週間後までには、俺達は機上にいた。
札幌に到着し、昼食を済ませて市内を散策した。
慣れない飛行機に乗ったせいか、俺は疲れのせいで夕方にはホテルに戻り、カズヤは夜の街に消えていった。
その日はカズヤは帰ってこず、翌朝ホテルのロビーで再会した。
にやついて指でワッカをつくり、OKマークをしている。昨夜はどうやら、難破した女と上手くいった様だ。

さざ、いよいよヒッチハイクの始まりだ。
ヒッチハイクなど2人とも人生で初めての体験で、流石にウキウキしていた。
何日までにこの距離まで行くなど精密な計画ではなく、ただ「行ってくれるとこまで」という大雑把な計画だ。
まぁしかし、そうそう停まってくれるようなものではなかった。
1時間ほど粘ったが、一向に停まってくれない。
「昼より夜の方が止まってくれやすいんだろう」等と話していると、ようやく開始から1時間半後に、最初の車が止まってくれた。
同じ市内までだったが、南下するので距離を稼いだのは稼いだ。距離が短くても嬉しいものだ。
夜の方が止まってくれやすいのでは?と言う想像は、意外に当たりだった。
1番多かったのが、長距離トラックだ。
距離も稼げるし、まず悪い人はいないし、かなり効率が良かった。

3日目にもなると、俺達は慣れたもので、長距離トラックのお兄さんにはタバコ等のお土産、普通車の一般人には飴玉等のお土産、と勝手に決め、コンビニで事前に買っていた。特にタバコは喜ばれた。
普通車に乗った時も、喋り好きなカズヤのおかげで、常に車内は笑いに満ちていた。
女の子2〜3人組の車もあったが、正直、良い思いは何度かしたものだった。4日目には本州まで到達していた。
コツがつかめてきた俺達は、その土地の名物に舌鼓を打ったり、一期一会の出会いを楽しんだりと、余裕も出来ていた。
銭湯をなるべくみつけ毎日風呂には入り、宿泊も2日に1度はネカゲに泊まると決め、経費を節約していた。
ご好意でドライバーの家に泊めてもらう事もあり、その時は本当にありがたかった。
しかし、2人共々に、生涯トラウマになるであろう恐怖の体験が、出発から約2週間後、甲信地方の山深い田舎で起こったのだった。


ヒッチハイク2へ

2022年08月25日

海からやってくるモノ



海からやってくるモノとは、ある日、海辺へ行った男性とその友人がホラー体験をするというものである。


【内容】



普段付き合いのいい同僚が、何故か海へ行くのだけは頑なとして断る。
訳を聞いたのだが余り話したくない様子なので、飲ませて無理やりに聞き出した。
ここから先は彼の語り。ただし、酔って取り留めのない話だったので、俺が整理してる。


まだ学生だった頃、友人と旅に出た。たしか後期試験の後だったから、真冬だな。
旅とは言っても、友人の愛犬と一緒にバンに乗って、当てもなく走っていくだけの気楽なもんだ。
何日目だったか、ある海辺の寒村に差し掛かったころ、既に日は暮れてしまっていた。
山が海に迫って、その合間にかろうじてへばり付いているような小さな集落だ。
困ったことに、ガソリンの残量が心もよなくなっていた。
海岸沿いの一本道を走りながらGSを探すと、すぐに見つかったのだが、店はずでに閉まっている。
とりあえず裏手に回ってみた。
玄関の庇から、大きな笊がぶら下がっている。
出入りに邪魔だな、と思いながらそれを掻き分けて呼び鈴を鳴らしてみた。

「すんませーん。ガソリン入れてもらえませんかー?」

わずかに人の気配がしたが、返事はない。

「シカトされとんんかね」
「なんかムカつくわ。もう一度押してみいや」
「すんませーん!」

しつこく呼びかけると玄関の灯りが点き、ガラス戸の向こうに人影が現れた。

「誰や?」
「ガソリン欲しいん…」
「今日は休みや」

オレが言い終える前に、苛立ったような声が返ってくる。

「いや、まぁそこを何とか…」
「あかん。今日はもう開けられん」

取り憑く島もなかった。諦めて車に戻る。

「これだから田舎はアカン」
「しゃーないな。今日はここで寝よ。当てつけに明日の朝一でガス入れてこうや」

車を停められそうな所を探して集落をウロウロすると、GSだけでなく、全ての商店や民家が門を閉ざしていることに気付いた。
よく見ると、どの家も軒先に籠や笊をぶら下げている。

「なにかの祭やろか?」
「それにしちゃ静かやな」
「風が強くてたまらん。お、あそこに止められんで」

そこは、山腹の小さな神社から海に向かって真っ直ぐに伸びる石段の根元だった。
小さな駐車場だが、垣根があって海風がしのげそうだ。
鳥居の陰に車を止めると、辺りはもう真っ暗でやることもない。
オレたちはブツブツ言いながら、運転席で毛布に包まって眠りについた。
何時間経ったのか、犬の唸り声で目を覚ましたオレは、辺りの強烈な生臭さに気付いた。
犬は海の方に向かって牙を剥き出して、唸り続けている。
普段は大人しい奴なのだが、いくら宥めても一向に落ち着こうとしない。
有人も起き出して、闇の先に目を凝らした。
月明かりに照らされた海は、先ほどまでとは違って、気味が悪いくらい凪いでいた。
コンクリートの殺風景な岸壁の縁に、蠢くものが見える。

「なんや、アレ」

有人が掠れた声で囁いた。

「わからん」

それは最初、海から這い出してくる太いパイプか丸太のように見えた。
蛇のようにのたうちながら、ゆっくりと陸に上がっているようだったが、不思議なことに音はしなかった。
と言うよりも、そいつの体はモワモワとした黒い煙の塊のように見えたし、実態があったのかどうかも分からない。
その代わり、ウウ…というか、ウォォ…というか、形容し難い耳鳴りがずっと続いていた。
そして先ほどからの生臭さは、吐き気を催すほどに酷くなっていた。
そいつの先端は海岸沿いの道を横切って、向かいの家にまで到達しているのだが、もう一方はまだ海の中に消えている。
民家の軒先を覗き込むようにしているその先端には、はっきりとは見えなかったが、明らかに顔のようなものがあった。
オレも友人も、そんなに臆病な方ではなかったつもりだが、そいつの姿はもう何と言うか『禍々しい』という言葉そのもので、一目見たときから体強張って動かなかった。
心臓を鷲掴みにされるってのは、ああいう感情なんだろうな。
そいつは、軒に吊るした笊をジッと見つめている風だったが、やがてゆっくりと動き出して次の家へ向かった。

「おい、車出せっ」

有人の震える声で、ハッと我に返った。
動かない腕を何とか上げてキーを回すと、静まり返った周囲にエンジン音が鳴り響いた。
そいつがゆっくりとこちらを振り向きかける。

(ヤバイっ)

何だか分からないが、目を合わせちゃいけない、と直感的に思った。
前だけを見つめ、アクセルを思い切り踏み込んで車を急発進させる。
後部座席で狂ったように吼え始めた犬が、「ヒュッ…」と喘息のような声を上げてドサリと倒れる気配がした。

「太郎っ!」

思わず振り返った友人が、「ひぃっ」と息を呑んだまま固まった。

「阿呆っ!振り向くなっ!」

オレはもう無我夢中で、友人の肩を掴んで前方に直戻した。
向き直った友人の顔はくしゃくしゃに引き攣って、目の焦点が完全に飛んでいた。
恥ずかしい話だが、オレは得体の知れない恐怖で泣き叫びながら、アクセルを踏み続けた。
それから、みと来た道をガス欠になるまで走り続けて峠を越えると、まんじりともせずに朝を迎えたのだが、本人は意識が混濁したまま近くの病院に、一週間ほど高熱で寝込んだ。
回復した後も、その事について触れると、はげしく情緒不安定になってしまうので、振り返った彼が何を見たのか聞けず終いのまま。
卒業してからは疎遠になってしまった。
犬の方は、激しく錯乱し誰彼かまわず噛みつくと思うと、泡を吹いて倒れる繰り返しで、可哀そうだが安楽死させたらしい。
結局アレが何だったのか分からないし、知りたくもないね。
ともかく、オレは海には近づかないよ。


異常が同僚の話。
昔読んだ柳田国男に、笊や目籠を魔除けに使う風習と、海を見ることを忌む日の話があったのを思い出したが、今手元にないので比較できない。

2022年08月24日

リアル 10



実家に戻り、実に約半年ぶりくらいに携帯を見ると(そーいやそれまでは気にならなあったな。)物凄い件数の着信とメールがあった。中でも一番多かったのが〇〇。
メールからは、奴は奴なりに自分のせいでこんな事になったって自責の念があったらしいく、謝罪とかこうすればいいとかこんな人が見つかったとかまめに連絡が入ってた。
母から、〇〇が家まで来た事も聞いた。

戻って二日目の夜、〇〇に電話を入れた。電話口が騒がしい。〇〇は呂律が回らず何を言っているか分からなかった。
…コンパしてやがった。
とりあえず電話をきり「殺すぞ」とメールを送っておいた。所詮世の中他人は他人だ。
翌日、〇〇から謝りたいから時間くれないか?とメールが来た。電話じゃなかったのは気まずかったからだろう。
夜になると、家まで〇〇が来た。わざわざ遠いところまで来るくらいだ。相当後悔と反省をしていたのだろう。(夜に出歩くのを俺が嫌ったからってのが一番の理由でもある事は言うまでもない)
玄関を開け〇〇を見るなり二発ぶん殴ってやった。
一発は奴の自責の念を和らげるため、一発はコンパなんぞに行ってて俺を苛つかせた事への贖罪のために。
言葉で許されるよりも殴られた方がすっきりする事もあるしね。まぁ、二発目は俺の個人的な怒りだが。

〇〇に経緯を細かく話し、その晩は二人して興奮して怖がったり…今思うと当たり前の日常だなぁ。
〇〇からは、あの晩のそれからを聞いた。

あの晩、逃げ出した時には林は明らかにおかしくなっていた。林の車の中で友達と待っていた〇〇からは、あの晩のそれからを聞いた。には、まず間違いなくヤバい事になっているって事がすぐに分かったそうだ。
でも、後部座席に飛び乗ってきた林の焦り方は尋常じゃ無かったらしく、車を出さざるを得なかったらしい。

「反対したりもたついたりしたら何されっか分かんなかったんだよ」

〇〇の言葉が状況を物語っていた。
〇〇は、車が俺の家から離れ高速の入口の信号に捕まった時に、逃げ出したらしい。

〇〇「だってあいつ、途中から笑い出したり、震えたり、“俺は違う”とか“そんな事しません”とか言い出して怖いんだもんよ」

アイツが何か囁いてる姿が甦ってきて頭の中の映像を消すのに苦労した。
俺の家に戻って来なかったのは単純に怖すぎたからだって。「根性無しですみませんでした」って謝ってたから許した。俺が〇〇でも勘弁だしね。

その後、林がどうなったかは誰も知らない。さすがに今回の件では〇〇も頭に来たらしく、林を紹介した友達を問い詰めたらしい。
結局、林は詐欺師まがいにも成りきれないようなどうしようも無いヤツだったらしく、唆されて軽い気持ち(小遣い稼ぎだってさ…)で紹介したんだと。
〇〇曰く「ちゃんとボコボコにしといたから勘弁してくれ!」との事。

でもこんな状況を招いたのが自分の情報だってのには参ったから、今度は持てる人脈を総動員したが…こんなことに首を突っ込んだり聞いた事がある奴が周りにいるはずもなく、多分〜だろうとかってレベルの情報しか無かったんだ。
だから「何か条件が幾つかあって、偶々揃っちゃうと起こるんじゃないか」としか言えなかった。

その後は、俺はS先生の言い付けを守って毎月一度、S先生を訪ねた。最初の一年は毎月、次の一年は三ヶ月に一度。
〇〇も、俺への謝罪からか何も無くても家まで来ることが増えたし、S先生のところに行く前と帰ってきた時には必ず連絡が入った。

アイツを見てから二年が経った頃、S先生から「もう心配いらなさそうね。Tちゃん、これからはたまに顔出せばいいわよ。でも、変な事しちゃだめよ」って言ってもらえた。
本当に終わったのか…俺には分からない。S先生はその三か月後、他界されてしまった。
敬愛すべきS先生、もっと多くの事を教えて欲しかった。

ただ、今は終ったと思いたい。S先生のお葬式から二ヶ月が経った。
寂しさと、大切な人を亡くした喪失感も薄れ始め俺は日常に戻っていた。
慌ただしい毎日の隙間にふとあの頃を思い出す時がある。あまりにも日常からかけ離れ過ぎていて、本当に起きた事だったもか分からなくなることもある。
こんな話を誰かにするわけもなく、またする必要もなく、ただ毎日を懸命に生きていくだけだ。

祖母から一通の手紙が来たのはそんなごくごく当たり前の日常の中だった。
封を切ると、祖母からの手紙と、もう一つ手紙が出てきた。
祖母の手紙には俺への言葉と共にこう書いてあった。

“S先生から渡された手紙です。四十九日も終わりましたのでS先生との約束通りTちゃんにお渡しします”

S先生の手紙、今となってはそこに書かれている言葉の真偽も確められないし、そのままで書く事は俺には憚れるので崩して書く。


Tちゃんへ

ご無沙汰しています。Sです。あれから大分経ったわねぇ。もう大丈夫?怖い思いをしていなければいいのだけど…。
いけませんね、年をとると回りくどくなっちゃって。今日はね、Tちゃんに謝りたくてお手紙を書いたの。
でも悪い事をした訳じゃないのよ。あの時はしょうがなかったの。でも…、ごめんなさいね。
あの日、Tちゃんがウチに来た時、先生本当は凄く怖かったの。だってTちゃんが連れていたのはとてもじゃ無いけど先生の手に負えなかったから。
だけどTちゃん怯えてたでしょう?だから先生が怖がっちゃいけないって、そう思ったの。
本当の事を言うとね、いくら手を差し伸べても見向きもされないって事もあるの。あの時は、運が良かったのね。
Tちゃん、本山での生活はどうだった?少しでも気が紛れたかしら?Tちゃんと会う度に先生はまだ駄目よって言ったでしょう?覚えてる?
このまま帰ったら酷い事になるって思ったの。だから、Tちゃんみたいな若い子には退屈だとは分かってたんだけど帰らせられなかったのね。
先生、毎日お祈りしたんだけど中々何処かへ行ってくれなくて。
でも、もう大丈夫なはずよ。近くにいなくなったみたいだから。
でもねTちゃん、もし…もしもまた辛い思いをしたらすぐに本山に行きなさい。あそこなら多分Tちゃんの方が強くなれるから中々手を出せないはずよ。
最後にね、ちゃんと教えておかないといけない事があるの。
あまりにも辛かったら、仏様に身を委ねなさい。
もう辛い事しか無くなってしまった時には、心を決めなさい。
決してTちゃんを死なせたい訳じゃないのよ。でもね、もしもまだ終っていないとしたらTちゃんにとっては辛い時間が終らないって事なの。
Tちゃんも本山で何人もお会いしたでしょう?
本当に悪いモノはね、ゆっくり時間をかけて苦しめるの。決して終わらせないの。苦しんでる姿を見てニンマリとほくそ笑むみたいのね。

悔しいけど、先生達の力が及ばなくて目の前で苦しんでいても何もしてあげられない事もあるの。
あの人達も助けてあげたいけど…、どうにも出来ない事が多くて…。
先生何とかTちゃんだけは助けたくて手を尽くしたんだけど、正直自信が持てないの。気配は感じないし、いなくなったと思うけど、まだ安心しちゃ駄目。安心して気を弛めるのを待っているかも知れないから。
いい?Tちゃん。
決して安心しきっては駄目よ。いつも気を付けて、怪しい場所には近付かず、余計な事はしないでおきなさい。
先生を信じて。ね?
嘘ばかりついてごめんなさい。
信じてって言う方が虫が良すぎるのは分かっています。
それでも、最後まで仏様にお願いしていた事は信じてね。
Tちゃんが健やかに毎日を過ごせるよう、いつも祈ってます。




読みながら、手紙を持つ手が震えているのが分かる。気持ちの悪い汗もかいている。
鼓動が早まる一方だ。
一体、どうすればいい?
まだ…、終っていないのか?

急にアイツが何処からか見ているような気がしてきた。
もう、逃げられないんじゃなか?もしかしたら、隠れてただけでその気になればいつでも俺の目の前に現れる事が出来るんじゃないか?
一度疑い始めたら、もうどうしようもない。全てが疑わしく思えてくる。

S先生は、ひょっとしたらアイツに苦しめられてたんじゃないか?だから、こんな手紙を残してくれたんじゃないか?
結局…、何も変わっていないんじゃないか?
林は、ひょっとしたらアイツに付きまとわれてしまったんじゃないか?
一体アイツに何を囁かれたんだ。俺とは違う、もっと直接的な事を言われて…、おかしくなったんじゃないか?
S先生は、俺を心配させないように嘘をついてくれたけど、「嘘をつかなければならないほど」の事だったのか…。
結局、それが分かってるからS先生は最後まで心配してたんじゃないのか?
疑えば疑うほど混乱してくる。どうしたらいいのかまるで分からない。

ここまでしか…俺が知っている事はない。
二年半に渡り今でも終ったかどうか定かではない話の全てだ。
結局、理由も分からないし、都合よく解決できたり何かを知ってる人がすぐそばにいるなんて事は無かった。
何処から得たのか定かではない知識が招いたものなのか、あるいはそれが何かしらの因果関係にあったのか…。
俺には理解できないし、偶々としか言えない。
でも、偶々にしてはあまりにも辛すぎる。
果たしてここまで苦しむような罪を犯したのだろうか?犯してはいないだろう?
だとしたら…何でなんだ?不公平過ぎるだろう。
それが正直な気持ちだ。
俺に言える事があるとしたらこれだけだ。

「何かに取り憑かれたり狙われたり付きまとわれたりしたら、マジで洒落にならんことを改めて言っておく。最後まで、誰かが終ったって言ったとしても気を抜いちゃ駄目だ」

そして…、最後の最後で申し訳ないが俺には謝らなければいけない事があるんだ。
この話の中には小さな嘘が幾つもある。これは多少なりとも分かり易くするためだったり、俺には分からない事もあっての事なので目をつぶって欲しい。
おかげで意味がよく分からない箇所も多かったと思う。合わせてお詫びとさせて欲しい。
ただ…、謝りたいのはそこじゃあない。

もっと、この話の成り立ちに関わる根本的な部分で俺は嘘をついている。
気付かなかったと思うし、気付かれないように気を付けた。
そうしなければ伝わらないと思ったから。
矛盾を感じる事もあるだろう。がっかりされてしまうかもしれない…。
でもこの話を誰かに知って欲しかった。

俺は〇〇だよ。
…今更悔やんでも悔やみきれない。

2022年08月23日

リアル 9



本山に着くと迎えの若い方が待っていて、S先生に丁寧に挨拶していた。本堂の横億にある小屋(小屋って呼ぶのが憚れるほど広くて立派だったが)で本山の方々にご挨拶。ここでもS先生にはかなりの低姿勢だったな。
S先生、実は凄い人らしく、望めばかなりの地位(「寂しいけど序列ができちゃうのね」ってS先生は言ってた)にいても不思議じゃないんだって後から聞いた。

俺は本山に暫く厄介になり、まぁ客人扱いではあったけど皆さんと同じような生活をした。多分、S先生の言葉添えがあったからだろうな。
その中で、自分が本当に幸福なんだなって実感したよ。
もう四十年間ずっと蛇の怨霊に苦しめられている女性や、家族親族まで祟りで没落してしまって身寄りが無くなってしまったんだけど家系を辿れば立派な士族の末裔の人とか…俺なんかよりよっぽど辛い思いしている人がこんなにいるなんて知らなかったから…。

厳しい生活の中にいたからなのか、場所がそうだからなのか、あるいはS先生の話があったからなのか恐怖は大分薄れた。
(とは言うものの、ふと瞬間にアイツがそばに来てる気がしてかなり怯えたけど)

本山に預けてもらって一ヶ月経った頃S先生がいらっしゃった。

S先生「あらあら、随分良くなったみたいね」
俺「えぇ、S先生のおかげですね」
S先生「あれから見えたりした?」
俺「いや…一回も。多分成仏したかどっかにいったんじゃないですか?ここ、本山だし」
S先生「そんな事ないわよ?」

顔がひきつった。

S先生「あら、ごめんなさい。また怖くなっちゃうわよね。でもねTちゃん、ここには沢山の苦しんでる人がいるの。その人達を少しでも多く助けてあげるのが私達の仕事なのよ」

多分だけどS先生の言葉にはアイツも含まれていたんだと思う。

「Tちゃん、もう少しここにいて勉強しなさい。折角なんだから」

俺はS先生の言葉に従った。あの時の事がまだまだ尾を引いていて、まだここにいたいって思ってたからね。
それに一日はあっという間なんだけど…何て言うか時間がゆっくり流れてるような感じが好きだったかな。(何か矛盾しているけどね)

そんなこんなが続いて、結局三ヶ月も居座ってしまった。
その間S先生は(二ヶ月前に来たきり)こっちには顔を出さなかった。やっぱりS先生の言葉がないと不安だからね。
でも、哀しいかな流石に三ヶ月もそれまで自分がいた騒々しい世界から隔離されると物足りない気持ちが強くなってきた。
実に二ヶ月ぶりにS先生がやって来てやっと本山での生活は終りを迎えようとしていた。身支度を整え、兎に角お世話になった皆さんに一人ずつ御礼を言いS先生と帰ろうとしたんだ。
でも気付くと横にいたはずのS先生がいない。
「あれ?」と思って振り向いたら少し後にいたんだ。「歩くの速すぎたかな?」って思って戻ったら優しい顔で「Tちゃん、帰るのやめてここに居たら?」って言われた。
実はS先生に認められた気がして少し嬉しかった。

「いや、僕にはここの人達みたいには出来ないです。本当に皆さん凄いと思います。真似出来そうもないですよ」

照れながら答えたら

「そうじゃなくて帰っちゃ駄目みたいなのよ」
「え?」
「だってまだ残ってるから」

また顔がひきつった。

結局、本山を降りる事が出来たのはそれから二ヶ月後だった。実に五ヶ月も居座ってしまった。多分、こんなに長く家族でも無い誰かに生活の面倒を見てもらう事はこの先ないだろう。
S先生から「多分もう大丈夫だと思うけど、しばらくの間は月に一度おいでなさい」と言われた。
アイツが消えたのか、それとも隠れているのか本当のところは分からないからだそうだ。

長かった本山の生活も終えてやっと日常に戻って来た。借りてたアパートは母が退去手続きを済ましてくれていて、実家には俺の荷物が運び込まれてた。
アパートの部屋を開けた時、何かを燻したような臭いと部屋の真ん中辺りの床に小さな虫が集まっていたらしい。
怖すぎたらしくその日はなにもしないで帰って来たんだってさ。翌日、仕方無いんで意を決してまた部屋を開けたら臭いは残っていたけど虫は消えていたらしい。母には申し訳ないが俺が見なくて良かった。


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2022年08月22日

ワズキャン(メイドインアビス)



ワズキャンとはメイドインアビスに登場する、ガンジャ隊のリーダーである。
ボンドルド同様、様々な愛称や綽名のあるリーダーである。非常に仲間思いでみんなにお子さまランチを振舞うのが好き。


【内容】



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ワズキャンは、リコどころかアビスの大穴周辺の周囲が栄える以前、アビス内に居場所を求めてダイヴした存在である。
特筆すべきはまるで未来予知を持っているのではないかと思われるほど、先を見通す特殊な能力があり、水もどきで隊が絶滅の危機に瀕した際は仲間を鼓舞するなどの演説の能力もある。
ボンドルドが『親子丼のことを最初に親子丼と呼んでいそうな存在』と言われているように、ワズキャンの負けず劣らずな存在感を発揮しており、『トロッコを見た瞬間トロッコ問題を思いついて迷うことなく小を切り捨て大を助けてそう』と言われている。
ボ卿が親子愛なら、ワズキャンは人情家。

そんなワズキャンの度し難い魅力に惹かれた人は多数おり、ファンからは様々な愛称が付けられている。

・ワズキャン△
・闇サンジ
・なにかがあったサンジ
・カミソリではなく料理に子供を混ぜたサンジ
・高田純次オルタ
・お子さまランチの提供者
・惨事(サンジ)

など、様々な呼ばれようである。

その綽名の由来とも言える根源には、なれ果て村のイルぶるが設立するに至る原因のような所業を行っているがゆえであろう。

簡潔に話を纏めると、「幼女に子を産ませ、食べ物にして、水もどきに侵された仲間たちに振る舞って救った」事が、多くの読者、そしてアニメ視聴者にやべー奴として認識されるに至ったのである。

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ワズキャンとしては、隊を存続させる上で「子供一人の犠牲で多数が助かるのであれば…」といった意思で最善策を行ったのかもしれないが、そす子ことイルミューイの最後の子供である、子供を喰らい続ける隊員に対しての憎しみの権化といって差し支えないファプタの誕生理由そのものである。
ある意味ではファプタの父親とは言えなくもないかもしれない。


いるブル設立後、人間性を消失した姿でリコたちの前に現れるのだが、やたらひょうきんでノリが軽い。

リコ、そしてボンドルド共に『あちら側』の人間――わくわくが止められないあちら側の人間であることは確かなのだが、それはワズキャンの一側面しかないのではないかと、個人的に思う。

そもそもワズキャンは、アビス第六層より下である第七層に、仲間の数を減らしながらも到達したこと自体、偉業といってもいい指揮力を発揮していたのではないかと思われる。
その証拠にリコ隊はラストダイヴする以前、リコ自身がアビスの知識を前以て多く会得していること、上昇不可を受けないレグの特性などガンジャ隊と比べて、アビスの生態などを多く知っているため、第六層より下の層に辿り着いたのではないかと思われる。

ガンジャ隊はアビス周辺に町が出来る前、イルぶるが出来て百年以上前の人間であり、地上と時間の流れが異なる内部では、もっとそれ以上昔の人間である可能性が存在するのである。
つまり、要はアビスの知識が現代知識を持つリコらと比べて非常に乏しかったのは確かなことであろう。

ワズキャンが有能と言われる理由は、そんな情報不足の中、現代でも些細な油断でアビス内部では隊が絶滅することも珍しくないのに、なれ果てとなる前――もっといえば、水もどきに引っかかる前は、五体満足で深層に到達していたことである。

最初から度し難い存在であるボ卿と比べて、ワズキャンはひとつまみ程度の人間性があり、善人ではないが、そして同時に悪人でもない。
そもそもイルぶるが出来るに至る所業のきっかけには人を助けたいという気持ちがあり、黄金郷のわくわくがあったとしても、人間を殺して食べ物を振舞っていたのではない。あくまで揺籃の卵から生まれた原生生物を調理していただけである。


そもそもメイドインアビスでは、ボンドルドも含め、一概に善と悪の双方を含んだ複雑なキャラクターがおり、度し難い魅力を発揮している。
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リアル 8



S先生「Tちゃん、見えたわね?聞こえた?」
俺「見えました…どして?って繰り返してました」

この時にはもうS先生の顔はいつもの優しい顔になってたんだ。俺は今度はゆっくりと、出来るだけ落ち着いて答える事だけに集中した。まぁ…考えるのを諦めたんだけどね。

S先生「そうね。どうして?って聞いてたわね。何だと思った?」

さっぱり分からなかった。考えようなんて思わなかったしね。

俺「??…いや…、ぅぅん?…分かりません」
S先生「Tちゃんはさっきの怖い?」
俺「怖い…です」
S先生「何が怖いの?」
俺「いや…、だって普通じゃないし。幽霊だし…」

ここらへんで俺の脳は思考能力の限界を超えてたな。S先生が何が言いたいのかさっぱりだった。

S先生「でも何もされていないわよねぇ?」
俺「いや…首から血が出たし、それに何かお札みたいなのを捲ろうとしてたし。明らかに普通じゃないし…」
S先生「そうよねぇ。でも、それ以外は無いわよねぇ」
俺「……」
S先生「難しいわねぇ」
俺「あの、よく分からなくて…すいません」
S先生「いいのよ」

S先生は、俺にも分かるように話してくれた。諭すっていった方がいいかもしれない。
まず、アイツは幽霊とかお化けって呼ばれるもので間違いないらしい。じゃあ所謂悪霊ってヤツかって言うとそう言いきっていいかS先生には難しいらしかった。
明らかにタチが悪い部類に入るらしいけど、S先生には悪意は感じられなかったって言っていた。
俺に起きた事は何なのかに対してはこう答えた。

「悪気は無くても強すぎるとこうなっちゃうのよ。あの人ずっと寂しかったのね。話したい、触れたい、見て欲しい、気付いて気付いてーって、ずっと思ってたのね。Tちゃんわね。分からないかもしれないけど暖かいのよ。色んな人によく思われてて、それがきっといいな〜。優しそうだな〜って思ったのね。だから自分に気付いてくれた事が嬉しくて仕方なかったんじゃないかしら。でもね、Tちゃんはあの人と比べると全然弱いのね。だから、近くに居るだけでも怖くなっちゃって体が反応しちゃうのね」

S先生は、まるで子供に話すようにゆっくりと、難しい言葉を使わないように話してくれた。
俺はどうすればいいのか分からなくなったよ。アイツは絶対に悪霊とかタチの悪いヤツだと決めつけてたから。
S先生にお祓いしてもらえればそれで終ると思ってたから…。それなのにS先生がアイツを庇う様に話してたから…。

S先生「さて、それじゃあ今度は何とかしないといけないわね。Tちゃん、時間かかりますけど何とかしてあげますからね」

この一言には本当に救われたよ。あぁ、もういいんだ。終るんだって思った。やっと安心したんだ。
S先生に教えられたことを書きます。俺にとって一生忘れたくない言葉です。

「見た目が怖くても、自分が知らないものでも自分と同じように苦しんでると思いなさい。救いの手を差し伸べてくれるのを待っていると思いなさい」

S先生はお経をあげ始めた。お祓いのためじゃ無くアイツが成仏出来るように。
その晩、額は裂けてたしよくよく見れば首の痕が大きく破けて痛かったけど本当にぐっすり眠れた。(お経が終ってもキョドってた俺のために笑いながらその日は泊めてくれた)
翌日、朝早く起きたつもりがS先生はすでに朝のお祈りを終らしてた。

S先生「おはよう、Tちゃん。さ、顔洗って朝御飯食べてらっしゃい。食べ終わったら本山に向かいますからね」

関係者でも何でもないんであまり書くのはどうかと思うが少しだけ。

S先生が属している宗派は前にも書いた通り教科書に載るくらい歴史があって、信者の方も修行されてる方も日本全国にいらっしゃるのね。
教えは一緒なんだけど地理的な問題から東と西それぞれに本山があるんだって。
俺が連れていってもらったのが西の本山。本山に暫くお世話になって、自分が元々持っている徳(未だにどんなものか説明できないけど)を高める事と、アイツが少しでも早く成仏出来るように本山で供養してあげられるためってS先生は言ってた。
その話を聞いて一番喜んでいたのが祖母、まだ信じられなさそうだったのが親父。最後は俺が「もう大丈夫。行ってくる」って言ったから反対はしなかったけど。


リアル 9へ

2022年08月19日

リアル 7



S先生「…どうしようかしらね」
俺「…」
S先生「Tちゃん、怖い?」
俺「…はい」
S先生「そうよねぇ。このままって訳には行かないわよねぇ」
俺「えっと…」
S先生「あぁ、いいの。こっちの話だから」

何がいいんだ!?ちっともよかねーだろなんて気持ちが溢れて来て、耐えきれずついにブチ捲けた。本当に人として未熟だなぁ、俺は。

俺「あの、俺どーなるんすか?もう早いとこ何とかして欲しいんです。大体何なんですか?何でアイツ俺に付きまとうんですか?もう勘弁してくれって感じですよ。S先生、何とかならないんですか?」
S先生「Tちゃ…」
俺「大体、俺別に悪いこと何もしてないっすよ!?確かに〇〇(心霊スポットね)には行ったけど俺だけじゃないし、何で俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんすか?鏡の前で△しちゃだめだってのも関係あるんですか?ホント訳わかんねぇ!!あーっ!苛つくぅぁー!!」

「ドォ〜ドォルルシッテ」
「ドォ〜ドォルル」
「チルシッテ」

…何が何だか解らなかった。(ホントに訳解んないので取り敢えずそのまま書く)

「ドォ〜。シッテドォ〜シッテ」

左耳に鸚鵡か鸚哥みたいな甲高くて抑揚の無い声が聞こえてきた。
それが「ドーシテ」と繰り返していると理解するまで少し時間がかかった。
俺はS先生の目を見ていたし、S先生は俺の目を見ていた。ただ優しかったS先生の顔は無表情になっているように見えた…。
左側の視界には何かいるってのは分かってた。チラチラ見えちゃうからね。
よせば良いのに、左を向いてしまった。首から生暖かい血が流れてるのを感じながら。

アイツが立ってた。
体をくの字に曲げて、俺の顔を覗き込んでいた。
くどいけど…訳が解らなかった。起きていることを認められなかった。
此処は寺なのに、目の前にはS先生がいるのに…何でなんで何で…。
一週間前に、見たまんまだった。
アイツの顔が目の前にあった。梟のように小刻みに顔を動かしながら俺を不思議そうに覗き込んでいた。

「ドォシッテ?ドォシッテ?ドォシッテ?ドォシッテ?」

鸚鵡のような声でずっと質問され続けた。
きっと…林も同じようにこの声を聞いていたんだろう。俺と同じ言葉をささやかれていたのかは解らないが。
俺は…息する事を忘れてしまって目と口を大きく開いたままだった。
いや、息が上手く出来なかったって方が、正しいな。たまに【コヒュッ】って感じで息を吸い込む事に失敗してた気がするし。
そうこうしているうちに、アイツが手を動かして顔に張り付けてあるお札みたいなのをゆっくりめくり始めたんだ。
見ちゃ駄目だ!!絶対駄目だって分かってるし逃げたかったんだけど動けないんだよ!!
もう顎のあたりが見えてしまいそうなくらいまで来ていた。
心の中では「ヤメロ!それ以上めくんな!!」って叫んでるのに口からは「ァ…ァカハッ…」みたいな情けない息しか出ないんだ。
もうやばい!!ヤバい!ヤバい!ってところで

「バンッ!!」て。

例えとか誇張でもなく飛び上がった。心臓が破裂するかと思った。

「バン!!」

その音で俺は跳び上がった。正座していたから体が倒れそうになりながら後に振り向いてすぐ走り出した。
何か考えてた訳じゃなく体が勝手に動いたんだよね。
でも慣れない正座のせいで足が痺れてまともに走れないのよ。
痺れて足が縺れた事とあんまりにも前を見てないせいで頭から壁に突っ込んだがちっとも痛くなかった。
額から血がだらだら出てたのに…、それだけテンパって周りが見えてなかったって事だな。
血が目に入って何も見えない。手をブン回して出口を探した。けど的外れの方ばっかり探してたみたい。

「まだいけません」

いきなりS先生が大きい声を出した。障子の向こうにいる両親や祖父母に言ったのかお手に言ったのか分からなかった。
分からなかったがその声は俺の動きを止めるには十分だった。
ビクってなってその場で硬直。またもや頭の中では物凄い回転で事態を把握しようとしていた。
っつーか把握なんて出来る筈もなく、S先生の言うことに従っただけなんだけどね。

俺の動きが止まり、仏間に入ろうとする両親と祖父母の動きが止まった事を確認するかのように少しの間を置いてからS先生が話を始めた。

S先生「Tちゃんごめんなさいね。怖かったわね。もう大丈夫だからこっちに戻ってらっしゃい。Iさん、大丈夫ですからもう少し待って下さいね」

障子(襖だったかも)の向こうからしきりに何か言っているのは聞こえてたけど覚えてない。血を拭いながらS先生の前に戻ると手拭いを貸してくれた。お香なのかしんないけどいい匂いがしたな。ここに来てやっとあの音はS先生が手を叩いた音だって気付いた。
(質問出来る余裕は無かったけど)


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