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2022年09月30日

鏡の中のナナちゃん 3


とっさに『ヤバイッ』と思いましたが、鏡から目を離すことは出来ませんでした。
やっぱり扉は動いています。
もう一度振り返っても、廊下の仕切は閉じたままです。
鏡の中では、納戸の扉がもう半分以上開いていました。
開いた扉の向こう、納戸の奥の闇に白いモノが浮かんでいました。
これまでにない恐怖を感じながらも、わたしはその白いモノを凝視しました。
それは懐かしい少女の笑顔でした。


そこで私の記憶は途切れています。
気がつくと、私は布団の中で朝を迎えていました。
気味の悪い夢を見た…。
そう思った私は、実家にいるのが何となく嫌になり、その日は休みだったのですが、すぐ自宅に帰る事にしました。

私の自宅のマンションには、住民用に半地下になった駐車場があります。
日中でも薄暗いそこに車を乗り入れ、自分のスペースに停めた後、最後にバックミラーを見ました。

すると、私のすぐ後ろにナナちゃんの顔がありました。

驚いて後ろを振り返りましたが、後部座席には誰もいません。
バックミラーに目を戻すと、ナナちゃんはまだそこに居ました。
鏡の中からじっとこっちを見ています。
色白で長い髪を両側に結んだナナちゃんは、昔と全く変わっていないように見えました。
恐怖のあまり視線を外すことも出来ず、震えながらその顔を見返していると、やがてナナちゃんはニッコリと笑いました。

「こんにちは」

「どうしてあの時、来てくれなかったの?私ずっと待っていたのに」

ナナちゃんは相変わらず微笑んだまま、そう言いました。
私が何と言って良いかわからずに黙っていると、ナナちゃんは言葉を継ぎました。

「ねえ、私と居間からこっちで遊ぼう」

そして、ミラーに映った私の肩越しに、こっちに向かって手を伸ばしてきました。

「こっちで遊ぼう…」
「ダメだ!」

私は思わず大声で叫びました。

「ごめん。ナナちゃん。僕は、もうそっちは行かない。行けないんだ!」

ナナちゃんは手を差し伸べたまま黙っています。
私はハンドルを力一杯掴んで震えながら、さっきよりも小さな声で言いました。

「僕には妻もいる。子供だって、もうすぐ生まれる。だから…」

そこで私は俯いて絶句してしまいました。
しばらくそのままの姿勢で震えていましたが、やがて私は恐る恐るミラーの方を見ました。
ナナちゃんはまだそこに居ました。

「そう…わかった。〇〇ちゃんは大人になっちゃったんだね。もう私とは遊べないんだ」

ナナちゃんは少し寂しそうにそう言いました。

「しょうがないよね…」

ナナちゃんはそこでニッコリと笑いました。
本当に無邪気な笑顔でした。
私はその時、ナナちゃんが許してくれたと思いました。

「ナナちゃん…」
「だったら私はその子と遊ぶ」

私がその言葉を理解出来ぬうちに、ナナちゃんは居なくなってしまいました。
それっきりナナちゃんは、二度と私の前に現れることはありませんでした。

2日後、妻が流産しました。
以来、今に至るまで、私達は子供をつくっていません。

現在、私はナナちゃんの事を弟に話すべきなのか、本当に迷っています。

2022年09月29日

鏡の中のナナちゃん 2



ある日、私とナナちゃんに「一緒に遊ぶ友達がいなくて寂しい」というようなことを話しました。
するとナナちゃんは、「こっちに来て私と遊べばいい」と言ってくれました。
しかし私が、「どうやってそっちに行ったらいいの?」と聞くと、ナナちゃんは困ったような顔になって、「わからない」と答えました。
そのうちナナちゃんが、「…聞いてみる」と小声で言い足しました。
私は誰に聞くのか知りたかったのですが、何となく聞いてはいけないような気がして黙っていました。

それから何日か経ったある日、ナナちゃんが嬉しそうに言いました。

「こっちへ来れる方法がわかったの。私と一緒にこっちで遊ぼう」

私は嬉しくなりましたが、いつも両親に『出かける時は祖父か母へ相談しなさい』と言い聴かされていたので、「お母さんに聞いてくる」と答えました。
するとナナちゃんは、また少し困った顔になって、「このことは誰にも話してはいけない。話したら大変なことになる。もう会えなくなるかもしれない」というような事を言いました。
私は『それはイヤだ』と思いましたが、言いつけを破るのも怖かったので、黙り込んでしまいました。
するとナナちゃんは、「じゃあ明日はこっちで遊ぼうね?」と聞いてきました。
私は「うん」と返事をしました。

「約束だよ」

ナナちゃんは微笑んで、小指をこっちに突きだしてきました。
私はその指に合わせるように、小指の先で鏡を触りました。
ほんの少しだけ暖かいような気がしました。

その夜はなかなか眠れませんでした。
両親にはナナちゃんのことは話しませんでした。
しかし、寝床に入って暗闇の中でじっとしていると、いろんな疑問が湧いてきました。

鏡の中にどうやって入るんだろう?
そこはどんな所なんだろう?
ナナちゃんはどうしてこっちに来ないんだろう?
こっちへ帰ってこれるのだろうか?

そんな事を考えるうちに、だんだん不安になってきました。
そして、ナナちゃんのことが少し怖くなってきました。

次の日、ナナちゃんに会いに行きませんでした。
次の日も、その次の日も、私は納戸には近寄りませんでした。
結局、それ以来、私は納戸へ出入りすることを止めたのです。


月日が経ち、私は町の高校へ行くために家を出ました。
卒業しても家に戻ることもなく、近くの町で働き始め、やがては結婚して所帯を持ちました。
その頃になると、ナナちゃんのことはすっかり忘れていました。

結婚後しばらくして妻が妊娠し、しばらく親元に戻ることになりました。
すると、家事をするのも面倒だし、誰もいない家に一人で居るのも寂しかったので、私は何かと用事を作って、頻繁に実家に帰る事が多くなりました。
その日も、実家で夕食を食べ、そのまま泊まることにしました。
夜中に目が覚めて、トイレに立ちました。

洗面所で手を洗いながら、何気なく鏡を覗きました。
廊下の途中の仕切が開いていて、その向こうの暗闇に、あの納戸がうっすらと見えていました。
その時、おやっと思いました。
トイレに来る時には、その仕切を閉めた覚えがあったのです。
振り返ってみると、やっぱり仕切は閉じています。
しかし、もう一度鏡を見ると仕切は開いていて、納戸の白い扉が闇に浮かび上がるように見えています。
全身が総毛立ちました。
すると、その扉が少し動いたような気がしました。
その瞬間、私はナナちゃんの事を思い出しました。


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2022年09月28日

鏡の中のナナちゃん


鏡の中のナナちゃんとは、洒落怖のひとつである。
子供によくありがちなイマジナリーフレンドかと思いきや……。


【内容】



私は幼い頃、一人でいる事の多い子供でした。
実家は田舎の古い家で、周りには歳の近い子供は誰もいませんでした。
弟が一人いたのですが、まだ小さかったので、一緒に遊ぶという感じではありませんでした。
父も母も祖父も、弟が生まれてから以前ほど私をかまってくれなくなって、少し寂しかったのだと思います。
とにかくその頃の私は、一人遊びで日々を送っていました。

私の家は田舎造りの家で、小さな部屋がたくさんありました。
南西の隅には納戸があり、古い道具や小物が納められていました。
その納戸に入り込んでは、仕舞ってある品々をオモチャ代わりにして遊ぶのが、当時の私の楽しみでした。
その鏡を見つけたのが何時のことだったのかはハッキリしません。
もともと手鏡だったようなのですが、私が見つけたときには枠も柄も無いむき出しの丸い鏡でした。
かなり古そうなものでしたが、サビや曇りが殆ど無く、奇麗に映りました。
そして、これもいつ頃だったのかよく憶えていないのですが、ある時、その鏡を覗くと、私の背後に見知らぬ女の子が映っていました。
どうやらその子は、鏡の中だけにいるようです。
不思議に思いましたが、怖くはありませんでした。
色白で髪の長い女の子でした。
その子は鏡に写る私の肩ごしにこっちを見て、ニッコリと笑いました。

「こんにちは」

やがて私たちは、話を交わすようになりました。
私は彼女の事をナナちゃんと呼んでいました。
両親は、納戸に籠り鏡に向かって何ごとか喋っている私を見て気味悪く思ったようですが、鏡を取り上げるような事はしませんでした。
それに、大人達にはナナちゃんは見えないようでした。


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2022年09月27日

廃屋探検 3



名前もわからないんで、卒業アルバムで顔を探そうってパラパラめくりました。
そしたら居ないんです、記憶お腹の顔と一致する奴が。
そんなはずはない。あの時学校で待ち合わせして一緒に行ったんだから、絶対同じ学校に居るはずだって、何回も見直したんだけど、居ない。
そこで、あらためてその友達の顔を思い出そうとしたんですが、黒い部屋の前で振り向いた時に見た顔以外、全然思い出せない。
虚ろなあの表情が、俺の中に残された記憶の全てでした。

それだけじゃないんです。
ずっと仲の良い友達だと思ってたのに、そいつと一緒に遊んだ思い出が、その廃屋へ行った時のものだけだって事に、その時初めて気付いたんです。

「そんなアホな…」

そう思って、もう一度アルバムを操るうちに、あるページのところで手が止まりました。
そこには、あの廃屋にいた女の子の顔写真が載っていたんです。
慌てて他のページも確認しました。
その顔は、卒業アルバムのいたるところに載っていました。
名簿には、ちゃんと名前も住所も書いてあります。
正体不明だと思っていた女の子の存在を確認した事で、俺の句奥は、いよいよアヤフヤなものに成り下がりました。

少し迷ってから、俺はその女の子(仮にAとします)に連絡を取る事にしました。
幸い母親がAの携帯番号を教えてくれたので、早速電話してみました。
最初は怪訝な口調だったAも、事情を話すと「ああ、あの時の…」と思い出したようでした。
てゆーか、聞いてみるとAはあの時のことを克明に覚えていました。

Aはあの日、あの廃屋の近所に引っ越してきました。
で、あたりをブラブラするうちに廃屋を見つけたAは、塀の隙間から中に入り、すでに開いていた玄関から上がり込んで、探検を始めました。
やがて書斎みたいな部屋で、数枚の写真を見つけました。
それを見ているうちに、持ってきた懐中電灯の明かりが消えてしまった。
それで少し怖くなり、探検を続けるか迷っているところで、誰かが玄関のドアを開ける音が聞こえてきました。
てっきり「大人が入ってきて怒られる」と思って身を固くしたところへ、現れたのが自分と同じくらいの年頃の子供だったので、ホッとしたそうです。
安堵感でちょっとハイになったAは、探検を続けるように持ちかけました
(あの時のちょっと芝居がかった仕草は、多少の演技を交えて好奇心を刺激する、Aの作戦だったわけです。女ってのはつくづく怖い生き物だと思う)
その甲斐あって、現れた子供とAは一緒に家の中を探検し始めました。

「そこで二人になったから、探検続けてしもうたんよ。あそこで止めたら…」
「え??ちょっと待って」

俺は慌てて聞き直しました。

「二人って…」
「だから、私と**君(俺の名前)の二人やんか。他に誰が居るっていうの?」

一緒に廃屋を彷徨ううちに、Aは俺の行動がおかしいことに気が付きました。
誰も居ない方向に向かって話しかけたり、誰かの後を追うように歩いたり。
そういうのが気持ち悪くて、Aは少し離れて俺の後ろを付いて回りました。
やがて、あの渡り廊下にさしかかったあたりで、喋り声が聞こえてきました。
Aはてっきり俺が独り言をつぶやいているんだ、と思ったそうです。

「こいつ本当に大丈夫か?」

Aの恐怖心は一気にふくれあがりました。
そして、俺は黒い部屋のドアを開いた時、Aはものすごい悪臭を嗅いだのです。
思わず口を押さえ、後ろを向こうとした時、低い男の声で「…死んでしまうのに」というのが聞こえました。
見ると、俺が虚ろな目をしてこっちを向いている。
真っ黒な部屋を背にした俺は、背景を黒く塗り潰されているように見えました。
まるで、あの写真のように。

それで、Aは振り向いて逃げ出したのです。
俺と同じく、夢中で逃げるうちに、いつしか自分の家の前まで来ていたそうです。

Aはそれからしばらく、悪夢に悩まされました。
その後、学校で俺を見かけることはあっても、あの時のことを思うと、声を掛ける気にはならなかった。
だから、今日までの俺はAの事を覚えていなかったんです。

最後にAがこんな事を言いました。

「でもね、こういうこと言ったら何やけど、**君のいう友達っていうの、今も居るんだよきっと」
「え」
「ホラ、さっき『二人?』って聞き直した時あったでしょ?あの時、**君の声にかぶってたよ。『マジで…』って。低い男の声」

2022年09月26日

廃屋探検 2



いい加減飽きてきて、「もう帰ろう」と言いかけたところで、廊下の突き当りのドアの前に来ました。そのドアが変です。
よく見ると、ドアの上の方、ちょうど小窓がありそうな辺りに分厚い木の板が釘で打ち付けてあります。
ノブの所には蝶つがい式の鍵と南京錠。
まるで、何かを閉じこめているような様子です。
南京錠は外れていたんで、俺が鍵を外してドアを開けました。
長い廊下が先に続いていました。
両側は板が打ち付けてあるばかりで、外の様子は全然見えません。

「渡り廊下かな?」

俺、友達、子供の順で暗い廊下を先に進みました。
俺の後ろには友達がいるはずなのに、気配をあまり感じません。
ずいぶん離れて、女の子が付いてきているようでした。
時折、後ろから声が聞こえます。
妙に浮かれた口調で何か喋っていますが、内容はわかりません。
突き当りにドアがありました。
さっきのと同じようなドア。小窓に板が打ち付けてあって、鍵も付いています。
ただ、こっちの鍵は引きちぎられたように壊れていました。
それを見た時に感じたのは、ものすごくイヤな予感です。
それなのに、俺は一気にドアを開けたんです。

真っ黒な部屋でした。
真っ暗じゃなくて真っ黒。
壁や床、天井もそうだったと思うけど、全てが真っ黒に塗りつぶされた部屋です。
隅の方に写真が立てかけてありました。
遺影みたいな感じの人の写真。でも、はっきりとは見えませんでした。

それよりも目を奪われたのは、ドアから見て右側の壁。
そこに押入があって、こっち側の戸が開いていました。
中にはキノコが生えています。ヌルヌルとした粘着にくるまれた、赤黒い小さなキノコ。
それが、びっしりと押入の床や奥の壁まで覆い尽くしていました。
押入の床も壁も、ヌメヌメと光るゲルにまみれて、内臓みたいに見えました。
出来の悪い悪夢のような光景に吐き気を覚えながらも、それらに魅入られるかのように、いつしか俺は中に足を踏み入れようとしていました。

「あ〜あ」

突然、耳元で声が聞こえました。

「入ったら死んでしまうのに」

低い男の声でした。
背筋が急にゾクッとして振り向くと、目の前に友達の顔がありました。
何とも言えない表情です。
悲しそうな、嬉しそうな、でもどこを見ているのか判らない虚ろな目。
部屋の中の光景とは違った意味で、俺は吐き気をもよおしました。
それでも、勇気を振り絞って目の前の友達に声をかけようとしました。

「おい…」

その時、足首のあたりがヒンヤリとした何かに包まれました。
そのままグッと締め付けてくる、ヌメリとした柔らかい感触。
何かが、部屋の中から俺の足首を掴んでいる!

「うワァアァァア!」

俺は思わず悲鳴を上げ、友達を押しのけて廊下を走りました。
前方の暗闇に女の子の姿が見えます。あたりに響き渡る甲高い笑い声。
もう恐ろしくて気が狂いそうでしたが、無我夢中で走りました。

どこをどう走り抜けたのか、気がつくと俺は外に出ていました。
しばらく走って、道路沿いの自販機コーナーでようやく一息つきました。
ズボンをまくり上げ、自販機の明かりで照らして見ると、足首に異常はありませんでしたが、逃げ出す時にあちこちぶつかったのか、傷や痣がたくさん付いていました。

廃屋であったことについて俺が覚えているのはここまでです。
あとは、家に帰るのが遅くなって親にひどく叱られたことぐらい。
多少の脚色はありますが(セリフとか言い回しとかね)95%くらいは本当にあった出来事です。

こうやって整理してみると、あらためて気付いた事があります。
それは、記憶がかなりいい加減だなってことです。
何というか、アンバランスで「いびつ」なんですよね。
カギの掛かったドアや、女の子に見せてもらった複数の写真。
そういうディティールは、細かいところまではっきり覚えているんですけど、家の中の様子なんかは曖昧な記憶しかない。
ただ、感触っていうか感情っていうか、怖いとか、気持ち悪いとか、そういう記憶が残っているだけなんです。
廊下の突き当りの部屋に関しても、黒い部屋だっていう印象ばかりが強くて、中がどうなっていたのかは、殆ど覚えていない。
部屋に写真があったのは見てるけど、どんな写真なのかわからないんです。
ドアを開ける前のイヤな予感だったり、足を掴まれた時の感触だったり、そういう自分の感じた事は、昨日の事のように蘇るんですけどね。
例外は、押入の中の光景と耳元の低い声、振り向いた時の友達の表情。
特に友達の顔は、目に焼き付いて離れない位ハッキリと覚えていたんです。
ところが、あのあと友達がどうなったのかは覚えていない。
だから、気になって調べようと思ったんですよ。それが3日前の話です。


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2022年09月23日

廃屋探検



廃屋体験とは洒落怖の一つである。
内容がラノベ臭いので少し注意。


【内容】



小学生の頃、俺は友達と2人で廃屋探検に行きました。
ターゲットは町内でも田舎な地域にある家で、結構新しいのに無人。
前の住人が自殺したとか殺されたとか、そういう噂が立っている所でした。
学校が終わってすぐ、その家へ向かう段取りだったのに、俺が職員室に呼ばれて説教を食らったせいで、出発がずいぶん遅れました。
しかもコンビニ寄って立ち読みしたりで、現場に到着したのは夕方6時頃。
広い産業道路沿いの一角に塀に囲まれた一軒家です。
周辺の空き地はススキが茂り放題で、いかにも空き地って雰囲気。
俺は「遅くなると怒られるよなー」とチキンが入ってらんですが、友達はやる気満々です。
軽々と塀を乗り越えた友達は、早速玄関のドアをガンガン引っぱりました。でも開かない。
二人で手分けして入る所を探したんですが、窓は雨戸用のシャッターが閉まってるし、裏口にはカギが掛かっているしで、とても入り込めそうにもありません。
この時点で俺は半分諦めてたんですけど、相変わらず全力投球な友達に気を遣い、一応やる気のカケラぐらいは見せておこうって軽い気持ちで、

「引いてダメなら押してみろってな」

なんて言いながら玄関のドアを押してみました。
すると、信じられないことにあっさりと開きやがったんです。

「マジか!ウッソやろぉ!」

友達がダッシュで駆け寄ってきました。ボルテージは最高潮です。

「これは何かあるでぇ…」

などとつぶやきながら、余裕の土足で上がり込んで行きます。
しかたなく、俺も後から家の中に入りました。

初秋で外は結構明るかったのに、家の中は薄暗い、と言うよりほとんど真っ暗でした。
俺の持って来たキーホルダーの豆級が頼りです。
探検ムードは盛り上がるばかり。

「うわ!」

突然、ある部屋の入口で、先行していた友達が後ろに飛び退きました。
恐る恐る中を覗くと、部屋の真ん中に人影が立っていました。
俺らとタメぐらいの子供が、懐中電灯を持ってこっちをジーッと見ています。
白っぽい服を着た、見慣れない顔の女の子でした。

「お前、誰や?」

友達が聞きました。でも、返事はありません。

「なにしてるんや」

今度は俺です。

「探検」

その子がポツリと言いました。

「なんじここに入ったんや?」

また友達が聞きましたが、女の子はそれを無視して

「ここはまだ入り口なの。でもこの奥に…」

と、そこで言葉を切り、部屋の奥にあるドアを指さしました。

「一緒に行きましょう」

それを聞いた友達は、その扉に向かって突き進んで行きます。
俺は気味が悪かったけど、仕方なくあとに続きました。
女の子が俺の後ろからついてくる気配がしました。

ドアを開けると、机と椅子が置いてあるだけの書斎みたいな部屋でした。
別に変わった感じはしません。

「なんも無い、フツーの部屋やな」

友達が言いました。

「残念ー」

突然、女の子が妙に明るい声を出し、俺はなぜかゾクっとしました。

「ここのアイテムは私がゲットしましたぁ〜」

そんな風に言って、ポケットから写真を何枚か取りだしました。

「なんやそれ?」
「壁に貼ってあったの」

そう言って見せてくれた写真は、おっさんが何人か写っている写真でした。
ただ、どの写真も背景がべったりと黒一色に塗りつぶされていて、それが不気味でした。

「うふふふ…おかしな写真よねッ」

女の子の妙に明るいノリも気になります。

「次はこっちよ」

俺たちは、女の子に引っ張られる形で家の中をうろつきました。
どの部屋もほとんど真っ暗なので、俺の小さいライトで届く範囲しか見えません。
女の子はなぜか懐中電灯を点けようとしない。
それでも目が慣れてくると、なんとなく様子がわかるようになってきました。
なんて事のない、普通の部屋ばっかりでした。


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2022年09月22日

白ん坊 4



わろご達が大半は身体ではなく知的な障害であった。それ故に、物事の判断をつけることが難しい。
(ばあちゃんは「き〇〇いだから思い込みも勘違いも激しい」と表現していた)

そのせいで、わろご達の中では、歌を歌って「供養する」人間は自分とは相容れない存在ではあるものの、歌を耳で聴いて「供養される」人間を自分達の仲間だと思い込み、自分たちの仲へ取り込んでしまおうと寄ってくるようになったのだ。
歌を歌える人間には怪異は起こらない。しかし、歌を歌うことができない、耳で聞くことしかできない赤ん坊や痴呆に掛かった老人が次々に「引き込まれて」しまった(ばあちゃんはそうとしか表現してくれなかった。行方不明になったとか、おかしくなったのか、死んだのかは解らない)

それが解って以降、集落ではその歌を「余所者には決して聞かせてはいけない、集落の子供にもしっかり歌える年になるまでは絶対に聞かせてはいけない」タブーの歌として伝えられるようになった。

ここまでが昔話。

その歌はそんなブラックな昔話と一緒に「集落の伝統」としてひっそり伝えられてきた。集落の子供たちは、小学校中学校くらいになると親からその歌を教えられるが、内容が内容なので本当の由来は聞かされず「よその人には決して聞かせてはいけない伝統の歌」として教わっているに過ぎないのだそうだ。

ばあちゃんの話を聞き終えたAちゃんは言い難そうに私に向き直った。

「あの年、5年生になったばかりの時に私はその歌をお母さんから教わった。お母さんは「歌えない人には絶対に聞かせてはいけない、何故ならその人が不幸になってしまう詩だから」って言って教えてくれた。あの時、都会から来た(私)ちゃんが女の子らしくて可愛くてとても羨ましかった。ずるいと思った。ちょっと意地悪してやろうって軽い気持ちで聞かせてしまった」

都会で生まれて都会で暮らしている私には、そもそもその集落のわろご達を供養する責任は無かった。しかし小さい頃から集落の土地の恩恵を受けて育った父と、その父と結ばれた母には因縁がある。私は知らなかったけれど、父と母は毎晩寝室で、寝る前にあの歌を口遊むのが決まりごとになっていたのだそうだ。
そして毎年のお盆のお供養、あの時間私だけが外に遊びに出されていたのは、お供養の時に皆で歌うあの歌を聴かせない為だったらしい。

あの日の晩、温厚だった私のおじいちゃんはAちゃんの家に怒鳴り込んだそうだ。お前のとこの娘のせいで、うちの孫にまで因縁ができてしまったと。孫は一生、あの歌に付きまとわれて生きることになったと。
あの夕方、蝉がわめく夏の空気の中で私が見たものは偶然の夢かも知れない。けれども未だに鮮明に覚えているあの不気味な白い赤ん坊の姿。あまりにリアルに思い出せるせいで、私に技術さえあったなら映像にして細部まで再現できるんじゃないかとすら思うあの光景。
赤ん坊との距離も、暴れた手足を押さえつけたじいちゃんばあちゃんの手の感触も、怖いくらいにありありと覚えている。

そして現在。
ばあちゃんも亡くなり、元々古かった家は朽ちて住めない状態になり、私たちはあの集落へ行かなくなった。けれど今でも私と両親は、習慣であの歌を毎晩口遊んでいる。
Aちゃんとはその後また仲良くなった。今でもあの集落に暮らしていて、集落の中で結婚して子供も生まれた。集落は相変わらずド田舎だけど、周辺の開発が進み前よりは便利な土地になったという。

近年、とあるドラマである隠れた名所が取り上げられた。それまでは観光客など滅多に行かなかったその場所に、年間何千人もの人間が訪れるようになった。
じいちゃんばあちゃんが暮らしていた、あの集落のすぐ傍だった。
何だか懐かしくなって久々にAちゃんに電話をすると、Aちゃんの家も去年から民宿を始めたという。新しい住人も増え、観光客向けの食堂は土日になるといつも込み合っているという。

「泊まりにおいでよ!タダでいいよ!」

そう話すAちゃんのお言葉に甘えて何年かぶりに集落へ足jを踏み入れた私を、あの日から毎晩口遊んで眠って来たあの歌が迎えた。
電柱柱から生えた、古びて朽ちかけたスピーカーからだった。オルゴールのような音色のメロディは、浜辺の歌に似た、聞き間違う筈もないあの曲だった。

「12時と5時の時報代わりにね、新しく集会長が決めちゃったんだ」

Aちゃんは苦笑を浮かべながらそう話した。

「地元特有の伝統の歌だからね。環境客相手にもウケるだろうって。年寄世代は皆亡くなちゃったし、若い私たちくらいの世代であんな伝統、信じる人はほとんど居ないんだよ」

そう言いながら呆れたようにため息をつくAちゃんの横で、小学生になったAちゃんの息子は無邪気にあの歌を口遊んでいた。商店の横にある食堂には何人も観光客が並んでいた。

「メロディだけなら大丈夫なんじゃない?」

そう言って笑うAちゃんにはとても言えなかったけど、小学四年生のあの時、裏庭でAちゃんが聞かせてくれたのは鼻歌混じりで歌詞なんか解らなかったよ。
もともとあれは供養の意味だけを込めて作られた歌で、私みたいに集落出身の血が入らなければどうという事はないのかもしれない。
けれど、ばあちゃんが言っていた話がもし本当だとしたら。
この集落に憑りついたあの白い赤ん坊に、集落の人とそうでない人との区別なんてつくんだろうか?

都会の人はぐねぐね曲がり角が多い山道の運転には慣れていない。
道幅も狭く傾斜も強い集落への山道は、開発が進んだとはいえ相変わらずの様相だった。
事故は、各所からの帰りの山道で起こる方が圧倒的に多いらしい。


長文失礼いたしました。私の父の実家にまつわるお話は以上です。

2022年09月21日

白ん坊 3



あの日の出来事について詳しく知ったのはだいぶ後になってからだった。
4年生の夏休み以来、毎年恒例だったお盆のお泊りが2〜3年に一回の行事になった。
私も中学生になって勉強や部活が忙しかったりであまり気にはしなかった。

ある年の春先、じいちゃんが亡くなり、私たち家族は初めてお盆以外の時期にその集落へ泊まった。私も母も父も泣きじゃくってじいちゃんを見送り、ばあちゃんを私たちの家に暮らさせようという相談もしたけれど、ご近所の人が助けてくれるしこの父で骨を埋めたいというばあちゃんは説得できなかった。

お葬式も終わり、いよいよ帰ることになった日の朝。4年生のあの年以来疎遠になってしまっていたAちゃんが訪ねてきた。Aちゃんは大人っぽい、綺麗な女の人になっていた。
開口一番、Aちゃんは私に頭を下げながら「あの時はごめんなさい」と謝った。訳が解らなくてきょとんとしている私を見て、奥の間から出てきたばあちゃんが「そろそろ話しておかなきゃいけないね」と言って、あの時のように私とAちゃんを仏間へ連れて行った。
あの時座卓に坐っていたじいちゃんは、遺影になって仏壇の所に飾られていた。

以下は、ばあちゃんが話してくれた方言まじりの昔話を要約したもの。

父の実家があったこの土地は、初め、ある理由があって村八分にされた一家が落ち逃れてきた事から始まった。(被差別部落という訳ではないそうだ)
集落の苗字が同じなのはその為で、もともとは一つの家から始まった遠い親戚の集まりだった。
何十年も村八分んが解かれた後も、集落の人々は周りの土地に干渉されるのを嫌って内輪だけで栄えてきた。
近親の結婚が続いたせいか、知恵の遅れた子や障害を持った子供がよく生まれたのだそうだ(ばあちゃんはわろごと呼んでいた)
元々この肥沃な上、少人数の集落だったので食べ物に困って口減らしをすることは無かった。けれど少人数であるが故に子供は大事な働き手であり、仕事をすることができないわろご達がそうであると解った時点で殺してしまった。

そんな事が何年も続き、やがて集落と周りの地域との軋轢もなくなり、集落の外から嫁や婿が来るようになるとようやくわろごが産まれる事も無くなってきた。
ところがその頃から、集落で生まれた健康な子供がある日忽然と行方不明になったり、山で居なくなったと思った翌日ひょっこり帰ってきたが頭がおかしくなっていたりと不気味な事が起こり始めた。初めは小さい子供ばかりがそういう目にあったが、やがて若者、親の世代にもそういう怪異に巻き込まれる者が出始めた。おかしなものを見たという報告も多数上がった。皆、口をそろえて真っ白な赤ん坊に食われそうになったとか、口の大きな真っ白な子供に追いかけられたと訴えた。

これはわろごの祟りではないか?と誰とはなしに噂がたち始めた。何故なら、かつて殺したわろごは供養することも無く山の中腹にある岩場に放置して、獣や鳥に荒らされるがままにしていたから。今と違って「わろご」のような人たちへの差別や偏見がとても酷かった時代、そういう者が産まれてしまったことを記録として残すのを嫌がったのだそうだ。

集落の人たちはやっとそれらを供養することに決めた。けれどやはり、そういうものの記録を形に残してしまうことを嫌った人々は、その地域の山を進行していた古い修験者さんに「御詠歌」のようなものを作ってもらった。
もともとお経や祝詞は「耳で聞く」と同時に「口で唱える」ことで二重にご利益や徳があるもので、お経を聞くだけの一般人よりも、「口で唱えた」自分の声を「耳で聞いて」いる僧侶の方が徳が積まれるのはその為なのだそうだ。
集落に与えられた歌は、殺めてしまったわろご達への供養の意味を込めた歌だった。ばあちゃん曰く、集落の人はわろごを殺した「加害者」であると同時に、自分たちの血のつながった子供を殺された「被害者」でもある。だから集落の人間は、その歌を「歌うことで供養する」と同時に「耳で聞くことで供養される」立場にあった。
この供養の歌を、毎晩欠かさずに歌うように。修験者からそう言われたことを守るようになってから、集落での怪異は治まった。
しかし、それと同時にある問題が起こった。

ここからはばあちゃんの話した事をそのまま書きますので、差別的な表現が交じってしまうことをお許しください。


白ん坊 4へ

2022年09月20日

白ん坊 2



目を覚ましたのは4時だった。じいちゃんの家の古い柱時計がぼん、ぼん、と四回鳴って、家の中は一番暑い時間だった。山に囲まれた集落は日が落ちるのが早くて、昼間と違って外から入り込む光が少しだけオレンジがかっていた。じーわじーわ、かなかなかなかな、ひっきりなしに蝉の声が聞こえてた。

ああ、寝ちゃったんだと思いながら体を起こした。頭がクラクラして、父と母も、祖父と祖母も近くにいない。毎年だったらお供養をした日の夕方はみんなでお墓参りに行っていた時間で、寝てしまった私を起こさずに置いて行ったんだろうと思って気にせず、また畳の上に横向きに寝転がった。

そこで、動けなくなった。

じいちゃん家の畳は古くて、日焼けして赤茶色になっている。ばあちゃんが熱心に掃除をしているからか、所々ニスを塗ったみたいなあめ色になっていて、その畳の一畳分向こうに、白いお餅の塊みたいな赤ん坊がこっちを向いてごろんと寝転がってた。
金縛りという現象なのか、体は手足も指先も縛りつけられたみたいに動けなくなっていて、唯一息をする所だけが動かせた。寝転がった赤ん坊の鼻のあたりに焦点があってしまったまま目玉も動かせず、瞼も固めたみたいに動かなかった。
赤ん坊の顔は真っ白で、この状況を理解できてない頭の中でこれじゃ白ん坊だよなぁなんて思った。黒目の大きな瞳で、口はお餅に居れた小さな切れ目みたいだった。ふくふくした柔らかそうなほっぺが餅がふくらむみたいにもりーっと持ち上がって、ああ口がどんどん開いているんだな、泣くのかな、と思って、けれどおかしい事に気が付いた。

口が大きすぎる。目玉が動かせなくてずっと見つめている小さな鼻がどんどん上向いて持ち上がって、鼻筋どころか目と目の間に小鼻が食い込んでもまた盛り上がる。そのうち焦点があっていた場所に鼻はなくなり、口の部分から広がった大きな穴がぽっかり覗いた。
さっきまでぷーっとしていて可愛く見えた筈の顔の大部分が穴になって、まるで黒いボーリングの玉に赤ん坊の顔面の皮を無理やり被せたみたいに見えた。

怖いのに目が離せない。瞼が閉じられなくて、目が痛くて涙で視界が滲んだ。赤ん坊の口は更にどんどん広がっていって、ついに顔中が穴になった。もう目も鼻も捲れあがって、白い赤ん坊の体の上に、首の代わりにウツボカズラが乗っかっているみたいだった。

ああ、食べられる、と思った。涙でじんわりとした視界の中で相変わらずぶくぶくしたままの白い手足がクモみたいにうねうね動いて、ウツボカズラみたいな大穴がこちらを向いた。

真っ黒い穴の奥には、ぎっしりと白いものが詰まってた。御饅頭みたいな大福みたいな、おにぎりみたいな白いころんとしたもの。
目に溜まってた涙が頬っぺたにポロッと流れて、一瞬だけど視界がよくなった。
全部、真っ白い赤ん坊の手だった。口だった穴の奥底から、お、あ、あ、と大人の男みたいな声がした。

うわああ、と私の喉から声が出た。それと同時に体が動いた。逃げなきゃ、食われる、そう思って手足をじたばたさせたら、しわしわの大人の手でそれを押さえつけられた。
じいちゃんとばあちゃんが暴れる私の手足を押さえて、大丈夫か、しっかりしろ、と声をかけてきた。傍にはお父さんとお母さんも居た。助かった、そう思って、私は泣きじゃくった。

涙が止まって、気持ちも落ち着いてすぐに、私はさっき見た怖い夢の話をした。

じいちゃんは珍しく厳つい顔をして、父と母はもう大丈夫だよと私を抱き締めてくれた。
もう4年生だったけれど、今夜はお母さんが一緒に寝てくれると言った。
そして、何度もうんうん頷きながら私の話を聞いていたおばあちゃんは、その日の晩御飯の後で、私を仏間に連れて行った。仏壇のそばの座卓にはじいちゃんも座っていた。

「孫ちゃん、今日みたいな怖い夢を見ないように、良いことを教えてあげる」

そう言いながら、ばあちゃんは歌を歌ってくれた。

昼間、Aちゃんが庭で歌った、あの歌だった。

私がAちゃんの事を言うと、いつもはにこにこして優しいじいちゃんが無表情のまま立ち上がって仏間を出て行った。ばあちゃんは私の手をとって、私を膝に乗せながらその歌を一小節ずつ、丁寧に丁寧に教えてくれた。
もう怖い夢なんて見なくて済むように、これからはこの歌を毎日歌ってから寝なさい。Aちゃんが言った通り、良いことがある歌だよと言って。

その晩、寝る前に私はその歌を口ずさんだ。父も母もその歌を知っていて、3人で一緒に歌ってから眠りについた。怖い夢は見なかった。その次の日、私たちはじいちゃんばあちゃんと別れて家に帰った。


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2022年09月19日

白ん坊


白ん坊とは洒落怖のひとつである。
謎のおまじないを田舎の友達に教えてもらい……。


【内容】



ほんのりよりは怖いと思うけれど、洒落にならない程ではないと思うお話投下します。
かなりの長文になってしまう事お許しください。

時期や場所は詳しく言えないけど私の父の実家がある場所にまつわる話。
父の実家はとにかくドがつく田舎、集落には両手で数えるきれるほどしか家が無い。
山の奥なので土地だけは豊富にあったが、買い物や病院に行くにもバスを乗り継いで、半日はかかるという怖ろしい土地だった。
父から聞いたことによると、集落にある家は全部同じ苗字で、父が小さい頃は個々の家にはまだ電話がなく、集落意外の場所へ連絡をとる時は一つだけある商店に設置された電話を使った。
集落の土地はかなり広いので各々の家は距離が離れていた。その為回覧板はなく、連絡事項は長老さんと呼ばれる家に設置された機材から、集落の中の電柱に設置された。
オレンジ色のメガホンみたいなスピーカーで流してた。
そんな不便な場所にも関わらず集落には若い夫婦が何組かいて、学年はばらばらだが小学校の子供が何人か居た。
私たち家族は普段から母方の実家に近い、比較的開発の進んだ場所に住んでいた。
例年お盆は父の実家で過ごすのが小さい頃からの恒例で、車で何時間もかけて行くその集落は自然がいっぱいの別世界、私は毎年お盆が楽しみで仕方なかった。

私が小学4年生の夏休み。父方のおじいちゃんの家に泊まった次の日の朝私が泊まりに来ていることを知った近所の子供(Aちゃん)が遊びに来た。
Aちゃんは私より一つ年上で、集落の分校に通っている子供の中では最年長、そしてただ一人の女の子だった。
年に一度しか会えない友達で小さい頃はとても仲良しだったけれど、毎年年下の男の子に囲まれて実質ガキ大将のようだったAちゃんとはここ数年あまり話が合わなくなってきていた。
私は当時流行っていた女性アイドルグループに夢中で、Aちゃんは毎日泥んこでチャンバラごっこをやっている、そんな感じで一緒に遊んでもつまらないと感じるようになっていたからだ。その日私は、夏休みに入ってから自分のお小遣いで買ったキラキラしたビーズの髪留めをつけていた。遊びに来たAちゃんは開口一番、それちょうだい!と私の髪留めをむしり取ろうとした。
今になって思えば、Aちゃんも少しずつ思春期を迎えて女の子らしくなりたいと考えていたのかも知れないけれど、当時私は自分で買った大事な宝物を取られてしまうのが嫌で必死に抵抗した。Aちゃんは怒って「もう遊んでやらない」と言い残して帰ってしまった。

毎年、泊まった次の日は朝から昼まで、家の中でお盆のお供養があるからと外に遊びに行かされていた。もともと一人遊びも嫌いじゃなかった私は、Aちゃんとケンカしたことは少し引っ掛かっていたものの特に支障なく裏庭で遊んだ。
10時をまわった頃、庭にまたAちゃんがやって来た。さっきあんなに喧嘩したのに、何事もなかったかのような笑顔で話しかけてきたので私はほっとした。Aちゃんは私の前にしゃがんで、「いいこと教えてあげよっか」と訳知り顔で言った。
私がうん、と言うと、Aちゃんは口に手を添えて、私の耳に内緒話をするみたいにして鼻歌まじりの不思議な歌を歌い出した。メロディは唱歌の「浜辺の歌」に少し似ていた。
歌い終わったAちゃんが言うには、その歌は「聞くととっても良いことがある秘密の歌」らしい。ナイショのおまじないだよ、大人に言っちゃだめだよ、そう言い残してAちゃんは走って家に帰ってしまった。

お盆のお供養が終って、じいちゃんが私を呼びに来た。お昼ご飯はそうめんとおばあちゃん手作りの山菜に入ったちらし寿司で、家族皆で楽しく食べた後、眠くなった私は仏間の隣の部屋で寝転がった。


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