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2022年08月24日

リアル 10



実家に戻り、実に約半年ぶりくらいに携帯を見ると(そーいやそれまでは気にならなあったな。)物凄い件数の着信とメールがあった。中でも一番多かったのが〇〇。
メールからは、奴は奴なりに自分のせいでこんな事になったって自責の念があったらしいく、謝罪とかこうすればいいとかこんな人が見つかったとかまめに連絡が入ってた。
母から、〇〇が家まで来た事も聞いた。

戻って二日目の夜、〇〇に電話を入れた。電話口が騒がしい。〇〇は呂律が回らず何を言っているか分からなかった。
…コンパしてやがった。
とりあえず電話をきり「殺すぞ」とメールを送っておいた。所詮世の中他人は他人だ。
翌日、〇〇から謝りたいから時間くれないか?とメールが来た。電話じゃなかったのは気まずかったからだろう。
夜になると、家まで〇〇が来た。わざわざ遠いところまで来るくらいだ。相当後悔と反省をしていたのだろう。(夜に出歩くのを俺が嫌ったからってのが一番の理由でもある事は言うまでもない)
玄関を開け〇〇を見るなり二発ぶん殴ってやった。
一発は奴の自責の念を和らげるため、一発はコンパなんぞに行ってて俺を苛つかせた事への贖罪のために。
言葉で許されるよりも殴られた方がすっきりする事もあるしね。まぁ、二発目は俺の個人的な怒りだが。

〇〇に経緯を細かく話し、その晩は二人して興奮して怖がったり…今思うと当たり前の日常だなぁ。
〇〇からは、あの晩のそれからを聞いた。

あの晩、逃げ出した時には林は明らかにおかしくなっていた。林の車の中で友達と待っていた〇〇からは、あの晩のそれからを聞いた。には、まず間違いなくヤバい事になっているって事がすぐに分かったそうだ。
でも、後部座席に飛び乗ってきた林の焦り方は尋常じゃ無かったらしく、車を出さざるを得なかったらしい。

「反対したりもたついたりしたら何されっか分かんなかったんだよ」

〇〇の言葉が状況を物語っていた。
〇〇は、車が俺の家から離れ高速の入口の信号に捕まった時に、逃げ出したらしい。

〇〇「だってあいつ、途中から笑い出したり、震えたり、“俺は違う”とか“そんな事しません”とか言い出して怖いんだもんよ」

アイツが何か囁いてる姿が甦ってきて頭の中の映像を消すのに苦労した。
俺の家に戻って来なかったのは単純に怖すぎたからだって。「根性無しですみませんでした」って謝ってたから許した。俺が〇〇でも勘弁だしね。

その後、林がどうなったかは誰も知らない。さすがに今回の件では〇〇も頭に来たらしく、林を紹介した友達を問い詰めたらしい。
結局、林は詐欺師まがいにも成りきれないようなどうしようも無いヤツだったらしく、唆されて軽い気持ち(小遣い稼ぎだってさ…)で紹介したんだと。
〇〇曰く「ちゃんとボコボコにしといたから勘弁してくれ!」との事。

でもこんな状況を招いたのが自分の情報だってのには参ったから、今度は持てる人脈を総動員したが…こんなことに首を突っ込んだり聞いた事がある奴が周りにいるはずもなく、多分〜だろうとかってレベルの情報しか無かったんだ。
だから「何か条件が幾つかあって、偶々揃っちゃうと起こるんじゃないか」としか言えなかった。

その後は、俺はS先生の言い付けを守って毎月一度、S先生を訪ねた。最初の一年は毎月、次の一年は三ヶ月に一度。
〇〇も、俺への謝罪からか何も無くても家まで来ることが増えたし、S先生のところに行く前と帰ってきた時には必ず連絡が入った。

アイツを見てから二年が経った頃、S先生から「もう心配いらなさそうね。Tちゃん、これからはたまに顔出せばいいわよ。でも、変な事しちゃだめよ」って言ってもらえた。
本当に終わったのか…俺には分からない。S先生はその三か月後、他界されてしまった。
敬愛すべきS先生、もっと多くの事を教えて欲しかった。

ただ、今は終ったと思いたい。S先生のお葬式から二ヶ月が経った。
寂しさと、大切な人を亡くした喪失感も薄れ始め俺は日常に戻っていた。
慌ただしい毎日の隙間にふとあの頃を思い出す時がある。あまりにも日常からかけ離れ過ぎていて、本当に起きた事だったもか分からなくなることもある。
こんな話を誰かにするわけもなく、またする必要もなく、ただ毎日を懸命に生きていくだけだ。

祖母から一通の手紙が来たのはそんなごくごく当たり前の日常の中だった。
封を切ると、祖母からの手紙と、もう一つ手紙が出てきた。
祖母の手紙には俺への言葉と共にこう書いてあった。

“S先生から渡された手紙です。四十九日も終わりましたのでS先生との約束通りTちゃんにお渡しします”

S先生の手紙、今となってはそこに書かれている言葉の真偽も確められないし、そのままで書く事は俺には憚れるので崩して書く。


Tちゃんへ

ご無沙汰しています。Sです。あれから大分経ったわねぇ。もう大丈夫?怖い思いをしていなければいいのだけど…。
いけませんね、年をとると回りくどくなっちゃって。今日はね、Tちゃんに謝りたくてお手紙を書いたの。
でも悪い事をした訳じゃないのよ。あの時はしょうがなかったの。でも…、ごめんなさいね。
あの日、Tちゃんがウチに来た時、先生本当は凄く怖かったの。だってTちゃんが連れていたのはとてもじゃ無いけど先生の手に負えなかったから。
だけどTちゃん怯えてたでしょう?だから先生が怖がっちゃいけないって、そう思ったの。
本当の事を言うとね、いくら手を差し伸べても見向きもされないって事もあるの。あの時は、運が良かったのね。
Tちゃん、本山での生活はどうだった?少しでも気が紛れたかしら?Tちゃんと会う度に先生はまだ駄目よって言ったでしょう?覚えてる?
このまま帰ったら酷い事になるって思ったの。だから、Tちゃんみたいな若い子には退屈だとは分かってたんだけど帰らせられなかったのね。
先生、毎日お祈りしたんだけど中々何処かへ行ってくれなくて。
でも、もう大丈夫なはずよ。近くにいなくなったみたいだから。
でもねTちゃん、もし…もしもまた辛い思いをしたらすぐに本山に行きなさい。あそこなら多分Tちゃんの方が強くなれるから中々手を出せないはずよ。
最後にね、ちゃんと教えておかないといけない事があるの。
あまりにも辛かったら、仏様に身を委ねなさい。
もう辛い事しか無くなってしまった時には、心を決めなさい。
決してTちゃんを死なせたい訳じゃないのよ。でもね、もしもまだ終っていないとしたらTちゃんにとっては辛い時間が終らないって事なの。
Tちゃんも本山で何人もお会いしたでしょう?
本当に悪いモノはね、ゆっくり時間をかけて苦しめるの。決して終わらせないの。苦しんでる姿を見てニンマリとほくそ笑むみたいのね。

悔しいけど、先生達の力が及ばなくて目の前で苦しんでいても何もしてあげられない事もあるの。
あの人達も助けてあげたいけど…、どうにも出来ない事が多くて…。
先生何とかTちゃんだけは助けたくて手を尽くしたんだけど、正直自信が持てないの。気配は感じないし、いなくなったと思うけど、まだ安心しちゃ駄目。安心して気を弛めるのを待っているかも知れないから。
いい?Tちゃん。
決して安心しきっては駄目よ。いつも気を付けて、怪しい場所には近付かず、余計な事はしないでおきなさい。
先生を信じて。ね?
嘘ばかりついてごめんなさい。
信じてって言う方が虫が良すぎるのは分かっています。
それでも、最後まで仏様にお願いしていた事は信じてね。
Tちゃんが健やかに毎日を過ごせるよう、いつも祈ってます。




読みながら、手紙を持つ手が震えているのが分かる。気持ちの悪い汗もかいている。
鼓動が早まる一方だ。
一体、どうすればいい?
まだ…、終っていないのか?

急にアイツが何処からか見ているような気がしてきた。
もう、逃げられないんじゃなか?もしかしたら、隠れてただけでその気になればいつでも俺の目の前に現れる事が出来るんじゃないか?
一度疑い始めたら、もうどうしようもない。全てが疑わしく思えてくる。

S先生は、ひょっとしたらアイツに苦しめられてたんじゃないか?だから、こんな手紙を残してくれたんじゃないか?
結局…、何も変わっていないんじゃないか?
林は、ひょっとしたらアイツに付きまとわれてしまったんじゃないか?
一体アイツに何を囁かれたんだ。俺とは違う、もっと直接的な事を言われて…、おかしくなったんじゃないか?
S先生は、俺を心配させないように嘘をついてくれたけど、「嘘をつかなければならないほど」の事だったのか…。
結局、それが分かってるからS先生は最後まで心配してたんじゃないのか?
疑えば疑うほど混乱してくる。どうしたらいいのかまるで分からない。

ここまでしか…俺が知っている事はない。
二年半に渡り今でも終ったかどうか定かではない話の全てだ。
結局、理由も分からないし、都合よく解決できたり何かを知ってる人がすぐそばにいるなんて事は無かった。
何処から得たのか定かではない知識が招いたものなのか、あるいはそれが何かしらの因果関係にあったのか…。
俺には理解できないし、偶々としか言えない。
でも、偶々にしてはあまりにも辛すぎる。
果たしてここまで苦しむような罪を犯したのだろうか?犯してはいないだろう?
だとしたら…何でなんだ?不公平過ぎるだろう。
それが正直な気持ちだ。
俺に言える事があるとしたらこれだけだ。

「何かに取り憑かれたり狙われたり付きまとわれたりしたら、マジで洒落にならんことを改めて言っておく。最後まで、誰かが終ったって言ったとしても気を抜いちゃ駄目だ」

そして…、最後の最後で申し訳ないが俺には謝らなければいけない事があるんだ。
この話の中には小さな嘘が幾つもある。これは多少なりとも分かり易くするためだったり、俺には分からない事もあっての事なので目をつぶって欲しい。
おかげで意味がよく分からない箇所も多かったと思う。合わせてお詫びとさせて欲しい。
ただ…、謝りたいのはそこじゃあない。

もっと、この話の成り立ちに関わる根本的な部分で俺は嘘をついている。
気付かなかったと思うし、気付かれないように気を付けた。
そうしなければ伝わらないと思ったから。
矛盾を感じる事もあるだろう。がっかりされてしまうかもしれない…。
でもこの話を誰かに知って欲しかった。

俺は〇〇だよ。
…今更悔やんでも悔やみきれない。
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