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2021年12月16日

人間椅子(江戸川乱歩) 3


やがて競売の買い手がついた椅子の中の男であるが、


買手のお役人は、可成立派な邸の持主で、私の椅子は、そこの洋館の、広い書斎に置かれましたが、私にとっては非常にまんぞくであったことには、その書斎は、主人よりは、寧ろ、その家の、若く美しい夫人が使用されるものだったのでございます。
それ以来、約一ヵ月の間、私は絶えず、夫人と共に居りました。夫人の食事と、就寝の時間を除いては、夫人のしなやかな身体は、いつも私の上に在りました。それというのが、夫人は、その間、書斎につめきって、ある著作に没頭していられたからでございます。
私がどんなに彼女を愛したか、それは、ここに管々しく申し上げるまでもありますまい。彼女は、私の始めて接した日本人で、而も十分美しい肉体の持主でありました。私は、そこに、初めて本当の恋を感じました。それに比べては、ホテルでの、数多い経験などは、決して恋と名づくべきものではございません。その証拠には、これまでいちども、そんなことを感じなかったのに、その夫人に対して丈け私は、ただ秘密の愛撫を楽しむのではあき足らず、どうかして、私の存在を知らせようと、色々苦心したのも明らかでございましょう。



今まで醜い容姿であったために、女性と接する機会がなく、自分が入り込んだ椅子に座らせられることによって「恋」をしてきたと語る男。

更にページをめくると怖ろしいことがつづられているのであった。


彼女は、丁度嬰児が母親の懐に抱かれる時の様な、又は、処女が恋人の方法に応じる時の様な甘い優しさを以て私の椅子に身を沈めます。そして、私の膝の上で、身体を動かす様子までもが、さも懐かしげに見えるのでございます。
斯様にして、私の情熱は、日々に烈しく燃えて行くのでした。そして、遂には、ああ奥様、遂には、私は、身の程もわきまえぬ、大それた願いを抱くようになったのでございます。たった一目、私の恋人の顔を見て、そして、言葉を交すことが出来たなら、基のまま死んでもいいとまで、私は、思いつめたのでございます。
奥様、あなたは、無論、とっくに御悟りでございましょう。その私の恋人と申しますのは、余りの失礼をお許し下さいませ。実は、あなたなのでございます。あなたの御主人が、あのY市の道具店で、私の椅子を御買取りになって以来、私はあなたに及ばぬ恋をささげた、哀れな男でございます。



今まで普通の椅子だと思い長年座り続けていた椅子なのであるのだが、中にはかつて椅子職人であった醜い男が入っているのだという。
しかもそれだけではなく、椅子の中の男が自分に横恋慕しているのだから、当然のことながら薄気味悪いと思うのは当然のことであった。

夫人は、椅子の中を確かめるべきかどうか迷っていると女中から今届き立ての手紙が来たのだという。
その手紙はこれまで散々見て来た薄気味悪い内容の原稿と同じ、文字癖のある手紙であり彼女が衝撃を受けたのは言うまでもない。

中身を改めると、


突然手紙を差上げます不躾を、幾重にもお許しくださいまし。私は日頃、先生のお作を愛読しているものでございます。別封お送り致しましたのは、私の拙い創作でございます。御一覧の上、御批評が頂けますれば、此上の幸はございません。ある理由の為に、原稿の方は、この手紙を書きます前に投函致しましたから、巳に御覧済みかと拝察致します。如何でございましたでしょうか。若し、拙作がいくらかでも、先生に感銘を与え得たとしますれば、こんなに嬉しいことはないのでございますが。
原稿には、態と省いて置きましたが、表題は「人間椅子」とつけたい考えでございます。
では、失礼を顧みず、お願いまで。怱々。



と、記されているのであった。


椅子の中に人が入っていたのか?:
今作の最大の疑問はソレである。
本当に完全な創作だったのか……それとも事実を元に創作をしたのか、色々と不思議な点がある。
パターンとしては、
1, 本当に入っていたが自分も書きたくなった。
2, 第三者が作者の愛読者で作品を送りつけた。
3, 影の薄いと冒頭で書かれた夫が書き記したものである。
4, 女中が犯人。
5,新作に取り掛かる彼女の作品。


といった具合に不気味さを味わう他にも色々と考察することが出来るように思える。
個人的にはパターン3の夫が送り付けたものだと考えている。

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