2020年05月14日
クレヨンしんちゃん『嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』
クレヨンしんちゃん『嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』とは、2001年に発表された作品。キャッチコピーは「未来はオラが守るゾ!」。
個人的にクレヨンしんちゃんの映画の中では、一、二を争うぐらい好きな映画であり、『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』と覇を競う。ちなみに三番目は『ロボとーちゃん』。アッパレ!戦国大合戦は単純に内容が楽しめるだけではなく、ちょっとした合戦における歴史の勉強になるのも良点。実写化は認めないし、求めてない。
余談だがこの映画を通して……というわけではないのだが、散々「昔はよかった」とバブル世代に言われ続けた自分自身としては、どれだけ耄碌してもその言葉は決して言うまいと鉄の意思で心に決めている。
たまに懐かしむ程度ならいいが、個人的に「昔はよかった」は都合の悪い部分を忘れ、過去を美化したようなものであり、未来へ向けて研鑽する人々の努力を侮辱している言葉のようにしか思えない。
【内容】
映画内容冒頭は「芸術は爆発だ」で有名な国際博覧会こと万博で、映画内容を撮影するシーンから始まる。特撮ビデオの撮影が終わった野原一家は次いで、母のみさえの「私の番ね」と魔法少女の方の撮影を行うのであった。
最初の方こそは楽しんでいたしんのすけであったが、子供時代の懐かしさにのめり込んでいく両親たちに反して、連日万博に足繫く通うにつれ、「退屈さ」を覚えるようになっていた。
しかし大人たちにとっては、子供時代のアニメやおもちゃなどが非常に魅力的なのか、街中ではレトロ車や音楽などが流れるなど熱狂し、やんわりながら衰退の気配を見せていた。
万博には大人たちが気兼ねなく楽しめるように子供が預けられる施設があり、そこにはかすかべ防衛隊のいつもの幼稚園メンバーが集っていた。マサオとネネちゃんいわく「両親たちの万博への乗り込みようは異常」と、子供ながらに趣味にのめり込み熱中するモノとは一種異なった異質さを感じ取っていた。
平成の現代において昭和のレトロ物品が横溢する中で、ある日、しんのすけが目覚めると、そこには豹変したみさえとひろしの姿があった。通常ならば、みさえは朝食を用意し、ひろしは出社するため身支度を整えるなどの準備をしているはずなのであるが、そういったことはせず、朝から大量の菓子とジュースを腹一杯貪り続けるのであった。この時点でイエスタディ・ワンスモアの洗脳が完了していると思われる。
いつもと異なる様子を見せる両親にしんのすけは困惑しながら、ひろしはガキ大将の様子を見せ、みさえもどことなく不機嫌ではなく険悪そうな表情を見せ、お菓子を食べ終えた後、双方ぐーすか眠る。最早二人は、義務や抑圧から解放された身体の大きな子供。
でも正味な話、人間ってどこからが大人なのか分からない部分があると思う。二十歳を迎えて成人式を迎えれば、便宜上『大人』にはなるだろうが、大人の条件というものは存在していない。ただ、国やらの保護が抜け自己責任が生じるだけではないだろうか。私は成人して長いこと経っているが、自分のことを大人だとは思っていないし、思えない。
アインシュタイン曰く「常識とは成人するまでに身に着けたコレクション」。いろんな人間がいるだけに石宝混合とはよく言ったものだよ。
さて話を戻して、しんのすけは混乱から抜け出せない中、ひまわりのおしめを変え一人で幼稚園に行く準備を進めていた。家の前で送迎バスを待つのだが、いつまで経っても来ることはなく、三輪車でひまわりをおんぶしたまま向かうことになる。
その道中、大人たちが乗ったトラックがしんのすけの傍を通過していくのだが、そこには憧れのナナコおねえさんがウキウキ顔で荷台に乗っているだけでなく、みさえとひろしさえも乗車しており、ちょっとした恐怖を覚える。
だって、幼児退行した大人がニッコニコ笑顔で、さして疑問に思わず連れていかれているのだから。普通に考える間でもなく、怖い。
大人たちのいなくなった春日部市で、かすかべ防衛隊の皆がしんのすけの家に集まり、「オトナだけの世界を作るのでは?」と疑問に思う中、テレビで放映されている内容は二重の意味で今の子供には分からないだろう大昔流行っていた、「シェー」などの内容が流れる。映像はカラーではなくシロクロであり、相当徹底した20世紀への回帰準備に向けての用意周到っぷりが垣間見える。どうでも良いが「シェー」はおそ松くんのイヤミが発祥だったんですね。てっきり芸人のソレが発だと思っていた。
その内、みさえとひろしが冷蔵庫の中身を全て食べ終えてしまったのか、空腹を覚えたかすかべ一行はコンビニに出かけるも、そこはガキ大将に占領された場所であった。バケツなどの道具を用いて、隙を見て店内に侵入し商品を入手するも食料入手は失敗に終わり、僅かなものしか手に入れることしかできなかった。
その後、しんのすけは通常ならば子供が入れないバーに行くことになるのだが、場に酔ったのかウーロン茶しか飲んでいないのにも関わらず、妙なテンションになっていた。小林幸子の「もう一度子供に戻ってみたい」のように、大人が子供になりたい願望を抱いているのに対して、子供が大人のように背伸びするのを表現しているバーでの描写は、対比的である。マサオくんは酒乱。
バーでの一見を終えた一行は、再びしんのすけの家に戻る。しかし真夜中、ラジオを聞いていたのだが、「子供を迎えにいく。大人と会える」との放送内容に不信感を抱いた皆は、デパートに逃亡することになる。実際、エスタディ・ワンスモアの目的は大人同様、20世紀に馴染むように洗脳が目的であるため、その勘は正しかった。しかも肉親ではなく、知らない親元で暮らすなどのオマケ付きである。余談になるが、映画初の視聴当時、「デパートで過ごすなんていいなぁ」と呑気に思ったが、割と同じ感想を抱いた人は多いのではないだろうか。
オトナ帝国の下っ端たちが「迎えに行く」といった放送内容を聞き入れず、街に残った子供たちを強引に狩っていくことになる。その中、デパート内にもオトナ帝国の下っ端が侵入していくのだが、出立時間に律儀にも目覚ましのアラームをセットしたしんのすけの所為で、かすかべ防衛隊は追い込まれていくことになる。
しんのすけ達を捕らえるため、すっかりエスタディ・ワンスモア側になったひろしとみさえが、ご褒美目当てで襲ってくるのだが、洗脳ではなく実子の記憶さえも失っていた。逃亡劇を繰り返す中、かすかべ一行はデパートの駐車場にあった幼稚園の送迎バスに乗り込み、エスタディ・ワンスモアの本拠地に向かうことになるのであった。
クレヨンしんちゃん『嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』2へ移る。
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