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2018年04月30日

「燃えよ剣6」山崎丞、井上源三郎、土方歳三、

伊東たち御陵衛士を壊滅した土方や近藤は完全に主導権を取り戻し、新選組も隊士の数も200人を

越え巨大組織として発展してきた。

しかし幕末の激動の流れは速く、一度は京を追い出された長州は薩摩と組んで盛り返してきたのだ。

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近藤は幕府から二条城に呼ばれて、会合に参加することも多くなっていた。そんなおり将軍徳川慶喜が

朝廷に大政奉還を申し出たのだ。ある日近藤が二条城に出かける途中のことだ。御陵衛士の残党の

篠原奏之進は薩摩屋敷から新式のミニエー銃を持って、近藤を待ち伏せた。物陰に隠れて近藤の行列

に向って篠原は銃撃したのだ。弾は近藤の肩にあたり近藤は傷を負いながら、馬を飛ばして必死に

屯所へと戻ってきた。

近藤は療養のために大阪へ移り、沖田もまた病に倒れ近藤とともに大阪へ移った。

しかし新選組の苦闘をよそに時代の流れは速く、王政復古の大号令とともに権力は幕府から朝廷へと

移った。朝廷といっても実質は薩長政府であり、新選組は至急京都から退去を余儀なくされた。

新選組は屯所を伏見に移したが、相次ぐ脱走で隊士は60人に減っていた。

伏見の治安を守る新選組だったが、幕府に対して薩長は戦争を仕掛けてきた。

新選組も必死の応戦をするが、刀や旧式武器では最新式の兵器を揃えた薩長にはなすすべもなく

犠牲者を増やしていった。監察の山崎丞や江戸以来の井上源三郎(北村英二)たちも次々に

戦死した。幕府はここで方針を転換し大阪まで後退し、大阪城にたてこもり薩長を迎えうつ

ことになった。しかし新選組が大阪まで後退したとき、徳川慶喜も会津の松平容保も船で江戸へと

遁走したのだ。唖然とする土方だったがもはやこれまでと同士を連れて、富士山丸で江戸へと

向った。
posted by ハヤテ at 16:22| 時代劇
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