玉置浩二『カリント工場の煙突の上に』七曲目、「家族」です。
そんな人はまずいないとは思うのですが、安全地帯や玉置浩二の音楽をこれからはじめて聴こうとする人はこの曲を最初にチョイスすることはお勧めしません。あまりのカオスぶりに驚いて安全地帯・玉置浩二の音楽から離れてしまい、今後の人生において安全地帯・玉置浩二の音楽を楽しめなくなる可能性があるのです。逆にいうと、この曲が心のどこかにヒットして大ハマりなさる方は、末永く安全地帯・玉置浩二の音楽をお楽しみになれる可能性があるわけですが、そういう方には他の曲が物足りなくなるんじゃないかなー、と思わなくもありません。まあ、そんなわけでして、危険な曲であるということができるでしょう。
小さくガットギターがつま弾かれ、シンバルが鳴り響き、「いーちばん(いーちばん)たーいせつなー(たーいせつなー)かぞくー(かぞくー)」と歌詞カードにないボーカルがヤマビコします。そして「あー」という深いリバーブの効いた高音のコーラスが重ねられます。
このコーラスですが、玉置さんの御両親がクレジットされています。え?これはプロでない?お母さんこんな美声なんです?い、いや……にわかには信じがたいです。極端に加工して作った?この生音溢れるアルバムで?それも不自然です。おそらく多くは星さんが入れたシンセのサンプリングによるものなんだと思いますが、玉置さん一族ならやりかねないと一瞬思ってしまう荘厳なコーラスです。裏に入る民謡調のウナリ、玉置さんのボーカルに重ねられた様々なセリフ(ほとんど玉置さんによるものだと思います)、こういったもののいずれかがお父様お母様によるものなのでしょう。もちろん本当のところは謎なんですが、これらはどれも音楽をやってない人にいきなり歌えと言われて簡単にできるものでないことは書いておこうと思います。
この時点で、「大切な家族」というセリフの重みがズドンと迫ってきます。この「家族」「大切」はもうエトスの域に達しています。ラップだのヒップホップだのでやたら親に感謝してると連呼しているキミたち、こんな、一気に数十年の時とその間の空間・感情の変化を数分に凝縮したような世界が作れるか?昭和中期の市営住宅団地、文化住宅、商店街、公園、ボロボロの服を着て遊びまわる少年たち、そういったものがみるみる間に姿を消し、昭和末期のバブル狂乱、平成初期のこぎれいな沈黙に達するまでの間に少年は大人になり、大人は老人になった、その重みがあってはじめて成り立つ「大切」なんだ。この凄みを出せるか?出せないだろう、でもこの曲は出せてしまっているんだよ!……と、ラップやヒップホップの若者にはとんだとばっちりなんですが(笑)、この曲の「大切」「家族」はそんじょそこらの凡庸な「大切」「家族」ではないのです。「大切」すぎて旋律が描けない、「家族」すぎて歌詞がまとまらない、ピカソの『ゲルニカ』のように、凄惨すぎて無念すぎて形にならない色にならないというのに似た、そんな凄みをもった曲です。
「遊びすぎた」のは少年時代の玉置さんであり、そして大人になって東京で活躍した玉置さんでもあります。家からはなれて活動しすぎたのは一緒なんですね。そんなときに奥さんと暮らす場所はきっと「部屋」という感覚であって、「家」「家族」は実家とそこに暮らす皆さんなんでしょう。実家大好き人間はしばしば離婚の原因になるのですが、好きなものはしょうがない、休まる場所はここしかないんだからしょうがないじゃんって感覚なんでしょうね。それが「家」「家族」を作れる人とそうでない人の違いなんですが、玉置さんには、すくなくともこの時、その力はなかったのです。だからこそ生まれたのがこの強烈な望郷ソング、家族へのラブソングであるわけです。「家」とは「家屋」ではなく、その家屋に刻み付けられた「家族」の生活履歴と今後の見通しのことなのだと、このアルバム全編を通じて玉置さんはビンビンと伝えようとしている、その核となる曲がこの「家族」と前曲「キラキラ ニコニコ」なのでしょう。
「遊びすぎた」くせに「そろそろ信じていいよ」などとどの口が言うのか!(笑)でも、それが偽らざる気持ちであり、甘えなのです。少年時代からずっとずっと、その年齢なりの誠実さをもって「僕のこと信じて」というメッセージを繰り返していたのでしょう。親からすればとてもとても全面的に信じるなんてリスキーなことはできませんけども、きっと無自覚に少しずつ、段階的に信じるようになっていくのだと思います。『幸せになるために生まれてきたんだから』には、玉置さんのお父様が語る玉置さんの人物像がいくつか収められています。ほしいおもちゃを自分でできるところまで途中まで作り、これ以上できなくなってからお金の援助を願い出る玉置さん、十円玉を飲み込み病院に運ばれながらお父さんの背中で一生懸命謝る玉置さん、こんないい子を死なせてなるかと頑張るお父さん、当時は必死なんですけど、後からきくとなんと美しい話かとため息が出ますね。こうしたエピソードが数百数千と織り込まれてできてゆく家族生活の履歴、誠実さと甘えと成長と、歓喜や悲しみ、失望、風呂や時計、柱や屋根、笑い声やためいきを受け止めてきた壁のようなものまでが混然一体となって作られてゆくのが、この曲で歌われる、いや歌にならないもの・ことであるところの「家」なのだと、わかっていたはずなのにさらに思い知らされるかのようなとんでもない曲です。その重厚さ・秩序と無秩序が入り混じる混沌を表現するのに、渾身の音や声を用いたのでしょう。ちょうどピカソが形、色を用いてそうしたように。音でいうとドラム、ベース、ガットギター数本、コーラスだけなんですが……このアルバムは最初にギターを弾いて歌い、あとからドラムを入れたと『幸せになるために生まれてきたんだから』に記されていますが、つまり、メトロノーム的にはグラグラなんだと思います。玉置さんの肉体、精神のリズム・スピードがダイレクトに録音されているわけで、これはおよそ他人がシンクロできるものではありません。これがこの曲のもつカオス感、家や家族の融通無碍さをいやがうえにも感じさせます。
「オフロに入ろう」「ゴハンにしよう」「丸く座って」と、なんでもない日常が、おどろおどろしく歌われます。僕は「はじで笑ってる」そうですが、笑ってなどいません。泣いています。号泣です。いや、当時は笑っていたのでしょう、でも号泣せざるを得ません。当時笑っていて、反抗期にちょっとふてくされて、青年期におすましさんになり、大人になってまた笑えるようになって、昔のことを思いだして泣く、こういったものを一気に表現しているわけです。何と凄まじい!「食べよう」と歌詞カードにないつぶやきがまた凄みを感じさせます。続けてさらに「一生〜一生〜」「いついつまでーもー」とバックの叫び、岩に打ちつける波のような音を伴いながら「神の居る場所で」「花は換えた」「好物は必ずあげる」などと脈絡のないことを次々と絞り出すように歌います。「神の居る場所」はもちろん神居のことなんでしょうけども、家族が暮らす場所のことでもあるのでしょう。神棚や社殿に供えるものを家族や地域住民の役割として果たした、それと同じように家の花瓶を手入れすることや菓子入れに菓子や果物を補充しておくことを果たす、つまり家の一員であることを引き受け、自覚するという意味でもあるわけです。そうでないと脈絡がなさ過ぎていよいよ意味が分かりません。
余談ですが、「カムイ」とはアイヌ語で神のことです。北海道には難読地名が多いのですが、それはアイヌ語をムリヤリ漢字にしたからです。当時北海道は伊達藩の信託統治領みたいになっていましたから、伊達藩のお侍さんが一生懸命にリスニングして、どうにか知っている漢字に当てはめていったのでしょう。トマコマイとかクッチャンとか、もうメチャクチャといっていい当て字です。とはいえ、日本の多くの地名ももともとは土着のことばや侵入者侵略者のことばをムリヤリ万葉仮名にしたモノがかなり残っていますから、どっこいどっこいです。そんな中で、「神」を意味するカムイに「神居」という漢字を当てたお侍さん、超ファインプレーといえるでしょう。なんといっても意味が通ります。「道路」と「ロード」なみのミラクルといえるかもしれません。
さて、「一番大切な家族だから」と「時々頼むよ僕を助けて」という、相反する感情を一緒に歌うくだり、この曲の一番の聴かせどころに突入します。最初はかわるがわる歌っていくのですが、最後の「だから」と「助けて」は重なっており、歌詞カードがなければ「助けて」は聴き取りも困難になっています。
健気に家族の一員としての役割を果たしているのは家族が大切だから、そんな大切な家族だから、僕を助けてほしいと、相反してはいるんですが筋は通っています。助けるから助けて的な、自己都合による一方的なギブアンドテイクですら仕方ないなー浩二はーもうーと受け容れてくれるのが家族だからこそ筋が通るのです。もちろんこのときは精神病院から抜け出して静養していた時期の直後でしょうから、かなりリアルな「助けて」なんですけども、この事情と切実さを知らなかった当時のわたくし、わけがわからなかったというのが本当のところです。玉置さんって家族に助けてとかいうひとなんだ、と驚くくらいわかってませんでした。この曲も単なるカオス、またBananaとやってた頃の悪い癖が始まったかと思うくらい無理解でした。
そして鳴り響くシンバル、そして篠笛……篠笛?いや能笛かもわかりませんが……ここで和笛の何かが吹かれていますよね。尺八かとも思ったのですが、尺八を「自分のレコードでも使ってみようかな」(『幸せになるために生まれてきたんだから』より)とおっしゃってますので、この時点ではまだ使っていなかったか、忘れているのでしょう。この和笛がまた土着の神って感じで効いてますよね。幼少期の記憶を呼び覚ますにはこんなに格好の音もありません。そして江戸時代以前からの伝統がほとんどない北海道人にとっては神社で行われる神事を思わせますから、「神の居る場所」に似つかわしい音色でもあるのです。
このあと、無音にも似た静寂の時間があります。ベースの残響、玉置さんの「んー」、ポロポロと断続的に鳴るガットギターと音は鳴っているのですが、そのどれもが混沌としており、音楽として像を結んでいないため、無音に近い静寂感を覚えます。その静寂の中、「神の居る場所で」「花は換えた」とリプライズがはじまり、どこからが始まったのかわからないタイミングで歌詞カード上のコーダが始まります。
「感謝を忘れず」「死んでもはなれず」「僕がいまでも泳げないわけは」「じいちゃんばあちゃん」「信じる愛は」「街を抜けだした」「空よ僕を忘れないで思いだしてくれ」「カリント工場の煙突の上に(上に……上に……)」……と、さまざまな歌が滝のように降り注ぎ、歌詞最後の『ここ』がどこにあるのかわからない、隠された演出でこの曲は終わります。ベースもギターも、思いつくままに音色を試してみましたといった出音で、曲を奏でる意図はあまり感じられません。当時、聴いているわたくしの不安も不満もピークになったこと請け合いです(笑)。ほとんど詞も詞の体を成していませんし、演奏も演奏になっていません。これこそ、わたくしが弊ブログ開設当初に「「なんだろうコレ……何のつもりでこんな曲を入れたんだろう……」と思うことがないではなかった」と書いたよくわからない曲の、ほとんど最初の例でした。正直このアルバムは当時数曲しか理解できず、ただ漫然と流して聴く以外には耳にしないようにスキップしていた曲がいくつもあったのですが、このへんは思い切りスキップでした。だって気分良くないもん!(笑)。気分良くなるために音楽を「利用」するだけなら、この辺は一生スキップだったことでしょう。ですが、理解できるときが来るんですね……正直今でも気分はよくありませんが、わかるのです。そして、泣けてくるのです。かなりエネルギーが必要なのですが、玉置さんの心境を受信できるようになってからはこの曲をスキップなどしなくなり、しばしのドロドロした望郷と家族への思いに身を浸すようになったのでした。今回はこの記事を書くために何度もリピートして聴きましたからかなり消耗しました(笑)。消耗しすぎて更新間隔があいてしまったほどです。
当時の玉置さんの年齢をとうに超えたわたくし、すでに自分が「父さん」です。ですから、子どもがこうなったら助けるに決まってるじゃんという心構えになっています。ですが、そんなわたくしにもやっぱり「父さん」「母さん」は札幌の「家」にいてくれて、そこに「家族」が暮らしてきた履歴をまだ織りつづけてくれているという事実に、どこか甘えている息子の側面を、まだわずかながらに自覚してもいるのです。こんな歳になってもまだまだ効く!いや、若いと効かないというべきでしょうか、ともあれ、若いときにこの曲を聴いて若かったわたくしと同じようにスキップしている方、十年後にもう一度聴いてみてください、それでもスキップなら二十年後にまた!とおススメしたくなる超絶名曲だといえるでしょう。
余談ですが、玉置さんのお祖母さまは民謡の先生で、そのけいこ場によく出入りしていた玉置さん、三味線、尺八、和太鼓の音には親近感があるそうですから、やっぱり忘れているだけでさきほどの和笛は尺八だったんじゃないかなとふと思わせられるのです。「じいちゃんばあちゃん」と歌詞カードにないことばを歌った玉置さんですから、ばあちゃんを思い起こす音色をここに入れたとしても不思議ではないでしょう。
価格:2,597円 |
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
さて、「家族」とアイヌ民謡との関係ですか……これはまったく思いもよりませんでした。たしかにカムイコタンというコタンはあるのですが、玉置さんや武沢さんがお住まいになっていた神居とは山一つ隔てた向こう側なんですよ。わたくしも北海道の人間ですから、おそらく同じような文化環境で成長していったものと仮定しての話なんですが、北海道の人にとってもアイヌ文化というのは地元の文化って感じじゃないんです。教育大のところにカネト記念館とかあったかな?とか、小学校の修学旅行で登別とかのコタンにいったな、くらいで、おそらく玉置さんもアイヌ民謡にふれる機会は同じようなものだったんじゃないかと思います。
でも、天才の玉置さんのことだから、そういう数少ない機会でも吸収してしまったのか、または御祖母堂の秋田民謡の素養がたまたまアイヌ民謡のそれと重なるところがあったのか……この静謐な感じ、鬼気迫る感じ、似たものを感じますね。ぜんぜん考察とか見解とかでなくて申し訳ありませんが……。
道東はとても神秘を感じるところですね。わたしも旅行に行ったのはだいぶ前に一度きりですが……旭川から、多分今はない路線の鈍行を乗り継いで行きました。何時間もかけて。阿寒湖とか摩周湖とか、道西にはない雰囲気に驚いたものです。旭川はそういう雰囲気の入り口って感じでした。
さて、この家族という曲、もとより音楽の素養がない私には難解この上ないものですが、ふと、アイヌ音謡の影響があるのではないかと感じました。先日北海道旅行に行って、阿寒湖のアイヌコタンに行ったからかもしれません。神居が詞に入っているのもその意味があるのかな、など。
もし、それを考慮したトバさんの解釈が何かあれば、参考にさせていただきたいと思い、突然ですがお送りさせていただきます。すでにアイヌ語のことも触れられているので、検討済みかもしれませんが、愚考お納めください。
そうですね、「特に安全地帯や玉置さんの曲っぽくない」と思います。きわめつきにイメージを外れています。カップラーメン作りながら聴くにしたって長いし、スキップせざるを得ないかもわかりません(笑)。逆に、それこそサザエさんでも玉置さんが歌うと玉置さんっぽいのは謎です。とんねるずの番組でしたっけ、YouTubeですかね、それにしたってよくそんなのご存知ですねえ。
こういう曲がフロイトのいう無自覚の領域にあるものを垣間見れるような、そんな気がしてなりません。曲になってるんだから無自覚でないんですが(笑)。
明けましておめでとうございます_(..)_
このアルバムの他の曲もそうですが、この曲は特に安全地帯や玉置さんの曲っぽくなさそうですね!Amazonで聴けるけど聴くか迷います。玉置さんが歌ったらどんな曲でも良く聴こえるし、サザエさんの曲(子供向けの曲)でも感動したけど、この曲はどうなんだろう?私も1回目はスキップかな?笑
でも解説読んでたら気になったから聴いてみます!!
そして今年もよろしくお願いします!
ブログ楽しみにしてます( ˊᵕˋ* )