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2017年02月13日
氷れる川と洪水の関係(二月十日)
チェコに来て最初に体験した洪水は、夏の洪水だった。あれは確かオロモウツでチェコ語の勉強を始めて一年たった後の夏休みだから、三回目のサマースクールに通っていた頃の話である。チェコ全土で激しい雨が、日本の梅雨の豪雨や、台風の雨に慣らされた目で見るとそれほどひどい雨でも、長期的に降り続いたわけでもないけど、降り続き、特に南ボヘミアの山岳地帯の雨が激しく、つまりはブルタバ川上流に大量の水が流れ込むことになった。
ブルタバ川上流には、カスケードと呼ばれるぐらいにダムがいくつも造られていて、水量調整の役割を担っているはずだったのだが、あまり役に立っておらず、プラハを初めとして、ブルタバ川流域の街は大洪水に襲われて大きな被害を出したのだった。このときチェコ語には百年に一度の洪水などという奇妙な言い方があることを知った。
これは、その後も、洪水だけでなく大雨なんかでも、十年に一度、五十年に一度などという形で何度も聞かされることになるのだが、統計的にこの規模の洪水は百年に一回の割合で起こっているというようなものではない。適当にというわけではないのだろうが、基準となる規模をいくつか設定して、それに十年に一度レベル、二十年に一度レベルというように名前を付けていったもののようだ。だから、十年に一度のレベルの大雨が二年連続で降ったり、十年に一度の洪水の何年か後に五十年に一度の洪水が起こったりして、聞くものを混乱に陥れるのである。
それはともかく、この年の洪水を、直接の被害は受けなかったとはいえ、体験して思ったのは、日本という多雨の国の洪水に対する強さである。大雨で河川の水量が急激に増減することが前提となっているため、普段の水流よりもはるかに大量の水が押し寄せても洪水は滅多に起こらない。河原、河川敷、堤防というチェコでは見かけないもののおかげである。
チェコでは夏の大雨、洪水はあまり想定していないため、水の安定供給を重視して強い雨が降り出してもなかなかダムの放水量を増やさないという面もあるかもしれない。ぎりぎりになってダムの崩壊を恐れて放水量を急激に増やした結果、川が許容できる水量を超えていたという可能性もありそうだ。大雨が想定されるときにどの時点で放水を始めるかなんてのは、雨の少ないチェコにはデータも少ないだろうし。
では、冬の洪水、チェコに来るまでは知らなかった冬の洪水の場合にはというと、洪水が起こる原因は二つある。一つは上流の山地に積もった雪で、雪解けの水が大量に川に流れ込むことによって洪水が発生することがある。これは特に春になって急激に気温が上がったときに一気に雪が解けることで発生することが多く、気温がゆっくり上昇して雪解けもゆっくり進む場合には、ダムの水量調整で対応できているようだ。毎年のことでデータも十分以上にあるだろうし。
今年は、近年では雪が多いため、ダムの中には雪解けの洪水対策として、すでに放流を開始したところがある。ブルノの郊外にあるダムは、リプノと同じようにブルノ市民がスケートをしにやってくる場所となっているのだが、すでに貯水量を減らすために大量の放水を始めている。氷の下の水面を一メートルほど下げるのが現時点での目標だという。
この放流の結果、氷の下には空洞ができることになる。その分氷は割れやすくなるし、割れた後の対応も難しくなるからスケートはやめたほうが無難だと思うのだが、氷はまだ十分に厚いから大丈夫とか言って、スケートとスリルを楽しんでいる人たちはいるのだろうなあ。自動車で氷上を走る人は、いかにチェコでもいないと信じたい。
もう一つの春の洪水の原因は、凍結した川である。気温が上がって氷が融け始め、融けて水になった分だけ下流に流れていけば問題はないのだが、大抵は完全に融けきる前に、氷の塊が流れ出す。流れていく先が、ダムだったり、橋も何もなく海まで一直線だった問題ないのだろうが、往々にして橋や、川のいまだ氷りついている部分に突き当たって、それ以上流れていけない状態になる。
特に小さな川の場合には水面と橋の間にあまり大きな空間がなく、次々に流れてくる氷の塊が橋の下の空間に詰まって栓をするような形になる。行き場をなくした水が端の両側からあふれ出して洪水になるのである。ひどいときには橋そのものにまで被害が及び、橋が流されたり(これも下流での洪水の原因となる)、使用不能になったりすることもあるようだ。対策としては氷の詰まり始めた橋のところに重機を持ち込んで、ショベルカーか何かで氷の塊を引き上げて、邪魔にならないところに移動させるぐらいしかない。
もちろん川が凍りつかなければ、こんな洪水は起こらないので、最近はあまり起こっていない。ただ、今年は久しぶりの厳しい寒さで凍結した川も、高地を中心に多いだろうから、こちらの洪水はどこかで起こるに違いない。被害が少なければいいのだけど。
そして今年は積雪量も多いだけに、気温の急上昇による洪水も懸念される。オロモウツ近郊で前回起こった洪水も、確か気温の急上昇による雪解け水の増加をダムが受け入れきれなかったことが原因だった。幸いなことに1997年の夏の大雨による洪水に比べれば規模は小さく、被害も少なかったのだけど、チェルノビール地区なんかでは家屋の浸水も起こったのではなかったか。
このときのことで一番強烈に覚えているのは、市が用意した住民の避難用のバスに乗って洪水が起こりそうになっている地区に出かけていく人たちがいたことだ。さんざん批判されていたから、今年は洪水が起こりそうになってもそんなことは起こらない、いや洪水は起こらないと信じておこう。冬の冷たい空の下、氷交じりの冷水が川からあふれ出すなんてのは想像しただけでも、耐えられそうにない。冬来たれども、春未だ遠しである。
2月10日23時。