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2016年02月23日

メタノール事件 不思議の国チェコ(二月廿日)



 スコッチウイスキーは、スコットランド人のイングランドの支配に対する抵抗の中で生まれ育ったものだ。
 昔、漫画だったか、小説だったかで、そんな話を読んで感動して以来、酒の密造と、それによる脱税は、ただの犯罪ではなくレジスタンスの意味を持つものとなった。つまりは、酒の密造なんて手間のかかることをするのは、単に金のためだけではなく、何かの目的を達成するための手段に過ぎないのだと考えるようになったのだ。もちろん、目的があるから犯罪を犯してもいいというわけではないが、酒の密造なんて被害者が出るものでもないのだからと、今にして思えば、気楽なことを考えていた。

 そんな認識が吹き飛んでしまったのは、チェコに来て、アルコールを使った脱税の仕方を知ったときのことだ。自分でお酒を造るのではなく、工業用アルコールを飲料用にしてしまうのだ。税率の低い工業用のアルコールを大量に輸入し、書類上ではどこぞに販売したことにして、実際は発見しにくい地下や壁の中などに設置した秘密の貯蔵庫に保存する。ほとぼりが冷めたころに、瓶詰めして偽のラベルや証紙などを貼り付けて、飲用として密売ルートに流す。これが一般的な密造酒による脱税の手法で、税率の差の分、また安価な工業用アルコールを材料とする分、儲けの多い商売であるらしい。
 この手法はアルコールだけでなく、ガソリンなどの脱税にも使われている。使用目的を偽って輸入した低税率の油に、国内で多少の手を加えて成分を整え、ガソリン、軽油としてガソリンスタンドに販売しているらしい。異常に値段の安いガソリンスタンドで入れたガソリンの質が悪く車の故障を引き起こすことがあるのは、儲けのためにこの手の密造ガソリンをひそかに購入しているからだという。事件が発覚すると、その脱税額の大きさに驚愕することになる。

 ところで、チェコでは、自宅でのアルコールの製造は禁止されていないのである。自宅の台所でビールを造るなんて話もあるし、チェルナー・ホラというビール会社が出している蜂蜜を使ったクバサルというビールは、もともと普通の人が自分用に開発したレシピを買い取って生産を始めたという話である。
 それに、EU加盟の際に、問題になりかけたらしいスリボビツェもある。工場で大量生産されるものもあるが、南モラビアを中心に、自宅の庭に植えてある果物を使ってお酒を醸造している人は多い。使う果物も一種類だけではなく、いくつか組み合わせて自分だけの味や香りを楽しむ人たちもいる。自宅で醸造したアルコールを蒸留所に持っていって、所定の使用料と税金を支払いさえすれば、合法的に蒸留してもらえるのだ。チェコでは酒の密造が体制へのレジスタンスだなどいう話は、そもそも成立しない。

 チェコの密造酒がただの金儲けの手段に過ぎないことが、最も悲劇的な形で表に出たのが、2012年に起こった表題のメタノール事件である。
 発端は、オストラバの近くの町で、メチルアルコール中毒と見られる患者が出たことだった。警察の調査で、新聞や雑誌、煙草などを販売しているスタンドで購入した蒸留酒が原因であることが判明する。その後、チェコ各地、ポーランドにまで犠牲者が広がり、チェコ政府は蒸留酒の販売を禁じる部分的な禁酒令を出すことになった。
 メタノール入りのお酒の購入先の中には、わりと大手のスーパーや、個人経営の食料品店なども含まれており、商品のラベルや瓶の封印に使われている証紙が偽造されたものであることが判明する。チェコ側では、ポーランドから密輸されたものだと言い出す人もいたが、すぐにポーランド側によって否定された。一番不思議だった意見は、蒸留の設備の洗浄の際に、使った殺菌作用のあるサボという洗剤が残っていて、それが製品に紛れ込んだのではないかというものだった。サボとエタノールが反応するとメタノールになるのだろうか。
 自社製品のラベルが偽造されてメタノールの販売に使われたことで、ブランドイメージが低下したからと言って、ある酒造会社の社長が、犯人につながる情報に懸賞金をかけると発表して話題になったが、その後の警察の調べで、この人物もメタノールを市場に流した密造酒グループの一員であることが判明して逮捕された。確かに挙動不審な怪しい人物ではあったが、蒸留酒の生産販売を手がけている会社が、直接関わっているのは意外であった。
 ショット形式で蒸留酒を提供している飲み屋では、開封済みのものは廃棄処分にすることが求められ、家庭にある蒸留酒を処分したい人たちのために回収用の場所を役所が設置したり、混乱を収めるためにさまざまな努力が重ねられていた。そして蒸留酒を製造している工場に対して、これまで以上の厳しいチェック体制が義務付けられたことで、設備投資の資金のない小規模の会社の中には、廃業を選ぶところも少なくなかった。お酒の消費者だけでなく、一般の生産者も、販売者もこの事件の被害者だったのである。

 警察の地道な捜査の結果、ズリーンを中心に活動する密造酒のグループが主犯であることが判明し、関係者が逮捕されることになるのだが、メチルアルコールを市場に流したときに、どんな結果がもたらされるか考えなかったのだろうか。各地に隠し倉庫や瓶詰めの設備を擁する大規模な組織で、外国から輸入した工業用アルコールを、機械的に処理して市場に流していて、メチルアルコールであることに気づかないまま流してしまった可能性もないわけではなさそうだが、被害者が出た時点で闇ルートに警告を流して販売を停めるぐらいこのとはできただろうに。こんなことがあると、チェコではやっぱりビール以外は飲めないと思ってしまう。
2月21日23時。



 体調不良の中で書いたせいか、いつも以上に文章が荒い気がする。この事件の被害者にというわけではないけれども、他に合いそうなものがないのでこれ。2月22日追記。




タグ:犯罪 脱税
posted by olomoučan at 06:29| Comment(0) | TrackBack(0) | チェコ
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