2020年08月20日
ハシェクの日本語訳その他(八月十七日)
ハシェクも、チャペクと同様、多くの短編作品を残しており、生前に刊行されたもの以外にも、没後になってまとめられたものなど多くの作品集が出ている。ただ、その全貌はチャペクの場合以上によくわからず、日本語訳だけを見て原典を同定するのはほぼ不可能である。そもそも代表作であるシュベイク自体が、日本語に翻訳されたもの以外にも、第一次世界大戦前、大戦中に出された二冊の本の題名にも登場するので、中身を知らないとどのシュベイクが翻訳されたか確定するのは難しいのである。
単行本として出版されたものもあるが、発表順にどんな翻訳があるのか見ていこう。
@辻恒彦訳「公爵夫人の真田虫」(『新興文学全集』第20巻、平凡社、1930)
最初の短編の翻訳は『シユベイクの冐険』の刊行と同年の1930年である。訳者は同じ辻恒彦訳。平凡社の『新興文学全集』第20巻は、「独逸編第3」ということでチャペクの「ロボツト」も収録されている。チェコスロバキアもオーストリアも独立させずに、ドイツ圏ということで一まとめにされたのだろう。
題名に登場する「公爵夫人」も「真田虫」もチェコ語で何というかは知っているけれども、こんな題名の作品は見つけることができなかった。サナダムシはチェコ語で「tasemnice」というが、この言葉を知っているのは、病院でお世話になったからではなく、作文の際にだらだらと長く続く文を使っていたら、師匠にサナダムシみたいな文だなんてことを言われたからである。ただし、無駄に長い文を形容するのにサナダムシを使うのがチェコで一般的なのかどうかはわからない。
A飯島周訳注『ハシェク風刺短篇集』(大学書林、1989)
二番目は一気に飛んで80年代の終わりである。語学教材の出版に力を入れている大学書林の出版だけあって、ただの短編集ではなく、チェコ語のテキストに語注もついた対訳版になっている。収録作品はオンライン目録には記載されていないので不明だが、チェコで出た短編集ではなく訳者が独自に選んで編集したものであろう。
この短編集は、チェコ語の勉強のために使用することが想定されたのだろうが、東京外大にチェコ語科ができる少し前の出版で、どのぐらいの需要があったのだろうか。大学書林の語学学校でチェコ語の授業がすでに行われていたのかな。それにしても第二次世界大戦前の作品を学習に使えるのは、結構な上級者だけではないかと思う。
その後、2002年に平凡社から、単行本として刊行されるが、チェコ語と語注の部分を取り去っただけななのか、内容に増補などの変更があるのかはわからない。そして、昨日気づいたのだが、今年の10月には、平凡社ライブラリー版が出版されるようである。
B飯島周訳「犯罪者たちのストライキ」(『文学の贈物 : 東中欧文学アンソロジー』未知谷、2000)
C平野清美訳「オーストリアの税関」(『チェコSF短編小説集』、平凡社、2018)
この二つの短編が収録されたアンソロジーについてはすでにコメントしたので、繰り返さない。どちらもチェコ語の原典および原題は不明。日本語題をチェコ語に直訳しても、原題と同じものになるとは思えない。チェコ文学ではなかったけど、世界的に有名な作品の日本語題をチェコ語に直訳したら、わかってはもらえたけど、大笑いされたことが何度もある。
D栗栖継訳『プラハ冗談党レポート : 法の枠内における穏健なる進歩の党の政治的・社会的歴史』(トランスビュー、2012)
小説ではないと思っていたのだが、ホントで確認したら「ユーモア・ノンフィクション小説」と書かれていた。そんなジャンルあるのか? チェコ語の原題は『Politické a sociální dějiny strany mírného pokroku v mezích zákona』で執筆は第一次世界大戦前の1911年だが、出版されたのは、ハシェク没後の1963年。このころハシェクの再評価でもあったのだろうか。訳者の栗栖継は2009年に亡くなっているから、翻訳も没後の刊行になった。
出版社のトランスビューは、2001年に設立された、比較的新しい小規模の出版社で、ウィキペディアによれば、宗教、哲学、教育などを中心に出版活動をしているようだ。また取次を使わないで直接書店と取引をするという販売方法を取っているらしい。取次とか再販制とか、日本独自の書籍の販売方法が、日本の出版文化を支えた面はあるけれども、取次のせいで時代に取り残されつつあるのもまた事実である。ホントでは現在購入不能になっているが、取次が運営する販売サイトだからかな。
番外
グスタフ・ヤノーホ/土肥美夫『ハシェクの生涯 善良な兵士シュベイクの父』(みすず書房、1970)
『カフカとの対話』で知られる著者は、ハシェクについても一冊まとめている。「ヤノーホ」と書かれるが、チェコ語では「Janouch」で「ヤノウフ」と書きたくなる。20世紀初頭にプラハに生まれ、音楽家として活動する傍らで著作や翻訳の活動もしていた人のようだ。『カフカとの対話』はドイツ語で書かれ、後にチェコ語に翻訳されたが、『ハシェクの生涯』がチェコ語とドイツ語のどちらで書かれたのかは不明。翻訳はドイツ語版からなされたものだろうけど。ちなみに、チェコ語版のウィキペディアによれば、『アンネの日記』のチェコ語版の翻訳者として知られているらしい。
実はハシェクの作品は、読みかけて途中で挫折した栗栖訳の『シュベイク』も含めて、最後まで読んだことがあるものは一つもない。それでもハシェク=シュベイク=ルドルフ・フルシンスキーというイメージを持ってしまうのは、1950年代に制作されたシュベイク二部作で、フルシンスキーがこれ以上はないと思えるぐらい見事なシュベイクを演じているからである。原作のシュベイクのあの饒舌さは映画になっても変わらず、頭がくらくらしてきて最後まで見通したことはないのだけどさ。昔映画の宣伝文句に使われていたという「総天然色」というのを思わせる微妙な色合いも、ハシェクの盟友ヨゼフ・ラダの絵の色合いを思わせるし、フルシンスキーのシュベイクは、名作と呼んでいいのだろうと思う。チェコ映画はノバ―・ブルナの作品ばかりじゃないんだから、シュベイクも日本で上映すればいいのに。字幕にしても吹き替えにしても死ぬほど大変だろうけどさ。
2020年8月17日24時。
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