2019年10月31日
建国記念日にあたって(十月廿九日)
昨日、十月廿八日は、1918年にチェコスロバキアの独立が達成されて101回目の記念日だった。毎年、この日には、チェコ各地で記念の式典が行われ、プラハ城では、昼間は新しく軍に入隊した人たちの宣誓式が行われ、夜は、国会議員や一般の人たちの推薦に基づいて大統領が選んだ人たちに、勲章を与える叙勲式が行われる。
チェコの勲章は、いくつかのカテゴリーに分かれるが、一番上なのは、国章の獅子の紋章に基づいた白獅子勲章、次が建国の父マサリクにちなむ、T.G.マサリク勲章。その下に軍人向けの英雄的行為に対する勲章と、芸術家やスポーツ選手など一般の人向けの専門分野における偉大な業績に対して与えられる勲章となっている。
毎年、数百人の推薦があり、実際に叙勲されるのは、数十人ということが多いのだが、ゼマン大統領は、毎年のように、最終的な人選に関して批判にさらされている。批判されるのは、叙勲の人選だけではなく、叙勲式に招待する人の人選についてもで、今年も、市民民主党党首のフィアラ氏や、下院の副議長などを招待しなかったことで批判されている。
招待されなかった理由は、例の文化大臣罷免、任命の騒動の際に、市民民主党などの野党が中心となって、国会議員の手でゼマン大統領を最高裁判所に提訴しようとしたことに対する報復ではないかと言われている。招待されなかった人たちは、下院の副議長として積極的にこの件に関わったらしい。これに対して、ゼマン大統領は招待されなかった人たちの精神の安寧のために招待しなかったんだとか言っているようだ。
昨年、一昨年は、チェコでは大統領案件となっている大学教授の任命、正確には任命拒否に関して、国立大学の学長たちが反ゼマンに回ったために、学長も招待されなかったのだが、今年はもめ事がなかったおかげか、いつものように招待されていた。ただ出席したかどうかは話が別で、オロモウツのパラツキー大学の学長は、あれこれ口実を付けて欠席したようである。この人だけでなく、政治家の中にも招待されていても欠席を選んだという人もいる。
さて、今年叙勲されたのは、すべて合わせて42人。何人かは没後の叙勲で、イン・メモリアムという形で遺族が勲章を受け取りに来ていた。最初の叙勲者もイン・メモリアムで、ヤン・アントニーン・バテャ。兄トマーシュの急死後、後を継いでバテャ社の経営にあたった人物である。共産党政権によって、ナチス協力者の烙印を押されて、亡命を余儀なくされたが、実際にはベネシュの亡命政権や、反ナチスの運動にひそかに資金提供をしていたらしい。
一番上の白獅子勲章の受章者は、バテャ氏も入れて、8人だったのだが、その中で特筆すべきは、バーツラフ・クラウス大統領である。ハベル大統領も、退任後に叙勲されているからそれに倣ったものと考えていいのだろうか。とはいえ90年代のチェコの政界を牛耳ってきた二人の大物が、手を結べば不可能なことは何もないという事実の象徴のようにも見えなくはない。ゼマン大統領が次の大統領によって叙勲されるかどうかも注目される。
もう一人の注目は、ルドルフ・シュステル氏で、2000年代に入ってチェコに来た人間にはそれほどなじみのない名前なのだが、1999年から一期5年間、スロバキアの大統領を務めた人物である。つまりはゼマン大統領がチェコの首相を務めていた時代の大統領ということになる。次の大統領だったガシュパロビチ氏もすでに叙勲されているから、大統領経験者を互いに叙勲するという流れができつつあるのかもしれない。
この日の叙勲の中で、一番見る人の心を打ったのは、アフガニスタンで活動中にテロの犠牲となり英雄的行動に対する勲章を授与された軍人の遺族とともに列席した軍用犬だっただろう。この兵士は訓練した二頭の犬とともにアフガニスタンに派遣され、活動中にテロに遭い命を落としたのだが、犬たちは無事チェコに戻ってきた。そのうちの一頭が、出席していたのである。もう一頭は、再度のアフガン派遣から帰国したばかりということで呼ばれなかったようだ。
この人だけでなく、第一次世界大戦中にチェコスロバキアの独立のために軍団を組織して戦った人たちや、第二次世界大戦中にイギリス空軍に所属してナチスの空軍と戦った人たち、国内で反ナチスのゲリラ活動をした人たち、ビロード革命後に国外に派遣されて命を落とした人たちなど、毎年軍隊関係者への叙勲が行なわれている。チェコは国のために命を落とした人を大切にしているのである。こういうのを見ると、日本の自衛隊が不憫に見えてくる。
もう一人の目玉は、アイスホッケーのヤロミール・ヤーグルで、すでにクラウス大統領の時代に叙勲されているが、今回はちょっとランクの高いものを与えられた。ニュースなどには詳しく書かれていないが、それぞれの勲章に、一等から確か三等まであって、ヤーグルは今回偉大な業績に対する勲章の一等をもらったようだ。その業績というのは、ゼマン大統領と一緒に中国に出かけて中国のアイスホッケーに対する支援を約束したことらしい。
ゼマン大統領は、すでに来年の建国記念日には、イン・メモリアムで、カレル・ゴットを叙勲することを明らかにしている。今年はまだ遺族の悲しみが癒えていないからさけて、あえて来年にすると語っていた。根強いゴットの人気を考えると、反対できる政党、政治家はいないだろうなあ。個人的には、天に帰った神に、勲章なんて不遜じゃないかと思うのだけど。
ゼマン大統領が批判されるのは、国事行為であるはずの叙勲式を私物化していると言う点である。ただ、叙勲式だけでなく、大統領の地位、大統領の職権そのものを私物化する傾向があるというほうが正しいような気もする。これがビロード革命から30年を経たチェコの現実なのである。
2019年10月29日23時30分。
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