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2021年01月17日

「魔術師」本文 vol,15

「魔術師」VOL,15

真っ直ぐなもの、真ん薗なもの、平なもの、凡て正しい形を有する物体の世界を、凹面鏡や凸面鏡に映して見るような、不規則と滑稽と胸悪さとが織り交じっているのです。

正直をいうと、私は其処を歩いているうちに、底知れぬ恐怖と不安とを覚えて、幾たびか踵を回(かえ)そうとしたくらいでした。

もしも彼女が一緒でなかったら、私は本当に中途で逃げたかもわかりません。私の心の臆するに従い、彼女はますまづ軽快に、子供のような無邪気な足取りで、勇ましく進んでいくのでした。

私が物に脅かされた怯懦(きょうだ)な目つきで、訴えるように彼女の様子をうかがうと、彼女はいつも面白そうな、罪のない笑顔を見せて、にこにこしているのです。


「お前のような正直な、柔和な乙女が、この恐ろしい街の景色を、どうして平気で見ていられるのだろう。」
私はしばしば、彼女に尋ねようとして、躊躇しました。けれども私が実際こういう質問を発したら、彼女は何と答えたでしょうか。

「わたしにはあなたという恋人があるためなのです。恋の闇路へ這入った者には、恐ろしさもなく恥ずかしさもない。」と云うでしょうか。・・・・・・そうです。彼女はきっとこれ等の言葉を答えるに違いないでしょう。

彼女はそれほど熱心に私を信じ、それ程純粋に私を愛しているのです。羊のように大人しい、雪のように浄い彼女が、この公園を喜ぶのは、たしかに私を恋している証拠なのです。


引用書籍
谷崎潤一郎著「魔術師」中央公論社刊



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