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2021年01月18日

「魔術師」本文 vol,35

「魔術師」VOL,35


あの時、私の恋人は、私の袖をしっかりと捕らえて、涙をさめざめと流して云いました。
「ああ、あなたはとうとう魔術師に負けてしまったのです。私のあなたを恋する心は、あの魔術師の美貌を見ても迷わないのに、あなたはあの人に誘惑されて、私を忘れてしまったのです。

私を捨てて、あの魔術師に仕えようとなさるのです。あなたはなんという意気地のない、薄情な人間でしょう。」

「私はお前の云う通り、意気地のない人間だ。あの魔術師の美貌に溺れて、お前を忘れてしまったのだ。成る程私は負けたに違いない。しかし私には、負けるか勝つかということよりもっと大切な問題があるのだ。」

こう云う間も、私の魂は磁石に吸われる鉄片のように、魔術師の方へ引き寄せられているのでした。

「魔術師よ、私は半羊神(ファウン)にないたいのだ。半羊神(ファウン)になって、魔術師の玉座の前に躍り狂っていたいのだ。どうぞ私の望みをかなえて、お前の奴隷に使ってくれ。」

私は舞台に駆け上がって、譫言(うわごと)のように口走りました。



引用書籍
谷崎潤一郎「魔術師」中央公論社刊

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