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2021年01月18日

「魔術師」本文 vol,29

★「魔術師」VOL,29



私は、魔術師が諄々として語り続ける言葉よりも、むしろ彼の艶冶(えんや)な眉目と婀娜(あだ)たる風姿とに心を奪われ、いつまでもいつまでも恍惚として、眼を見張らずには居れませんでした。

彼が超凡の美貌を備えていることは、前から聞いていたのですが、それにしても私は今話によって予想していた彼の顔立ちと、実際の輪郭とを比較して、美しさの程度に格段の相違があるのを認めました。

就中(なかんずく)、私の一番意外に感じたのは、うら若い男子だとのみ思っていたその魔術師が、男であるやら女であるやら全く区別の付かないことです。

女に云わせれば、彼は絶世の美男だというでしょう。けれども男に云わせたら、或いは広古の美女だと云うかも知れません。

私は彼の骨格、筋肉、動作、音声の凡ての部分に、男性的の高雅と智慧と活発とが、女性的の柔媚と繊細と陰険との間に、渾然として融合されているのを見ました。

たとえば彼の房房とした栗色の髪の毛や、ふっくらとした瓜実顔の豊頬や、真紅(まっか)な小さい唇や、優腕にしてしかも精悍な手足の恰好や、それ等の一点一画にも、この微妙なる調和の存在している工合は、ちょうど十五六歳の、性的特長がまだ充分に発達し切らない、少女或いは少年の体質によく似ていました。

それから彼の外見に関するもう一つの不思議は、彼が一体、何処に生まれた如何(どん)な人種であろうかという問題です。



引用書籍
谷崎潤一郎「魔術師」中央公論社刊


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