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2021年01月17日

「魔術師」本文 vol,17

「魔術師」VOL,17

自分の一身が、いかに忌まわしい滅亡の淵に臨んでいるかを、心付かない小児(こども)のように、朗らかな瞳を開き、爽やかな眉を示しているのです。私が同じ意味の言葉を再三再四繰り返すと、

「私は覚悟しています。今更あなたに伺わないでも、私にはよく分かっています。あなたと一緒に、こうしてこの町を歩いている今の私が、自分にはどんなに楽しく、どんなに幸福に感ぜられるでしょう。

あなたが私を可哀そうだと思ったら、どうぞ私を永劫に捨てないで下さい。私があなたを疑わないように、あなたも私を疑わないでいて下さい。」

彼の女は相変わらず機嫌のよい、小鳥のような麗らかな声で、ただ訳もなくこう云い捨ててしまいました。そうして、ふたたび私を促して、例の魔術師の小屋の前までやって来た時、

「さああなた、これから私たちは試しに行くのです。二人の恋と、魔術師の術と、どっちが強いか試してやりましょう。私はちっとも恐くはありません。私は自分を堅く堅く信じていますから。」

と、私を激励するように幾度となく念を押しました。それ程までに突き詰めた、彼の女の真心のうるわしさを見せられては、たとえ私がいかに卑劣な、根性の腐った人間でも、どうして感奮せずにいられましょう。



引用書籍
谷崎潤一郎著「魔術師」中央公論社刊





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