2021年01月17日
「魔術師」本文 vol,16
「魔術師」VOL,16
私の趣味を自分の趣味とし、私の嗜好を自分の嗜好にしようと努めた結果なのです。世間の人は彼の女のことを、私のために堕落をしたというかもしれません。
しかし彼の女の趣味や嗜好がいかほど悪魔に近づいたにせよ、彼の女の心、彼の女の心臓はいまだに人間らしい温情と品位とを、失わずにいたのでした。
そう考えると、私は彼の女に感謝せずにはいられませんでした。私のような、世の中になんの望みもなく、ただ美しい夢を抱いて国々を漂白しながら、物憂く侘しく生きている人間が、貴い乙女の魂を征服していることを思うと、私は非常にもったいない心地がしました。
「私はとてもお前のような優しい女子の恋人になる資格は無いのだ。お前は私と一緒になって、この公園に遊びにくるには、あまりに気高い、あまりに優しい人間だ。
私はお前に忠告する。お前のためには、二人の縁を切ったほうが、どんなに幸福だかわからない。私はお前が、こんな所へ平気で足を踏み入れる程、大胆な女になったかと思うと、自分の罪が空恐ろしく感ぜられる。」
私は不意にこう云って、彼の女の両手を捕らえたまま、往来に立ち竦(すく)んでしまいました。しかし彼の女はやっぱり平気で、にこやかに笑っているばかりです。
引用書籍
谷崎潤一郎著「魔術師」中央公論社刊
私の趣味を自分の趣味とし、私の嗜好を自分の嗜好にしようと努めた結果なのです。世間の人は彼の女のことを、私のために堕落をしたというかもしれません。
しかし彼の女の趣味や嗜好がいかほど悪魔に近づいたにせよ、彼の女の心、彼の女の心臓はいまだに人間らしい温情と品位とを、失わずにいたのでした。
そう考えると、私は彼の女に感謝せずにはいられませんでした。私のような、世の中になんの望みもなく、ただ美しい夢を抱いて国々を漂白しながら、物憂く侘しく生きている人間が、貴い乙女の魂を征服していることを思うと、私は非常にもったいない心地がしました。
「私はとてもお前のような優しい女子の恋人になる資格は無いのだ。お前は私と一緒になって、この公園に遊びにくるには、あまりに気高い、あまりに優しい人間だ。
私はお前に忠告する。お前のためには、二人の縁を切ったほうが、どんなに幸福だかわからない。私はお前が、こんな所へ平気で足を踏み入れる程、大胆な女になったかと思うと、自分の罪が空恐ろしく感ぜられる。」
私は不意にこう云って、彼の女の両手を捕らえたまま、往来に立ち竦(すく)んでしまいました。しかし彼の女はやっぱり平気で、にこやかに笑っているばかりです。
引用書籍
谷崎潤一郎著「魔術師」中央公論社刊
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