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2021年01月16日

「魔術師」本文 vol,9

「魔術師」本文VOL,9


やや長い間、私は唯、無数の人間の雲の中を否応なしに進みました。

行く手を眺めると、公演は案外近い所に在るらしく、燦爛としたイルミネェションの、青や赤や黄や紫の光芒が、人々の頭に焦げ付く程の低空に、淡々と燃え輝いているのです。



道路の両側には、青楼とも料理屋ともつかない三階四階の楼閣が並んで、華やかな岐阜提灯を珊瑚の根掛けの様に連ねたバルコニイの上を見ると、酔いしれた男女の客が狂態の限りを尽くして、野獣のように暴れていました。



彼等の或る者は、街上の群衆を瞰(み)おろして、さまざまの悪態を浴びせ、冗談を云いかけ、稀には唾を吐きかけます。

彼等はいずれも外聞を忘れ羞恥を忘れて踊り戯れ、馬鹿騒ぎの揚句には、蒟蒻(こんにゃく)のようにぐたぐたになった男だの、阿修羅の様に髪を乱した音などの画、露台の欄干から人ごみの上へ真っ逆さまに落ちて来るのです。





引用書籍

谷崎潤一郎「魔術師」中央公論社文庫刊




                         次回に続く。
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