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タグ / クロア
記事
クロア篇−10章4 [2019/05/11 00:00]
ヴラドの館を来訪した三人はタオの飛竜に乗り、アンペレの町へ帰還した。行きと逆順をたどり、町中で降りてから屋敷へ行く。ただし出かけるときとはちがい、クロアは姿を隠さずにいた。今宵の外出を周囲に知らしめるためだ。案の定、警備兵の目撃証言を聞き付けた高官が出迎えに来た。クロアは余裕の態度で老爺に挨拶する。
「こんな夜にも真っ先に出てくるなんて、勤勉ですわね」
「どこにお出かけだったのですか。従者にも告げず……!」
「カスバンには後日知らせます。さきに伯に報告しなくてはなりま..
クロア篇−10章3 [2019/05/10 00:00]
クロアが抱えていた猫がむずがり、床へ下りた。クロアは手中の温もりを失う。自身の両腕をつかむことで、自身のさびしさをまぎらわせる。
「わたしが、魔人の娘……」
はじめて知ったことだ。それでも突拍子ない事実とは思えなかった。
「ベニトラやナーマが、わたしを魔族寄りの人間みたいに言っていたのは……」
「魔族の血が濃い者は魔障の血の濃度が見抜ける。あなたのように気付かない者もいるがね」
「じゃあダムトやプルケも、わたしが……お父さまの子じゃないとわかってた?」
魔人..
クロア篇−10章2 [2019/05/09 00:00]
「どういう、こと?」
クロアは答えを聞きたくない問いをつぶやいた。明るい茶色の兎が「そのまんまの意味」と無邪気に切り捨てる。
「この子どもを抱いてる人、ヴラドが捜してる女性なの」
「ちがうわ。だって、お母さまは十数年もお父さまと連れ添って──」
「うん、それくらいむかしにここを出て行ったよ。『施療院に行く』と言って」
施療院は公営の医療施設だ。診察だけなら無料で利用でき、旅人もお世話になるという。聞くところによると、クロアの両親の馴れ初めも、クロアの母が町の施療..
クロア篇−10章1 [2019/05/08 00:00]
他国にある館の魔人の住処に到着したクロアは飛竜から降りた。屋内は明るいため、何者かが館にいるとうかがい知れる。クロアは魔人がいるのではないかと思い、すぐに玄関へ突入する気にはなれなかった。タオが「楽にしていい」と忠告する。
「ヴラドがいる気配はない。この照明は同居人が点けたものだ」
館の主は不在だと知り、クロアは緊張がほぐれた。臨戦態勢は不要となれば両手を空けておく必要はない。それゆえ足元にいるベニトラを抱きあげる。
「ヴラド以外に、どういった方が住んでらっしゃるの..
クロア篇−9章7 [2019/05/07 00:00]
夕食を終えたクロアは自室で休んでいた。クロアのあらたな招獣はいま、マキシに預けてある。その様子を見に行こうかな、とぼんやり考えたころ、扉を叩く音が鳴った。音の出所は隣室のレジィの部屋ではなく、廊下だ。
「どちらさま?」
「療術士のタオだ。いま、部屋に入ってもいいか」
「ええ、どうぞ」
帽子を被った男が入室する。彼は外套を羽織っており、外出の支度ができていた。ただし杖は持っていない。
「いまからお出かけになるの?」
「ああ、ヴラドの館に行く。先だっては貸していた..
クロア篇−9章6 [2019/05/06 00:00]
会議終了後、クロアは平常通りに執務室で昼食をとった。自室で食べてもよかったが、午前にできなかった事務作業を食後すぐにこなしたかった。出兵のせいで疲れたからと言って後日に回してもよかったが、快勝とは言えぬ結果に終わったため気が引けた。
室内には四人の男女がいる。レジィとダムトの両人が揃っているためにマキシの座席はなく、予備の椅子を使ってクロアの机にお邪魔した。その図々しさにクロアは少々うんざりする。
「あなたは客室で召し上がってもよろしいのですけど?」
「なんの、保護..
クロア篇−9章5 [2019/05/05 00:00]
一行はアンペレの町に着いた。クロアはベニトラの背に担がれていた白い魔獣を抱える。猛獣の姿のベニトラを町中に入れては住民が怯えてしまうため、ベニトラには愛らしい幼獣に変じてもらう。太い足の猫と化したベニトラを、レジィが抱いた。
町には当主以下別働隊が帰還しており、余力のある兵が賊の連行を引き継いだ。予想外の魔人と交戦した隊員たちは緊張の糸が切れ、口々に自身の生あることを喜んでいた。隊列の後方にいたユネスが呆れたように苦笑する。
「ほんとに戦士って柄じゃねえのが多いな」
..
クロア篇−9章4 [2019/05/04 00:00]
白い魔獣はリックの提案に乗った。縛に就いた人間を前足で殴打していく。その制裁は十人いる男たちを二回ずつ倒すことで終結を迎える。二順目になると、魔獣の疲労が積み重なったのか、打撃の勢いが鈍った。振り上げる前足が重々しくなると、私刑の提言者が「おめえの怨みはそんなもんか」とけしかけるありさまだ。クロアは現場を始終見ていて、ひとつ思った。
(あの魔獣に人を殺せる力がのこっていないと、リックさんは見抜いていたのかしら)
魔獣が賊への私刑をやりはじめたとき、殴られた側は地に倒れ..
クロア篇−9章3 [2019/05/03 00:00]
山の斜面を駆け抜け、フィルが到着した先にはリックがいた。地中に大部分が埋もれる岩に腰かけ、休んでいる。彼の肉体には外傷がなかった。
「リックさん、賊に与(くみ)する魔人と一戦交えたのではなかったの?」
「やつはすーぐ帰っちまったよ。ま、本気で勝敗を決めるときゃ、数日がかりになると思うがな」
「そんなに、お強いのね?」
「そらそうよ。むかーしの戦争で敵方を蹂躙した魔人だぞ」
「そんな魔人が、なんでチンケな賊の仲間になったのか、お聞きになりました?」
リックはあご..
クロア篇−9章2 [2019/05/02 00:00]
妖鳥に運ばれるマキシが下りてきた。レジィは妖鳥から離れるが、招術士は自身の招獣に抱えられたままだ。
「アゼレダに物理攻撃は効きにくい。まず僕がレジィの招獣と一緒に撹乱しよう。きみはその隙を突いてくれ。弱点は赤い魔石だ」
敵対する魔獣は首輪の下の胸元に、赤い石が埋め込んであった。
「首輪の効力は、アゼレダなら無効化できると思う。外すのは後回しだ」
マキシが再度上空へ上がった。レジィは黄鼬を呼ぶ。
「マルくん、電撃をあの白い魔獣にぶつけて!」
薄黄色の細長い獣..
クロア篇−9章1 [2019/05/01 00:00]
クロアが待ちかねた決行の日は予想以上に早かった。最初の作戦会議を行なった翌々日に決定する。即断の要因にはマキシが主張した希少な魔獣の保護があがったが、そのほかにも原因がある。リックの大食ぶりに対応しきれない料理人が音をあげてしまったという。早々に客分の役目を終えて退去してもらうため、片を付けることになった。
当日、早朝に隊を率いて出発する。総数は百人余り。それ一つが小隊と言える規模だ。あまり人数が多いとリックが「巻き添えを食らわすかもしれん」と物騒な意見を述べたため、兵..
クロア篇−8章7 [2019/04/30 00:00]
初回の会議をおえた夜。クロアは自室で体操をしていた。いよいよ本格的な戦いにおもむくと思うと、じっとしていられない。全身という全身を自分の思いどおりにうごかせるよう、筋肉をのばしたり関節の可動域を限界まで広げたりした。
クロアは素手でやれることを一通りやると、次に杖を両肩にのせて、上半身をひねる運動をした。左右に体をうごかすうちに、猫も円卓のうえで同じような体操をやりだした。後ろ足と尻尾で体を支え、前足を後頭部に置いて、胴体をひねる。クロアの真似をしているようだ。
「あ..