2017年11月23日
拓馬篇前記−校長7
校長はわざと面接時間に遅れさせた本摩を加え、デイルと話しこんだ。本摩は常識的な教師だ。彼が投げる質問はとても普通だった。
才穎高校に勤めたいと思った理由、他の業種から教職へ転向するきっかけ、勤務する間にできる目標といった、ほかの職種の面接でも聞きそうなことばかり。デイルはそつなく答えた。校長も気になっていた転職の要因は「上司の勧め」だという。
「上司のお子さんが教師を目指していたのですが、訳があってあきらめることになったのです。せっかく教材が余っているので、興味があったら勉強してみないか、と勧められました」
もともとデイルは学ぶことが好きであり、警備業のかたわら勉学に励んだという。本摩はデイルの嗜好と最初に身を投じた業界との不一致を指摘する。
「勉強が好きなら、インテリ方面に進もうとは思いませんでした? たとえば研究職とか」
純粋な疑問だ。教師志望者はほほえんで「それは無理でした」と答える。
「私は浅く広く学ぶのがちょうど良いのだと自覚しています。一つの分野をとことん突きつめることは性に合わないと思いまして」
「デイルさんは英語の科目を担当するんですよね。それは母国語だから、深く研究はしていないと?」
「大学の教授が学会で発表するような言語学の造詣には自信がありません。ですが高校生が学ぶ範囲の、実用性のある外国語でしたら勉強していますし、生徒に教えられると思います」
若者はよどみなく返答した。落ち着いた答弁にはベテランさながらの安心感がある。校長は彼を採用する妥当性を獲得しつつ、聞き専にまわっていた。
「それと教職には関係のないことですが、私の母国はいちおう日本です」
「そうなんですか。では帰化されたと」
「はい、両親が。ですから名前と見た目がこれでも、日本人です」
デイルは日本国籍を所有する。だがのちのちアメリカへ行く約束を親類と交わしたのだという。その約束を守るために一学期だけの教師になりたがっているのだ。
「この短い期間でも、不都合はないでしょうか?」
校長は「ぜんぜんかまわないとも!」と力説する。
「ケガで入院中の教師がいてね、一学期が終わるころには復帰できるはずなのだよ。彼の不在のあいだ、危険な行動をする生徒たちを見守ってほしい」
もちろんずっといてくれればなお良いが、と校長は言葉をそえた。校長は八巻の代替のみを求めてはいない。若者の個を尊重したいことを表現した。その思いが通じたようで、デイルは「うれしいお言葉かけです」と顔をほころばせた。
校長が見たところ、面接の感触は上々だ。校長は最後に住居について話す。
「デイルさんのお住まいはとなりの県だね。通勤が大変じゃないかね?」
「そうでしょうか。片道一時間以上かけて通勤通学する人は大勢いると聞きます。私の場合も常識の範囲内だと思います」
「通勤時間は短いにこしたことはないだろう。もしよかったら私が運営するアパートに引越さないかね」
「校長先生の?」
デイルは視線をそらした。考え事をしているらしい。校長はここぞとばかりにセールストークをはじめる。
「家具家電は一通りそろっていて、すぐにでも住めるのだよ。月々の家賃は相場の半値だ。わるい話じゃないと思うがね」
「はい、とても条件のよいお話だと思います。いつごろ入居できますか?」
「今日でもいいが──」
デイルはやんわり首を横にふる。
「それは急すぎますね。まずは家の者に事情を伝えようと思います」
「それもそうだね。入居のときは私が案内してあげたいから、あとで合否結果と一緒に連絡させてもらってよいかな?
「はい、お待ちしております」
校長はもはやデイルが合格した前提でいた。そのことに本摩はツッコミを入れず、静観する。彼もデイルが教師として充分な人格をそなえていると判断したのだ。
面接は終わった。デイルは「今日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」と慇懃な礼を述べ、退室した。校長室に残った二人は顔を見合わせる。
「本摩先生、デイルさんをどう思いましたかな?」
「いい人そうですね。どこに行っても通用しそうな印象を受けました」
校長は自分がほめられたようなうれしさがこみ上げる。
「なにせ大力会長が『なんなら自分が雇いたい』と言うぐらいですからな!」
「それは教職としてですか?」
「ええ、会長の高校生の娘さんが通う学校に行かせてもよいな、と思ったそうな」
「あんなにカッコよくっちゃ、娘さんが惚れないか心配になりそうなもんですが」
本摩は「カッコいいといえば」となにやら首をかしげる。
「デイルさん、肌や髪の色はちがうけれど……八巻先生に似てませんでした?」
「え、そうかね?」
「デイルさんのほうが目つきが優しいですけどね。でも全体の顔立ちや背格好は八巻先生っぽかったですよ」
校長は直近の記憶を掘り起こした。両者の体格がほぼ同じだったのはたしかだ。顔が似ていたとはあまり感じない。
「体つきはそっくりだが……顔はどうだったか」
「あれだけカラーリングがちがうと雰囲気も変わってきますね」
「むう、それに八巻くんはよくメガネをかけていたしな……伊達の」
「デイルさんも仕事中はメガネをかけたいんでしたっけ」
その希望は面と向かって言われたことだ。青い目は他者から珍獣のごとく見られそうなので、サングラスをかけて授業にのぞみたいと。レンズの色が暗いと周囲に威圧感を与えてしまうため、黄色のレンズにするとも言った。
「あとは白いシャツが色黒の肌に合わないから、濃い色のシャツを着たいと……」
「気にしすぎだとは思うがねえ、それで彼の意欲が維持されるならかまわんとも」
校長はデイルのファッションの希望を二つ返事で承諾した。もともと才穎高校は自由な校風である。他校では禁止されがちな染髪を許可しているのだ。ましてやコンプレックスを隠す服装くらい、好きなだけやってくれてよかった。
「あんなに容姿が優れた人でも、自分の見た目に不満があるんですかね」
「控えめな性格のようだから、目立つのがイヤなんだろうね」
二人が憶測を飛ばしていると教頭が入室してきた。彼女は答案を手にしている。
「筆記試験の件で報告しにまいりました」
「おお、及第点には届いたかね?」
教頭は眉間にくっきりとしたしわを寄せた。校長は合格ラインを下回ったのかと不安になる。今回の試験内容は教頭に調整してもらったため、ごまかしは利かない。
(『大男、総身に知恵が回りかね』と言うしな……)
どうやって教頭を説得しよう、と校長が策を考えた。が、「満点です」という悔しそうな声が出るとその思考はふっとぶ。
「え、いま、なんと?」
「答案の二つとも、満点でした。少々、ハードルを下げすぎてしまったようです」
前回受けた新人があまりに不甲斐なかったので、と教頭は試験の難易度が下がった原因を告げた。その新人とは八巻の欠員補充として入れた社会科教師のことだ。
「ヤスくんがいなかったとしても合格はしたんじゃないかね?」
「そうだとは思いますけど……あまりよい出題ではなかったと、反省しております」
「そんなことはない! 私たちが想像する以上に彼が優秀だっただけじゃあないか」
容姿、運動能力、人柄に、知能まで優れているときた。こういった人物は、引き替えに恋話が成立しないジンクスはあるのだが──
(成立しなくてもいい。生徒たちの心のよりどころになってくれればいいんだ)
校長は名実ともに教員の仲間入りをする若者に、ささやかな期待を寄せた。
才穎高校に勤めたいと思った理由、他の業種から教職へ転向するきっかけ、勤務する間にできる目標といった、ほかの職種の面接でも聞きそうなことばかり。デイルはそつなく答えた。校長も気になっていた転職の要因は「上司の勧め」だという。
「上司のお子さんが教師を目指していたのですが、訳があってあきらめることになったのです。せっかく教材が余っているので、興味があったら勉強してみないか、と勧められました」
もともとデイルは学ぶことが好きであり、警備業のかたわら勉学に励んだという。本摩はデイルの嗜好と最初に身を投じた業界との不一致を指摘する。
「勉強が好きなら、インテリ方面に進もうとは思いませんでした? たとえば研究職とか」
純粋な疑問だ。教師志望者はほほえんで「それは無理でした」と答える。
「私は浅く広く学ぶのがちょうど良いのだと自覚しています。一つの分野をとことん突きつめることは性に合わないと思いまして」
「デイルさんは英語の科目を担当するんですよね。それは母国語だから、深く研究はしていないと?」
「大学の教授が学会で発表するような言語学の造詣には自信がありません。ですが高校生が学ぶ範囲の、実用性のある外国語でしたら勉強していますし、生徒に教えられると思います」
若者はよどみなく返答した。落ち着いた答弁にはベテランさながらの安心感がある。校長は彼を採用する妥当性を獲得しつつ、聞き専にまわっていた。
「それと教職には関係のないことですが、私の母国はいちおう日本です」
「そうなんですか。では帰化されたと」
「はい、両親が。ですから名前と見た目がこれでも、日本人です」
デイルは日本国籍を所有する。だがのちのちアメリカへ行く約束を親類と交わしたのだという。その約束を守るために一学期だけの教師になりたがっているのだ。
「この短い期間でも、不都合はないでしょうか?」
校長は「ぜんぜんかまわないとも!」と力説する。
「ケガで入院中の教師がいてね、一学期が終わるころには復帰できるはずなのだよ。彼の不在のあいだ、危険な行動をする生徒たちを見守ってほしい」
もちろんずっといてくれればなお良いが、と校長は言葉をそえた。校長は八巻の代替のみを求めてはいない。若者の個を尊重したいことを表現した。その思いが通じたようで、デイルは「うれしいお言葉かけです」と顔をほころばせた。
校長が見たところ、面接の感触は上々だ。校長は最後に住居について話す。
「デイルさんのお住まいはとなりの県だね。通勤が大変じゃないかね?」
「そうでしょうか。片道一時間以上かけて通勤通学する人は大勢いると聞きます。私の場合も常識の範囲内だと思います」
「通勤時間は短いにこしたことはないだろう。もしよかったら私が運営するアパートに引越さないかね」
「校長先生の?」
デイルは視線をそらした。考え事をしているらしい。校長はここぞとばかりにセールストークをはじめる。
「家具家電は一通りそろっていて、すぐにでも住めるのだよ。月々の家賃は相場の半値だ。わるい話じゃないと思うがね」
「はい、とても条件のよいお話だと思います。いつごろ入居できますか?」
「今日でもいいが──」
デイルはやんわり首を横にふる。
「それは急すぎますね。まずは家の者に事情を伝えようと思います」
「それもそうだね。入居のときは私が案内してあげたいから、あとで合否結果と一緒に連絡させてもらってよいかな?
「はい、お待ちしております」
校長はもはやデイルが合格した前提でいた。そのことに本摩はツッコミを入れず、静観する。彼もデイルが教師として充分な人格をそなえていると判断したのだ。
面接は終わった。デイルは「今日はお時間をいただきまして、ありがとうございます」と慇懃な礼を述べ、退室した。校長室に残った二人は顔を見合わせる。
「本摩先生、デイルさんをどう思いましたかな?」
「いい人そうですね。どこに行っても通用しそうな印象を受けました」
校長は自分がほめられたようなうれしさがこみ上げる。
「なにせ大力会長が『なんなら自分が雇いたい』と言うぐらいですからな!」
「それは教職としてですか?」
「ええ、会長の高校生の娘さんが通う学校に行かせてもよいな、と思ったそうな」
「あんなにカッコよくっちゃ、娘さんが惚れないか心配になりそうなもんですが」
本摩は「カッコいいといえば」となにやら首をかしげる。
「デイルさん、肌や髪の色はちがうけれど……八巻先生に似てませんでした?」
「え、そうかね?」
「デイルさんのほうが目つきが優しいですけどね。でも全体の顔立ちや背格好は八巻先生っぽかったですよ」
校長は直近の記憶を掘り起こした。両者の体格がほぼ同じだったのはたしかだ。顔が似ていたとはあまり感じない。
「体つきはそっくりだが……顔はどうだったか」
「あれだけカラーリングがちがうと雰囲気も変わってきますね」
「むう、それに八巻くんはよくメガネをかけていたしな……伊達の」
「デイルさんも仕事中はメガネをかけたいんでしたっけ」
その希望は面と向かって言われたことだ。青い目は他者から珍獣のごとく見られそうなので、サングラスをかけて授業にのぞみたいと。レンズの色が暗いと周囲に威圧感を与えてしまうため、黄色のレンズにするとも言った。
「あとは白いシャツが色黒の肌に合わないから、濃い色のシャツを着たいと……」
「気にしすぎだとは思うがねえ、それで彼の意欲が維持されるならかまわんとも」
校長はデイルのファッションの希望を二つ返事で承諾した。もともと才穎高校は自由な校風である。他校では禁止されがちな染髪を許可しているのだ。ましてやコンプレックスを隠す服装くらい、好きなだけやってくれてよかった。
「あんなに容姿が優れた人でも、自分の見た目に不満があるんですかね」
「控えめな性格のようだから、目立つのがイヤなんだろうね」
二人が憶測を飛ばしていると教頭が入室してきた。彼女は答案を手にしている。
「筆記試験の件で報告しにまいりました」
「おお、及第点には届いたかね?」
教頭は眉間にくっきりとしたしわを寄せた。校長は合格ラインを下回ったのかと不安になる。今回の試験内容は教頭に調整してもらったため、ごまかしは利かない。
(『大男、総身に知恵が回りかね』と言うしな……)
どうやって教頭を説得しよう、と校長が策を考えた。が、「満点です」という悔しそうな声が出るとその思考はふっとぶ。
「え、いま、なんと?」
「答案の二つとも、満点でした。少々、ハードルを下げすぎてしまったようです」
前回受けた新人があまりに不甲斐なかったので、と教頭は試験の難易度が下がった原因を告げた。その新人とは八巻の欠員補充として入れた社会科教師のことだ。
「ヤスくんがいなかったとしても合格はしたんじゃないかね?」
「そうだとは思いますけど……あまりよい出題ではなかったと、反省しております」
「そんなことはない! 私たちが想像する以上に彼が優秀だっただけじゃあないか」
容姿、運動能力、人柄に、知能まで優れているときた。こういった人物は、引き替えに恋話が成立しないジンクスはあるのだが──
(成立しなくてもいい。生徒たちの心のよりどころになってくれればいいんだ)
校長は名実ともに教員の仲間入りをする若者に、ささやかな期待を寄せた。
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