2017年10月10日
拓馬篇前記ー拓馬2
三郎は刈り上げの不良に危害を加えた。身を守るため、という正当な理由はあったが、この状況において正論はなんの免罪符にもならない。なし崩しに乱闘へ発展した。
場所固定されていない机と椅子が、少年らの動きと連動する。左へ右へとずれていき、いびつな空きスペースが広がった。
さいわいにして無法地帯な空間は思った以上に小さくおさまった。三郎の攻撃を食らった不良は一発で伸びており、応戦できる不良は二人だけだ。
戦闘中の不良は片方が巨漢、片方が長身。身体的特徴がはっきりわかれている。二人とも多勢に無勢ながらも最初は余裕の笑みを浮かべていた。だがすぐに人数差以上の不利を感じたようだった。拳も蹴りも、三郎らは苦もなくいなしていく。相手がやわな一般人でないと察した不良は逃げ腰になった。
それもそのはず、三郎陣営は長く武芸に親しむ者ばかり。鍛錬もせずに遊興にふける者よりは幾分有利だ。ネックは紅一点のヤマダだけ。彼女は母親の教育方針により武道を正式に習えておらず、周囲の心得者がこっそり教えた範囲でしかうまく戦えない。なのに問題事に首をつっこみたがるという困った性格だ。そのため、彼女と古馴染みである拓馬はその保護を第一目的として同行した。むろん彼女が敵の標的に出ぬよう、拓馬は自身を盾にして立ち回る。だが実質的には拓馬もまた守られていた。
今回の件は三郎とその相方のジモンの腕自慢コンビが率先して取り組んでいる。拓馬とヤマダは彼らの補佐的役割を担う。それゆえ、拓馬たち二人は格闘技における審判のような動作をするだけで相手方の敗色が濃厚になってきた。あとは不良らが負けを認め、退散するきっかけを作れば目的は達成できる。だがそれがもっとも厄介だ。三郎らの呼びかけに素直に応える連中とは思えず、下手な交渉は火に油を注ぐことになりかねない。喧嘩の口火を切った原因が、三郎の問答にあったように。
(大人が止めにきてくれればなぁ)
警備員なり売り場の従業員なりが仲裁に入り、少年たちはすごすごと帰宅する。そんな脚本を拓馬は思い描いた。即興で筋書きの代行者になりうる人物を目で捜してみる。飲食コーナー担当の従業員はカウンターの奥へ引っ込んでいたり、警備員は所在不明であったり、通路にいる買い物客は遠巻きに見物していたりする。見込みのない大人ばかりだ。
(──そんなんだから、こいつらが好き勝手にできたんだろうな)
拓馬は脱力感に見舞われる。今度同じ状況を迎える時は知り合いの大人も同伴してもらうかと考え、事なかれ主義の人間をあてにしないと決めた。
意識を交戦の場へもどすと、その奥に異様な人影を発見する。ひときわ体格がすぐれる男性だ。背丈は二メートルあるのだろうか、とにかく高い。少年らの中ではジモンがいちばん筋骨隆々な体つきであるが、彼を優に超すいかめしさがある。重量級の格闘家のような人物は鍔つきの帽子を目深に被っている。帽子の鍔と顔のうつむき加減のせいで表情はよくわからない。ただ、その視線は喧嘩の真っ最中にある少年らには向かっておらず、一歩引いた位置に立つ拓馬に向けているようだった。
(なんで、俺を?)
普通は乱闘に注目するのではないか。その不可思議さが一抹の気味悪さに通じた。
男性は拓馬の疑惑のまなざしに勘付いたのか、ゆっくり顔を背けた。そうして床に転がりっぱなしの不良の背後へ回る。刈り上げの不良は三郎の打撃以外にも転倒時にあちこち負傷したようで、なかなか立ち上がれないでいた。その頭に男性の大きな手がぽんと乗る。二、三回かるくタッチすると、不良はむっくりと起き上がった。自身の体をあちこち触ってみて「痛くない?」と困惑した声をもらす。どういうわけだか、元気を取り戻したらしい。
戦闘不能だった者へ拓馬の意識が注がれる間に、ようやく老警備員が「もうやめなさーい!」と制止してくれた。劣勢の不良はこれを好機にし、遁走する。その際に「オダさんがいればこんなやつら……」と捨て台詞を吐いた。あくまでも好戦的態度は徹底するつもりらしい。
身動きがとれるようになった不良も仲間に続き、走り去る。彼は自身に触れた男性には見向きもしなかった。よほど慌てたのだろう、と拓馬は推測を一点思いついた。
当の男性はというと、すでに姿が見えなくなっていた。拓馬が復活した不良と老警備員に気を取られるうちに、どこかへ行ってしまったようだ。
(変な人だったな……)
戦いを止めるでもなく、無関心をよそおうわけでもなく、騒動の関係者に接触する。他に例を見ない野次馬だ。それが生身の人間であるなら、と拓馬の場合は但し書きが付くが。
拓馬はためしにヤマダに「変な男を見なかったか」とたずねた。前方に鍔のついた帽子を被る彼女は「見てない」と声をひそめる。ヤマダが声量を小さくするのは、これが内密な話だと判断したからだ。
「どんな姿だった?」
「体の大きな男の人だ。ま、ほっといて平気だろ」
拓馬は男性が不良に接したしぐさから温情を感じていた。危険な存在ではないと思い、気に留めないことにした。こんなことでいちいち不安がっていては身が持たないのだ。
「それよか、片付けをやるか」
「うん、お店に迷惑かけたもんね。もとに戻すくらいはやっとかなきゃ」
拓馬たちは老警備員と話しこむ三郎とジモンの脇で、机と椅子を並べなおす作業をはじめた。
場所固定されていない机と椅子が、少年らの動きと連動する。左へ右へとずれていき、いびつな空きスペースが広がった。
さいわいにして無法地帯な空間は思った以上に小さくおさまった。三郎の攻撃を食らった不良は一発で伸びており、応戦できる不良は二人だけだ。
戦闘中の不良は片方が巨漢、片方が長身。身体的特徴がはっきりわかれている。二人とも多勢に無勢ながらも最初は余裕の笑みを浮かべていた。だがすぐに人数差以上の不利を感じたようだった。拳も蹴りも、三郎らは苦もなくいなしていく。相手がやわな一般人でないと察した不良は逃げ腰になった。
それもそのはず、三郎陣営は長く武芸に親しむ者ばかり。鍛錬もせずに遊興にふける者よりは幾分有利だ。ネックは紅一点のヤマダだけ。彼女は母親の教育方針により武道を正式に習えておらず、周囲の心得者がこっそり教えた範囲でしかうまく戦えない。なのに問題事に首をつっこみたがるという困った性格だ。そのため、彼女と古馴染みである拓馬はその保護を第一目的として同行した。むろん彼女が敵の標的に出ぬよう、拓馬は自身を盾にして立ち回る。だが実質的には拓馬もまた守られていた。
今回の件は三郎とその相方のジモンの腕自慢コンビが率先して取り組んでいる。拓馬とヤマダは彼らの補佐的役割を担う。それゆえ、拓馬たち二人は格闘技における審判のような動作をするだけで相手方の敗色が濃厚になってきた。あとは不良らが負けを認め、退散するきっかけを作れば目的は達成できる。だがそれがもっとも厄介だ。三郎らの呼びかけに素直に応える連中とは思えず、下手な交渉は火に油を注ぐことになりかねない。喧嘩の口火を切った原因が、三郎の問答にあったように。
(大人が止めにきてくれればなぁ)
警備員なり売り場の従業員なりが仲裁に入り、少年たちはすごすごと帰宅する。そんな脚本を拓馬は思い描いた。即興で筋書きの代行者になりうる人物を目で捜してみる。飲食コーナー担当の従業員はカウンターの奥へ引っ込んでいたり、警備員は所在不明であったり、通路にいる買い物客は遠巻きに見物していたりする。見込みのない大人ばかりだ。
(──そんなんだから、こいつらが好き勝手にできたんだろうな)
拓馬は脱力感に見舞われる。今度同じ状況を迎える時は知り合いの大人も同伴してもらうかと考え、事なかれ主義の人間をあてにしないと決めた。
意識を交戦の場へもどすと、その奥に異様な人影を発見する。ひときわ体格がすぐれる男性だ。背丈は二メートルあるのだろうか、とにかく高い。少年らの中ではジモンがいちばん筋骨隆々な体つきであるが、彼を優に超すいかめしさがある。重量級の格闘家のような人物は鍔つきの帽子を目深に被っている。帽子の鍔と顔のうつむき加減のせいで表情はよくわからない。ただ、その視線は喧嘩の真っ最中にある少年らには向かっておらず、一歩引いた位置に立つ拓馬に向けているようだった。
(なんで、俺を?)
普通は乱闘に注目するのではないか。その不可思議さが一抹の気味悪さに通じた。
男性は拓馬の疑惑のまなざしに勘付いたのか、ゆっくり顔を背けた。そうして床に転がりっぱなしの不良の背後へ回る。刈り上げの不良は三郎の打撃以外にも転倒時にあちこち負傷したようで、なかなか立ち上がれないでいた。その頭に男性の大きな手がぽんと乗る。二、三回かるくタッチすると、不良はむっくりと起き上がった。自身の体をあちこち触ってみて「痛くない?」と困惑した声をもらす。どういうわけだか、元気を取り戻したらしい。
戦闘不能だった者へ拓馬の意識が注がれる間に、ようやく老警備員が「もうやめなさーい!」と制止してくれた。劣勢の不良はこれを好機にし、遁走する。その際に「オダさんがいればこんなやつら……」と捨て台詞を吐いた。あくまでも好戦的態度は徹底するつもりらしい。
身動きがとれるようになった不良も仲間に続き、走り去る。彼は自身に触れた男性には見向きもしなかった。よほど慌てたのだろう、と拓馬は推測を一点思いついた。
当の男性はというと、すでに姿が見えなくなっていた。拓馬が復活した不良と老警備員に気を取られるうちに、どこかへ行ってしまったようだ。
(変な人だったな……)
戦いを止めるでもなく、無関心をよそおうわけでもなく、騒動の関係者に接触する。他に例を見ない野次馬だ。それが生身の人間であるなら、と拓馬の場合は但し書きが付くが。
拓馬はためしにヤマダに「変な男を見なかったか」とたずねた。前方に鍔のついた帽子を被る彼女は「見てない」と声をひそめる。ヤマダが声量を小さくするのは、これが内密な話だと判断したからだ。
「どんな姿だった?」
「体の大きな男の人だ。ま、ほっといて平気だろ」
拓馬は男性が不良に接したしぐさから温情を感じていた。危険な存在ではないと思い、気に留めないことにした。こんなことでいちいち不安がっていては身が持たないのだ。
「それよか、片付けをやるか」
「うん、お店に迷惑かけたもんね。もとに戻すくらいはやっとかなきゃ」
拓馬たちは老警備員と話しこむ三郎とジモンの脇で、机と椅子を並べなおす作業をはじめた。
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