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2020年04月18日

電車で高齢者に席を譲るか迷ったら、自分の親切心に正直になる。

交通機関に乗った時に、
多くの人が一度は迷っただろうと思うこと。

それは
お年寄りに座席を譲るかどうか。



譲ると「老人扱いするな!」
譲らないと「老人に席を譲れ!」


そう怒鳴られたような苦い過去があれば、
本音では譲りたくても二の足を踏んでしまう。

そんな、座席を譲るかどうかで揺れた僕の経験を、
話してみようと思う。



ー目次ー
  1. 「俺を老人扱いするな!」「老人に席を譲れ!」
  2. 「お席どうぞ」「あらぁ、ありがとう」
  3. 親切心が仇になっても、本音に正直な行動が大切
  4. 自分にできることは、席を譲ること

1.「俺を老人扱いするな!」「老人に席を譲れ!」

ある日、小樽に行った帰りの電車は珍しく混んでいた。
疲れていた僕は、何とか席を見つけて座った。

小樽駅の次、南小樽駅で、70代くらいの夫婦が乗ってきた。
彼らも疲れた様子だったので、僕は席を譲りたくなった。

でも、ここで過去の2つの苦い経験が二の足を踏ませた。



1つ目は、電車で僕が席を譲ろうとした時。

「俺を老人扱いするな!」

と怒鳴られ、怖い思いをした記憶がよみがえった。



2つ目は、怒鳴られる人を目撃した記憶。

やはり70代くらいの人が乗ってきた時に、
着席していた若い人に

「老人に席を譲れ!」

と怒鳴っている場面に遭遇した。



この時の僕は親切心が経験に邪魔され、
身動きが取れなくなった。

2.「お席どうぞ」「あらぁ、ありがとう」

どうしよう。

優しそうな人たちだけど、
あの時みたいに怒鳴られたら嫌だな…。

でも、僕の本音は席を譲りたいと思ってる。

あぁどうしようどうしよう…。



1分くらいの葛藤の末、僕は自分の本音に従った。
疲れた様子の夫婦を見てられなくなった。

「お席どうぞ。」



怒鳴られる覚悟はできた(1分の葛藤で)。
僕は本音で動くんだ、さぁ来るなら来い。


そんな警戒心を、心の奥底に持ちながら。



「あらぁ、ありがとう。」

優しそうに見えた夫婦は、優しかった。
にっこり微笑んで、お礼を言ってくれた。

世界は思ったより優しかった。



札幌に近づく途中の、とある駅で、その夫婦は降車した。
その時、近くに立っていた僕を呼び止め、

「さっきはありがとうね。」

心がほっこり温まった。

3.親切心が仇になっても、本音に正直な行動が大切

電車で席の譲り合いを巡って、嫌な思いをしたり、
区役所やお店でキレる人に遭遇したり。

苦い経験が自分の親切心を鈍らせた。

「区役所で怒鳴る人に遭遇…。」

「レジで店員にスゴむ壮年に遭遇。」



だけど、

席を譲った結果どうなるか、
「親切心が仇」になるかどうかは偶然に過ぎない。

誰にもわからない未来を憂いて、本音にフタをしてモヤモヤするか。
席を譲りたいという、自分の本音に正直に行動するか。


結局は、自分がどうしたいかで判断するのが、いちばん大切。

4.自分にできることは、席を譲ること

最近は、
何をしても「●●ハラスメント」と呼ばれるからか、
声かけや親切心すらも出しづらくなってきてる。

席を譲ろうとしたら、喜んでもらえる機会の方が多いだろうに、
たった数回のキレられた経験から、行動に移しづらくなってる。

「そんな世の中の風潮を変えたい!」などと、大それたことは言わない。

僕にできるのは、困ってる人がいたら席を譲ること。

できる範囲のことを、本音に正直にやっていきたい。



posted by 理琉(ワタル) at 00:47 | TrackBack(0) | 人生観

2020年04月14日

自己受容の秘訣は、”できない自分を認める”の解釈を変えること。

僕は自己肯定感がゼロに近かった。
だから人の役に立つことで、自分は必要な人間だと実感したかった。

有益な人間でいなければ自分には価値がない、
そこに居るだけでは自分に価値がないと思い込んでいた。




自分を認められない、許せない。ずっと苦しかった。

自己肯定感、自尊心を高めたかった。
役立てない、できない自分を認めたかった。

でも、しっくりこない。

何をすれば、できない自分を認めたことになるんだろう。
何をすれば「欠けてる自分」という欠乏感を無くせるだろう。



自己受容ができず悩んでいた1年前、僕は突然
「できない自分を認める」の解釈を変えることができた。

「今できること以外はできない」
「今できないことは、練習してできるようになればいい」


こうして、自分なりの自己受容の方法を見つけた。


ー目次ー
  1. ”できない自分”を認められずに苦しむ
  2. バスケが教えてくれた”手持ちの武器を数えなさい”
  3. 練習して、何年後かにできればいいでしょ?
  4. ”どうせ今はできないでしょ?”という開き直りがしっくりきた
  5. 自分に合った自己受容の方法はある

1.”できない自分”を認められずに苦しむ

僕にとって、「できない自分を認める」のは
ずっと違和感が強かった。

できる自分でありたい、現実はそうもいかない、
だからできない自分を認め、受け入れないと自分が苦しい。

頭では十分わかってた。



でも、

できない自分を認めようとすればするほど、
「できない自分を認めなくてはならない」という
義務感に変化していった。


できない自分を認めることすら、自分にはできないのか。
何かが欠けている、劣っている、そんな欠乏感はずっと消せないのか。

できない自分を認められなくて苦しんできたのに、
できない自分を認められない自分が、もっと苦しくなった。

2.バスケが教えてくれた”手持ちの武器を数えなさい”

そんな「できない自分」を巡る苦悩に変化があったのは、
ある日の社会人バスケのプレー中だった。

試合に負け、相手にいいようにされ、悔しがる。
そんな自分を突然、遠くから見つめる目が訴えかけてきた。

「できないプレーばかり数えてない?」
「手持ちの武器を数えなさいよ!」




僕はハッとした。
相手の得意な土俵で、無理に勝負を仕掛ける自分に気づいた。

「負けたくない」の裏にある、
ちっぽけなプライドを捨てられない自分に気づいた。


3.練習して、何年後かにできればいいでしょ?

その日から、僕の考え方が変わった。
長い目で物事を考える余裕が、突如として現れた。

どうせ今できるプレー以外はできないんだから、
練習して何年後かにできるようになってればいい。

数年後、まだできてなかったら、
さらにまた練習すればいいじゃないか。




いつまでもできるようになれないか不安?
結局できるようになれなかったら無駄?

全然。

だって、僕には
「馬鹿正直に練習し続ける力」だけはあるから。

悔しかったあの頃の自分へ、「大丈夫、10年後に見返せるから」。

人生を掘り返したら、
自信を持って「力」と呼べる能力が、自分にはあった。

4.”どうせ今はできないでしょ?”という開き直りがしっくりきた

バスケでそう思えるようになってから、
日常生活でも応用しようと意識を始めた。

すると、

できないこと、能力が低いことに遭遇した時の
自分の反応が変わっていった。


  • これはできない、そんな自分はダメだ
    ”今”できないのが現実、良いも悪いもない

  • 役立てない、そんな自分には価値がないんだ
    ”今”役立てなかっただけ、次回できればいいでしょ?


そんなセルフトークを繰り返すうちに、
僕はいつの間にか自分に合った自己受容の方法を見つけていた。

「ありのままの自分を認めよう」と思うよりも、
「どうせ今できないでしょ?」と開き直る方がしっくりきた。

5.自分に合った自己受容の方法はある

「自己肯定感、自尊心を高めよう」
「できない自分、ありのままの自分を認めよう」

そう思えて、違和感なく進めるなら、ぜひ続けていいと思う。

僕はそれがかえって義務感に変わってしまったけど、
開き直りという自分なりの方法にたどり着けた。



自分に合った自己受容の方法はある。見つけられる。

それが僕みたいに好きなことをやってる時か、
いつ訪れるかはわからないけど、

”今”見つからないだけ。
何年後かに見つかっていればいいじゃない。




食事に行ったら気を遣い過ぎて、
料理の取り分けばかりする僕でも見つけられたんだから。
posted by 理琉(ワタル) at 20:37 | TrackBack(0) | 人生観

2020年04月11日

半日で協議離婚が成立した時の話 〜パートナーの両親がやってきて「じゃ、元気でな」。〜

僕の協議離婚は半日ですべてが完了した。



具体的には、

  • 前日19時
    お互いの離婚に合意

  • 翌日10時
    パートナーの両親がやってきて、区役所に連れて行かれ離婚届を提出



    • 離婚は難しい問題だし、相手がいることなので、書くかどうか迷った。
      でも、それも自分の人生の軌跡。

      もし今、離婚の決意から成立までが不安で悩んでる人がいたら。

      半日で離婚が完了した人も世の中にいるよ
      と知って、少しでも気持ちが楽になってくれたら嬉しい。


      ー目次ー
      1. 前日19時、離婚に合意
      2. 翌日10時、離婚届を提出し、協議離婚が成立
      3. 家財道具を運び出す、パートナーの両親
      4. 離婚は結果的に、お互いにとって最善の選択
      5. 時間があるなら、無料の法律相談での準備も大切

      1.前日19時、離婚に合意

      この時の僕は精神状態が悪化し、
      3年半ほど勤めた契約社員を辞めていた。

      WEBライティングを始めたり、
      工場やイベントなどの臨時アルバイトをするも、
      転職活動がうまくいかないまま1ヵ月が過ぎた。

      そんなある日、パートナーが号泣しながらこう言った。



      「お互いしんどい、もう離婚しよう」



      いろんな思いはあったけど、
      支えられなくて申し訳ない気持ちもあり、離婚に合意。

      用意されていた離婚届に印鑑を押した。

      2.翌日10時、離婚届を提出し、協議離婚が成立

      翌日の朝、唐突に家のインターホンが鳴った。
      玄関にはパートナーの両親が立っていた。



      「区役所に行くから準備して。」



      言われるままに車に乗り、区役所へ。

      戸籍謄本を取り、
      昨晩、泣きながら記入した離婚届を提出。

      2人での話し合いから半日後、協議離婚が成立した。

      3.家財道具を運び出す、パートナーの両親

      そのまま自宅へ戻ると、パートナーの両親は
      自分たちサイドが持ち込んだ家財道具の回収を始めた。

      TV、DVDデッキ、布団、タンス、じゅうたん、
      化粧水、シャンプー、2匹いたカメの片方。

      僕がもともと持っていた洗濯機と電子レンジ、
      2人で買った冷蔵庫は残された。

      いつもの軽自動車ではなく、ミニバンで来たのは、
      娘の家財道具を運び出すためだったのか。


      鈍感な僕はここで初めて気づいた。



      あらかた車に積み終わった後、
      パートナーの父親が去り際にこう言った。

      「じゃ、元気でな。」

      9月の青空が、やけに爽やかだった。

      4.離婚は結果的に、お互いにとって最善の選択

      パートナーの両親は、
      自他共に認める「過保護で子離れできていない親」だった。

      だから、半日で離婚が完了したのは
      正確に言うと相手の親の介入があったから。

      そういう経緯ながら、
      「調停離婚」や「裁判離婚」になる間もなく、
      僕の2年半の結婚生活は幕を閉じた。


      僕がパートナーを支えられなかったのは事実だし、
      相手のことを悪く言いたくないので、そこは控える。

      当時はいろいろ考え、落ち込んだけど、
      今にして思えば「お互いの未来にとって最善の選択」だった。

      5.時間があるなら、無料の法律相談での準備も大切

      僕は子どもがいないし、分配するだけの資産もなかった。
      その点では、紙切れ1枚の契約解除がスムーズに終わった。

      子どもがいたり、大きな資産があったりすれば、
      こんなにあっさり成立するケースは珍しいかも知れない。

      離婚に関して無料で法律相談ができる窓口はあるので、
      後腐れなく新しい人生を始めるためにも、準備して損はないと思う。



      離婚するか悩んでいる、
      もしくは離婚が成立するまでが不安な人に、僕から言えること。



      大丈夫、こうやって記事にできるくらい、生きてます。




posted by 理琉(ワタル) at 22:35 | TrackBack(0) | 人生観

2020年04月08日

ブログ開設1年半、初めての月間5000アクセス達成。うさぎより”ベストなカメ”を目指して。

◆2020年3月度◆

アクセス数:6034
訪問者数:796


ブログを始めて1年半で
初めて月間5000アクセスを超えました。


ここまで読んでもらえて、本当に嬉しいです。



僕の人生ストーリーを500記事、
たくさんの闇の感情もさらけ出しての達成。

決して最短距離ではなく、思いきり遠回りして、
ここまで来ることができました。

500記事目、毎日更新477日での到達。



有益な情報を発信したり、効率化を突き詰めたり、
戦略的に立ち振る舞えば、また違うんでしょう。

だから、要領が良い人、
「うさぎとカメ」の童話で言うならうさぎの人が見たら、
鼻で笑うような時間と数字かも知れません。




でも、僕はいつだってカメでした。

不器用に試行錯誤しながら、こつこつ、ちまちま。
牛歩のように、のろのろと。

それは、生きがいであるバスケでもそう。
たった一言の悔しい言葉を、10年かけて見返すような奴です。

悔しかったあの頃の自分へ、「大丈夫、10年後に見返せるから」。



いいかげん、効率的になりたい、
要領よくなりたいと思うことは、たくさんあります。

実際、なににおいても要領はすごく大切です。

ただ、どれだけ求めても、うさぎにはなれない。
カメがなれるのは「効率的なカメ」なんです。




僕は結局カメ。

ならば背伸びして、無理して、うさぎになろうとするより、
自分がなれるベストなカメになりたい。


こつこつ、ちまちま、牛歩でも足を止めずに。

それが自分のいいところなんだと思います。
私は、どれだけ長くかかろうがかまわないタイプ。
言い換えれば、どんなにゆっくりでもかまわない。
周りの人が理解しなくてもいい。

イソップ童話にウサギとカメの話があるが、あれは私が好きな物語。
私も(あのように)少しずつ目標に向かって歩いている。


I'm the type that no matter how long it takes ,I am going to make it there.
In other words,no matter how slow it is,just step by step,
even though people around me sometimes do not understand me.

There's an Aesop fable,the Tortoise and the Hare -that'smy favorite story,
and I'm just like little by little walking towards my goal.

岡本 綾子

『世界のトップアスリート英語名言集』より


これからも、こつこつ、ちまちまと、
ベストなカメを目指して歩いていきます。



posted by 理琉(ワタル) at 00:58 | TrackBack(0) | 人生観

2020年04月07日

モデル時代の経験 〜パチンコ店リニューアルオープンCMに、顔出しで出演〜

1年ほど、札幌のモデル事務所に所属していた時、
「顔の出るCM」に1度だけ出演を果たしたことがある。



それが、大通「4丁目プラザ」で放映された
『パチンコ店リニューアルオープンのCM』

このオーディションに合格し、実際の撮影で経験したことを書いてみる。


ー目次ー
  1. 書類選考、”大通の大型ビジョンに映るCM”
  2. オーディション本番、とっさに”災害から逃げる町人”を演じる
  3. 撮影日、共演モデルのオーラに圧倒される
  4. ”逃げまどい、恐怖から一転、歓喜する人々”を熱演
  5. ”4プラの大画面”に映ったことがある不思議

1.書類選考、”大通の大型ビジョンに映るCM”

「4プラの大型ビジョンに流すCMの仕事」

これが、事務所のスタッフから告げられた仕事内容。

「4プラ」とは、札幌の大通4丁目にある
ファッションビル『4丁目プラザ』の愛称。

正面エントランスの真上に設置された大型ビジョンに、
パチンコ店のリニューアルオープンCMが映るとのこと。

全国の大型ビジョン紹介サイト「4プラ」



「1日に何万人もが目にする、あの大画面に映れるんだ。」



そう思い、ダメ元で事務所に応募の意思を伝えた。

書類選考で落ちると決めつけていた僕は、
数日後に「通過」の連絡をもらった時、何かの間違いかと思った。

2.オーディション本番、とっさに”災害から逃げる町人”を演じる

いよいよオーディション本番は札幌市内の中規模イベント会場。

空気清浄機メーカーCMのオーディション時とは別の場所。

「モデル時代の経験 〜全身タイツ姿で空気清浄機メーカーのCMに出演〜」



ステージに上がると、審査員が5〜6名、
横一列にこちらを見ている。

今回は格闘技やアクションのアピールは不要。
審査員の1人であり、本CM制作スタッフからの要望は、

「逃げまどってみてください。そして、
何か予想外のものがゆっくり出てくるのを見て
おどろいている演技をしてみてください。」




僕は演劇や演技指導を受けた経験がなく、
「どうしよう…引き出しがない」と困ってしまった。

とっさの判断で、
「何か災害が起き、必死で逃げる町人」をやってみた。

数日後、事務所からオーディション合格の連絡をもらい、
何が良かったのかわからないまま撮影日を迎えた。

3.撮影日、共演モデルのオーラに圧倒される

撮影日、大通の4プラ前に集合。
その仕事に合格したモデルは僕を含め5名。

残りの4名(男性2名、女性2名)は
札幌でいちばん大きなモデル事務所の面々だった。

スタイルもたたずまいも、『北海道Walker』の
雑誌に載っていておかしくない人たち。

全身から醸し出すオーラが違って見え、圧倒された。




「こんなすごい人たちと共演するのか。」



そう考えるとなおさら、
自分がどうして合格したのかわからなくなった。

絶対的に自信がなかった僕は、「合格枠5名の中では、5番手だなぁ。」
などと勝手に自分の序列を想像しながら、撮影の準備を進めた。

4.”逃げまどい、恐怖から一転、歓喜する人々”を熱演

ーーーーー撮影シナリオーーーーー

高い山のふもとにある平和な街を、突如として大きな地震が襲う。
地震の衝撃で、いつ噴火してもおかしくない地鳴りが響く。

恐怖におびえ、逃げまどう人々。

いよいよ火山が爆発すると覚悟した瞬間、
ふと振り返った1人が気づき、声をあげる。

「おい!あれを見ろ!」

その噴火の中から
リニューアルオープンするパチンコ店が爆誕。


それを見て我を忘れ、おどろく人たち。
「●月●日オープン」に、恐怖から一転、歓喜する。

ーーーーーーーーーー

この「逃げまどい、恐怖から一転、歓喜する人々」の1人を
演じさせてもらった。

「おい!あれを見ろ!」と言ったのは、別の男性モデル、
僕はその声に気づいて振り向く4人のうちの1人。

オーディションの時、とっさに演じたのと同じように、
本当に災害が起きたと思い込んで動いた。


5.”4プラの大画面”に映ったことがある不思議

撮影は無事に終了、そのCMは4プラの大型ビジョンで
一定期間ちゃんと放映された。

それ自体は感慨深く、一生の思い出に残るもの。

ただ、生身での演技経験がなかった僕が
どうして合格したのかが引っ掛かっていた。

いま思えば、オーディションでのとっさの演技が
たまたまCMのシチュエーションに合致してたんだと思う。


実力よりも、クライアントのニーズに運よく当てはまったのかな。

いまでも4プラの前を通るたび、本当に自分が
あの大画面に映ったのかと不思議になる。





posted by 理琉(ワタル) at 20:38 | TrackBack(0) | 人生観

2020年04月06日

モデル時代の経験 〜『BLUE DRAGON』(ブルードラゴン)ファンイベント、突然の降板劇〜

かつて1年ほど、札幌のモデル事務所に所属し、
オーディションに合格した仕事は3本と思っていた。

  • CMエキストラ2本
  • ヘアメイクモデル(クライアント都合で直前に無くなる)



ただ、この他にもう1本、直前で降板になった仕事を思い出した。
それが『BLUE DRAGON』(ブルードラゴン)ファンイベント。

この仕事の降板劇から、
モデル事務所の退所を決意するまでの話を書いてみる。


ー目次ー
  1. 仮面ライダーショー経験から、書類審査のみで合格
  2. 「やっぱりこの子、代えて」
  3. 事務所が"代わりの仕事"を用意してくれた
  4. この世界に入りたいか疑問を感じ、事務所を退所
  5. 本気になれない罪悪感から"逃げた"としても

1.仮面ライダーショー経験から、書類審査のみで合格

『BLUE DRAGON』は当時の人気ゲームソフトで、
TVアニメ化もされていた。

イベント開催にあたり、クライアントは
多少の格闘技かアクション経験のあるモデルを探していた。

その頃の僕は、モデル事務所とは別個で
仮面ライダーショーに出演するアクターの活動もしていた。

その活動歴から、
事務所も「これはいける」と言ってオーディションに応募。

なんと書類審査のみで合格できた。

殺陣(たて)などのアクションをするか、ブーススタッフに回るかは、
後日の打ち合わせで決めることになった。

2.「やっぱりこの子、代えて」

ヘアメイクモデルの降板劇があったのは、
『BLUE DRAGON』イベントの仕事が決まる直前だった。

「モデル時代の経験 〜ヘアメイクモデルの仕事が直前でキャンセルに〜。」

だから、仕事が無くなり落ち込んでいた中で、
何だか救われたような安堵感があった。



ところが、この世界は厳しかった。
打ち合わせの前日に、事務所スタッフから突然の電話。



「ごめん、やっぱり『この子、代えて』って言われちゃった…。」



もちろん、屈辱感はあった。

でも、ヘアメイクモデルの件で厳しさを悟っていたためか、
怒りや落胆は思ったほど大きくなかった。


「やっぱりな…。厳しいなぁ。」

そんな諦めの境地にいる感覚が、いちばん大きかった。



2回連続で、直前での降板。
決まった仕事を外されるのは、普通のことなんだろうか。

そんな疑問はあっても、
この頃には妙に切り替えが早くなり、深く考えなくなっていた。

3.事務所が"代わりの仕事"を用意してくれた

『BLUE DRAGON』イベントの降板を告げられてから数日後、
妙に落ち着いて過ごしていた僕に、事務所から連絡があった。

「この件に関しては本当に申し訳ない。
代わりにチラシ配布の仕事を用意したので、やってくれないか」


もらえるギャラは、『BLUE DRAGON』イベントの約5分の1。

それでも、当時の僕にはプライドも何もなく、
代わりの仕事を回してくれたことに感謝できた。

この仕事はさすがに直前の降板劇はなく、
無事に朝の札幌駅前に立つことができた。

4.この世界に入りたいか疑問を感じ、事務所を退所

モデル事務所を通じての仕事に関わり、撮影も降板も味わった僕は、
この世界で生きていきたいかがわからなくなっていた。

モデル事務所に所属すること自体、誰でもできるわけじゃない。
撮影は確かに楽しかったし、なかなかできない経験ができた。

だけど、僕は果たして
CMやイベントで主演級の役をやってみたいんだろうか。
どこの書店にも並ぶような、有名な雑誌に載りたいんだろうか。


そんなことを考えた結果、最後まで
「何か違う」という感覚は拭えなかった。

その後にオファーのあった幾つかのオーディション応募を断り、
僕はモデル事務所に退所の意向を伝えた。

5.本気になれない罪悪感から"逃げた"としても

「2回くらい仕事がなくなったからといって逃げるの?」

当時はそんな自問自答もした。
確かに、厳しい世界に尻込みした自分がいた。

だけど、いま考えてもいちばん大きいのは、
石にかじりついてでもこの世界でやっていくという本気が
自分にないことへの罪悪感
だった。

「せっかく自分を起用してくれた会社がある。
直前まで起用しようとしてくれた会社がある。

なのに、僕は本気で取り組んでいない。
こんな中途半場な気持ちでクライアントの顔を務めるのは申し訳ない。」




それは"逃げた"ことになるかも知れないけど、
当時の自分が考えて出した答えだった。

だから、事務所を辞めてずいぶん経った今でも、
自分で決断した清々しさの方が、後悔よりもずっと大きい。





posted by 理琉(ワタル) at 20:21 | TrackBack(0) | 人生観

2020年04月05日

500記事目、毎日更新477日での到達。

このブログを始めてもうすぐ1年半。

23番目の記事から今日まで、毎日更新を続けて477日目。

これが節目の500記事。


※23番目(2019年1月3日)
「2019バスケ初め。」



2019年1月2日にも更新していれば、
ちょうど元旦からスタートできただけにもったいない。

まぁ、このキリがよくない感じも僕らしい。



初期の記事を読み返してみると、
恥ずかしいというか、ひどい(苦笑)

いま以上のまとまりのなさに、すべて書き直したくなる。



最近、成長や成果が実感できない日々を過ごしてると書いたけど、
初期の記事を読み返すと、少しは成長してるのがわかった(苦笑)

成果としてわかりやすい数字で比べるのも大切だけど、
過去の自分と比べるのはもっと大切だと実感した。

基本は自分自身との競争だ。
自己研さんであり、前日の自分より向上するということである。


The principle is competing against yourself.
It’s about self-improvement,about being better than you were the day before.

Steve Young(スティーブ・ヤング)

『世界のトップアスリート英語名言集』 より
今の僕にいちばん刺さる、この言葉。



今後も過去の記事を書き直し、まとまりのない記事に悩み、
次の100記事まで進んでいくんだろう。

それを成長と呼ぶなら、自分自身との競争と呼ぶなら。

600記事目を書く未来の自分にぜひ、
「500記事目はひどい(苦笑)」と言わせたい。




→過去の節目の記事。

「100記事目。」

「200記事目。」

「300記事目。」

「400記事目。」



posted by 理琉(ワタル) at 18:37 | TrackBack(0) | 人生観

2020年03月29日

モデル時代の経験 〜全身タイツ姿で空気清浄機メーカーのCMに出演〜

札幌のとあるモデル事務所に所属していた時、
初めてオーディションに合格した仕事が

「空気清浄機メーカーのCMに全身タイツで出演」だった。

この仕事が決まってから撮影までの具体的な経緯を
思い出しながら書いてみる。


ー目次ー
  1. 仕事依頼”ちょっとがっちりした人を連れてきて”
  2. オーディションでクライアントの求めるイメージに合致
  3. 撮影衣装は”水色がかったグレーの全身タイツ”
  4. 仮面ライダーショーでの立ち回り経験が生きる
  5. CM出演するような世界に、自分がいたこと

1.仕事依頼”ちょっとがっちりした人を連れてきて”

「すごい細くなく、ちょっとがっちりした人を連れてきてください」

クライアントから事務所に仕事の依頼が来た時は、
こんなざっくりした要望だったそう。

僕は当時からバスケをずっとやっていたので、
細い人に比べれば若干がっちりしていた。

事務所の方に「いけるかもね」と言われるまま
書類選考に応募し、運よく通過。

後日のオーディション本番に駒を進めることになった。

2.オーディションでクライアントの求めるイメージに合致

オーディション会場は札幌市内の中規模イベント会場。
ライブハウスに近い雰囲気があった。

他の事務所のモデルさんを見ていると、
確かにがっちりした人が多い、筋骨隆々な人もいた。

そんな人たちに囲まれ、自信が全然なかった僕は、
「仮面ライダーショーに出ています」と告げ、
殺陣(たて)のアクションをアピールした。




「あぁ、落ちたなぁ。みんなすごかったな。次いこう。」



そう諦めていたオーディションの翌日、
なんと事務所から合格の連絡が。

後から聞いたところによると、合格理由は

  • ちょうど求めている身長(180センチ)
  • 且つ、ほどよく細めでがっちり
  • アピール内容が良かった


このCMでは、モデルの「体型」がほしい、顔は出ない。

「何ができるか」だけじゃなく、
クライアントの求めるイメージに合致することが大切
と悟った。

3.撮影衣装は”水色がかったグレーの全身タイツ”

撮影日の天気は快晴、撮影場所は豊平川の河川敷。

僕の他に、合格したモデルが4〜5名と、
事務所のスタッフ数名、それから撮影スタッフ数名。

事前の台本や練習などは特になく、
「空気清浄機がきれいにした空気たちが、汚れた空気たちを撃退する」
というシナリオだけ、ざっくり伝えられた。



  • 汚れた空気の役→ひときわ大柄でがっちりした人
  • それを撃退するきれいな空気の役→僕ら

ということで、きれいな空気を演じることになった僕は
衣装を受け取った。それが、

『水色がかったグレーの全身タイツ』



着用した姿で、いちばん近いイメージはこちら↓



4.仮面ライダーショーでの立ち回り経験が生きる

この頃の僕は、モデル事務所の仕事とは別途で
仮面ライダーや戦隊シリーズのショーにも出演していた。

その経験の中で、この撮影で特に役立ったのは、
衣装を着て視界が狭まった状態で動き回るスキル。

顔まで覆うマスクは見た目以上に視界が狭く、
慣れるまではまっすぐ歩くのも難しい。


他のモデルさんが歩行練習から始める中、
僕はすぐに悪役をやっつける撮影に移ることができた。

オーディションで苦しまぎれにアピールした
ヒーローショー経験が、たまたまストライクなスキルだった。


何がどこで生きるか、本当にわからない。

5.CM出演するような世界に、自分がいたこと

撮影が終わり、CMがオンエアされた知らせをもらうと、
僕はそのCMを1度だけ見つけることができた。

その時は他のオーディションや、
仮面ライダーショーの稽古でいっぱいいっぱいで、
残念ながら映像をじっくり見て保存する頭がなかった。

いま、たまに探してみても
メーカー名も放送局も忘れてしまっているのが悔やまれる。

顔は出ない、体型だけの出演。

それでも自分が挑戦し、やり遂げたレガシーとして、
もし見つけたら保存しておきたい。

自分がCMに出るような世界にいたなんて、
こうやって書いていても「よく挑戦したなぁ」と思う。





posted by 理琉(ワタル) at 22:00 | TrackBack(0) | 人生観

2020年03月28日

モデル時代の経験 〜ヘアメイクモデルの仕事が直前でキャンセルに〜。

僕はかつて1年ほど、札幌のとあるモデル事務所に所属していた。

その時に、
運よく決まっていたヘアメイクモデルの仕事が
直前でキャンセルになってしまった。


怒りと悲しみでいっぱいだった当時を振り返り、
いま思うことを書いてみる。


ー目次ー
  1. やっぱり東京から呼んだモデルにやってもらうから
  2. やっとオーディションに合格したのに…。
  3. クライアントにとって、モデルは"代えの利く商品"
  4. "事務所の商品を担う"ということ
  5. モデル事務所に合格したから経験できた"怒り"

1.やっぱり東京から呼んだモデルにやってもらうから

とある読者モデル中心のファッション雑誌で、
ヘアメイクモデルの仕事を紹介され、オーディションに応募した。

運よく書類選考を通過でき、
クライアントとの面接もほぼ会っただけで合格できた。

ところが、撮影の2日前の夜に、
事務所から突然のキャンセル連絡が来た。

「せっかく決まってたところ悪いけど、
やっぱり東京から呼んだモデルにやってもらうことになったから」


こうして、1本の電話であっけなく仕事がなくなってしまった。

2.やっとオーディションに合格したのに…。

ヘアメイクモデルに応募する直前、
立て続けにいくつかオーディションに落ちていた。

気持ちが沈んでいた中、やっと合格した仕事を電話1本で
簡単になくされたことに、最初は怒りを隠せなかった。

「せっかく決まったのに、直前になってこんな扱いはひどい!」

だけど、撮影日が過ぎて数日たち、
怒りが沈静化してくると、こんな思いが出てきた。

「これが芸能界の厳しさ。ここはそういう世界なんだ。」

洗礼を浴びる思いで、突如として現実を受け入れた。

3.クライアントにとって、モデルは"代えの利く商品"

1年ほどで事務所を辞めるまでに、
僕がモデルとして合格した仕事は合計で3本。

  • CMエキストラ2本(撮影も終わりギャラをいただいた)
  • ヘアメイクモデル(幻に終わった)

  • <※2020.4.6追記>
    合格するも直前で降板になった仕事がもう1本ありました。
    「モデル時代の経験 〜『BLUE DRAGON』(ブルードラゴン)ファンイベント、突然の降板劇〜」



    大物でもない限り、
    クライアントにとってはいくらでも代えの利く存在。
    より良質な商品が見つかれば取り換える。


    仕事がなくなる経験は1本だけだったけど、
    モデルの世界の厳しさを垣間見た。

    4."事務所の商品を担う"ということ

    僕は友人に勧められるままにオーディションを受け、
    たまたまモデル事務所に入れただけ。

    なので、モデルの仕事のイロハも、
    何もわからないまま辞めてしまった。

    だけど、辞めてから思うのは、

    事務所の収入を懸けてオーディションに送り出すモデルを
    自分が担っていたのはすごいことなのかな
    ってこと。

    こんなに簡単に取り換えられるリスクがあっても、一旦は

    事務所は僕に仕事を託し、
    クライアントは僕に宣伝広告費をかけた。


    誰でもできるわけじゃない経験をさせてもらったんだな。

    5.モデル事務所に合格したから経験できた"怒り"

    たった1年の仕事経験でモデルを語るのは浅い。

    それを承知の上でも、
    自分がモデル事務所に受かったこと、
    事務所の商品として3つの仕事を取れたこと
    は貴重な経験。

    振り返っても、僕はすごく運が良かった。

    事務所に所属できてなかったら、
    あの時に怒ることもできなかったんだから。






posted by 理琉(ワタル) at 20:04 | TrackBack(0) | 人生観

2020年03月25日

ヘルプマークを付けた人が、ヘルプマークを付けた人に怒鳴る現実。

最近、地下鉄の”専用席”付近で遭遇した、

ヘルプマークを付けた人が
ヘルプマークを付けた人を怒鳴る事件。

配慮や援助を必要としている同士で、いさかいが起きる。
これが現実かと、悲しい気持ちになった。



ー目次ー
  1. 専用席から突然の怒鳴り声
  2. サポートが必要な人が、サポートが必要な人を攻撃する現実
  3. 怒鳴った人の背景に思いを巡らせ、心を立て直す

1.専用席から突然の怒鳴り声

「おい!携帯いじるならあっち座れよ!」

地下鉄の”専用席”側から突然の、男性の怒鳴り声。

5メートルほどの距離に座っていた僕は
心臓が飛び出るのを必死で抑えた。



専用席にはヘルプマークをつけた人が2人、
4人掛けの両サイドに座っていた。

そこへ、同じくヘルプマークを付けたおじさんが乗ってきて、
専用席でスマホを操作していた1人に怒鳴ったらしい。



いきなり怒鳴られたその人は、びっくりして目を丸くした。
怒鳴ったおじさんは、構わずこう続けた。

「ほらそこ空いてるだろもう!あっち行けよ!」

追撃を受けた人は怪訝な顔をしながら
追い出されるように席を立った。

怒鳴ったおじさんは、
空席が増えた専用席の真ん中にそのまま陣取った。

そして、周囲を睨みつけるように見回していた。



僕は過去に怒鳴る人に遭遇した場面を思い出し、
震えが止まらなくなった。

「区役所で怒鳴る人に遭遇…。」

「レジで店員にスゴむ壮年に遭遇。」

2.サポートが必要な人が、サポートが必要な人を攻撃する現実

専用席の付近では、確かに携帯に関する決まりがある。
ペースメーカーなどの可能性もある。

怒鳴った人からしたら、
ルールを守っていないと思ったかも知れないし、
それが許せなかったんだろう。

日常が充実していない、ストレスがたまっている、
寂しくて仕方ない、そんな背景だって考えられる。



「善い」「悪い」そんなジャッジはいくらでもできる。
「迷惑だ」「周りを不快にした」そんな裁きは誰でも言える。

僕はそんな善悪よりも、ただ、悲しかった。

ヘルプマークを付ける必要がある同士で、
どうして争わないといけないんだろうと。

「配慮とサポートもらえれば嬉しい」
そんなマークを付けた人が、人を攻撃する。

これが現実なんだ、と。


3.怒鳴った人の背景に思いを巡らせ、心を立て直す

僕は何もできなかった。

突然の怒鳴り声に恐怖し、大きな動揺を抱えながら、
目的の駅まで黙っているしかなかった。

当事者じゃないから、きっと関わらないのが最善なんだろう。

怒鳴ったおじさんが怒りを抑えられなかったのは、
怒鳴ったおじさんの問題、僕が変えられることじゃない。

僕が変えられるのは、この件に対する自分の考え方。

「アドラー心理学『課題の分離』で、他者の問題を背負い込まずに生きる。」



あの場面だけを切り取って非難するんじゃなく、
起きた背景まで思いを巡らすこと。

ヘルプマークや専用席が必要な人も、
ところ構わず怒鳴ってしまうくらい、追い詰められてる現実。

悲しいけど、怒鳴る人には怒鳴る背景がある。
何らかの生きづらさを抱えてる。




そうやって何とか心を整え、震えを抑えながら降車した。
posted by 理琉(ワタル) at 16:52 | TrackBack(0) | 人生観
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自閉傾向の強い広汎性発達障害。鬱病から再起後、低収入セミリタイア生活をしながら好きなスポーツと創作活動に没頭中。バスケ・草野球・ブログ/小説執筆・MMD動画制作・Vroidstudioオリキャラデザインに熱中。左利き。 →YouTubeチャンネル
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