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2022年01月11日

しっぽ 2


正夫が山小屋の中に入ったときは、既に午前8時を過ぎていました。
急に安堵感、疲労感、空腹感が正夫を襲い、正夫は床に大の字になって寝転がりました。
そして、さきほど遭遇したバケモノの事を考えていました。

「やっぱり、あれは山の神さんだったんじゃろか」

そう思うと体の震えが止まらなくなり、正夫な着付けに山小屋に保存してある焼酎を飲み始めました。
保存食用のイノシシの燻製もありましたが、あまり喉を通りませんでした。タケルに分けてやると、喜んで食いつきます。

「今日は眠れねぇな」

そう思った正夫は、猟銃を脇に置き、寝ずの番をする事を決心しました。

「ガリガリガリガリ」

何かを引っ掻くような音で、正夫は目が覚めました。
疲労感も酒も入っていたので、いつの間にか寝てしまっていた様です。
時計を見ると、午前1時過ぎでした。

「ガリガリガリガリ」

その音は、山小屋の屋根から聞こえてきます。
タケルも目が覚めた様で、低く唸り声をあげています。
正夫も無意識の内に猟銃を手にとっていました。

「まさか、あいつが来たんじゃなかろうか…」

そう思った正夫ですが、山小屋の外に出て確かめる勇気も無く、猟銃を握りしめて、ただ山小屋の天井を見つめていました。
それから10分ほど、天井を爪で引っ掻くような音が聞こえていましたが、やがてそれもやみました。
正夫にとっては、永遠に続く悪夢の様な時間でした。
音が止んでも、正夫は天井をじっと睨んだままでしたが、やがて「ボソボソ」と人間の呟く声のような音が聞こえてきたのです。

「…ぽっ…っ…ぽ」

正夫は恐怖に震えながらも耳を澄まして聞いていると、急にタケルが凄い勢いで吠え始めました。
そして、何かが山小屋の屋根の上を走る様な音が聞こえ、何か重い物が地面に落ちる音がしました。
タケルは、今度は山小屋の入り口ぬ向かって吠え続けています。

「ガリガリガリガリ」

さっき屋根の上にいた何かが、山小屋の入り口の扉を引っ掻いている様です。
タケルは尻尾を丸め、後退しながらも果敢に吠え続けています。

「だっ、誰だ!!」

思わず正夫は叫びました。猟銃を扉に向かって構えています。
すると、引っ掻くような音は止み、今度はその扉のすぐ向こう側から、ハッキリと人間の子供の様な声が聞こえてきました。

「しっぽしっぽ」

あいつだ。正夫は恐怖に震えました。ガチガチ鳴る奥歯を噛み締め、

「何の用だ!!」

と叫びました。タケルはまだ吠え続けています。

「そっぽしっぽ わたしのしっぽをかえしておくれ」

「それ」はハッキリと、人間の言葉でそう言ったのです。
正夫は、堪らず扉に向かって、散弾銃を1発撃ちました。

「きょっ」

と奇妙な叫び声が扉の向こうから聞こえ、正夫は続けさまに2発、3発と撃ちました。
散弾銃に開けられた扉の穴から、真っ赤に血走った目が見えました。

「しっぽしっぽ わたしのしっぽをかえしておくれ」

人間の幼児そっくりの声で、「それ」は言いました。

「尻尾なんて知らん!!帰れ!!」

正夫は続けざまに引き金を引こうとしましたが、体が動きません。

「しっぽしっぽ わたしのしっぽをかえしておくれ」

「それ」は壊れたテープレコーダーの様にただそrだけをくり返します。

「し、知らん!あっちにいってくれ!!」
「しっぽしっぽ わたしのしっぽをかえしておくれ」

再びガリガリと扉を引っ掻きながら、「それ」は扉の穴から怒り狂った赤い目で正夫を見ながらくり返し言います。
タケルも吠えるのを止めて尻尾を丸めて縮こまっています。

「俺じゃない!!お前のしっぽなんて知らねぇ!!あっちにいけ!!」

正夫は固まったままの体で絶叫しました。
すると「それ」は、「いいや、おまえがきったんだ!!!」と叫び、扉を破って中に入ってきたのです。
正夫の記憶は、それから途切れ途切れになっていました。
扉を破って現れた、幼児の顔。怒りを剥き出しにした血走った目。
鋭い前足の爪。自分の顔に受けた焼けるような痛み。
「それ」に飛びかかるタケル。
無我夢中で散弾銃を撃つ自分。正夫が気がついた時は、村の病院のベッドの上でした。
3日間昏睡状態だったそうです。
正夫の怪我は左頬に獣に引き裂かれた様な裂傷、右足の骨折、体のあちこちに見られる擦り傷などの、かなりの重傷でした。
正夫は、村人には「熊に襲われた」とだけ言いました。
しかし、何となく正夫に何が起こったかを感づいた様で、次第に正夫は村八分の様な扱いをうけていったのです。
やがて、正夫は東京に引っ越し、そこで結婚し、俺の祖父が生まれました。
ちなみに、この話は正夫が肺ガンで亡くなる3日前に、俺の祖父に話して聞かせたそうです。
地名は、和歌山県のとある森深い山中での出来事だとだけ言っておきます。
ちなみに、愛犬のタケルですが、まるで正夫を守るかの様に、正夫の上に覆い被さって死んでいたそうです。
肉や骨などはほぼ完ぺきな状態で残っていたそうですが、何故か内臓だけが1つも残らず綺麗に無くなっていたそうです。
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