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2022年12月22日

姪と人形 5



(ま)
蔵には普段は黒くてゴツい鍵が掛けられているのだが、思った通りその時は外されて扉は開け放たれていた。
オレは中にいる老人に軽く会釈すると、甥とともに中に入った。
何を出すのか、とオレは聞いた。手伝いますとも。
老人の話では、そんなたいそうな物ではないらしい。
これくらいの、と言って彼は腕の前に手を広げて見せた。
小さな木の箱らしい。
姪の方を見ながらも、どこに仕舞ったか覚えとらんぞ、というような事を言って、またそこいらを探し始めた。
甥が姪に、何を探させているのかと聞いた。
姪が答える。
ソミンショウライフ。
ゴステンノウサイモン。
何語だそれ?
ゴズテンノウはわかったが後の言葉は解らなかった。
だが姪はかなり明瞭にその言葉を言った。
そして甥もまた、ジィチャン、あれ蔵に入れてるのか、バチあたるぞ。そんな意味の事を言った。
爺様答えて、古いやつはな。
蔵には他にも鎧甲やら長持ちやら、興味を引きそうな物が色々とあったが、その聞きなれない言葉に、幾分かの肌寒さとともにオレの耳は釘付けになった。

(け)
蘇民将来符、そういう字を書くそうだ。
オレにとっては、その言葉、聞くのも初めてだったし、その実物を見るのも初めてだった。
それを収めた箱は幾つもあった。
何れも中に納めた将来符は大きさもまちまちだった。
見ごたえは正直ないものかもしれません。
ただ形は断面が六角形であり、先が尖って、何かチビた鉛筆のようだった。
その鉛筆の腹には絵と文字が書いてある。
中には飴色をしたものがあり、その色からして相当古そうな物もある。
牛頭天王、今は素戔嗚尊と同一視される事が多い。
蘇民に茅の穂を渡し、我は素戔嗚尊なり、そう言って去っていった風来坊。
何れも、信濃、今の長崎県の国分寺が有名なので、ググればすぐ見つかるから興味がある方は引いてみるといいだろう。
国分寺では、毎年一月の7日と8日にその護符が配布?されるそうだ。
効能は災難を取り除く?
但し表面に書かれた言葉によって多少、その意味が違うそうだが。

(ふ)
小難しい話は少し置く。
実際、当時、友人(めんどくさいから、以後、メタギアのオタコンにするな。実際よく似ている)からの情報では、あまりに聞き慣れない漢字が多く、その場ではよく理解できなかった。
ただ何故、姪がそんな物を欲しがったのか。
それは爺様の継ぎんの言葉で合点がいった。
母さん早く良くなると、いいな。
なる程、疫病にとらわれていたが、病全般に効くものだろ、この将来符とやらは。
翌日は、病院へ姉の検査の結果を聞きに行く。

(こ)
姪はその将来符の内、手のひらに収まる位の、一番小さいものを手に取ると、それを人形の帯に挟み込んだ。
人形の不思議さがまた一段階増した気がした。
聞いたところでは、本来は将来符というのは、家の中、神棚、鴨居の上に並べて立てて置くものだそうだ。
けれどその家では何年か前の、静岡に地震が頻発した際に落ちてきて、太い鉛筆のような尖った先端が爺様の頭を直撃したそうで、以来、箱に収めて蔵に入れたそうである。
材質は主に柳だそうだが、他に桐やタラも使うそうだ。何れ大きなやつならば、結構重かろう。
蔵を辞すとオレは甥を連れて姉の家に戻った。
姪の方は母屋の子供と遊ぶと言い、爺様と母屋に向かった。
途中、井戸の横を通り過ぎる。祠にその日は桃が供えられていた。昨日は何だったろうか。
家に戻ると姉が今しがた、自身があったと言う。けっこう揺れたと。
確かに蔵というものは堅牢な造りのものだというが、それにしても中には細々としたものがいくらも積まれてあって、それらがカタリともしなかった。
先の夜の事があったから、甥の口は開けたままになった。

(え)
家鳴り、その殆どは排水溝や、近くを走る高速道路などの振動が、ある特定の場所に伝わるもの。
つまり一種の共鳴現象だ。
だが、そうとも言えない。とても共鳴とは言えないほどの揺れを体験した人もいるという。日本にも外国にも。
家鳴りとは違うが、むかし、山に行ったとき、麓の河原の傍で一泊した。
オレ達以外に野営している者は付近にいなかった。
近くに古びた神社があった。
閂が差し込んであるだけだったので、面白半分に友人と忍び込んだ。
暫くして板壁の左右、後ろを、モノ凄い勢いで叩かれた。地震なのか、獣でも壁に突っ込んだのか、今もって解らない。
とにかくオレは部屋に戻ると、机の上に念のために水を入れたコップを置いた。
その時に、出来ることがあれば、とりあえずやってみる主義だ。
一時間程して姪が戻ってきた。
スーパーの袋に、母屋から桃を貰ったと、幾つか入れて帰ってきた。たぶん祠に供えてあったのと同じ桃だろう。
何故か姪は、夕食を前にしてそれを剝けとせがんだ。
よく冷えた桃だったが、一つだけヌルイのがあった。祠に供えてあったものだろうか。

(て)
その晩、コップの水に波紋はでなかった。
今日もオレの部屋で寝る甥と姪は、始終、興味深げにコップの表面を眺めていた。
姪は、今日は人形を持ってこなかった。部屋に置いてきたと言う。
翌日、姉と、姪を連れて病院に向かった。
病院という所は意外と病気を貰うところで、姉は姪を連れて行くのは嫌がったが、何故かオレは眼を離すのが不安で、強いて連れて行くことにした。
甥は母屋に預けた。
何となく、誰かをこの家に一人で残しておくのが不安だった。
検査の結果を説明されたが、この時はオレも一緒に病室に入った。
姪は待合室に残したが。
医者の説明では、確かに肝臓が少し腫れているようだと言う。
しかし血液検査では何も見受けられなかったとも。
当時その時点では、肝炎もなく、しかし急激な発症例からすると、肝吸虫症、肝ジストマ症が考えられると言う。
胆管に寄生する寄生虫らしい。
即、検査入院を勧められたが、事情を話して明日にしてもらった。
今となっては、その判断は後悔している。
家に戻り、明日の入院の用意をしている時、姉はいきなり倒れた。
オレは救急車を呼び、甥を母屋に走らせた。
義兄が到着したのは、その晩も更けようとしている頃だった。

(あ)
義兄は既に病院に立ち寄ってきたそうだ。
担当医はいなかったが、看護師の話では、便検査が必要との事。
便採取は姉が倒れていた間に済ませており、明後日には結果が出るとの事。
そして今は命に云々という状態ではなく、比較的落ち着いているとの事。
それを聞いて義兄はとりあえず家に戻ったわけだ。
一通り、話が一段落した後、オレはあの神社の事を彼に聞きたくなった。
場合が場合だから、オレの思った事をそのまま聞いたならば、こんな時になにをバカな事を、と一喝されるのは分かっていたから、なるべく婉曲に、世間話に織り交ぜて。
それでも不快かとも思ったが、意外にも義兄は話に乗ってきた。
以下、義兄の話。
あの神社の奥、一般に神の場所とされている所に、井戸があるそうだ。
人はその水は飲むことが出来ない。所謂、神の水という事らしい。
その井戸の傍で、義兄の同級生、当時、小学五年生ぐらいだったらしい、が猫を捨てたそうだ。
捨てたというよりも、箱に入れて、そこで育てるつもりだったらしい。
その同級生は、仲のよかった義兄に、その事をそっと耳打ちしたらしい。
義兄も二、三日の内にはその猫を見に行くつもりだったらしい。


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