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2022年12月19日

姪と人形 2



(ち)
やがて夕方になり姉と姪が帰ってきた。二人とも別段変わった様子はない。
夕食の際、姪は妙に口数が少なく、また姉も姪も少し食欲が無いようだった。
その事を問うと、なんでも二人とも口内炎ができていて沁みるんだそうな。
姪の口を開けさせて見てみるとなる程、咥内に赤い血膨れのようなものがいくつか見受けられた。
昼に何か刺激物でも食べたのかと重ねて問うと、ざるそばだと言う。
夏の疲れが出たのだろうと姉は言うが、二人同時にとは、何か釈然としないものを感じながら、その日は終った。

(り)
翌朝、朝食の折りに姉の顔を見ると、首の下、鎖骨の辺りに赤い斑点が幾つもあった。
毛細血管が浮き上がったような、小さな蜘蛛の巣のような斑紋だ。
さらによく見ると、袖無しのブラウスから覗く二の腕にも同じような斑紋がある。
オレは結構な酒飲みで、健康診断の際にはいつも肝臓を指摘されているので知っている。
蜘蛛上血管腫、血管の塊である肝臓が詰まることで、血液が他の経路へバイパスするためにおこる症状らしい。
しかし姉は酒は一滴も飲めない。
また、これまでに一度も肝炎などを指摘された事はないはずだし、輸血をしたこともないと言う。
姪は今朝は大人しく食べ物を口に運んでいた。口内炎はもうひけたと言う。

(ぬ)
昼近くになり、しきりに体のダルさを訴える姉は、姪を幼稚園に送り出た。
姉達を玄関で見送った後、オレは甥とブラリとその辺りへ散歩に出掛けた。
まだ暑い陽の盛りだったが、太陽の下を、雑貨屋で買ったアイスなどを頬張りながら歩いていると、まさに日本の夏休みという感じだ。
水田に拡がる青い稲穂が風に揺れて涼しげだったと覚えている。
何の気なしに足があの神社の方に向いた。
長い石段を登り、社の前に立つとオレは小銭入れから五円玉を出し、甥にも渡して賽銭箱に入れると手を合わせた。
その後、あの箱に向かった。
人形がなかった。
様々な物が捨てられた、その一番上に置いたあの人形がどこを見ても無い。

(る)
オレは甥を連れて家に戻ることにした。
帰ると姉は既に戻っており、日当たりをしたと言って、茶の間で横になっていた。
姉の家とは言っても、主のいない部屋を他人が勝手に覗くのみ気が咎める。
オレは甥に頼んで姪の部屋を調べてもらうことにした。あの人形がないかどうかを。
15分程で甥は戻ってきたが、オモチャ箱から押入までさがしたけど、人形など無いと言う。
それならばそれでいい。
だいたい、昨日は町へ買い物、今日は幼稚園なのだから神社に行く時間などあるわけがないのだ。
それよりも今考えなくてはならないのは姉の事だ。オレは人形の事は考えない事にした。
姉のところへ行くと自室で休んでいるように促し、明日にでも病院に行くことを提案した。
それでオレの出来る事は全てだった。
料理も洗濯も家事は何も出来ないに等しい。
結局その日の夕飯は甥と店屋物をつつく事になった。

(を)
夕食を食べ終えると程なくして電話が鳴った。出ると姉の旦那だった。
彼は三日おきに電話を掛ける事にしている。
オレは一瞬、姉の事を言おうか迷ったが、出先の相手に心配を掛けるのも悪い。
夫婦の間で必要な事なら、姉自身が話すだろう。
姉に替わると互いの近状報告が始まったようだ。
受話器を置いて、姉は再び自室に戻って行った。
洩れ聞こえてきた会話の様子から自身の身体の事を話した様子は無いようだった。

(わ)
翌日、朝食を取ったらすぐにオレの運転で病院に行くことにした。
そして診察を終えたら、その足で姪を幼稚園へ迎えに行く、そんな段取りだった。
しかし病院では意外と待たされた。
総合病院という大きな病院はこの辺りではここしかないだろう。最初に通された内科では結構な人が待っていた。
姉は電話機の所へ行くと、幼稚園に掛け事情を話し、少し迎えの時間が遅れる事、それまで少し預って欲しい旨を伝えた。
ようやく姉の名前が呼ばれ、彼女は診察室に入って行った。
20分程で出てきたが、今度は検査室で採血とエコーだと言う。
ほんとは採血から触診、心電〜CTと一通りのコースになっているらしいのだが、事情を話し少し巻きを入れてもらったそうだ。
やはり疑われるのは肝臓だそうだ。それと何らかのアレルギー。
肝臓の持病の有無と最近の食事をまず聞かれたそうだ。
採血はともかく、エコーは時間が掛かった。念入りに、ということなのだろう。
検査が終わり、薬局で何かの薬を貰うと、オレ達は急いで幼稚園に向かった。
検査の結果は週明けということだ。確かその日は週の中頃だったと思う。

(か)
幼稚園に着き教室に入ると姪が先生に本を読んでもらいながら昼寝をしていた。
姉を見て二人は立ち上がると互いに挨拶を交わし、姉は遅れた事を詫び、先生は昨日の姪の様子の報告をした。
その中で気になる事があった。
先生が夜中、見回りのために起きると姪の布団が空だったそうだ。
驚いて他の先生方を起こしてトイレや他の教室を探したが見当たらない。全員青くなったそうだ。それはそうだろう。
結局、姪は見つかった。幼稚園の門の所に一人でボーっと立っていたそうだ。
先生は詫びるとともに、きっと寝ぼけていたんでしょう、と笑いながら言ってはくれたがオレには姉が眉を顰めるのがわかった。
帰りの車内では姉も姪の口数が少なかった。
徘徊癖でもあるのだろうか、この子は。
幼い子が自立するとき、一時オネショしたり、そんな癖が出るという事を何かの本で読んだことがある。
同時にオレが離婚する前(実はバツイチ)、娘がちょうど姪と同じくらいの歳の時、義父が死んで丁度四十九日になる日の夜中、やはり同じ様な事があったのを思い出した。
その時は2DKの狭いアパート、探すまでもなかったが。
娘は玄関の前に立っていた。ドアの向こうにジージが来ていると。

(よ)
家に着くと、甥は茶の間で寝ていた。
蔵―がよく効いていて、甥はゲームのコントローラを握ったままぐっすりと寝ていた。
コントローラを離し、タオルを掛けてやろうと思い甥の傍に屈み込んで気が付いた。
その頬に一筋、髪の毛が張り付いていた。
クセのある甥や姪の髪の毛ではない。
まして薄く茶色染めた姉の髪の毛でもない。
ましてや短く刈り上げたオレのものではない。
ショーっとカットくらいの黒い、太目の髪だった。
それを手ではらってやると、コントローラを仕舞い、タオルをかけてやると、その場に座り直し再び姉と姪の事を考えた。再度頭をもたげてきた人形の事はなるべく考えずに。

(た)
しかし考えの途中で、ふと思い当たる事があった。
ダニやカビの中には、アレルギーを誘発したり、内臓に損傷を与えるものがあることを思い出したのだ。
それがあの人形に付着していたとすれば?
充分に考えられる事だ。
幸い学生時代の友人に芳香剤の開発室に勤めて奴がいた。かなり畑は違うが顕微鏡くらいはあるだろう。
そいつに頼めば知らB手くれるかもしれない。
もとから楽観的なオレは容易にそう結論付けた。
しかし、解せないのは何故、口内炎を同時に患いながらも、姪は一晩で収まり姉はまだ続いているのか。
抵抗力の問題か、それなら子供の方が低い気がする。
あるいは体質か。
とにかく、あの人形からサンプルを取らなくてはならない。
昨日は無かったが、明日もう一度よく探してみようと思った。
先ずは来週の検査の結果を待って、必要ならば友人にそれを送ろう。
雑貨屋で軍手とピンセットを買った方がいいかもしれない。


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