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2022年12月12日

アケミちゃん 4



部屋に着くとアケミちゃんは楽しそうに俺の部屋を物色し始めた。
「男の人の部屋てやっぱ結構散らかっているんだねー」とか言い出しながら色々見て周っている。
が、俺のほうは気が気ではない。今は機嫌が良いが、こんなあからさまなメンヘラちゃんがいつ機嫌を損ねるか解らない。そして機嫌を損ねたら恐らく俺は殺される。
すると彼女は「部屋散らかってるし片付けてあげるね」と言い出した。
この状況を見れば物凄く「おいしい」シチュエーションだ。まるで付き合ったばかりの彼女を始めて自分の部屋に呼んだような、そんな状況と言っても過言ではない。
しかし、部屋にいるのは巨大な中華包丁をバッグの中に隠し持ったコテコテのメンヘラさんであり、俺はメンヘラさんに捕らえられた哀れな獲物でしかない。
そんな事を考えていると、アケミちゃんは例のカチ、カチ…カチ、カチ…という音をさせながら部屋の隅に無造作に積み上げられた雑誌やマンガやテキストやその他諸々を種類ごとにわけて整理し始めた。
その時、恐らく彼女は髪の毛が邪魔に思ったのだろう、少し無造作に自分の首もとの髪をかき上げた。
その時俺は信じられない物を見た。
アケミちゃんが髪をかき上げて見てた首筋に薄っすらと線が入っており、それは後ろの方まで続いているのだが、丁度うなじ真上部分で「縁が欠けている」ような状態になっていてそこだけ「ちゃんとかみ合っていない」としか見えない状態になっている。
そしてそのかみ合っていない部分が、アケミちゃんが動くたびにカチ、カチと鳴っているのだった。

一瞬の事だったが見間違いではない。明らかにアケミちゃんの首筋には「つなぎ目」がある。
俺は頭の中が?????でいっぱいになった。

「なんだこれは?俺の目の前にいるのは一体なんだ?」

ここにきてアケミちゃんは危険なメンヘラさんであるという認識を改め、なんだか良く解らない人間ではない何かの可能性が出て来た。
そんな事を考えながら俺がアケミちゃんの首元を凝視していると、それに気付いたのか「なんですかぁ?恥ずかしいじゃないですか」とにこやかに笑いながら、また部屋の整理をしている。
その時、恐らく後で整理しようとしたのだろう、棚の少し上のほうにおいてあったテキストや辞書などがアケミちゃんの頭に落っこちた。
ドザっ!と大きな音がして、その後「いったー」と頭をさすりながらどじっちゃいました敵な顔をして俺のほうを見た。
が、その姿は異様だった。
首筋に入った線のところから明らかに首が「ずれて」いる。
アケミちゃんは「あー…」と言いながら首を元に戻すと、何事も無かったように本や雑誌の整理をしはじめたのだが、俺の頭の中はパニック状態だ。

「一体あれはなんなのか」
「俺は一体何を見た???」

意味不明すぎる。一つ解った事は俺の目の前にいる「それ」は明らかに人間ではないということだ。

パニックになりながらも、俺はこれからどうすべきか考えた。
すると、ふとベッドのところに置いてある充電器に刺さったままの携帯が目に入った。

「これだ!」

警察官が言っていた。電話さえすれば返事がなくてもパトカーを様子見に送ると。
俺はアケミちゃんに悟られないように、そして不自然にならないように、可能な限り自然な動きでベッドのところまで移動し携帯のほうを見ようとすると、アケミちゃんが「携帯さわっちゃだめだよ」と振り向きもせずに言い出した。

「洒落にならん…気付いてやがった…」

そのまま動くことが出来ず呆然としていると、アケミちゃんがすくっと立ち上がり、俺のほうへやってくると、携帯を充電器から抜き取り自分のバッグの中へとしまい、何もいわずにそのまま部屋の片付けに戻っていった。
これからそうすべきか、何か考えないといけないのだが、あまりの出来事に動揺してしまい思考がうまくまとまらない。
とりあえずあたりを見回してみると、ふと中身が入った電気湯沸かしポットが目に付いた。
そこで、俺は普段なら絶対に考え付かない方法を思いついた。
こいつは中に相当な量のお湯が入ったままだ。こいつでぶん殴れば流石に…。
俺は別にフェミニストとかそんなんではないが、流石に普通なら女の子に暴力を振るうような事は躊躇われる。が、今は状況が状況だし、そもそもアケミちゃんは男か女かとか以前に明らかに人ではない。
「躊躇われる」なんてかっこつけていられるような余裕も無い。

俺は意を決してポットの取っ手を握り締めると

「うわああああああああああああああああ」

と絶叫しながらアケミちゃんの頭を全力でぶん殴った。
アケミちゃんはそのまま壁の反対側まで吹っ飛び倒れた。
そして俺は様子を見ようとするとムクッと上半身を持ち上げ、「いったーい、何するの?」と、まるでおふざけで小突かれてちょっと怒った振りをするようなそんな感じの返事を返してきた。

俺はアケミちゃんの姿を見て恐怖心で動けなくなった。
返事が状況に似つかわしく無いからではない、なんと説明すれば良いのか、上半身を起き上がらせたときに、顔の鼻から上といえばいいのか、それとも眼窩の下の部分から上といえば良いのか。その部分がボロッと顔面から落っこち、「鼻から下だけ」になっていた顔がそんな事を言っていたのだ。
ありえない。
あまりの事に動けなくなっていた俺だが直ぐにわれに返り、手に持っていたポットをアケミちゃんに投げつけると、後ろを振り返り玄関へダッシュすると、そのまま外へ逃げ出した。
そして道路まででると一端アパートの方を振り返ったのだが、そこでまたとんでもない物を目撃した。

俺の部屋は2回にあるのだが、アケミちゃんが部屋の窓から身を乗り出し、片手に中華包丁を、もう一本の手に自分の頭のパーツを掴み、丁度俺のほうを見ながら下へと飛び降りるところだった。
俺はもう頭はパニック状態。ションベンも漏らしそうになるほど恐怖し、いい年こいて涙目になりながらもう道順も目的地も何も関係無しに全力で逃げ出した。
後ろのほうから、かなり遠くにだがカチカチカチカチ…と音がする。
恐らくアケミちゃんが俺を追っている音だ。
俺は「追いつかれたら確実に殺される」と思いながら、ふとさっきアケミちゃんが言っていた事を思い出した。

「“私”を捨てたら殺すから」

“私”ってどういう意味だ?本体はあの指ってことか?意味が良く解らないが、とにかくこれが鍵になりそうではある。しかしどうしたらいいのかは解らない。捨てなければどこまでも追いかけられるだろうし、しかし捨てたら殺すと言われた。
だが、そもそもこの状況、どう考えても指を捨てようが捨てまいが追いつかれたら殺される。

こうなってくると、問題は捨てるか捨てないかではなく「どう捨てるか」だ。
そんな事を考えながら走り続けていると大きな道路に出た。そして、その道路を渡った100mくらい先のところに、神社らしき鳥居が見える。
俺は何の根拠もなく「これだ!」と思った。
もう尻ヘトヘトに疲れていたが、最後の力を振り絞って全力疾走すると、道路を横断し鳥居を潜り、ポケットの中から例の人形の指を取り出すと、それを拝殿の中に投げ入れた。
それと、同時に道路のほうから、

キィィィィィィィ!

と車が急ブレーキを踏む音が聞こえてきて、その後、ドンッ!と結構大きな音がした。鳥居越しに車が停まっているのが見える。もしかしてアケミちゃんを轢いたのか?そんな事を考えながら恐る恐る道路に出てみると、30代くらいのおじさんが車の前に立ってどこかに電話している。
様子から察するに警察か救急車だと思われるのだが、不思議な事にあたりを見回してもそれらしき人影が無い。
俺が「どうしたんですか?」とおじさんに声をかけると、「それが今…人を弾いちゃったはずなんだが…見ての通り人なんていないんだよ、でとりあえず警察にと思って」という。

タイミング的に明らかに轢かれたのはアケミちゃんのはずなのだが…とふと道路の端のほうを見ると、なんかの残骸みたいなものがいくつか転がっている。
恐る恐る近付いてみると、それは人形の残骸だった。
そして、胴体や足の部分の衣服などを見る限り、それはどう見てもアケミちゃんのものだった。
俺は混乱した。
たしかに人形みたいな形跡はあったが、こんなあからさまに安っぽい人形の姿では無く、もっと質感的にも普通の人間っぽかったはずだ。ここにあるのはなんだ?
どういうことだ?
“私”を神社に投げ込んだからお祓いが出来たのか?そんなご都合主義な事がありえるのか?頭の中が「?」でいっぱいになった。
が、目の前にある現実は変わらない。
そうこうしてるうちに警察がやってきた。
俺も一応目撃者というかある意味被害者なので、色々と事情を説明したのだが、当然意味不明すぎて警察も信じてくれない。
アケミちゃんらしきものを轢いてしまった人も、あまりにも意味不明で何が起きているのか理解できないらしく、なんかちょっと今日興奮気味に警察に何か話していた。
ただ一つだけ不思議な事があった。
人形って普通は手や足を胴体と繋ぐジョイント部分ってものがあるよな?この人形、警察も不思議に思っていたようだが、そういうジョイント部分が一切なかった。
つまりどうやって人の形に接続されていたのかがさっぱりわからない。
アケミちゃんはあの姿からして、中に何か入っていたんじゃないかと、色々怖い想像をしてしまうのだが、今となっては何も解らない。
そもそも人形の残骸は、そのまま警察が証拠品として持ち帰って行ってしまい、その後どうなったのかわからないからだ。

なんともあっけない幕切れなのだが、実はこの後何も無い。
自宅に帰ってみるとどうもあの騒ぎを誰かが通報したらしく、警察がやってきていた。
そして部屋に残されていたアケミちゃんのバッグを証拠品としてもって行ったのだが、結局身元がわかるようなものは何一つ無かったらしい。
ただ携帯に関しては後から変な事を教えてもらった。
アケミちゃんの持っていた携帯、もう何年も前に解約されたものらしく、書類上はとっくに廃棄されているはずのもので、通話を受信できるような代物ではなかったらしい。
その後現在まで、俺はアケミちゃんに出会うことはありません。
ただし、今でも急に人気が無くなったり、元からあまり人気が無いような場所は恐ろしくて近付けません。
人形に関しては、いろいろと想像できる部分もあるのですが、あまり憶測で書きたくないのと、変に想像すると現実になりそうで怖いので、そいいうことはこれを読んでいるみなさんのご想像にお任せします。

以上です。
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