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2022年11月28日

つきまとう女 9



俺はソファに座り、惚けていた。なんだか、とても疲れた。
眠ることが怖かったが、睡魔には勝てなかった。
俺はいつしか眠りに落ちていた。


気が付くと俺は、どこかのビルの屋上に立っていた。

「ここは?」

深夜のビルの屋上に冷たい風が吹く。

「ジョン!?おい、ジョン!?」

大声でジョンに問いかけるも、返事は返ってこなかった。
俺は辺りを見渡すと、視界の端に何か居ることに気付いた。
その瞬間、頭を殴られたような強い衝撃が走る。俺は力なく、その場に崩れ落ちた。
地面に倒れた俺を、見たことの無い巨躯の男が見下ろしていた。

「なんだ…お前…?」

男はしゃがみこむと、俺の髪を掴んだ。

「悪足掻きするなよ。どうして素直に死なない?」

男の後方にキチガイ女と医者、警察官、看護師の姿が見える。
俺の全身の血が沸騰した。

『私ですらさっきまで気付かなかったほどに、本丸は深いところに居る』

俺は社長の言葉を思い出していた。
こいつがそうだ。俺は直感的にそう思った。

「テメェかぁ!!!テメェが俺を!!」

男が俺の頭を地面に叩きつける。俺は頭に生温かいものを感じた。
それでも俺は男を睨みつける。
許せなかった。どうしても俺をこの騒動に巻き込んだ、この男が許せなかった。

「テメェだけは…テメェだけは絶対に許さねぇ!」

男の表情が暗く曇る。

「お前が俺を許す、許さないじゃない。俺がお前を殺すか、殺さないかだ。厄介なオカマも引き込んでくれたし、いい加減、俺も頭にきた。切れそうだよ。お前の家族もくれなきゃ、妹も納得しないそうだ。素直に死んどけば良かったのに、困ったことしてくれたな」

男は歯軋りしながら、そう言った。俺は男の胸倉を掴んだ。

「家族に手を出すことだけは絶対に許さねぇ!!」

男は俺の腕を払いのける。

「お前の親父も同じことを言っていたな。親子揃ってしぶといにも程がある。もういい。俺も本気でお前が殺したい」

俺の後方から足音が聞こえる。

振り返るとそこには俺が居た。ドッペルゲンガーだ・

『お兄さん、あいつに絶対に触れないで下さい!!触れたら俺でも社長でも、お兄さんの命を助けられない!!』

俺は全力で走った。
致死率100%と言われるドッペルゲンガーから逃げる為に。
頼みの綱のジョンは居ない。周りに居るのは敵ばかりだ。
狭いビルの屋上、逃げ場など無かった。
俺は出入り口のノブを回した。鍵はかけられている。ビクともしない。
後方には俺が居る。俺に触れたら俺は死ぬ。

「おいおい、もういいだろ!?手間取らせんじゃねぇよ!!」

巨躯の男が、苛立つ感情を剥き出しにして怒鳴る。
俺が迫ってくる。俺はこの時、必死に考えた。逃げる方法を。助かる方法を。
俺は屋上のフェンスを乗り越えた。

「これは夢だ。夢なんだ。現実じゃない」

俺は自分に言い聞かせた。目前には奈落の光景が見える。思ったよりも高い。
後方を振り返ると、俺がゆっくりと歩いてくる。
その時、不意にキチガイ女と眼が合った。
女は笑ってやがった。俺の中に怒りがこみ上げて来る。
生きるんだ。俺は絶対に死なない。絶対に生きるんだ。
俺は雄叫びを上げた。飛び降りてやる。ここから飛び降りてやる。

「ヘイ!!確かにここは現実じゃねぇけどよ!!落ちればそれなりに痛いぜ!?お前、それに耐えられるのか!?」

巨躯の男が俺に問いかける。

「絶対にお前だけは許さないからな」

俺は、そう言い捨てると、ビルの屋上から飛び降りた。

激痛。それを表現するのに、この言葉以外に思いつかない。
ビルから飛び降りた俺は脚から落下し、地面に頭を叩きつけられた。
まるで蛙のように惨めに地面にへばりつく。俺の周囲に赤い血が広がる。
意識がなくならない。今まで体験したことの無いような激痛がはっきりと認識できる。
死にかけの蛙が、ひくつきながら痙攣するのと同様に、俺の体は小刻みに揺れた。
俺の視界の先に、ビルの出入り口から出てくる俺が見えた。

「来る…な…」

消え入りそうな蝋燭の如く俺は呟いた。これが精一杯の抵抗だった。
容赦なく俺は俺に近づき、俺の目前までやってきた。
俺は俺を見下ろしていた。体は痛みに支配され、もう逃げることもできない。
俺はもう一人の俺を、力の限り睨んだ。俺は俺に、負けたと思われたくなかった。
もう一人の俺はしゃがみこむと、俺の背中に手を置き、「見いつけた」と言った。
溶け込むように、俺が俺の体内に入ってきた。
完全な同化。奴の心と俺の心が一つになる感覚。
俺は俺に溶け込み、俺の心を支配した。
この瞬間、ジョンが「ドッペルゲンガーに触れられると確実に死ぬ」と言った意味が分かった。
暗闇が全身に拡がる。俺は終った。終わったんだ。
心が引き裂かれるような、とてつもない暗闇に俺は放り出された。
負の感情が俺の中に溢れ出す。
俺は朦朧とした。生きることに希望なんて何一つとしてない。
この世に居たってどうしようもない。死んだほうが良い。
ただ死にたい。自殺をさせてくれ。なんでもする。だから俺を自殺させてくれ。
俺はドッペルゲンガーに完全に支配されていた。


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