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2022年11月25日

つきまとう女 8



地上20階の位置する豪華なホテルの一室。
キレイなインテリアが並ぶこの部屋に、似つかわしくない二人の男。
一人は恐怖で小刻みに震え、一人は頭を抱えて俯いている。
俺とジョンだ。
俺たちは、敵の強大さに打ちのめされていた。
俺の心は絶望感でいっぱいだった。逃げることだけを必死で考えていた。

「ジョン、サラ金でも闇金でも何でも良い…借金して200万揃える。だから、社長に俺の除霊を頼んでくれ…」

ジョンはタバコに火を点けると頭を横に振った。

「無理です、お兄さん。社長は、一度言ったことを絶対に曲げません。俺に除霊をやらすと言ったからには、例え俺が死んでも、お兄さんが死んでも、社長は手を出しません」

俺はテーブルに拳を叩きつけた。

「ふざけるな!!俺の命が懸かっているんだぞ!!!」
「お兄さん」
「お前だって、あの女には勝てないって言ったじゃないか!!!」
「お兄さん」
「200万で足りないなら300万だって用意する!!だから俺を助けてくれ!!!」
「お兄さんっ!!!!」

ジョンは声を荒げて立ち上がった。

「俺を…信じてください」
「お前を…信じる…?」

ジョンは真剣な眼差しで俺を見つめる。その鋭い眼光に俺は戸惑った。

「俺はお兄さんを守ります。お兄さんは俺が絶対に助けます。だから、俺を信じてください。俺はお兄さんを守る為に命を懸けています。例え、俺がしんでも…絶対にお兄さんは俺が助けます」

俺は困惑した。こいつ、何でそこまで言えるんだ?

「そこまでお前が、俺を守りたい理由はなんだ?お前だって危ないんだぞ?」

ジョンは黙り込むと深く溜息をついた。

「俺たちが除霊をする時、対象者の守護霊の力を借ります。つまりお兄さんの親父さんです。お兄さんの親父さんと沢山話をしました。ジョンって名前…、お兄さんの家で、昔飼っていた犬と同じ名前なんですね。親父さん、笑っていました。俺は未熟だから、お兄さんの親父さんと話しているうちに、親父さんに感化されてしまったのかもしれません。今では…お兄さんが、俺の本当の兄貴のように思えるんです…」
「お前…」
「親父さんのお兄さんを守りたい気持ちは本物です。親父さんは死ぬ寸前に、お兄さんや娘さん、それに奥さんのことを思っていました。『すまない』。そういう気持ちでいっぱいだったんです。だからこそ今でも親父さんは、お兄さんたちを必死で守っているんです。俺はその気持ちに応えたい」

それを聞いた俺は足元から崩れ落ち、その場に跪いた。
ジョンが俺の肩を掴む。

「俺を…信じてください」

俺の肩を掴むジョンの手は、温かった。

深夜、俺は眠れずにいた。少しでも油断することが怖かった。

「ジョン、俺の親父は大丈夫なのか?あんな女と戦っているんだろ?」

ジョンはノートPCのキーボードを叩きながら答える。

「女はお兄さんだけでなく、お兄さんの家族にも侵入しようとしています。だから、お兄さんの守護は俺に任せてもらって、親父さんにはそちらの守護に専念してもらっています」

俺は頭を抱えた。

「なんてこった…。あの女、俺の家族にまで…」
「大丈夫です。親父さんが守ってくれます」

俺はコップの水を飲んだ。

「なあ、ジョン。俺の守護霊が親父だってのは、なんとなく分かった。でも、お前の守護霊は居ないのか?ほら…、お前、身内がいないって言ってたし…」
「居ますよ。俺の守護霊は社長です」
「はあ?お前、社長は生きているだろ?」
「守護霊も悪霊も、生きているか死んでいるかは関係ありません。一言に霊と言うと、死んだ人を想像するかもしれませんが、違います。さっきも言いましたが、悪霊は自身の感情や意思に依存して存在し、守護霊は温かい記憶に依存して存在してます。俺お腹で社長の温かい記憶がある。だから俺の中で社長が形成され、俺の守護霊として存在しています。これは俺だけじゃなく、普通の人も同じです」

俺はコップの中の水を見つめた。
こいつに出会ってから、不思議なことばかりを聞かされる。

不意にチャイムの音が部屋に鳴り響く。俺は驚いてソファから滑り落ちた。

「こんな時間に誰だろう?」

ジョンが立ち上がり、玄関口に向かう。

「おい、大丈夫なのか!?あの女じゃないのか!?」

ジョンは微笑みながら、「大丈夫ですよ」と答えた。
玄関を開けると、そこには社長が居た。
社長は部屋の中に入るとソファに座り、タバコに火を点ける。

「調子はどうかしら?若年性浮浪者モドキ君…」

じゃ…若年性浮浪者モドキ君…。なんだか、この人に勝てる気が全くしない。
ジョンがグラスにワインを注ぎ、社長に差し出す。

「こんな深夜に、どういった御用件ですか、社長?」
「ああ、あんたがメールで送ってきた企画書ね…、読んだわ。筋は悪くないわよね」
「有難う御座います」
「でも、決定的な勘違いをしているわ」
「勘違い?」

ジョンの表情が曇る。

「まあ、仕方ないわ。私もそれに気付いたのは、ついさっき。お前が気付かないのも無理は無い」
「どういうことですか?社長」

社長は灰皿にタバコの灰を落とす。
緊迫した雰囲気が部屋に充満していた。
社長はワインの入ったグラスに口をつける。
赤いワインの入ったグラスを、しなやかに扱う指の動きが印象的だった。

「先刻、この若年性浮浪者モドキ君の、ドッペルゲンガーが現れたわね」
「はい。俺も強制的に見せられました。俺も侵入されてたんです」

ジョンは悔しそうな表情を浮かべる。

「私はお前の現場実習開始当初に、安全装置として、若年性浮浪者モドキ君に予め防壁を仕込んどいた。万が一を考慮してだ。だが、それは突破され、あまつさえ奴はドッペルゲンガーを作り出した。私の見立てでは、あの薄汚い女にそんな力は無かったはず。違和感を覚えないか、ジョン?」
「確かに俺も驚きました。まさか社長のファイヤーウォールが破られるなんて…でも、違和感と言うのはなんですか?何かあるんですか?」

社長は深くタバコを吸い込んだ。

「あの薄汚い女は、中心ではあるが本丸ではない。ということだ。私ですらさっきまで気付かなかったほどに、本丸は深いところに居る。恐らくそいつは、死人ではなく生き人の可能性が高い。しかも、かなりの腕前の持主だ。こいつは予想以上に根の深い問題だな」

俺は黙って話を聞いていた。なんだか、話がとんでもない方向に向かっている。

「そっちの本丸の方は私に任せろ。こいつは、若年性浮浪者モドキ君の依頼の範疇を越えている。タダ働きでやるのは嫌だが、仕方あるまい。放置するにしては危険すぎる。ただし、薄汚い女並びに3人の男は、ジョン、お前が責任をもって除霊しろ。いいか?浄霊しようとしなくていい。除霊することに専念しろ。分かったか、ジョン?」

社長はそう言うと、グラスの中のワインをしなやかな手つきで飲み干した。

社長が部屋から退室し、再び俺とジョンの二人きりになる。
去り際に社長がこんなことを言った。

「この件が終わったら、父親の墓参りに行けよ。寂しがっているぞ。あと、寝ろ。目の下のクマが酷いぞ」

そういえばここ最近、あまりにも色んなことが起きて、ろくに父親の墓参りにも行ってなかった。
この騒動が無事に生きて帰れたら、親父の墓参りに行こう。俺はそう思った。


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