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2022年10月28日

廃屋とカセットテープ 3



気味の悪さは恐怖に変わった。
イヤフォンを耳からはずし

「ヨウスケ」

二階へ呼びかける。

「ヨウスケ、出ようよ。俺、ここの家嫌だよ」

しかし返事は返ってこない。
二階の奥まで入り込んでしまっているのだろう。
止むを得ずタカオはハシゴを上り、二階へ着いた。
その時に気付いたのだが、このハシゴは二階へは収納できない造りのようだ。
ハシゴを上へ引き上げようとすると穴の口の所で引っかかり、二階へ持ち込めないようになっている。
タカオは意外に広い二階を、ヨウスケの名前を呼びながら見て回った。
入り口の狭さと不便さから、物置のような場所を想像していたのだが、まるで違う。
なんとなく、一階よりも建材が新しい。建て増ししたのかもしれない。
古い家には珍しく、簡素な風呂や、申し訳程度ながら炊事場、手洗い(便は外の便壺へ落ちる仕組みと見られた)まであり、二階だけでもある程度生活が出来る造りだ。
居室は三部屋ほどあるようだった。
そのうちの一つはただの狭い和室で、襖も外されていたから、ペンライトで照らせばヨウスケが居ないのはすぐに分かった。
もう一つの部屋の戸を開けて照らすと、そこは異質な空間だった。
六畳ほどだろうか、板の間の中央にこの家には不釣り合いなパイプ・ベッドが置いてある。
床にはそこかしこに黒っぽい染みがあり、ベッドの布団も薄暗い様々な色の染みがついていた。
カビだろうか。
しかし、近づいて確かめる気にはなれない。ただでさえこの部屋は、他よりもひときわ空気が重い気がする……。
この部屋には収納も無く、ヨウスケはやはり見当たらない。
最後の部屋は外に向かって大きく枠を取られた窓……というよりガラス戸があった。
その向こうで時折、垂れ込めた雲に稲光が見える。
ここはどうやら子供の居室だったらしく、おもちゃや古いマンガ本、勉強机に教材が少し残っていた。
それらから見ると、赤いランドセルこそ見当たらなかったものの、住んでいたのはどうも女の子らしい。
さっきのテープに声を吹き込んだ子だろうか。
思い出して、少し身震いした。
視界は相変わらず悪く、物の多い子の部屋では隅々まで様子を把握できない。

「ヨウスケ、どこに居るんだよ。隠れてんのか?」

返事は無い。
代わりにカサカサと、ネズミとも家鳴りとも木揺れともつかない音が小さく返ってきて、家の中の静寂がより強調された。
一階からは、使い物になりそうな家財道具の殆どが持ち去られていたというのに、二階には生活用品が残されている。
壁には部屋の住人だったらしい女の子が描いた思わしき絵も飾られていた。
画用紙に、友人らしい少女と手をつないで遊ぶ姿が描かれている。
なぜか二人とも同じ服を着ていたが、子供の描く絵などそんなものだろう。
そういえば、先程の炊事場(台所と呼ぶには粗末過ぎた)にはいくらかの食器もあったな、上下まるで別の家だな……と思いながら、ガラス戸へ近づく。
確か方角的に考えると、最初に見た外付けのハシゴは、このガラス戸の下に付けられているはずだ。
少々広いからと言って、これだけ読んで出て来ないということは、もうヨウスケはここにいないのではないか。
この部屋に取り付けられたハシゴを伝って、二階から外に出たんだろう。
タカオはそう決め付けつつあった。
ガラス戸を開けると、ベランダ上の小さな張り出しがある。
やはりここが、第二の玄関なのだ。

「おいヨウスケ、降りてんのかア?」

しかし

「なんで……?」

思わず声が出た。
張り出しの下で、朽ちたハシゴが中程から折れ曲がって古屋の壁に寄りかかっていた。
先程下で見たときには分からなかった。
これでは使い物にならない。
確信していたことをあまりにも直接的に裏切られて、タカオは思い切り動揺した。
じゃあヨウスケはどこだ。
心細さが倍増し、孤島にただ一人残されたような気持ちになる。

「なんなんだよゥ……」

足がすくみ、冷や汗が吹き出た。
雷の合間の静けさの中で、外したイヤフォンから音が漏れていた。
もう聞く気などならない。止めよう。
リュックに収めてあるステレオの本体を取り出し、カセットを抜こうとした。
取り出しボタンを押す間際に気付く。
まだ停止していないはずなのにテープが回っていない。
電源ランプも消えている。
電池は充分なはずだ。
見ると、ステレオのプラスチックの合わせ目から水が染み出している。
リュックから染みた水で壊れたらしい。
………………。
いつから壊れていた?
震える手でコードをつまみ、イヤフォンをそっと耳に当てた。


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