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2022年10月27日

廃屋とカセットテープ 2



とりあえず、山中で迷子という目下の危機を逃れ、安堵する。
そうなればこの年頃の少年たち、やることは決まってくる。

「タカオ、探検しようぜ」

手分けをしてあちこちを覗いた。
部屋はそれなりの広さのものがいくつかあり、大人の寝室から子供部屋と思われる室まであった。
どうも家の中には家財道具といえるものが極端に少なく、引越し後のような空ろさである。
玄関の鍵すらかけていないのだから、値打ちのあるものは全て持ってどこかへ移ってしまったのだろう。
風呂は朽ち放題、乾ききった手洗いは汲み取り式の、古色蒼然たる古家だった。

「なんだこれ、水が出ないじゃんか」

ヨウスケが言うので見てみると、台所の蛇口が握りを外されており、水が出せなかった。
まあ、とうに止まっているだろうが。
トッ……トッ……とトイレから雨粒の落ちる音がする。
電灯も点かないので、視覚に関しては、闇に慣れてきた目と、ペンライトだけが頼りである。
廊下を歩いていたタカオのつま先に、ポツリと何かが当たった。
拾い上げてみると、タバコの箱よりも一回り小さいくらいの、深緑色の紙箱だった。
表面に、ロゴマークらしき丸い模様と共に品名らしき語が書かれている。

『□神□薬』

神と薬は画数の多い旧字、□の部分はぼろぼろにかすれてしまって読めなかった。
手に取った時点でひどく軽いことは分かっていたが、一応開けてみる。
やはり、中は空だ。
神と来たら、神経か何かの薬が入っていたのだろうか。
飲み薬というよりは、膏薬か何かのチューブが入っていたような様子だった。
大して面白みも感じず、箱を放り捨てて廊下に目を戻すと、カセット・テープがひとつ、これも落ちていた。
古ぼけたカセットにどんな歌が吹き込まれているのか、興味がわいた。
ラベルには手書きの文字があったが、汚れている上に、タカオよりもはるかに下手な字で書かれていて、読めない。
トッ……トッ……とまた雨粒の音がした。
タカオはずぶぬれのリュックからヘッドフォン・ステレオを取り出すと、シャツで水をぬぐい、カセットをはめ、再生ボタンを押した。
シャアシャアと空音が鳴り、曲の前奏が始まるのを待つ。
しかし聞こえてきたのは歌ではなく、人の声だった。
テープと言えば楽曲が入っているとばかり思いこんでいたタカオは、面食らった。
どうも、幼い女の子と、その母親の会話らしきものが録られている。

「……ねえママア、何……てるのオ……この……たち……」
「……」

女の子の声は傷みながらもなんとか聞き取れるが、母親の声は答えてはいるものの殆どかすれて聞こえない。
少女のほうは、おそらく以下のような言葉だったらしい。

「……ねエ、あたしたち、どいしょうかア……」
「……」
「……いやよオ……あたしおりこうじゃないものオ……」
「……」
「……ハシゴ、はずしてあるんだからア……」
「……………………」

ハシゴ?
さっき窓から見えた外のハシゴのことかと思ったが、目の前に、廊下に寝そべるように置かれた室内ハシゴが見えた。これの話だろうか。
その真上の天井に正方形の穴が開いている。
大きくはないが、あの穴へハシゴをかければ、人ひとりなら抜けられるだろう。
他に階段らしきものは見つからないので、これで上下階を行き来する構造のようだ。

トッ……トッ……

またも同じ音を聞く。
タカオは、この時初めて悟った。
音は、屋根伝いではなく、今の自分の真上からする。
これは雨音ではない。
反射的にヨウスケを捜した。
ヨウスケはタカオから見える居間で壊れた水屋を懸命にあさっている。
当然、一回で。
ということは。

トッ……トッ…………

これが自然音でないとしたら、もしかしたら今、上に誰かがいる。
タカオはイヤフォンをつけたまま、居間へ寄った。

「ねえヨウスケ、上に誰かいるよ」
「ええ?……本当かよ?」

調子付いていたヨウスケはハシゴと天井の穴を見て、面白いおもちゃを見つけたような顔になって、

「俺、上るよ、ここ」

と言うや否や、ハシゴを持って天井の穴へ引っ掛けた。

「やめときなよ。泥棒だったら危ないじゃんか」
「こんなとこにどんな泥棒が来るんだよ。タカオも来いよ」

そう言い残してスルスルとヨウスケは二階へ上る。

「俺、行かないよ」

タカオのほうは、好奇心よりも薄気味悪さが勝っていた。
やることがなくなったので、再びテープに耳をすます。

「……どうしよオ……」
「……」

母子がやり取りになっていないので、相変わらず内容はさっぱり分からない。

「……この人は、いかな……の……なア……」
「……」
「……そりゃア、そのほうがい……けどオ……」
「……」

……?
なんとなく母子の会話に違和感を感じた。
しかしその正体を見つける前に、窓の外で稲妻が走った。
少しだけ遅れて

ゴロッ、ゴロ……

と思い音が古い家を震わせる。
黒ずんだ材木のヒビ一つ一つにまで空気の振動が伝わり、そしてすぎに通り過ぎた。
しかし雷が去っても、タカオの体は震えていた。
今のはなんだ。
雷が鳴った時……。
同じように雷音が聞こえた。

イヤフォンの中から。

そして違和感の正体にも思いが至る。
『この人』って、誰だ。
目の前の人物を指差して言うような声音だった。
誰のことを言ってる?
どこへ?二階へ?
まさか……『この人』って……


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