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2022年10月10日

廃病院の地下 2




二階や三階は普通に怖かったが、特に何もなく終わった。
休憩所やら禁煙室なんか残ってた、古い型のテレビが割られてたりするぐらいで、そのテレビを見ていたAが「これ多分、Y先輩がやったやつだぜ」なんて言って笑ってた。

俺達が一階に戻ると、AとBは当たり前のように地下の階段を下りようとした。
この時ばかりは俺はマジで止めた。

俺「マジやばいってなんか。そっちはやめとこうぜ」
A「何お前ビビッてんの?」
B「うっわマジチキンだわ〜コイツ」

二人にからかわれ腹が立ったので、仕方なく俺も一緒に下に下りた。
地下はかなり暗かったのを覚えている。
「月の光が入ってこないだけでこんな違うのか」なんてことを言いながら、俺達はあたりを照らしてみた。
廊下に置きっぱなしにされている長椅子や、壁に掛けられている消毒用のボトル、車椅子なんかも全部置きっぱなしになってた。
しかし何故か、上の階に比べてやけに片付いているというかコレイで、違和感を感じた。
Aが手近な部屋のドアを開いて、Bが廊下の奥にライトを向けたときだった。

B「おい、あれが手術室なんじゃねぇ?」

ライトの灯りがかろうじて届くほどの距離に、ドラマかなんかでお馴染みのプレートが見えた。手術中には赤く灯るアレだ。
ライトに照らされた文字なんて全く見えなかったけど、Bはかなりテンションを上げて大またで奥へと進んで行った。
遅れてAもそれに続く。
俺はこのときから気分が悪くなってた。
耳の中に水が入ったときのようなあの感覚がずっと続き、風邪になったときに感じる、うまく言い例えられないけど、精神が不安定になるような感覚に襲われた。
それでも一人残されるのは怖かったから、進むほうとは反対側の廊下の奥のほうへ注意を払いながら、二人の後をついて行くと、突然Aがゲラゲラ笑い出した。
ビクっとなって前を見てみると、BがすっころんでAがそれに爆笑してた。

A「マジお前何やってんだよダッセーな」

なんて言いつつ懐中電灯でBを照らして笑っていたが、中々Bが起き上がらない。
流石に心配になったAと俺は、「おい大丈夫か」と声をかけながら、Bの横にしゃがみこんで顔を窺った。
すぐにおかしいことがわかった。
キツく目を閉じて歯を食いしばり、脛のあたりを両手で押さえて低く呻いている。

俺「おいどうした?どっかぶつけた?」

焦って聞いてみるが、よほど足が痛いのか両手で押さえて低く呻いている。
「あああああ」とか「ううううう」とかひたすら唸ってた。

A「おいちょっとどかすぞ?いいか?お前ちょっとここ照らしてて」

俺が懐中電灯を二つ持ってBの足を照らした。
Aが慌ててBがスネを抑えてる手をどかすと(相当Bも痛がって抵抗した)、Aが「うわっ!」と声をあげた。
俺も「え?何?どうしたの?」なんて言いながら目をこらすと、今思い出すだけで本気で吐きそうになるんだが、本気であの時は呆然となった。
すまんちょっと気が昂った。
Bのスネの、なんていうか一番骨に近いとこの皮と肉がなかったんだろう。
ライトに照らされてかすかに見えた白っぽいのは、多分骨だったと思う。
あとは血がマジですごい出てて、そえどころじゃなかった。
Aがパニくって「おいなんだこれ!?どうしたんだオイ!」なんて叫んだ。
俺もワケがわからなくて、でもここがもうヤバいことはとっくに気付いてた。

「出よう」って俺はAに言って、二人でBを両側から抱えようとして、AがBの肩を支えて俺が反対側へまわりこんだ時だった。
今でも忘れられないあれを見た。
Bの落としたライトは手術室のドアを照らしてた。
そのドアがいつの間にか開いてて、中から妙なモンがこっちを見てた。
真っ暗なときに人の顔をライトで照らすと、輪郭がぼんやりして目が光を反射して、怖いと思うことがあるのか経験したことがあると思う。
人と言っていいのかわからないけど、あれの顔はそれに近かった。
身体は丸っぽいとしか覚えていない。
よくテレビで放送する、太りすぎた人間のあれ。ぶよぶよした肉がたるんで動けなくなったアレに近い。
大きさは普通の人間くらいだったけど、横幅が半端じゃなく広かった。
それが身体を左右に揺らすようにして、こっちに近付いてくる動作をした。
まともに見れたのはそこまでで、Aが金切り声を上げてBを引きずるようにして逃げようとした。俺も叫んだと思う。
何も考えられなくなったけど、灯りがなくなるのだけが怖くて、ライトをしっかり両手に握って、Bの腕を俺の腕で抱えるようにしてAと引きずった。
ただ灯りが前を向いてなかったから前がよく見えなくて、それがまた怖くてパニックになった。
それでもなんとか階段近くまでBを引きずったけど、俺達は進んだほうの廊下の奥から、カラカラカラカラって音が急に聞こえた。
それは段々と大きくなって、なんだと思って俺がライトを両手で向けると、人の乗っていない車椅子がもう間近に迫ってたところだった。
俺が手を放したせいで体勢が崩れたBとAに、その車椅子は直撃した。相当な勢いだったと思う。
Bが床に転がって、Aは本当に今度こそパニックになったんだと思う。
「わああああああああああああ」って叫びながら踵をかえそうとして、また甲高く喚いて反対方向へ物凄い勢いで走ってった。
Aが階段さえ通り過ぎてしまったあたりで俺がAの名前を叫んだけど、聞こえなかったんだろう。
そのまま喚きながら走ってった。

Aの叫びがたが間延びしながら遠ざかっていって、俺はもう泣き叫びながらBの腕を引っ張ろうとして、懐中電灯を両方落とした。
慌てて拾い上げようとして顔をしたにむけたとき、もう俺はそのとき死んだと思った。
その顔はハッキリ見えた。子度の顔だった。顔だけ見えた。
身体があるとしたら、俺の脚の間をトンネルして垂直に俺を見上げている状態だったと思う。
完全な無表情は怒ったように見えるというが、あれはそういう無表情だった。
落としたライトの近くで、その顔は横から照らされてる状態だった。
俺は今度こそ逃げた。
本当に何度も何度もBとAに謝っても謝りきれないしその資格もないけど、俺は本気で恐くて逃げた。
Aのように階段を通り過ぎちゃいけないって、それだけを頭ん中で考えて壁を走り伝って、階段のとこで転んで段差に身体全部ぶつけたけど、そこから這うようにして階段をあがってった。

一階に戻ると、暗闇に目が慣れてたせいか、月明かりで周囲の様子がよくわかった。
俺は全力で正面玄関に走って取っ手を押したけど、南京錠と鎖のせいで出られなかった。
後ろに戻ることなんて考えられなかったし、前以外を見たらまた化物や子供やらが映りそうで本気で恐かった。
ずっとガチャガチャやったり蹴ったりしていると、ドドドドドドって凄い音が前から聞こえた。
それでも必死に扉を開けようとした俺だったけど、前方に現れたバイクがくるりとターンしてライトを俺に向けたとき、俺はやっと止まった。眩しくて目が開けられなかった。
やってきたのはCだった。
この時ようやく助かったかもしれないと俺は思った。


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