2022年08月18日
リアル 6
祖父母の住む所は長崎の柳川という。柳川に着くと坂道の下に車を停め両親が祖父母を呼びに行った。
(祖父母の家は坂道から脇に入った石段を上った先にある)
その間、俺は車の中に一人きりの状態になった。
両親が二人で出ていったのは足腰の悪い祖母やS先生の家に持っていく荷物を運ぶのを手伝うためだったのだが、自分で「大丈夫、行って来て」なんて言ったのは本当に舐めた証拠だと思う。
久しぶりに眠れた事や、今いる場所が東京・埼玉と随分離れた長崎だった事が気を弛めたのかもしれない。
車の後部座席に足をまるめて座り(体育座りね)、外をぼーっと眺めていると急に首に痛みが走った。
今までの痛みとは比較にならないほど、言い過ぎかも知れないが激痛が走った。
首に手をやると滑りがあった。…血が出てた。
指先に付いた血が、否応なしに俺を現実に引き戻した。この時、怖いとか、アイツが近くにいるかもって考える前に「またかよ…」ってなげやりな気持ちが先に来たな、もう何か嫌になって泣けてきた。
分かってもらえれば嬉しいけど、嫌なことが少しの間をおいて続けて起こるのってもうどうしようも無いくらい落ち込むんだよね。
気持ちの整理が着き始めると嫌な事が起こるって辛いよね。
この時は少し気が弛んでいたから尚更で「どーしろっつーんだよ!!」とか「いい加減にしてくれよ」とか独り言をぶつぶつ言いながら泣いてた。
車に両親が祖父母を連れて戻って来たんだけど、すぐにパニックになった。
何しろ問題の俺が首から血を流しながら後部座席で項垂れて泣いてるからね。何も無い訳がないよな。
「どうした」とか「何とか言え」とか「もぅやだー」とか「Tちゃん、しっかりせんか!!」とか「どげんしたと!?」とか「あなたどうしよう」とか。
この時は…思わず「てめぇらぅるせーんだよ!!」って怒鳴ってしまった。
こんな時に説明なんかできるわけねーだろって、てめぇらじゃ何も出来ねぇ癖に…黙ってろよ!とか思ってたな。
勝手に悪い事になって仕事は辞めわ、騙されそうになるわ…こんな俺みたいな駄目な奴のために走り回ってくれてる人達なのに…。今考えると本当に恥ずかしい。
で、人生で一度きりなんだけどさ、親父がいきなり俺の左頬に平手打ちをしてきた。
物凄い痛かったね。
親父、滅茶苦茶厳しくて何度も口喧嘩はしたけど多分生まれてから一回も打たれた事無かったからな。
(父のポリシーで子供は絶対殴らないってのは昔から耳タコだったしね)
で、一言だけ「お祖父さんお祖母さんに謝れ」って静かだけど厳しい口調で言ったんだ。
それで、何故か落ち着いた。ってかびっくりし過ぎてそれまでの絶望感がどっかに行ってしまったよ。
冷静さを取り戻して、皆に謝ったら急に腹が据わってきた気がした。
走り始めた車の中で励ましてくれる祖父母の言葉に感極まってまた泣いた。自分で思ってるよか全然心が弱かったんだな、俺は。
S先生の家(寺であるが)に着くとふっと軽くなった気がした。何か起きたっていうよりは俺が勝手に安心したって方が正しいだろうな。
門をくぐり、石畳が敷かれた細い道を抜けると初老の男性が迎え入れてくれた。そう言えばS先生の家にはいつもお客さんがいたような気がする。きっと、祖母のようにかよっている人が多いんだろう。
奥に通され裏手の玄関から入り進んでいくと、十畳ぐらいの仏間がある。
S先生は俺の記憶通り、仏像の前に敷かれた座布団の上に正座していて…ゆっくりと振り向いたんだ。
(下手な長崎弁を記憶に頼って書くが見逃してな)
祖母「Tちゃん、もうよかけんね。S先生が見てくれるなさるけん」
S先生「久しぶりねぇ。随分立派になって、早いわねぇ」
祖母「S先生、Tちゃんば大丈夫でしょうかね?」
祖父「大丈夫って。そげん言うたかてまだ来たばかりやけんS先生かてよう分からんてさ」
祖母「あんたさんは黙っときなさんてさ。もうあたし心配で心配で仕方なかってさ」
何でだろう…ただS先生の前に来ただけなのにそれまで慌ててた祖父母が落ち着いていた。それは両親も、俺にも伝わってきて、深く息を吐いたら身体から悪いものが出ていった気がした。両親はもう体力的にも精神的にも近かったらしく、「疲れちゃったやろ?後はS先生が良くしてくれるけん、隣ば行って休んだらよか」と人懐こい祖父の言葉に甘えて隣の部屋へ。
S先生「じゃあTちゃん、こっちにいらっしゃい。
S先生に呼ばれ、向かい合わせで正座した。
S先生「それじゃIさん達も隣の部屋で寛いでいらして下さい。Tちゃんと話をしますからね。後は任せて、こっちの部屋には良いと言うまで戻って来ては駄目ですよ?」
祖父「S先生、Tちゃんばよろしくお願いします!」
祖母「Tちゃん、心配なかけんね。S先生がうまいことしてくれるけん。あんたさんはよく言うこと聞いたらよかけんね。ね?」
しきりにS先生にお願いして、俺に声をかけてくれる祖父母の姿にまた涙が出てきた。泣きっぱなしだな俺。
S先生はもっと近づくように言い、膝と膝を付け合せるように座った。
俺の手を取り、暫くは何も言わず優しい顔で俺を見ていた。俺は何故か悪さをして怒られるんじゃないかと親の顔色を窺っていた子供の頃のような気持ちになっていた。
目の前の、敢えて書くが自分よりも小さくて明らかに力の弱いお婆ちゃんの威圧的でもなんでもない雰囲気に吞まれてた。
あんな人本当にいるんだな。
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