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2022年08月17日

リアル 5



林は、布団で寝ている俺の右手側に坐りお祓いをしていた。
目を開けると、林と向き合うように俺を挟んでアイツが正座していた。膝の上に手を置き、上半身だけを伸ばして林の顔を覗き込んでいる。
林の顔とアイツの顔の間には拳一つ分くらいの隙間しかなかった。
不思議そうに、俺を斜めにして、梟のように小刻みに顔を動かしながら、聞き取れないがぼそぼそと呟きながら林の顔を覗き込んでいた。
今思うと林に何かを囁いていたのかもしれない。
林は…少し俯き気味に、目線を下に落としたまま瞬きもせず、口はだらしなく開いたまま涎を垂らしていた。少し顔が笑っていたように見えた。時々小さく頷いていた。

俺は、瞬きも忘れ凝視していた。

不意にアイツの首が動きを止めた。次の瞬間、顔を俺に向けた。
俺は…慌てて目をギュッと閉じ、布団を被りひたすら南無阿弥陀仏と唱えていた。
俺の顔の間近で、アイツが梟のように顔を動かしている光景が瞼に浮かんできた。
恐ろしかった。
ガタガタと音が聞こえ、階段を駆け降りる音が聞こえた。林が逃げ出したようだ。
俺は怖くて怖くて布団に潜り続けていた。
両親が来て、電気を点けて布団を剥いだとき、丸まって身体が固まった俺がいたそうだ。
林は、両親に見向きもせず車に乗り込み、まっていた〇〇、〇〇の友達と共に何処かへ消えていった。
後から〇〇から聞いた話では、「車を出せ」以外は言わなかったらしい。
解決するどころか、ますます悪いことになってしまった俺は、三週間先のS先生を待っている余裕など残っていなかった。

アイツを再び目にしてからさらに4日が経った。

当たり前かもしれないが首は随分良くなり、まだ痕が残るとは言え明らかに体力は回復していた。熱も下がり身体はもう問題が無かった。
ただ、それは身体的な話でしかなくて、朝だろうが夜だろうが関係無く怯えていた。何時どこでアイツが姿を現わすのかと思うと怖くて仕方無かった。
眠れない夜が続き、食事もほとんど受け付けられず、常に辺りの気配を気にしていた。

たった10日足らずで、俺の顔は随分変わったと思う。精神的に追い詰められていた。
当然、まともな社会生活なんて送れる訳も無く、親から連絡を入れてもたい会社を辞めた。(これも後から聞いた話でしかないのだが……連絡を入れた時は随分嫌味を言われたらしい)
とにかく、何もかもが怖くて洗濯物や家の窓から見える柿の木が揺れただけでも、もしかしたらアイツじゃないかと一人怯えていた。
S先生が来るまでには、まだ二週間あまりが残っていた。俺には長すぎた。
見かねた両親は、強引に怯える俺を車に押し込み何処かへ向かった。父が何度も「心配するな」「大丈夫だ」と声をかけた。
車の後部座席で、母は俺の方を抱き頭を撫でていた。母に頭を撫でられるなんて何年振りだったろう。

(当時の俺にはだが)時間の感覚も無く、車で移動しながら夜を迎えた。
二十歳過ぎて恥ずかしい話だが、母に寄り添われ安心したのか、久方ぶりに深い眠りに落ちた。
目が覚めるとすでに陽は登っていて、久しぶりに眠れてすっきりした。実際には丸1日半眠っていたらしい。
多分、あんなに長く眠るなんてもうないだろうな。
外を見ると車は見慣れない景色の中を進んでいた。
少しずつ、見覚えのある景色が目に入り始めた。
道路の中央に電車が走っている。車は…長崎に着いていた。これには俺も流石に驚いた。
怯え続ける俺を気遣い、飛行機や新幹線は避け車での移動にしてくれたらしい。
途中で休憩は何度も入れたらしいが、それでもろくに眠らず車を走らせ続けた父と、俺が怖がらないようにずっと寄り添ってくれた母への恩は、一生かけても返しきれそうにない。


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