木曜日。2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意
それでは、まずコメントレス。
カードマスターの正体、「ああ、やっぱりか」と、思った。長年、遊戯王をやっていた人ならそういう発想は出てくる。というか、それ以外の発想が出てこない。(笑)
ですよねー。この作品書いたの、もう10年くらい前なんですけど、当時よく通りかかった玩具屋の周りにカードが捨ててあって、見る度に腹立たしく思ったものです。(かと言って人目を気にしてそれを拾えない辺りが小生の弱さ・・・。)
「ルールとマナーを守って楽しくデュエルしよう!」
守れない奴は罰ゲーム!!
イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。
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―帰郷―
「・・・はい、はい。本当に、勝手なことを言ってしまって・・・。いえ、身体の方は・・・はい。では、そういうことで・・・。それでは、失礼します。」
そう言って、悟郎は携帯のスイッチを切った。
「ご主人様、今のお電話、どちらに?」
声に振り返ると、洗濯物を抱えたランが立っていた。
「ああ、病院に休暇願いを出したんだよ。一週間くらい。」
「まぁ、安心しました。まだ昨日の今日ですし、どうやってお仕事の方、休んでいただくか皆で相談してい・・・え?一週間??」
ポカンとするランに、ニコリと微笑むと悟郎は「うん」と頷いた。
「しばらく、田舎に帰ろうと思う。・・・確かめたいことがあるんだ・・・。」
「確かめたい、こと・・・?」
目の前の悟郎の瞳が、何処か知らない場所を見ている様な気がして、ランはかすかな不安を胸に抱いた。
ゴトン・・ゴトン・・・
列車の車輪が線路を噛む振動が、硬い座席に収まった身体を心地よく揺さぶる。
窓の外にあった都会の風景は、見る見るうちに流れ去る。
代わりに広がり始めた深緑の山々や風にさざめく青田が、街の空気で荒れた瞳を優しく愛でた。
久しぶりの家路。
身体を揺らす感覚。
古い車両の硬い座席。
窓の外を流れる景色。
街から離れるにつれ、緩やかになってゆく時の流れ。
その時々の季節の差はあれど、以前の帰郷の時と何も変わるものはない。
何もかも。
だけど。
だけど、たった一つ。
以前と違う事がある。
それは、悟郎が一人だということ。
そう、悟郎は一人だった。
いつも何処でも、彼の傍に付き従い、温もりと安らぎを与え合う少女達。
前回の帰郷の時にも、当然の様について来た彼女達が、今はいなかった。
「・・・皆には、悪かったな・・・。」
誰に言うともなくそう一人ごちると、悟郎は彼女達の姿を追う様に、流れ行く空の奥にその視線を舞わせた。
今回の帰郷は一人でしたいという旨を伝えた時は、皆から猛烈な反発を食った。
当然と言えば当然である。
今は非常事態なのだ。
得体の知れない悪意が周囲を闊歩し、その歯牙を研いでいる。
まして、悟郎はその標的なのである。
いつもは従順な彼女達も、今回ばかりは容易に引かなかった。
無理矢理にでもついて行くと言い張る皆の説得は困難を極め、双方目の下に隈を作って折り合いをつけた時には、東の空に新しいお日様がその端っこを突き出していた。
結局、出発は一日遅れになった。
昼でも夜でも、決して一人にはならない様に念を押された。
携帯は常に身につけ、充電を忘れない様に。そして日に十回は連絡をよこす事を約束させられた。 (一人じゃなかろうが、携帯を持ってようが、件の相手がその気になったら役に立たないことは前回の件で証明済みではあるのだが、気休めにはなると皆の談。)
持って行く着替えには一枚残らず、裏地にありがたい退魔の御札が縫い付けられ、そこらへんの神社やお寺、教会から掻き集めてきた多種多様の御守りグッズが山と積まれた。
各種厄除けの御守りに十字架。銀の弾丸のアクセサリー。聖水の入った小ビン。文庫サイズの聖書に般若真経の写本、はては菖蒲の葉っぱにヒイラギの枝に刺した鰯の頭。etc、etc。(多様過ぎて、合格祈願や安産祈願、恋愛成就等のものも混じっていたのが気にはなるが。)トドメには、毎食一品、ニンニク料理を食べる様にとの御達しである。
とりあえず、そこらへんの幽霊や妖怪なら、顔を合わせた途端に泡でも吹いて卒倒するか、逆に泡を食って逃げ出すこと請け合いであろう。
それでも、駅で見送る皆の顔から不安と不満が消えることはなかった。
電車に乗ろうとした時に、不意に袖を掴まれた。振り返るとランが沈痛な面持ちで、ギュッと袖を握り締めていた。
「・・・どうか、お気をつけて・・・。」
振り絞る様な、万感の想いの込められた一言。
そして、振り切る様に手は離れ、その間を別つ様に扉は閉まった。
あの時のランの顔。そして、その後ろに並ぶ、皆の顔。
胸が、痛んだ。
馬鹿で、勝手なまねをしている。
自分でも、それはよく理解していた。
何故、こんなまねをしたのだろう。
以前みたいに、皆で一緒に帰郷の旅路に乗れば良かったのだ。
そうすれば、皆に不必要な不安を与えることもないし、実際、一番の安全策なのだから。
だけど。それでも―
悟郎は今回の帰郷の目的だけは、自分一人で成したかった。
薄々、分かっていた。
これから故郷の地で、自分が掘り起こそうとしている記憶がどんな類のものであるのかを。
だから、知られたくなかったのだ。
彼女達には。
彼女達にだけは。
例えそれが必ず伝えなければならないものだとしても、少しでもその時が遅くなればと思う程に。
きっとそれは悲しく、そして忌まわしい記憶。
己でも知らぬうちに、記憶の地層の奥深くに、鍵のない錠前をかけて埋めてしまう程に。
忘れていたい記憶。知らぬままでありたい記憶。
でも、もうそれは許されない。
錆ついていた筈のオルゴールは回り始めた。
黒い翅の調律師によって。
もう、止まらない。
止められない。
だから、悟郎はここにいる。
たった一人で、ここにいる。
やがて、低く軋む音を立て列車の車輪がゆっくりとその動きを止める。
駅の名を告げる車内アナウンスが流れ、扉が開く。
一歩足を踏み出すと、初夏の日差しが冷房に甘やかされた肌に気合をくれる。
目を細め、故郷の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
都会とは比べ物にならない程に濃い、季節の香りを感じた。
荷物の詰ったスポーツバックを背負いなおすと、悟郎は改札口へと向かった。
駅の外に出ると、悟郎はタクシーを捜そうと辺りを見回した。
と、その目に見覚えのある車と、その側らに立つ男性の姿が映った。
その初老の男性は、少しだけ驚いた様な顔の悟郎を見止めると、その温和な顔に柔らかい笑みを浮かべて呟く様に言った。
「・・・おかえり。」
「・・・ただいま。父さん。」
悟郎はそう返すと、たった今自分に向けられたものとそっくり同じ笑みを、久方ぶりに会う父親へと送った。
―遠くで、蝉が鳴いていた。
続く
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