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2013年05月31日

十三月の翼・38(天使のしっぽ・二次創作作品)







 はい。みなさん、こんばんは。
 愛犬のポッポが亡くなってから今日で一週間です。
 時の経つのは早いものですね。
 今だ完全に立ち直ったとは言い難い状況ですが、いつまでもへたれていても、ポッポが心配するだけでしょう。
 ・・・という訳で・・・
 今日から本気出す!!
 で、久方ぶりの二次創作更新です。
 今回更新するのは、「天使のしっぽ」。
 3部に分かれていますのでご注意を。
 例によってヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意。
 それでは!!



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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                    ―妖夢終焉―
 

 キチキチキチキチキチ・・・
 冷たい音を軋らせながら、大百足がズズズッと頭を垂れる。
 その大顎からは今までにないほどの毒汁が溢れ、下の地面を汚していく。
 長い触角がヒュンヒュンと空を切る中、汚れた赤色に染まった目が、右に左にへと泳いで斃すべき己の敵を見定めた。
 「へ・・・、良いねぇ。やる気満々じゃねぇか?」
 百足の動きから一時も目を逸らす事なく、白衣の少年―白虎のガイは身構える。
 「どうやら、私達は彼の“敵”として認められた様ですね。」
 眼鏡を外しながら、黒衣の青年―玄武のシンがそう言うと、
 「それはそれは、光栄の極み・・・と言った心境ではないですねぇ。相手が“コレ”では。」
 朱衣の青年―朱雀のレイはやれやれと苦笑した。
 「シン様・・・。」
 百足と対峙するシンに、アユミが不安げに声をかける。
 しかし、それに振り向く事なくシンは言う。
 「アユミさん。貴女達は下がっていてください。近くにいては、巻き込まれる恐れがあります。」
 「・・・・・・。」
 その言葉に、黙って距離をおく皆。
 アユミも、ミカに肩をつかまれ下がらせられる。
 「大丈夫よ。」
 今にも泣き出しそうな顔をしているアユミに向かって、ミカが囁く。
 「いけ好かないやつらだけど、強いのは間違いないわ。何てったって、神様だもの。あんなお化け百足なんかに負けやしないわよ。」
 しかし、その言葉を聞いてもアユミの顔から不安の色は消えない。
 無理もないだろう。
 何しろ、かの魔物は彼らと同じ「神」を冠する存在、メガミのユキを一方的に蹂躙する程の力を持っているのだ。
 理屈は分かる。
 龍神を餌とする大百足相手に、龍の眷属であるユキはあまりにも相性が悪かった。
 まして、本来メガミの役目は守護天使を教え導く事。戦闘は得手ではない。
 龍でなく、そして戦う術を心得た神である彼らなら、結果は違うのかもしれない。
 だけど。
 それでも。
 一抹の不安は、どうしても拭い切れなかった。
 心に引っかかった不安は、見る見る大きな闇となり、その胸中を満たす。
 全身に、冷たい汗がわく。
 胸の前で合わせた手が、足がカタカタと震えてくる。
 最悪の想像が脳内を巡り、アユミは思わずその場にしゃがみ込もうとした。
 途端、
 バチンッ
 「キャアッ!?」
派手な音と共に背中を叩かれ、飛び上がる。
 「ほら、シャッキリしなさい!!」
 痛みに顔をしかめながら振り向くと、腰に手をあてたミカがこちらを睨みつけていた。
 その口が、高らかに言う。
 「全く、女として惚れた男の一人くらい信じられないでどうするのよ!?」
 「――!!」
 その言葉に、ハッとするアユミ。
 そんな彼女に向かって、ミカは二ッと笑って見せる。
 「アンタも、しっかりと見ていなさい。本当に“彼”を想ってるなら。あの娘達みたいにね。」
 そう言って指し示す先には、状況をじっと見つめるツバサとタマミの姿。
 その顔は、アユミと同様不安に彩られている。
 けれど、彼女達は目を逸らす事なく、かの魔物と対峙する聖獣達の背中を見つめていた。
 まるで、そうする事が彼らの力になるとでも言うかの様に。
 「・・・・・・!!」
 その様を見たアユミが、何かを悟る。
 彼女は頷くと、その瞳をシンの背中へと向けた。
 そこに、込められるだけの信頼と想いを宿らせて。
 ・・・そんな彼女の様子を、ミカは微笑みを浮かべて見つめていた。


 「・・・何か、背中がこそばゆいな・・・。」
 モゾモゾと背中をまさぐるガイに、レイは笑いながら言う。
 「まだまだ子供ですね。ガイ。背に想い人の想いを受けながら戦いの場に赴けるなど、男としてはこの上ない誉れですよ。」
 「へっ!!誰があんな餓鬼!!」
 毒づく末弟にレイがフフと笑ったその時―
 「―来ます!!」
 シンが叫んだ。
 次の瞬間―
 ゴガァッ
 猛スピードで突き出された百足の頭が、鉄杭の様に地面に突き立った。
 けれど、その顎(あぎと)が咬んだのは土ばかり。
 顎(それ)が引き裂く筈だった聖獣達の姿はすでにそこになく、虚しく舞い散るのは無数の土片だけ。
 「へ!!馬鹿の一つ覚えみてぇに突貫ばっかかよ!?」
 「全く、芸がありませんね。」
 百足の攻撃を避け、宙へと跳び上がっていたガイとレイはそう言ってほくそ笑む。
 「なら、今度はこっちの番だ!!」
 その言葉とともに、ガイの爪がジャキッと伸びる。
 「そらよっ!!」
 鋭い蹴足が、不可視の力をもって空を蹴る。
 身体に伝わる反動。
 その勢いを持って、ガイは百足の身体へと踊りかかった。
 「喰らいなっ!!」
 鋭い爪が、暗緑色の甲殻を凪ぐ。
 しかし―
 ガキキキキキキッ
 硬質の物同士がぶつかる音を立てて、爪が甲殻に弾かれる。
 「!!、つぁっ!!」
 慌てて地上で体勢を立て直すガイ。
 見上げれば、たった今自分が攻撃した場所には白く削れた痕こそついているものの、そこからは血の一滴も出てはいなかった。
 「かってぇなぁー!!おい!!」
 痺れの残る右手をプラプラさせながら、ガイは歯噛みする。
 「なら、これはどうですか?」
 そう言うレイの背中から、朱い光が射す。
 バサァッ
 朱色の燐光を散らしながら広がる、「朱雀の翼」。
 「はぁっ!!」
 気合の声と共に、大きく羽ばたく翼。
 途端、その羽毛が無数の矢となり、百足に向かって降り注ぐ。
 カカカカカッ
 次々と甲殻に突き立つ、朱色の矢。
 しかし、浅い。
 刺さったのは、先端の僅かな部分だけ。
 百足が身震いすると、それはポロポロと落ち、光となって散った。
 「やれやれ、俵殿の強弓を弾いたというのは伊達ではありませんか。あの殻を抜くのは、些か骨ですね。」
 呆れた様に言うレイ。
 カシャカシャカシャカシャ
 耳障りな音と共に無数の足が蠢き、百足がゆっくりとその頭を上げる。
 手を拱く聖獣達を嘲笑う様に、その顎がキシキシと鳴った。
 「やっろぉ〜、馬鹿にしやがって!!」
 米神をピクピクさせながら、ガイが再び身構える。
 「一撃で駄目なら、ぶっ壊れるまで食らわすまでだ!!」
 そして、もう一度攻撃を仕掛けようと足に力を込めたその時―
 クルリ
 百足の頭が彼の方を向いた。そして、
 バシュウッ
 その口から吹き付けられる、霧状の何か。
 「なっ!?」
 「危ない!!」
 驚くガイの前に、黒い影が滑り込む。
 影の正体はシン。
 彼が右手をかざすと、そこに黒い光が集束。
 光は瞬時に一つの盾を形成し、吹き付けられた霧を弾いた。
 シンの獣神具。不可侵の盾、「玄武の甲羅」である。
 「うわっ!!酸っぺぇ!!何だコリャ!?」
 辺りに散った霧の匂いに、鋭い嗅覚を持つガイが顔をしかめる。
 「どうやら、毒を霧状にして噴いたらしいですね。まんざら、無芸という訳でもないようです。」
 辺りに漂う酢酸の匂い。
 みるみる枯れ果てていく木々を見て、シンが言う。
 「散ってもこの威力ですか。まともに喰らえば私達と言えど、ただでは済みませんね。」
 そして、ジロリと横目でガイを睨む。
 「隙が多すぎです。ガイ。易い相手ではないと言った筈ですよ?」
 「わ・・・わりぃ・・・」
 返す言葉もなく畏まるガイ。
 「とは言うものの、どうします?」
 そんな二人の傍らに、レイが降り立つ。
 「今の二手で分かったけれど、どうやら僕達の地力では“アレ”の甲殻を抜くのは難しそうですよ?・・・おっと!?」
 言葉終わらぬうちに、素早く跳び散る三人。
 その中心に、再び突き刺さる百足の頭。
 「あっぶねぇ!!って、お!?」
 驚くガイの眼前に、彼を追尾する様に迫る百足の尾が映った。
 (こりゃ、避けらんねぇか!!)
 ズシャァアアアッ
 節くれだった百足の尾が、ガイの身体に突き刺さる。
 「ガイーッ!?」
 響き渡る、タマミの悲痛な声。
 しかし―
 「ふぅ、やっべぇやっべぇ。」
 聞こえてきたのは、あっけらかんとしたガイの声。
 彼の身体を貫く筈だった尾の先端は、いち早く現れた白金の鎧によって阻まれていた。
 「獣神具、「白虎の鎧」だ!!どうだ!?硬ぇのは自分だけだと思うなよ!!」
 その言葉とともに、ガイは二本ある百足の尾の一方を掴み取る。
 「おら!!お返しだぜ!!」
 そう言って、掴んだ尾に膝を叩きつけた。
 メキャッ
 ひしゃげる様な音。
 長大な尾が節の部分から折れ曲がり、千切れ飛んだ。
 「――!?」
 それを見たシンの目が、鋭く光る。
 「へへ、尾(ここ)なら細ぇからなんとかなると思ったが、予想通りだぜ・・・って、おいおい!!」
 グチャグチャ グチュッ
 ガイが会心の笑みを浮かべたのもつかの間、半ばから折れた尾は見る間に再生し、元通りの姿を取り戻していた。
 「・・・やっとダメージが通ったと思ったらこれですか。なんとも、キリがありませんね・・・。」
 ウンザリした様な声で言うレイ。
 けれど、そんな彼に向かってシンは言う。
 「いえ。今の一撃、決して無駄ではありませんでしたよ。」
 「え?」
 怪訝そうな目を向けるレイの前で、シンは何かを確信した様な笑みを浮かべていた。


 ―その頃、悟郎は戦いの様子を結界の中で歯噛みする思いで見つめていた。
 「皆・・・。」
 自分を守る為に、戦ってくれる娘達がいる。
 その娘達を助ける為に、刃を抜く者達がいる。
 そう。
 全ては自分の為。
 睦悟郎という、一人の人間の為。
 なのに。
 それなのに。
 自分には、彼女達を助ける力もない。
 彼らに助力する術もない。
 「僕は・・・僕は・・・!!」
 ダンッ
 握り締めた拳が、結界を叩く。
 神の作りし結界は、当然の様にビクともしない。 
 押し寄せる無力感。
 それに苛まれ、悟郎は歯を食い縛る。
 「何も、何も・・・!!」
 そのまま、ズルズルと崩れ落ちる。
 その目から涙がこぼれ、その口から嗚咽が溢れようとしたその時、
 「・・・ご主人様、泣いてるの・・・?」
 「・・・!?」
 不意に響いた声に、悟郎は思わず顔を上げた。
 いつの間に近づいたのか。結界の壁一枚を隔てて、トウハが悟郎の前に座り込んでいた。
 「トウハ・・・気がついていたのかい・・・?」
 「・・・ご主人様が目の前にいるんだもの・・・。気ぃ失ってなんか、いられないよ・・・。」
 離れていた距離を這ってきたのだろう。彼女の後ろには、赤い跡が延々と残されていた。
 その痛々しさに、悟郎は唇を噛む。
 「トウハ・・・ごめん・・・!!」 
 その言葉に、少女は不思議そうに小首を傾げる。
 「・・・何、謝ってるの・・・?」
 「僕は・・・僕は、君の想いを、軽く見ていた・・・。」 
 「・・・・・・。」
 「僕は、君を説き伏せる事が出来ると思っていた・・・。僕なら・・・僕の言葉なら、君と皆を繋ぎ合わせられると、勝手に思っていたんだ・・・。」
 「・・・・・・。」 
 全ての力を失った中、そこだけは朱く輝く瞳が、悟郎を見つめる。
 それをまともに受け止める事すら出来ず、悟郎は顔を俯ける。
 「だけど・・・。」
 ズズゥ・・・ン
 二人の耳に、重い地響きが届く。
 恐らく、百足と聖獣達の戦いの余波だろう。
 足元の地面が、身震いする様にグラグラと揺れる。 
 「トウハ・・・」
 自分の名を呼ぶ青年の姿を、トウハはじっと見つめる。
 俯き、背を丸めて縮こまるその姿が、幼いあの日の彼と重なる。
 「君の心は、そんな上辺だけの言葉じゃどうしようもないくらい、傷ついてたんだね・・・。」
 その言葉に、軽く見開くトウハの目。
 「いや・・・。僕は・・・気付いていた・・・」
 ダンッ
 握り締められていた拳が、地を打つ。
 「気付いていたんだよ!!僕は!!」
 身体中の血を吐く様に、悟郎は叫ぶ。
 「君がどんなに傷ついていたか!!君がどんなに悲しんでいたか!!君がどんな想いでこの世界に戻ってきたのか!!」
 爪が食い込む程に握り締められた拳から、紅いものが滲む。
 それに気付いたトウハが、思わず手を伸ばす。
 しかし、結界に阻まれそれもままならない。
 「・・・全部・・・全部、分かっていたんだ。君の事を思い出した、あの日から・・・」
 ボソリボソリと、悟郎は言う。
 囁く様に。
 「・・・いや・・・」
 呟く様に。
 「それさえも言い訳だ・・・。」
 まるで、己の罪を告白する罪人の様に。
 「僕は、分かったふりをしていただけなんだ・・・。否定しないよ・・・。怖かったんだ。この期に及んで、まだ・・・。」
 戦慄く言葉。
 「君と・・・君の心と向き合うのが。自分が犯した、取り返しのつかない罪と向き合うのが・・・。」
 震える声。
 一語一語を吐き出す度に、肺の中の空気がなくなる様な思いで。
 「だから、僕は君をうやむやの内に受け入れようとした。受け入れて、家族にして、日々の雑多の中に、自分の罪を溶かし込もうとした・・・。」
 血の気の失せた唇が、フフとか細い笑いを漏らす。
 卑屈。
 自嘲。
 侮蔑。
 そんな、自分に対しての負の思いに満たされた笑い。
 「卑怯だろ?卑怯な話さ。でも、そんな浅知恵の結果が・・・」
 悟郎の瞳が、トウハの手足を見る。
 ズタズタになり、真っ赤な色に沈むそれ。
 たまらずに、それから逸らす様に視線を泳がす。
 すると今度は、月明かりの中暴れる百足の巨影と、その周りを舞う幾つかの人影が目に映る。
 何処を見ても、“逃げ場”などありはしない。
 「“これ”・・・。」
 悟郎の手が、結界に張り付くトウハの手に伸びる。
 けれど、それもやはり黒光の壁に阻まれ、触れ合う事はない。
 「君や皆を傷つけた挙句、“彼ら”まで巻き込む事になってしまった・・・。」
 ズズゥ・・・ン
 また響く地鳴り。
 少女達の悲鳴が聞こえる。
 それを振り払う様に、悟郎は頭を振る。
 「そして、当の本人は、こうして安全な檻の中で高見の見物ときた・・・。最悪だろ・・・。」
 そんな彼を、トウハは不思議なものでも見る様に見つめる。 
 「・・・“これ”をしたのは、わたしだよ・・・?」
 どこか戸惑う様な声で、トウハは言う。
 「あの娘達を傷つけたのはわたし。この傷をつけたのもわたし。あの子を呼んだのもわたし。ご主人様がやった事なんて何一つない・・・。なのに、何であなたが傷ついてるの・・・?」
 その言葉にしかし、悟郎は首を振る。
 「違うよ。トウハ・・・。全ては僕のせいなんだ。僕の無力さが、君をそんなふうにしてしまった・・・。僕の無力さが、こんな事態を招いてしまった・・・。僕が無力だから、彼らはこんな危険な戦いに身を投じるハメになった・・・。全部、全部、僕が無力なせいなんだ!!」
 その叫びに、トウハは口を噤む。
 「・・・・・・。」
 「・・・・・・。」
 しばしの沈黙。
 そして、
 「アハ・・・アハハハハハハ・・・」
 うつむく悟郎の耳に飛び込んできたのは、透明な笑い声。
 見れば、トウハが酷く可笑しそうに笑っていた。
 「ご主人様、そんな事気にしてたんだ・・・。」
 「・・・え?」
 ポカンとする悟郎。
 そんな彼に、口づけでもする様に壁越しに顔を寄せ、トウハは言う。
 「だから言ったのに。わたしの所に来てって。そうすれば、そんな想いも、苦しみも、皆消してあげるよ・・・?」
 「トウハ・・・。」
 「・・・ってね・・・。」
 困った様な悟郎の様子に、トウハはそう言って顔を伏せる。
 「・・・分かってるよ。”今の”ご主人様がそれを望んでないって事は・・・。」
 そして、結界をコンコンと小突きながら「あーあ」と大仰に溜息をつく。
 「結界(これ)さえなけりゃ、押し倒して無理矢理にでも事を成してやるのに・・・。」
 欠けた爪が、恨めしそうにカリリと黒光の壁をかく。
 「ご主人様ったら、結構我が侭なんだから・・・」
 非難がましくブツブツとそんな事を言い、やがて、
 「・・・不本意だけど、仕方ないか・・・。」
 ポソリと洩れる、言葉。
 「・・・・・・?」
 悟郎が意を図りかね、俯く顔を覗き込もうとした時、
 ヒョイ
 不意にトウハの顔が上がり、もう一度彼の顔を見た。
 間近で合わさる、二人の視線。
 見れば、その瞳からはいつの間にか朱い光が消えていた。
 ずっと彼女を彩っていた、あの禍々しい朱が消えていた。
 代わりにそこにあったのは、深く、深く透き通った琥珀の瞳。
 懐かしい、けれど悲しい、遠い遠い記憶の瞳。
 それが、悟郎の顔を映し込み―
 「忘れさせる代わりに、語ってあげる。」
 そう言って、トウハは優しく、とても優しく微笑む。
 それは、今まで悟郎が見ていたものとは違う、澄んだ、どこまでも澄み切った微笑み。
 「あのね・・・」
 鈴が転がる様な声が、言葉を紡ぐ。
 「ご主人様は、無力なんかじゃないよ・・・。」
 「・・・え?」
 思いもがけない言葉。
 戸惑う悟郎。
 そんな彼に向かって、トウハは自分の胸に手を当てる。
 「・・・ねぇ。何で、わたしは今こうやってご主人様と話をしていられると思う・・・?」
 かけられる問い。
 「ただの働き蜂だった、わたしがだよ?」
 「・・・・・・?」 
 その問いの意味を、悟郎は図りかねる。
 「分からない?じゃあ・・・」
 そう言って、今度は向うを指差す。
 その先には、魔物と聖獣の戦いを息を呑んで見守る少女達の姿。
 「何で、あの娘達はご主人様の側にいる・・・?」 
 再びの問い。
 「何で命をかけてまで、ご主人様の側にいる・・・?」
 「それは・・・」
 「ご主人様が、愛してくれたからだよね・・・?」
 悟郎が言葉を選ぶ前に、トウハはその答えを口にした。
 「ただ、終わるだけの存在だったあの娘達を愛して・・・」
 歌う様に、トウハは語る。
 「あの娘達に、守護天使という新たな未来を与えた・・・。」
 その言葉に、ハッとする悟郎。
 そんな彼の表情を見て、トウハは笑う。
 「そして・・・」
 小さな手がもう一度、その胸に当てられる。
 「それは、わたしも同じ・・・。」
 何かを思い出す様に目を閉じるトウハ。
 「あの時、わたしを助けて・・・」
 嵐の過ぎた朝。
 落ちてしまった水溜り。
 終わりを覚悟したその瞬間。
 救い上げてくれた、緑の葉っぱと、大きな手。
 「あの時、わたしに名前をくれた・・・。わたしに、“個”を与えてくれた・・・。」
 朱い夕焼け。
 飛び立つ空。
 焼き付ける様に見た、彼の顔。
 そして。
 ―君の名前は、「トウハ」だよ―
 届けてくれた、その言葉。
 「だから、わたしはここにいる・・・。」
 薄い唇が、ゆっくりと紡ぐ。
 確かめる様に。
 噛み締める様に。
 「わたし“達”は、ここにいる・・・。」
 指し示す。
 自分のみならず、かの少女達ももろともに。
 「ここで、こうしてご主人様の側にいる・・・。」
 優しく、歌い語る声。
 深々と奏でられる言の葉達。
 「それは全部、ご主人様が成した事・・・。」
 細い指が、悟郎の胸を指す。
 「全ては貴方。無力なんじゃない。もう、貴方は成しているの。貴方の出来る事を。」
 「トウハ・・・」
 茫然とした顔で、自分を見つめる悟郎。
 そんな彼に、もう一度微笑みかける。
 「だから、今おきている事は貴方のせいなんかじゃない。全てはわたし達が払うべき代価。あなたが成してくれた事に対する、わたし達の代価。」
 「代価・・・?」
 頷く髪が、サラサラと揺れる。
 「そう。貴方が愛してくれた代価。貴方が名をくれた代価。そして・・・」

 「憎しみに歪みかけた我らを正していただいた、代価・・・。」

 「・・・・・・!!」
 「・・・・・・!!」
 不意に割って入った声に、トウハと悟郎は振り返った。


 いつの間に来たのだろう。
 一人の青年が、彼らの傍らに立っていた。
 茶色の髪。
 逞しく引き締まった身体。
 それを包むのは青色の神衣。
 見下ろす瞳は、右が蒼の左が朱のオッドアイ。
 その神秘的な輝きが、二人を映す。
 「・・・お久しぶりです。聖者殿・・・。」
 “彼”は覇気のこもった、しかし穏やかな声でそう言うと、悟郎に向かって傅いた。
 ビクリ
 その身体が放つ神気に、近くにいたトウハが身を強張らせる。 
 「・・・ゴウ・・・?」
 当惑しながら呟く悟郎に、青年―青龍のゴウは礼儀正しく頭を垂れる。
 「遅れて申し訳ありません。御無事で何より・・・」
 謹厚でありながら、威風堂々とした物腰。その様は、間近にいる異界の存在に対する恐怖も警戒も微塵とも感じさせない。
 「失礼ながら、話は聞かせていただきました。全てはこの娘の言う通り・・・。」
 横にいるトウハを一瞥し、言葉を続ける。
 「貴方はもう少し、知るべきでしょう。己が、どれほどのものを皆に与え、そして救っているのかを・・・。」
 そう言うと、ゴウは視線を上げ悟郎を見つめる。
 絶句する悟郎の顔を映した蒼朱の瞳が月の光を反し、穏やかに輝いた。
 と、
 ズズゥ・・・ン
 かの魔性が暴れる響きが、またしても夜の大気を揺らした。
 その方向に、ゴウはうって変わった鋭い視線を走らせる。
 「さて、久方の拝謁、積もる話もございますが、今はこの場を収めるが先決・・・。」
 そう言うと、隙のない所作ですっくと立ち上がる。
 「愚弟達も手こずっている様子。なれば、今少しこの寸土にてご辛抱を。」
 それを聞いた悟郎が、慌てた様にゴウに言う。
 「待ってくれ!!大百足(あれ)と戦う気か!?」
 「いかにも。」
 「駄目だ!!大百足(あれ)は龍を食うんだよ!!そんな事をしたら、君が危ない!!」
 その言葉に、ゴウは双眼を細めて苦笑する。
 「やれやれ。四聖の長、青龍のゴウも見くびられたものです。何、心配はいりません。それに・・・」
 その右手が、スと上がる。
 それを見た悟郎が、目を丸くする。
 「この手には、“貴方の力”もありますので。」
 そう言って微笑むと、ゴウはクルリと踵を返す。
 その間際―
 「娘。」
 静かな声がトウハにかけられる。
 「聖者殿を諭してくれた礼だ。残された時間、せめても有意義に使うがいい。」
 そう言い残し、ゴウは戦いの場へと向かって去っていった。
 

 「ああ!?何だってぇ!?」
 吹き付けられる毒霧を避けながら、ガイはシンに向かって怒鳴る。
 「ですから、百足(奴)の頭に一発当ててください!!下から、突き上げる様に!!」
 「そんなんでどうにかなるのかよ!?刺突や斬撃でも駄目なんだぜ!!打衝程度じゃ・・・」
 「いいから、早く!!」
 「あーっ!!分かったよ!!」
 シンの言葉にそう答えると、ガイは百足の身体を駆け上がり始める。
 その真意は分からなかったが、彼の知略には絶対の信頼をおいている。
 彼がそうしろと言うからには、何か意味があるに違いなかった。
 カシャカシャカシャカシャ
 自分の身体を駆け上がってくる敵を捕えようと、無数の足が襲い掛かる。
 「おっと、あぶねぇ!!」
 それを掻い潜りながら、ガイは百足の頭に向かって疾走する。
 「入ったぜ!!」
 目的の間合い。
 ガイの足が、疾走する勢いのまま百足の胴体を蹴る。
 「おっらぁあああああっ!!」
 響く気合。
 グッガァアアアアアアンッ
 強烈な蹴足が、百足の下顎に炸裂する。
 その勢いで、百足の身体がグンと伸びる。
 「!!」
 瞬間、シンの目が光った。
 「レイ!!“あそこ”です!!」
 「分かりました!!」
 了解の言葉と共に、大きく羽ばたく「朱雀の翼」。
 放たれる、無数の朱矢。
 それが狙うのは―
 伸び切った百足の身体。
 その関節。
 硬い甲殻と甲殻をつなぐ、節の間。
 ズダダダダダダダンッ
 ギィイイイイイイイッ
 響き渡る苦悶の声。
 レイの放った朱矢は、その場所に深々と突き刺さっていた。
 「お!?」
 「通りましたね・・・。」
 「さっきガイが尾をへし折った時、節の所から折れましたからね。本体も、節の間ならもしやと思ったのですが、案の定でしたね。」
 会心の笑みを浮かべるシンの横で、レイがほくそ笑む。
 「・・・こうなれば、こっちのもの・・・」
 妖しく輝く、その瞳。
 そして― 
 「ガイ!!」
 「おう!!」
 阿吽の呼吸と共に、二人の身体が舞う。
 ガイの爪が伸び、レイの足が猛禽のそれへと変わる。
 閃く、獣王と禽王の爪。
 それが、突き刺さった無数の矢によって戻りきらない節を挟撃する。
 ザシャアアアアアアアッ
 響く斬音。
 飛び散る体液。
 ギィイイイイイイイッ
 悲鳴とともに傾ぐ百足の身体。
 ズズゥウ・・・ン
 急所を切り裂かれたその身体は自重を支えきれず、真っ二つにへし折れて成す術なく地へと崩れ落ちた。


 「おっしゃああっ!!」
 落下しながら、ガッツポーズを決めるガイ。
 レイは宙を舞いながら、崩れ落ちた百足の様子を注視する。
 真っ二つになった百足は、己の身体から溢れ出した体液の中でビチビチともがいていた。
 その傷口がグチュグチュと蠢き何かを作り出そうとするが、それはすぐに溢れる体液に飲まれ形を失う。
 「ふ・・・流石にこれだけの深手。再生するには、些か魔力が足りない様ですね。如何ですか?自分が真っ二つにされた感想は・・・。」
 無様にもがくその様を見下ろしながら、冷たく微笑む。
 「やったか!?」
 クルクルと回転しながら、シンの隣に着地するガイ。
 「ええ。その様です。」
 彼が指差すその先で、両断された百足の下半身がビクンビクンと痙攣し、ジュクジュクと泡吹きながら溶けていく。
 「酸っぺぇな。毒の匂いがすんぞ。」
 溶け消えてゆく百足の身体を眺めながら、ガイが顔をしかめる。
 「奴の体内の毒が流れ出しているのでしょう。ほら、その体液に触れない方がいいですよ。」
 「うわっとと!!」
 その言葉に慌てて飛びずさるガイ。
 シンが、枯れた草木を痛々しそうに見つめながら言う。
 「止むを得ない事とは言え、この地を大分汚してしまいました。後で、浄化しなければいけませんね。」
 「ち、最期の最期まで、面倒な奴だぜ!!」
 と、ガイが忌々しそうに毒づいたその時―
 キィイイイイイイイッ
 突然、顎(あぎと)の軋る音が響き、百足の上半身が液溜りの中からその身を起こした。
 「―な!?」
 「こいつ、まだ!?」
 身構えるシンとガイ。
 しかし、百足は彼らには目もくれずに身を翻すと、別の方向に向かって走り出す。
 「な、何だぁ!?」
 呆気にとられるガイ。
 その上から、レイの声が響く。
 「シン、ガイ!!あの方向は!!」
 レイの視線の先を追ったシンが、ハッとした様に叫ぶ。
 「いけない!!奴はメガミを喰う気です!!」
 「んなにぃ!?」
 そう。
 百足の向かう先には、地に倒れ、今だ身動きの出来ないメガミ―ユキの姿があった。
 「あの野郎、何だって今になって!?」
 「奴は餌を喰う事によって力を蓄えます。極上の餌であるメガミを喰って魔力を回復し、再生するつもりなのでしょう!!」
 怒鳴りながら走り出すガイに向かって、同じ様に走りながらシンが言う。
 その声には、焦りの色が濃い。
 「じ、冗談じゃねえぞ!!野郎、待ちやがれ!!」
 必死の態で追いすがるガイ。
 しかし―
 ビチャチャッ
 そんな彼に向かって、百足が傷口を振り回す。
 雨の様に降り注ぐ、毒汁混じりの体液。
 「うぉっ!?」
 慌てて身をかわすガイ。
 「くっ!!させるか!!」
 レイが先手を打ってユキの元に飛ぼうとするが、なかなか百足の先に出る事が出来ない。
 身体の半分を失った百足の動きは、先にも増して素早さを増していた。
 「・・・深手を負わせた事が、裏目に出ましたか・・・。」
 降りかかる毒汁を「玄武の甲羅」で防ぎながら、シンは歯噛みする。
 「まじぃっ!!間に合わねぇ!!」
 ガイが叫ぶ。
 その言葉の通り、百足はもう一飛びでユキに飛びつける距離にまで迫っていた。
 カァッ
 走りながら、百足がその顎(あぎと)を開く。
 「キャアアアアアッ!!」
 「ユキさーんっ!!」
 事の次第を見た少女達が、絶望の悲鳴を上げた。


 大百足は確信していた。
 このままならば、自分は確実にあの龍の娘を喰う事が出来る。
 力を回復し。
 傷を癒し。
 あの小賢しい若神共を喰らい。
 この場にいる全ての存在を喰らい。
 この地に住まう全ての命を喰らってやろう。
 無数の足が地を蹴る。
 その邪悪な衝動のままに、百足はユキへと喰らいかかった。
 眼前に迫る餌の姿。
 数秒の後、自分の口内に広がるであろう至福に思考を澱ませかけたその時、
 ザッ
 一人の蒼衣の男が、餌と自分の間に割って入った。
 自分の喜びを邪魔するその存在に、一瞬暗い怒りが湧き起こる。
 しかし、その怒りは次の瞬間、喜びに変わる。
 餌の前に立つ男からは、香しい香気が漂っていた。
 “餌”の香であった。
 かの娘すらも凌駕する、この上ない極上の餌の香であった。
 本能が、爪先程の理性を凌駕する。
 押し寄せる我欲にまかせ、百足は男に向かって顎(あぎと)を開いた。
 しかし―
 ガッ
 その頭がガクンと止まる。
 男が伸ばした腕が、百足の頭をしっかと掴み押さえていた。
 あの金髪の獣神をも凌駕する膂力。
 百足の動きがピタリと止まる。いや、止められる。
 狼狽する百足に、男が言う。
 「下賎な魔物が・・・」
 静かな、しかし確かな怒りのこもった声。
 「餌と、そうでなきものの区別もつかぬか。」
 ゴシャアアアアアッ
 百足の頭が、そのまま下の地面に押し付けられる。
 それは、神力でもなければ魔力でもない。
 純粋な。ただ純粋な力。
 その前には、龍神、蛇神の力を糧に変える百足の能力も、まるで意味をなさない。
 半ば地面に埋もれた形でもがく百足を、男が冷然と見下ろす。
 「メガミをいたぶってくれた礼だ。受け取れ。」
 言葉とともに、収束していく神気。
 男の手の中で、何かが閃く。
 次の瞬間―
 ガスッ
 凄まじい衝撃が百足の頭を貫いた。
 それが神気を帯びた鉄―神鉄であると気付くと同時に、燃える様な熱感が体内を駆け巡る。
 ギィイイイイイ
 響き渡る、苦痛の叫び。 
 硬い甲殻を貫き、その眉間に突き立てられたもの。
 それは一本の鉄棒。
 見る者が見れば、それが何かは容易に分かっただろう。
 そう。それは先刻、悟郎が唾を吐きかけた鉄棒。
 大百足の弱点たる、人間の唾。
 それが、体内の奥深くへと叩き込まれた。
 ――――――ッ
 音にならない呻きをあげ、百足はその巨体を痙攣させる。
 けれど、断末のもがきはほんの一瞬。
 すぐにその身体は力なく地に横たわり、ジュクジュクと泡を吹き始める。
 「魔性の者。疾く、闇へと還るがいい。」
 自分の足元で溶け消えてゆく百足を見下ろしながら、蒼衣の男―青龍のゴウはそう言い放つ。
 ・・・それは永きの間、世に災厄を振り撒いた大怪魔の、あまりと言えばあまりにあっけない最期だった。


                                            
                                     続く
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