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2012年01月12日

十三月の翼・4(天使のしっぽ・二次創作作品)

 





 はい、木曜日。2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
 ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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                       ―天影―


 「・・・もう少しだったのに・・・。」
 そう呟いて、自分の手をじっと見つめる。
 もう少し。ほんのもう少しで、触れることが出来たのに。ずっと焦がれ続けた温もりに。
 思う存分、身を委ねることが出来たのに。
 開いていた掌を、忌々しげに握り締める。
 まだ、駄目なのだろうか。まだ、届かないのだろうか。
 いや、大丈夫。今回は、ちょっと先走りしすぎただけ。楽しみが、ほんの少し先延ばしになっただけ。
 言い聞かせる様に、首を振る。
 大丈夫。大丈夫。
 まだ、待てる。この位。
 だって、二十年も待ったのだから。
 今更、ほんの少しの御預けなんてなんでもない。
 大丈夫。
 だってもう、そこにあるのだから。目を開けば、すぐ見える。手を伸ばせば、すぐ届く。
 だから。だから―


 「いったいぜんたい、ど――ゆうことなのよっ!!??」
 ミカが激昂し、バンッと両手でテーブルを叩いた。隣に座っていた、ルルとナナが驚いて飛び上がる。
 「ミカちゃん、少し落ちついてくださいな。」
 アユミがなだめる様に声をかけるが、ミカの憤りは収まらない。
 「何言ってんのよ!!こんな時怒らないで、一体いつ怒れっていうのよ!?あんたこそ、こんな時にまで優等生ぶってんじゃないわよ!!この薄情者!!」
 「ミカさん!!言い過ぎだよ!!」
 ミカの暴言に思わず立ち上がりかけたツバサを制し、アユミはあくまで冷静に語りかける。
 「・・・怒るななんて言っていません・・・・。でも、そんな大声を出しては、御主人様とアカネちゃんに障ってしまいますわ・・・。」
 「・・・・・・!」
 なおも言い返そうとしたミカの目に、正座した膝の上に置かれたアユミの手が入った。
 白くなるほどに強く握り締められたそれは、何かをこらえる様にプルプルと震え、細かな汗さえも浮かべている。気付けば、その顔もミカと同じ憤りに彩られ、硬く引き結ばれた唇からは薄っすらと血が滲んでいた。
 見渡せば、テーブルを囲む皆の顔も、それぞれの思いはあれど、一様に険しい顔をしている。普段はそんな顔とは縁の無い、クルミやミドリに至ってまで。
 ―皆、悔しいのだ。自分達の気付かぬ所で、我が身に代えても守ると誓った御主人様が危険に晒され、思いを共にする家族が傷つけられた。
 得体の知れない加害者に対する怒りと、自分自身の至らなさに、皆がその身を焦がす思いでいることが痛い程に感じられた。
 「・・・・・・。」
 ミカは口まで出掛かっていた言葉を無理やり飲み込むと、ひどくふて腐れた様な顔でどっかと腰を下ろした。

 
 悟郎とアカネ。本来の帰宅時間に、二人は戻らなかった。何らかの事情で遅くなるとしても、普段ならある筈の連絡がない。
 皆が不安を感じ、迎えに行こうかという話が持ち上がった時、二人は帰ってきた。
 自分の足ではなく、ユキの空間移動の魔法によって。
 メガミとなったユキの、突然の帰郷にも驚いた。
 しかし、それ以上に皆を絶句たらしめたのは彼女に守られるようにして帰ってきた二人の有様。
 悟郎はまるで死病でも患ったかのように疲弊し、アカネに至っては大まかな傷こそ癒されていたものの、ボロボロの身体で気を失っていた。
 皆がパニックに陥りかける中、何とか冷静を保ったのはアユミと、意外にもミカだった。
 二人とも、青ざめ、身体に細かな震えを生じながらもユキと協力し、皆を落ちつかせ、叱咤しながら悟郎とアカネを介抱し、寝床を整えて二人を運び込んだ。
 昏睡から抜けないアカネはもちろん、悟郎も横になった途端、張り詰めていたものが解けたのか、泥のように眠り込んでしまった。
 そしてしばしの間、皆が付きっきりで二人の様子が落ちつくのを確認すると、それまで押さえ込んでいた激情を堪えきれなくなったのか、唐突にミカが激昂し、今に至っていた。


 午後八時四十五分。
 いつもであれば、穏やかな団欒の空気が流れる筈のこの時間。
 けれど、今同じ部屋を満たすのは、不安と憤りの交じり合った重く息苦しい沈黙。
 「結局、何者だったのでしょう?その、御主人様とアカネさんを襲った女の子というのは・・・?話を聞く限り、行きずりの通り魔といった感じではなさそうですが・・・?」
 その沈黙を破り、アユミがそう独り言の様に切り出した。
 それまで部屋の中で澱んでいた沈黙が、一瞬ザワッと動く。
 しかし、誰もそのアユミの問いに答える事など出来る筈もない。
 すぐにまた、それまでと同じ沈黙が部屋の中を支配してしまう。
 「・・・・・・。」
 その沈黙の中、ユキは何事かを考える様にその目蓋を閉ざしていた。
 けれど、やがてゆっくりと目を開けると、独り言とも皆に問いかけるともつかない口調でポツリと言い放った。
 「・・・知りたい、ですか・・・?」
 思いもかけないその言葉に、その場にいる全員の視線が一斉にユキに注がれた。
 「・・・知っているのですか・・・?その者が、何なのか・・・。」
 アユミの問いかけに、ユキは答えない。
 「知っているんですね・・・?」
 アユミがさらに問い詰めるが、ユキは迷う様に沈黙したまま。
 その様子に、何かを察したのか、アユミはその表情を引き締める。
 「メガミ様・・・いえ、ここはあえてユキさんと呼ばせていただきます。わたくし達は守護天使です。聖者、睦悟郎の、御主人様の守護天使なのです。御主人様は、わたくし達の全て。御主人様を御守りすることが、わたくし達の存在する意義・・・。その御主人様が、危機に晒されているのです!!そんな時に御役に立てなくて、何が守護天使でしょう!?例えどんな理由があろうと、それから目を逸らすなど、わたくし達の選択肢には元より在りはしません!!そうでしょう!?ユキさん!!」
 それは己の、否、その場にいる皆の思いを吐き出すかの様な、叫びにも似た言葉。
 そして息を一つきし、アユミはユキへと言い放つ。その言葉の、一つ一つに、何よりも重い、決意を込めて。
 「・・・教えて、下さい・・・。」
 そしてそれは、皆の思い。
 アユミの言葉に同調する様に、その場の全員がゆっくりと、しかし力強く頷く。
 そんな皆の様子を見たユキは、中空を見上げ、何かを思案するかの様に目を閉じる。
 しばしの間。
 やがて、その目がゆっくりとを開けられる。
 「・・・そうですね・・・。あの者が、このまま引くことは有り得ないでしょう。必ずやまた、御主人様の前に現れる・・・。そうなれば、皆さんも否応なく、彼の者と対峙しなければならなくなるは自明の理・・・。・・・知らないでは、もう済まないのでしょうね・・・。」
 そう呟く様に言って、視線を戻すと改めて自分を見つめる十の瞳をゆっくりと見回した。
 「しかし、覚悟をしてください。かの者と向かい合うことは、皆さんにとってこれまでにない程の試練になる筈ですから・・・。」
 その言葉に、皆が改めて緊張に顔を引き締める。
 つられて、ナナとルルが真剣な顔で慣れない正座で姿勢を正す。
 その様を見て薄く微笑むと、ゆっくりと息を吸ってユキは語り出した。
 「それは、私もメガミとして受継いだ知識の中で知るのみの存在です・・・。」

 曰く、この世に存在する万象、万物すべからくにはそれに対となる面が存在する。
 それ各々が反発し合い、釣り合うことによってこの世界は保たれている。
 例えれば、一つの大きな天秤のようなもの。
 その安定は左右の錘の均衡によってもたらされ、もしどちらかが失われれば、それは容易に崩れ落ち、無へと帰る。
 夜に落ちなければ昼はなく、闇なくして光の持ちうる意味はない。
 人は悪と善にうつろってその心を成し、天は地と釣り合って世界を織り成す。
 そして、それは天使の礎となる魂にとっても同じ事。
 優しさと温もりによって、天に昇華する魂が在るならば、それは同時に、地に堕ち、闇に転ずる魂が存在する事を暗に意味する。
 
 「・・・それって、魔物とか怨霊のことじゃないの?」
 ミカの問いに、ユキは首を振る。
 「魔物や怨霊は、憎悪や怨念によって生ずるものです。そういう意味では確かに、愛情や友愛によって転生する天使(私たち)とは相反する存在と言えるでしょう。けれど、それはまた、彼らが私たちとは全く違った存在構成を持つということ。違う種類の種から生える花が、また違う種類の花であるように、彼らは私たちの真の意味での反存在とは成り得ないのです。」
 「・・・???・・・え〜〜、つまりぃ、それって・・・どういうこと???」
 どうやら頭が容量を越えてしまったらしいミカに、横からアユミが説明する。
 「つまり、わたくし達とは全く違った想いから生まれる魔物や怨霊は、ユキさんの言う、天使(わたくし達)の『対』の存在ではないということですわ。そして・・・」
 視線をまだ理解しかねるといった様子で頭を捻っているミカから外し、お茶で口を湿らせているユキに移す。
 「今回の元凶は、そういった魔物や怨霊の類ではなく・・・」
 口を湯呑から離し、ユキがその言葉を継ぐ。
 「ええ。彼の少女は、御主人様の前に立った時、確かにこう言っていました。『一緒にいて・・・』、と。魔物を動かすのは、破壊の衝動と血肉への飢え。怨霊が求めるのは、怨念の成就。そのどちらからも、あの様な言葉は・・たとえ目的成就の為の虚言として用することはあったとしても、あの様な言葉は出ないでしょう・・・。彼の者が、御主人様とどのような関係にあったのかは、私にも分かりません・・・。でも、あれは、その色こそ闇色に染まってはいても、まごうことなき真実の言葉・・・。彼の者は、正真正銘、私たちの『対』となる存在の者・・・。優しさという同じ種から芽生えながら、全く違う色を纏って咲いた、私たちの影にして半身・・・。彼の者達を、人間は古来からこう呼んでいます・・・。」

 ―ユキの紡いだ言葉に、皆の顔が驚きと困惑に染まる。
 そんな皆の顔を一瞥し、ユキは改めて問う。
 「―覚悟は、ありますか?自分たちの、心の闇と向き合う覚悟は・・・。」


 薄暗い部屋の中、閉ざされた戸の向こうから漏れる皆の声を余所に、アカネは昏々と眠り続けていた。
 その枕元には、無残に穴の穿たれたカバンが置かれている。と、件の刺撃によっていかれていたのか、留め金がカチッと外れ、カバンの中から細長い札の様なものが一枚、スルリと落ちた。
 それは、アカネ愛用のタロットカードの内の一枚。「誘惑」を暗示するカード。
 そこに描かれた異形の者は、その山羊を模した顔に歪んだ笑みを浮かべている。
 細く朱い、三日月の様な笑みを。

 其は、時に正義を嘲笑し
 時に不徳を尊び
 時に歪んだ愛を語り
 時に破滅をもたらす者

 天使と同じ魂を持ちながら、光を否定し、闇を具現する者。
 人は古来より、恐怖と畏怖と、そして少しの憧れを込めて、彼の存在をこう呼んだ。

 ―「悪魔」、と―



                                     続く
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