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2012年04月12日

十三月の翼・13(天使のしっぽ・二次創作作品)







 木曜日。2001年・2003年製作アニメ、「天使のしっぽ」の二次創作掲載の日です。(当作品の事を良く知りたい方はリンクのWikiへ)。
 ヤンデレ、厨二病、メアリー・スー注意



イラスト提供=M/Y/D/S動物のイラスト集。転載不可。

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 目の前に、コロリと転がる角砂糖。
 周囲に満ちるのは、深い、深い、闇。
 その中に、ポウ、と朱色の瞳が淡く光る。
 「当ててごらん。自分達の頭で考えて。当てられなきゃ、」
 響く、声。
 朱い三日月が、クニャリと笑う。
 「ご主人様は、わたしのもの。」
 白い手が伸びて、転がった角砂糖を包み込む様に絡め取る。
 いつしか砂糖は悟郎の姿に変わり、白い手はそのまま小柄な人影へと姿を変える。
 獲物を束縛する蛇の様に、その細くしなやかな両の腕を悟郎に絡め、それは冷たい嘲笑を浮べる。
 大きく広がった白髪が、ザワザワと妖しげにさざめいた。
 ―駄目っ!!
 思わずすがりつく様に、手を伸ばす。
 けれどその指先が届く寸前で、
 トプリ
 二人の姿が、闇に沈んで消えた。
 響いた悲鳴は、悟郎のものか、それとも自分か・・・。
 ・・・ミ――ンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミ――ミ――ンミンミン・・・
 ・・・随分と近くで鳴いている。いい目覚まし代わりだ。
 「・・・暑・・・。」
 カーテンに遮られ薄暗い部屋の中、一人床から身を起こしたアカネは、そう呟いて額に浮いた汗を拭った。
 ―酷く、冷たい汗だった。


                        
                      ―電談白夢― 



 ピポピポピポ、ピポピポピポ・・・・
 響く呼出音に急かされる様に、伸びた細い手が受話器を取る。耳に当てると、かすかに鳴き盛る蝉の声が聞こえた。
 「はい、睦です。」
 『ああ、アカネかい?』
 「!、ご主人様・・・。」
 受話器の向こうから響いてきた声に、アカネの胸が軽く高鳴る。
 「うん、そうだよ。ご主人様。」
 そう返しながら、アカネは受話器の向こうにいるかの人に向けて、淡く微笑みを浮かべる。
 たった一人の帰郷を“許可”する代わりに取り決めた、「定時連絡」。一日十回と定められた内の、本日九回目のそれ。
 『どう?そっちは、変わりない?』
 「うん。皆、元気にしてる・・・。」
 毎日、日に十回ともなれば、話す話題も大概尽きてくる。お陰で、今では同じ題材をとっかえひっかえ、リサイクルしている状態。
 それでも、耳朶に響く悟郎の声は干割れた大地に降る慈雨の様に、アカネの心に染みて行く。
 機械越しの声だけで、その存在を感じるだけで。
 こんなにも癒される。
 ―救われる。
 もしこれが、声だけでなければ。
 目の前で微笑んでくれたなら。
 その温もりに、触れることが出来たなら。

 『―ご主人様、田舎にいるんだぁ。あそこには、まだ「あれ」がいるからなぁ、ちょっとだけ、つながんなくなっちゃっても、仕方ないかぁ・・・。』

 先日、件の少女が漏らした言葉。
 意味は分からない。
 けれど、その言葉から察するに郷里にいる限り、あの悪魔は悟郎に手出しが出来ないらしい。
 なら、悟郎はこのまま郷里で時を流した方が安全なのかもしれない。
 でも。
 でも―
 守護天使として案ずる気持ち。
 一人の少女として想う気持ち。
 二つの間で、干割れた心がキシキシ軋む。
 それに絶えかね、アカネはそっと胸元を押さえた。
 「・・・・・・?」
 アカネが違和感に気づいたのは、そんな時。
 明るく話す悟郎の声が、いつもと違う様な気がした。
 「・・・ご主人様、何か、あった?」
 『・・・え?ど、どうして?』
 アカネの問いかけに、悟郎が慌てた様に問い返す。
 「・・・う、ううん。何でもない。わたしの、気のせい。」
 悟郎の声に、かすかな拒絶の気配を感じたアカネはそう言って自分の問いを引っ込めた。
 『そ、そう・・・。』
 あからさまにホッとしたその様子に、アカネは眉を潜める。
 悟郎の声は、濡れていた。
 まるでたった今まで、泣いていたかの様に。
 ―悟郎が、たった一人で帰郷した理由。
 それは、彼の少女との間にあった筈の過去を見つける事。
 ひょっとしたら、悟郎はそれを成したのかもしれない。
 確かに在った筈なのに。自身も知らぬ内に、いつしか失っていた記憶。
 それはきっと。
 失わなければ、ならなかった過去。
 重過ぎて、痛すぎて。
 心に持ち続ける事すら、敵わなかった時間。

 ―そんな記憶(もの)が、喜びや温もりに満ちた時間(とき)である筈などないのに。

 でも、悟郎はあえてそれに向き合った。
 誰の為でもない。
 現在(いま)を。
 ささやかな温もりと、先に続く未来を見つめる希望と、それを共に紡ぐ家族達という、何より確かな現在(いま)を護る為に。
 苦しんでいるのは、自分だけではない。
 むしろ、悟郎の方がずっと、ずっと―
 『アカネ?アカネ―?』
 「え?あ、ご、ごめん、ご主人様―」
 呼びかけられる声に、アカネははっと我に帰る。
 『どうしたの?何か、ボウッとしてたみたいだけど・・・。まだ身体、本当じゃないのかい?』
 かけられるのは、心からの労わりの声。
 それが、かえって痛い。
 「だ、大丈夫だよ。身体は、もう本当に・・・。」
 『・・・そう?なら、いいけど・・・。絶対に、無理はするんじゃないよ?』
 「・・・うん。」
 ―何故だろう。
 何故この人は、こんなにも他者を想う事が出来るのだろう。
 本当に苦しいのは、自分の筈なのに。
 助けて欲しい筈なのに。
 それなのに、自分よりも何よりも、他者を想う事が出来るのだろう。
 こんなにも。
 こんなにも―
 『アカネ・・・』
 「ん・・・?」
 『明後日の夜に、帰るから・・・。』
 「・・・うん。」
 受話器の向こうで、悟郎が微笑むのが分かる。
 痛い、痛い微笑みを。
 だから。
 だからせめて―
 せめてもの想いを込めて、アカネも受話器の向こうの悟郎に向かってもう一度、精一杯の微笑みを返した。
 その時、
 チリン・・・
 「・・・え?」
 不意にアカネの耳朶に響く、不思議な音色。
 チリン・・・
 戸惑う耳に、小さく、幽かに、だけど確かに。何処からともなく聞こえるそれは、早朝の大気の様に涼やかに澄んだ、鈴の音。
 チリン・・・チリン・・・
 遠い、受話器の向こうから聞こえる様で、それでいて、すぐ耳元で囁く様で――
 チリン・・・
 大気に踊る透明な音色。それが、アカネの身に纏いつく。
 チリン・・・チリリン・・・
 「―・・・?」
 戸惑いと混乱を覚えながら、アカネの身体は動かない。
 ―恐怖ではない。
 感じるのは、むしろ抱擁感。
 母の胎内に浮かぶ感覚。
 曖昧で、たゆらかで、それでいて温かい。
 全てを委ねる、まどろみの恍惚。
 チリリン・・チリン・・・
 鈴が歌う。音が踊る。
 夢とも知れぬ時で。現(うつつ)とも知れぬ場所で。
 立ち尽くす身体を抱擁し、束縛し、纏いつく。
 そして、それは鳴りながら、歌いながら、“染みて”いく。
 少女の身体に、アカネの内に。
 ゆっくりゆっくりと、染みてゆく。
 “音”が染み入る感触。
 ありえない、感覚。
 アカネはただ、その感覚に囚われる。
 ただ漠然と温かい、退廃のまどろみのままに。
 チリン・・チリン・・・
 染みた音色が、遠ざかる。
 身体の内へと、遠ざかる。
 遠ざかって、消えて行く。
 己の内の奥底に、それが消え行くその刹那―
 (―少しの間、“床”を貸してね。「狐」さん―)
 そんな声が聞こえて―
 チリン・・・
 ―消えた。
 「・・・・・・?」
 呆然と立ち尽くすアカネを、悟郎の声が現(うつつ)に引き戻す。
 『アカネ、どうしたの?』
 「え・・あ、ご主・・人様?今・・その、鈴の音が・・・」
 何処か、現実から剥離した様な感覚。そんな気持ちのまま、今の鈴の音と、“声”の事を言おうとしたその途端―

 「アァ〜〜カァ〜〜ネェエエ〜〜〜〜!!」

 地の底の奈落から響く、亡者達の怨嗟の叫び。それもかくやと思わせる声が背後から湧き上がり、アカネは背筋を貫く悪寒に思わず震え上がった。
 後ろを振り返れば、ミカを筆頭に、二十の瞳がギラギラと剣呑な輝きをのせてこちらを睨んでいた。
 「あ・・・み、みんな・・・?ど、どうした、の・・・?」
 荒れ狂う殺気と凍てつく視線にタジタジとなるアカネに、ミカが「『どうしたの?』じゃぬゎあぁ〜〜〜いぃっ!!」と詰め寄る。
 その迫力に思わず壁際まで後ずさったアカネに、綺麗にマニュキュアののった爪先をビシッと突き付けて、ミカが叫ぶ。
 「アカネェエ!!定時連絡時におけるご主人様とのお話は、通話代節約のため、一人一分三十秒までって決めたでしょう!?なのにあんた、一人で一体何分話してるのよぉおおっ!!?」
 「あ・・あぅ・・それは・・・その・・・」
 助けを求める様に泳いだアカネの視線の先で、他の十人がうんうんと相槌をうっている。
 それはもう、普段は対抗勢力である筈のアユミやランまで。
 「うぅ・・・。」
 ―孤立無援である。
 電話の向こうで、苦笑する気配がした。
 『アカネ、どうやら、そろそろ替わった方がいいみたいだね?』
 「う、うん・・・。それじゃ、ご主人様・・・また、後で・・・。」
 そっと耳打ちする様な悟郎の言葉にそう応じると、アカネはオズオズと手にした受話器を目の前の“飢えた”獣の群れに向かって差し出した。
 「は、はい・・・。」
 それを見た皆の目が、獲物を見つけたハイエナよろしく、ギラリと光る。
 「よっしゃぁあ―――っ!!ゲェットォオオッッ!!」
 「あ、ちょっとミカさん!!勝手に順番決めないでよっ!!」
 「つぎはルルたんなんらぉ――っ!!」
 「あの、ランが・・・。」
 「そ、その・・・公平にジャンケンで決めたら・・・どうでしょうか・・・?」
 「何言ってんのよ!!ご主人様の乾いた心を癒せるのは、ミカちゃんの愛の囁きって決まってんでしょうが――っ!!」
 「まぁ、図々しい!!ミカちゃんのダミ声で囁かれたりしたら、癒されるどころかかえって気が滅入るのが関の山ですわ!?」
 「ぬわんですってぇ―――っ!!?」
 「あ、もしもし、ご主人様れすか?元気れすか?ミドリさんは元気なのれす。」
 「あ――っ、こらミドリ!!どさくさに紛れて――っ!!!」


 「・・・はは・・・。」
 繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図から一歩後退し、アカネは引きつった笑みを浮かべた。
 チリン・・・
 「!?」
 近くて遠い、何処かで響く鈴の音。それが、まるで自分の内から聞こえた様な気がして、アカネは思わず胸元を押さえ、耳を澄ます。
 けど、それが聞こえる事は、もう二度とない。
 ―遠くで、蝉が鳴いている。
 日はもう、暮れている筈なのに―


                     
                                      続く
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