2017年08月31日
カレル・クリルの名曲、もしくは曲名(八月廿八日)
カレル・クリルについてふれた記事にコメントをいただいた。文字化けしてちょっと読めないところもあるけれども、クリルの代表作と言ってもいい名曲「Bratříčku, zavírej vrátka」について書かれている。内容から言うとチェコ語を勉強、しかも結構上級レベルまで勉強されている方のようである。例によって、コメントに返事する代わりに一本新しい記事を書くことにする。
件の「Bratříčku, zavírej vrátka」は、曲名であると同時に、クリルがチェコスロバキアで発表した唯一のアルバムのタイトルにもなっている。アルバムの発売は、プラハの春の翌年1969年の春、だが、録音されたのは67年から68年にかけてのことである。クリルはこのアルバムが発売されて半年ほど後、同年の9月に西ドイツに亡命している。正確には西ドイツの音楽フェスティバルに出かけてそのまま帰国しなかった、もしくはできなかったというのが正しいか。
さて、題名をチェコ語を学んだ人間の観点から見てみると、「Bratříčku」は、兄弟を表す「bratr」の指小形「bratříček」の五格、つまり呼びかけの形である。指小形だから「弟よ」と訳してもいいかもしれない。ちょっと与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を思い出してしまうが、晶子の弟は本当の弟に対する呼びかけだったが、クリルの弟は、恐らくこの曲を聞く人たち、1968年8月21日の夜に恐怖に震えていた人たち全てに対する呼びかけである。
だから、ここで「bratře」でも、口語的表現の「brácho」でもなく、「bratříčku」が使われているのは、小さき幼き者たちだけではなく、か弱き力なき者たちに対する呼びかけでもあるからだろう。あの夜、ソ連軍の戦車に追い回されて逃げ惑った人、そしてひき殺されてしまった人も多いのである。抵抗することすら許されずに死んでいった人たちに対する悼みが「bratříčku」に込められていると読むのはうがちすぎだろうか。
「zavírej」は、不完了態の動詞「zavírat」の二人称単数の命令形である。一般に「ドアを閉めろ」と命令するときには、一度閉めるだけで十分であることから、完了態の「zavřít」の命令形を使うことが多いのだが、ここは「vrátka」、つまり門扉を一回閉めておしまいではない。外を我がもの顔に徘徊している軍人たちが、入ってこないように閉め続けている必要があるのである。だから不完了態の命令形が使われているのだと推測しておく。
歌詞については、全曲引用すると著作権上の問題もあるだろうから、引用も翻訳もしないけれども、咽び泣く者に泣くなと呼びかけるところから始まって、門を閉めておけと繰り返して終わる。途中で、ソ連兵をお化けや狼に見立て、チェコ人を羊に見立てるところもある。特に「雨降り、外は闇に覆われ」と歌う部分は、当時のチェコの人たちの絶望を物語るものとして胸を打つ。「曲がりくねって続く道」で「この夜はすぐには終わらない」のである。
この「プラハの春」以後の正常化の時代を予見するかのような歌詞に、暗闇の中にいた人々の心は勇気づけられたのだろうか。反面、89年の民主化以後の狂躁的ともいうべき明るさにはそぐわなそうである。つらいときに勇気付けてくれた曲だからといって、いつでも、どんなときにでも聞きたくなるというわけでもない。
チェコ語の歌詞を確認するならこちらを。
http://www.karaoketexty.cz/texty-pisni/kryl-karel/bratricku-zavirej-vratka-8320
カラオケってのもチェコ語で外来語として使われているのかねえ。カラオケボックスは見たことないけど、飲み屋で今日はカラオケなんてことが書かれているのは見たことがある。チェコ人楽器ができる人が多いからカラオケなんていらないような気もするんだけどねえ。
8月29日23時。
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男性活動体の話も興味深いです。以前、"昨日はAndelのショッピングセンターに行きました。"という練習問題を作文させられたとき"andel"は活動体なので...と直されたことを思い出しました。いまでも納得できてませんが。
ここではチェコ語で会話する機会はないし作文するときはつい変化表を頼ってしまうのでまるで覚えないダメな私ですがブログの更新楽しみにしています。
プラハもよく知らないのにオロモウツなんて想像もつきませんがパラツキー通りの古本屋でたまに古レコードを買います。15年前はまさかオロモウツの古本屋の在庫がこちらで確認できるようになるなんて想像もできませんでした。
15年後のことなんてホントにわからないものです。