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2020年01月23日

脳トレ

さすがに今日は寒い。今シーズン初の極暖の上を着た。
朝起きてベッドルームからリビングに移動する間に小さなキッチンに冷蔵庫がある。起きて冷蔵庫からヨーグルトドリンクをコップに注いでリビングに行く。
ベッドから出たばかりは寒さに震える。前にも書いたが、その震えが始まると大きな痙攣のような震えになる。

前にリビングに入る前にコップを持っていたら、手が大きく震えて中身をぶちまけた。
朝の時間がない時に、床を拭く姿はなんとも情けない。
今日もベッドから出た瞬間にふつうの寒さの震えがあった。ヨーグルトドリンクを持ってリビングまでは5.6歩だ。
昨日書いたように、「脳の指令を断ち切る」をイメージしてみた。
出来た。震えは止まった。何をどうしたかというと、寒くないと思ったのと、肩の力を抜いたこと。

スポーツでもそうだ。肩に力が入ってしまう。特にゴルフはそう。チョロやダブリ。焦りもある。
脳の働きとその指令が筋肉を動かす。それは単純なことなのだろう。受傷前にそれをもっと考えていたら、もっといいスコアが出ていただろう。
それを教えてくれたのは、リハビリ病院のサブのPTさん。その女性もゴルフをする。いや、彼女にそのものを教えてもらったのではない、リハビリ中はいつも喋っているのだが、その中で彼女がゴルフをやること、120位叩くことを聞いた。

口頭だけだが、打ち方などを教えていた。スイングで意識することを話している時に「筋肉って脳が指令して動かすんですよね?」と僕が質問して始まった。
ゴルフはメンタルが影響してミスをする。それって、正しく筋肉が動いていないからミスを起こすのだろう。ならば無心になること。それと、そうするためのスイング前のルーティン。あとは良いイメージ。
身体が動かない時に気づいても遅かった。

退院して筋トレして何回かのゴルフはその考えが活かせた。ただ前のように振れないが。
その後はダメだ。目の前の球を打つことに専念してしまっている。慣れてしまったのだ。そんなものだ。
でも普段の生活で不自由者は違う。一個一個の行動が“出来るかな”と考えて実施する。
脳トレというコトバがあるが、脳の衰えを防止するだけでなく、リハビリに活かせる脳トレの実践レポートはないかなぁ。
posted by shigenon at 08:56| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月22日

春の兆候

右脚の“抜け”も収まり歩きは調子良くなった。今年初めのギックリ腰前の状態。
寒いと脚がすくんでしまうのだが、この土曜日に起きたがそれ以降はない。暖冬だからだろうか。
FBに「何年前の今日の投稿」と出るが、2年前の今日は雪が積もっていた。まだこれからが寒くなるとは思うが、ブルブル震えるという脳の指令を断ち切って力を抜いたら脚が止まるのを防げるか繰り返しやってみよう。何事もクセ付けをしていったら、それが習慣になり何とか乗り切れる。

日中は温かいが、昨日は北風が強かった。桃色インコ母さんの喫煙所へタバコを吸いに行くと、母さんが外に出てタバコを吸っていた。大体1日に1回は話をする。
桃色インコ母さんが言う「春になりましたねぇ」・・・えっ、北風が強くて寒いじゃん・・
何のことかと思えば、歩道に母さんの植木が何個か出してある。その内の1つが梅の木だった。
「今日、1輪咲いたのよ」「道から見えるから」
タバコを吸い終わって、反対側の道から見る。1輪の梅が5分咲きだ。

花で季節を感じる。その感覚を失っていた。
旧暦では、1〜3月が春、4〜6月が夏、7〜9月が秋、10〜12月が冬だ。元日に新春というのはその名残り。確か去年の今頃はヒートテックも極暖にしていた。今年はまだ薄いタイプ。
気持ちは春を迎え、身体は冬を感じる。

月曜まで確実に感じていた坐骨神経痛がマシになった。いつもお湯に浸かっている時にお尻から足首までを指圧して痛点を探るのだが、お尻のいつも痛い坐骨点にの痛みが和らいでいる。何が良かったのかが判らないのが残念。いや、特に何もしていない。筋トレも鍼もいつも通りの内容。
内転筋の股間側の痛みは弱くなったが、内転筋の膝側、もしかしたら大腿二頭筋の先になるのかもしれないが、けっこう張っている。張るというより硬い筋のよう。これは数か月前からだが。

良くなったり、新しく悪くなったりの繰り返し。イヤにはなるが、クヨクヨしないからいいのだろう。
クヨクヨするという考えをすぐに脳から消し去ることを習慣にしたからか。
posted by shigenon at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月21日

杖を仕舞う

土曜の鍼から右脚に力が入りにくい。なんか“抜けた”感じがする。
前にも書いたことがあったか・・肩こりとかの時に身体を揉みほぐしてしまうと力が入らなくなるらしい。これを“抜けてしまう”と入院中のPTさんが言っていたような。
鍼ではいつも最後に立った状態で右脚のハムから膝裏近く、ヒラメ筋に鍼を打ってもらう。
いつも同じ場所で足先までピリッとくる。

土曜日も何か特別なことはしていない。最後のピリッで終了したのだが。
右脚に力が入らない分、左脚が頑張る。これがちょうど良いバランスだった。昨日は出先で昼食後は杖を折り畳んで鞄に仕舞った。杖無しでも十分耐えられる歩きだ。

杖を持つこと・自分が障害があることを隠したいのは正直な気持ちなのかもしれない。これは身体の不自由な人に対して失礼な話になるのだろう。誰も好きで障害を負ったわけではない。
決して装具を付けている人たちを憐れんでいるわけでない。
自分がたまたま回復して、移動や生活に大きな不自由がないからか。こう思うのは悪だろうか。

今回、一般社団法人の説明会で多くの知らない人がくる場だった。これまでも多くの人が集まる場・・例えば業界の賀詞交歓会などやパーティでも杖を持っていた。恥ずかしいとかそういう気持ちなどない。ただ、立席なので自分が耐えられるかどうかと、予期せぬ人との衝突などで迷惑をかけたくないからだった。
今回は着席だ。その後の懇親会も初めての人が来る。着席だからという理由だけで杖を仕舞っていない。
自分を健常な人に見せたかったのだろうか。これは悪なのだろうか。少し良くなったからと調子こいているのだろうか。健常な人に見てもらいたいと言う気持ちは悪なのだろうか。

頸髄損傷は人によって障害度合いが違う。急性期の症状は同じでも、損傷の度合いで大きく変わると言われている。
本当にそれだけか?
誰でも回復したい。元通りになりたい。そのためには自分が努力しないといけない。
セラピストまかせにしてもいけない。自分の身体は自分が一番わかる。それを適切に伝えないと誰も判断できない。推測に基づく教科書どおりのリハビリになるだけだ。(決してセラピストの方を批判しているのでなく、患者の努力の問題として)
情報なんて調べればヤマほど出てくる。リハビリでも、自分がどの状態になったら次は何をするとかの意思を持つことが重要なのだろう。
疼痛や痺れなどの症状も、軽くなる人もいれば変わらない人もいる。僕の場合は入院中に疼痛はなかったが、生活を始めたら出てきた。痛い?もちろん痛い。気にしないようにしているだけだ。

杖をもつ自分を変えたい。おしゃれな、ちょいワル親爺に見られたい。
それが元通りの状態で5歳年を取った自分のあるべき姿だと思っている。
posted by shigenon at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月20日

脱水症だったか?

金曜日はどうも脱水症状だったようだ。鍼に行ってセンセイにコトの顛末と症状を言うと、「脱水症じゃないですか」と。
その後、体調悪いが、誰かに言いたくて居酒屋Yに。Yマスターにも症状を言うと「脱水症じゃ?」と。彼はバスケとかをずっとやっていたので、そういった症状は詳しい。
ネットでも調べると、なるほどと思われた。

普段、水分はけっこう摂る。会社では2ℓのペットボトルからコップに注いで、頻度よく飲んでいる。
今回、出張であまり水を飲んでいない。受傷して重くなるのでカバンにも常備しなくなった。普段なら乗り物に乗る前に水を買う。今回はそれがハイボール濃いめだった。酒は水分でない。また、その日は朝に薬を飲むときくらいしか水を飲んでいなかった。まあ、何はともあれ回復した。

日曜はまあまあ快適に目が覚めて、部屋に掃除機をかけるなどの家事をしてジムへ。いつもの筋トレだが、鍼の翌日は意識を変える。そんな大げさな事ではないが、鍼を打ってもらって響いた箇所を意識する。頭の中の考えは、鍼でキズついて修復機能を果たそうとしている箇所をもう一度刺激する・神経に響いた箇所を刺激して神経を活性化する・これが正しいかどうかだが、これを3年繰り返して少しは良くなっているのだから効果はないとは言えない。

左肩を伸ばすと三角筋の後ろの方が引っ張られる感じがある。そこに1本だけ鍼を打ってもらった。
不思議だ、ずっと気になっていた箇所だが、全く痛みがなくなった。
他の箇所はいつも通り打ってもらっているが、何か劇的なカイゼンはない。いや、もしかしたら少しずつあるのかもしれないが、劇的なことはない。
ただ鍼に行く前の歩きと帰りの歩きは全く違う。帰りは走れそうな状態だ。

ジムで風呂の前に久しぶりに自分の裸体をマジマジと見たが、ずいぶん筋肉が付いている。左右差が顕著だった上腕や三角筋あたりもほぼ左右差がなくなっている。まあまあカッコいい身体だ。
ただ、普通は筋トレ3か月で筋肉が付く。退院して4年半という期間を考えた場合どうだろうか。
まあ筋肉を付けるのが目的ではないし、身体を十分に動かせて踏ん張れる筋肉があればいいか。

今日は先週の一般社団法人の説明会。駅まで送ってくれたTさんに御礼を言わないと。
会の後は懇親会だ。飲みすぎには注意しよう。会ではペットボトルのお茶が出るが、水も買っておこう。
posted by shigenon at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月18日

Wの酔い

木曜日は出張先でお客さんと飲んだ。属している業界で一般社団法人を立ち上げる。
3年ほど前から会として活動をしていたが、いよいよ法人化だ。サラリーマンゆえ、この法人に参加することと、その一般社団法人への僕の副理事長就任を理事長に来てもらって社長に説明してもらった。

理事長のTさんは僕より年下だ。得意先の取締役でもある。
知り合って10年ちょっとになるか。なんか気が合った。その業界団体を作るときも、一番最初に声をかけてくれた。
月1回の事務局会と2か月に1回の定例会の終了後、一緒に飲んでいる。
今回も社長への説明の後、飲みに行った。いつも飲んでいる居酒屋だ。骨折したマスターの店だ、数日前から営業を再開している。
同僚のMさんも誘った。居酒屋の後、前に行ったMさんの店にも行った。
まあ酒量としては焼酎4合くらいか。

翌日、金曜日、Tさんと一緒に東京に戻った。昼飯を食って特急待ちで40分ほど時間があった。
Tさんも酒好きだ。電車を待つ間、駅で酒を買って飲んでいた。
もちろん電車で飲む分も買った。特急から新幹線へ。
新幹線用にも買った。つごう、ハイボール濃いめの500ml3本と350ml1本だ。Tさんは同じ量のビール。

名古屋を過ぎたあたりからか。急に熱くなって呼吸が苦しくなった。頭も痛い。
350mlの缶はあと少し残っていが飲めない。目がクルクルまわる。どうなったのか。
東京に着いた。歩くのもやっとの状態。Tさんが「顔が真っ白ですよ」という。ハイボールで酔ったのか。いや、酔うほどの量ではない。たしかに新幹線の揺れがプラスされると酔いが早いことはある。
それにしても、こんな状態になることは予想していなかった。
Tさんが心配して僕の家の駅まで荷物を持って送ってくれた。大丈夫だと固辞したが、感謝だ。

家に帰ったら18時。そのまま寝た。23時にトイレで目が覚めたが、頭は痛いままだ。また寝た。
結局8時半にベッドから出た。まだ頭が痛い。
酒量で言えば全く問題ない量だ。何が身体に起きたのだろうか。わからない。
冷たい雨だ。ジムをどうしようかと思ったが、昨日風呂に入っていないし、身体を動かせば少しマシになるかと無理をして行ってきて今これを書いているが、まだ少し頭が痛い。

脳に何か起きたかと想像すると怖いが、こればかりはMRIでも撮らないとわからない。今からどうしようもない。14時半からは鍼だ。
新幹線の揺れで電車酔いと酒の酔いが強まっただけだと思いたい。

雨の中、ジムへは歩いて行った。久しぶりの寒さだ。左足が動き辛い。先週、左脚が強くなったと書いたばかりだが、神経の伝達がうまくいかないのか、寒いと。つまり、震えようとする方に神経が働いているからと思うのだが。
ジムの帰り、風呂で十分に温まっている。歩きは快調だ。
やはり冷えで震えることが動きを阻害するという考えは合っているのだろう・と思う。
posted by shigenon at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月16日

空港にて(2020/1/16)

今日は1本早い空港バスに乗った。それでも搭乗40分前だから、ちょうどいい時間だ。
基本、早めの行動がクセになっている。時間に余裕のないのがイヤだ。時間に余裕がないと何かミスが起きる。これは仕事においても、生活においても。

昨日は1ヶ月ぶりにオンライン英会話。スタート前の画面に講師のAさんが「おかえり」的なメッセージを打ち込んでくれていた。
「おっ、1ヶ月見ない間にいいオンナになったじゃない」日本語だったらペラペラ出るコトバが英語では言い辛い。ニュアンスが難しい。

ギックリ腰は完治したようで、しっかり歩ける。坐骨神経痛も鎮静化している。
気付いたのが、左脚にしっかり筋肉がついていること。ヒートテックのパッチを履いているが、ズボンを脱いで姿を鏡で見て感じた。
素肌より判りやすい。

大腿四頭筋の横幅は左右変わらない。ただ厚みは右の方があるか。
でも前は一目瞭然で左脚は細かった。
歩きも、当初は右脚が左脚を引っ張りあげるような歩き方だったが、今は逆に左脚がリードできている。踵を着けて母趾球で蹴る歩きが定着した。右脚は筋肉は付いているが痺れがあり感覚が鈍い。

さあ機内に入った。のんびり寝て行こう。
posted by shigenon at 08:45| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月15日

熊本の思ひ出(長い)

熊本から帰ってきて会社に戻った。ちょっと一段落。さすがに移動だけなので家に直帰はマズイ。
昨日は14時と17時に客先にアポ。福岡の所長と担当と同行。
九州に行く時には必ずラーメンを食う。ラーメンの中でも豚骨系が大好きなのだ。今回も「美味しいラーメン屋に連れてって」リクエストをしていた。

14時の客先に行く途中に「黒亭」があるという。黒亭は熊本では有名な店だ。前は熊本駅の近くの店だけだったと思うが、数店舗に増えているようだ。
熊本ラーメンは“マー油”と言われるニンニク油がふんだんに入っている。チャーシュー麺を頼んだら、けっこうな量のチャーシューで驚いた。基本、ラーメンのスープは全部飲み干すことが多い。今回も。
そしたらニンニクの臭いがすごい。商談前にどうかと思ったが、ニンニク料理の多い地域は問題ないだろうと勝手に思って気にしなかった。
昔、高知でも前日に思いっきりカツオのタタキにニンニクを入れて食べて客先に行っていた。高知ではOKだ。今でもかな。

考えたら熊本は18年ぶり。確か前は大阪に住んでいる時に出張で行った。その時に黒亭も行ったことがある。
18年前、熊本ではイヤな思いをして、結果嬉しい思いをしたことがある。
熊本で馬刺しを食べようとネットで調べて、そこそこ有名な店を予約した。月曜の朝から仕事だったので日曜に移動した。熊本城を見て、そして待望の馬刺し。
熊本の繁華街は賑やかだ。アーケード街に色んな店がある。その店もアーケード街だった。

予約の店に入った。そしたら客がいない。日曜の夜だ、みんな帰るのが早かったのか。でも、確か予約は18時とかだったと思う。
馬のコース料理を予約していた。馬刺し・焼きと色々あったと思う。
ゆっくり楽しもうと思った。追加で料理も頼むつもりだった。馬刺しの中にコウネが入っていなかった。コウネは馬のタテガミの部位で白い油のような固い部分。これが甘い醤油とよく合う。大好きな部位だ。

追加でコウネを頼んだら「ありません」とだけ。まあ仕方ない。
ビールを飲み干し、「何かお薦めの地の焼酎ありますか」と聞いた。「特にお薦めはありません、産地は書いてある通りです」のようなことを言われた。まあ書いてある、その通りだ。そして何かの焼酎を頼んだ。
まだ刺身を楽しんでいる時に、いきなり鉄板が出てきた。馬の焼肉だ。

飲む気満々なのは、酒のお薦めを聞いているくらいだからわかるだろう。まだ刺身だ。刺身の横に熱い鉄板を置かれるのは気分が悪い。
「ちょっと鉄板はもう少し後で出してもらえますか」「まだ刺身を追加で頼むので」と言った。
そしたら、「コースですから」と言われた。
その後は、焼きの肉を全部食べて(残すのももったいないので)、そのままデザートは断って店を出た。
たぶん店を早く閉めたかったのだろうか。店の名前は忘れたが。よくキレなかったものだ。

飲み直しだ。アーケード街を曲がってすぐの地下の居酒屋に入った。
色々と焼酎の銘柄がある。まず右か左か忘れたが、順番にロックで頼もうと思った。そして、「コウネあります?」と聞いたら「あぁー、1人前分ないんですよ」と。
「お金は1人前払うんで出してもらえますか」
そしたら店の人が言う、「じゃあサービスしますよ」
嬉しかった。その気持ちに。特にさっきの店での扱いとは大違いだ。ロックをどんどん飲み干して、次々と違う銘柄を頼んだ。酒は強い方だが、少しカッコをつけていた。

そうしたら隣に座っていたオジサンが話しかけてきた。一升瓶をキープして飲んでいる様子。
「兄ちゃん、酒強いね。この焼酎も旨いから飲む?」と言って、グラスになみなみ注いでくれた。最初の店の話をその居酒屋の人と隣のオジサンに愚痴ったと思う。他に何を話したかは覚えていない。オジサンは焼酎を2,3杯注いでくれたと思う。「絶対また来ます」と言って店を出た。ベロベロだった。

実は熊本に着いた時、空港バスの前かごに「オススメの店」みたいな本が入っていた。要はフーゾクガイドみたいな内容だ。今では有り得ないだろう。
初めての熊本だ、ちょっとキャバクラにでも行って“熊本の人と触れあおう!”と企んでいた。
そんな状態でなかった。その頃は頑張れば焼酎1升近くは飲めた頃だ。どれくらい飲んだか判らない。店を出て、ちょっとカッコつけて飲みすぎたことを反省しながらホテルへ一直線に帰ったことを覚えている。

今回の出張ではホテル近くの居酒屋で馬刺しと赤牛という熊本の牛肉を食べた。一緒のメンバーも酒は飲める方だ。
居酒屋を出て、アーケード街をウロウロした。18年前の店を探したかったが、なんせ記憶が曖昧だ。
東西南北がわからない。1軒、これかな・と思う地下の店があったが自信がない。それと、これ以上飲むには危険水域だった。

2人を連れてキャバクラに行こうか、いや、そんな気分にはならない。たまにはいいが、そこまで調子に乗る年でもない。それよりも、調子に乗る身体じゃない。
じゃあラーメンを食おうということで腹一杯なのだがラーメン屋へ。ビールと餃子とラーメン。
ラーメンはこれまた熊本ラーメン。ニンニクがしみ込んだスープ。

今日、9時45分の飛行機で帰ってきた。ニンニク臭を隠すためにマスクをして。
さあ、明日は和歌山だ。9時の飛行機。またバスが遅れるかもしれない、早めに家を出よう。
posted by shigenon at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月14日

空港バスにて(2020/1/14)

空港行きバスで羽田空港に向かっているが事故渋滞だ。
今日は熊本行き。いつもは関空や福岡や千歳行きは9時の飛行機を取る。
その羽田発がいつもの通勤時間に家を出てちょうど余裕がある位だ。

でもたまに高速の渋滞でギリギリになる。時間通りに着きそうにないので搭乗時間を変えたこともある。
今日は10時過ぎの搭乗なので余裕だが、羽田には8時半を過ぎそうだ。

昨日は富岡八幡宮にお詣りに行って、知り合いの犬と遊んで、それからジム。
ギックリ腰は治ったとはいえなかった。少し力が入れば再発しそうで怖い。
ジムも3日連続になると疲れが出る。昨日は風呂だけにしようと思ったが、頑張ってみた。

手や腕の痺れが気になる。先週から。
気になっても、これは解消方法が見当たらない。それで、筋トレしか思いつかないのだ。
いや、筋トレもそうだが、筋トレ後のストレッチ。
手に血液が循環する感じがある。ストレッチ後は痺れをあまり感じない。

高速を降りたり乗ったりで間もなく羽田。
今週は出張ばかりだ。
posted by shigenon at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月12日

ママからの電話B

金曜日は居酒屋Yに寄って帰った。ギックリ腰も少しは良くなったので飲む気満々だったか。
いつもは水割りの水かお湯割りの湯がなくなったタイミングで飲むのを止めて帰るのだが、お湯をお替りした。
といっても飲んだ量はボトル半分くらいか。最近は焼酎は薄く割る。

それでも土曜日は起きるのがイヤだった。正月気分が抜けていない。土曜は10時からジムと決めている。
まだギックリ腰は影響がある。これで筋トレできるのかと思いながらジムに行ったが、いつものルーティンの筋トレには全く影響しなかった。
さすがにレッグプレスはどうかなと思ったが、痛くない。ステップマシンはダメだろうと思ったが、逆に腰にいい影響を与えてくれそうな感じがある。
これで少しくらい痛くなっても、あとは鍼がある。2週間ぶりだ。

鍼は混んでいた。だいたい二人が同時に居るが、今日は三人。打つ量はあまり変わらないが、刺したまま置く時間が長くなる。それがいいのかどうかだが、長く刺したままの方が良いようにも思う。
その時間の状況によるが、けっこう刺して置く時間は毎回テキトウだ。でも、それはそれで自分で楽しむ。
長い時は、自分で刺した箇所を勝手に動かす。するとピリッと刺激が来る。
Aセンセイの刺す箇所は概ねピリッとくる箇所に打ってくれる。刺す深さもあるのだろうが。
これはこれまでの鍼灸師で出会ったことがない。ピリッとくる鍼はそれほどない。

鍼から戻って、録画しておいたドラマなどを見る。
20時ころに電話。見覚えのない携帯番号。出たら「ママ」だ。「ママ」については1年半前と2007年の正月にブログで書いている。
大阪に住んでいた時に、ほぼ毎日行っていたお好み焼き屋のママだ。

毎年年賀状を出している。ママは年賀状が来たら電話をくれる。
でも去年はなかった。あったかもしれないが、その時に出れなかったのかもしれない。
イエ電なのでなかなかこちらからかけない。
去年、年賀状を出す時に改めてどうしているのかと気にかけていた。

いつものしゃがれ声だ。年季の入った関西弁を久しぶりに聞いた。
年末にギックリ腰になったという。タイムリーな話題だ。色んな話を30分くらいした。とにかくギックリ腰以外は元気そうだった。もう80歳だ。
確か娘が離婚して、娘と住んでいると思うのだが。孫も結婚してひ孫もできたということだったと思うのだが。

嬉しかった。東京の前に住んでいた大阪は3年間だ。たった3年だが、心配しあえる人がいる。

今日は昼からジムに。もうギックリ腰は治ったようだ。さあ、明日は東京での遅い初詣に出かけるか。
posted by shigenon at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年01月10日

風邪と共に去りぬ

昨日が最悪の状態だった。ギックリ腰が。
安静よりも普通に生活する方が良いとネット情報を得たので、ヨボヨボ歩きながらも普通に過ごした。
そうしているうちに、夕方には少しマシになってきた。ただ歩いていると急に力が抜けそうになる。
“腰砕け”のようになる。ここで踏ん張って力を入れるのは怖い。ガラスの腰だ。
風邪はほぼ回復した。昼頃に熱っぽくなったので昼休みはデスクで寝ていた。10分ほど熟睡して目が覚めたら大丈夫な状態になっていた。少し咳が出るくらいだ。

最近は気にしていなかったが、手の痺れが結構強かった。ギックリ腰と何か関係があるわけではないだろうが、ここ最近で一番痺れが強くなった。
手の痺れを気にしていなかった理由は、手をよく使えるようになったことがある。手を使わないと生活はできないのだが、これまでは必要最低限しか使っていなかったかもしれない。
これはグー・パーの動きを頻繁にしたからか。指、特に動かし辛かった左指の反応が良くなっている。

ギックリ腰でヨボヨボ歩いていると、足の運びとか足裏の着地とかが正確にチェック出来た。ギックリ腰が治ったら、これまでよりもちゃんと歩けるのではないかという期待が持てた。
坐骨神経痛もそれほど気になっていない。
明日から3連休。今日、寝て起きたら全ての不自由が無くなってくれていないかな。これまで何度も夢見たことだが。
「風邪と共に去りぬ」・・我ながら面白いタイトルをつけたと思っているが…。
posted by shigenon at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ
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2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
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