アフィリエイト広告を利用しています

2020年05月19日

いけないことだが

先週の金曜から昨日まで実家に帰っていた。
自粛の中、長距離の移動はいけないことだが望郷の念が強かった。GWに帰れなかったので、次はお盆かと思うと時間の融通がきく時に帰りたかった。

昼過ぎの東京駅もガラガラだった。切符売り場も閑散としている。窓口も暇なのだろう、エクスプレス予約の受け取り方法が変わるのだが、それを丁寧に時間をかけて説明してくれた。
新幹線も人は少ない。減便しているにも関わらず、1車両に10人も乗っていない。

実家で何をするわけでもない。年老いた両親と時間を共にした。
一緒にロングブレス体操をした。年末に買ってきてからほぼ毎日続いているという。40分の運動だ。正直、けっこうしんどい。よく続けている。歩き続けるための筋肉、大腿四頭筋・腸腰筋が鍛えられる。それ以外にも両親は毎日1万歩歩いている。

そろそろ元の社会生活への準備をしなければ。肉体。精神ともに。
posted by shigenon at 07:25| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年05月13日

迂回路

昨日は会社に行った。
10時半くらいに家を出て、会社の駅に着いたら蕎麦を食って、桃色インコ母さんと話しながらタバコを吸って会社に入る。出勤の強要はないが、会社でないと出来ないことの処理。

地下鉄の通路や会社への道路といった、毎日歩く道で自分の状態を評価できていた。それが在宅になってできない。久しぶりに通勤時のコースを歩くが、歩きが良くも悪くもなっていない状態であることに気づく。
まあ、悪くなっていないことを喜ぶべきなのだろう。これまでも劇的に変化したことなどなかった。
ダッシュの効果は?なのだが、地下鉄の階段を降りやすくなったくらいか。足首に少し柔軟性がでている。

何の障害もない状態であれば、何も意識せずに身体の動作は行える。障害を持って初めて、出来ない動作ができる喜びを感じる。その動作も、常に意識しないとできない。
それがいつしか意識せずともできる動作になる。全てではない。今だ意識しないとできない動作もある。
この違いって何なのだろう。

想像だ。脳からの指令の道が障害で寸断されている。そこに新しい迂回路が出来て命令をくだせるようになる。その迂回路を通ることが当たり前になったら、指令スピードも速く末端に伝わる。
それが、塞がった道の前で一回考えて、そうだ、迂回路だという選択をしていたら時間がかかる。
このようなイメージなのだが、果たして正しいだろうか。

その迂回路を整地して太いバイパスにしないといけないのだろう。これまでの道が封鎖されたから、そちらへ行かないよう看板を立てる必要もあるのだろう。
それを人体でどう実現できるか。
posted by shigenon at 07:58| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年05月10日

二日酔い

金曜日、この前、スーパーで会ったEさんに連絡した。近所で飲もうかと。仕事が終わって16時半くらいか。どうせ在宅しているだろうと思っての事。
全然返事がないので、自宅でビールを飲んでウインナーを焼いたりした。もうけっこう腹も膨れた。焼酎も2杯飲んだ。Eさんから返事が来たのが18時前。「行きましょう!」と。

いやいや、返事は早くしてよ。だいたい19時までしか酒を提供していないし。Eさんは出勤していたようだ。近所の沖縄料理屋に先に行って待つ。15分くらいで来たので一緒に飲む。
この前スーパーで会った時に、そのまま飲みに誘おうかと思っていたようで、それはこちらも同じ。ただ、買い物していたのでお互い遠慮した。

沖縄料理屋で閉店の20時まで。ずっとホッピーを飲んでいた。けっこうな杯数を飲んだ。
さあ、どうしよう。調子が上がってきた。近所の居酒屋に顔を出すが断られる。じゃあ、バーに行ってみるか。たぶんシャッター閉めて営業しているだろう。
やっていた。カウンターで飲みだす。この時点でもう前後関係の記憶があやふやになっている。
この前来た時の常連たちが来る。ハイボール、ワインを飲んだ。その後の記憶がない。店を出た時の記憶が。

気が付くとEさんが部屋の中まで連れて来てくれていた。ベッドに座らせて帰っていった。
そのまま横になればいいのに、トイレに行ったのか何をしたのか。気が付けば前にも倒れた玄関前に倒れていた。転んだわけではないと思うが。起き上がれない。いくら腹筋に力を入れても無理。
あぁ、これが脳の命令と、それが伝わらない状態なんだな・と思いながら。そのまま寝ようとするが床が痛い。ほふく前進を試みる。その時に擦れた腕が今も痛い。何とかベッドに起き上がり寝る。
いったい何度同じことを繰り返しているのだろう。酒に弱くなったのだろう。

玄関のチャイムで目が覚める。Eさんだ。「スマホ預かってたので持ってきたのと、玄関にカギをかけていないから」と。カギはいつもの置き場所にある。ちゃんと昨日置いたのだろう。
時間は6時半。何時に帰ったかのだろうと思いながら、もう一度寝る。
スマホを見るとEさんからのメール。スマホ預かってますよと。いや、預かってたら僕は見れないのだが。それで持ってきてくれたのだろう。

昼頃にEさんからメール。「二日酔いだから焼き肉は明日にしましょう」
そうだ、焼き肉を食べに行く約束をしていた。さすがに同感。こちらも二日酔いだ。土曜・・・そうだ、鍼の日だ。あわてて風呂に入る。二日酔いの熱い風呂は血行が良くなる。このまま鍼に行ったら効くだろう。
二日酔いには水分補給。吸収の良いスポーツ飲料を買いに行く。

居酒屋Yがあった場所は別の店が内装工事をしていた。店の前でママさんらしき人が片づけをしていたので声をかける。「いつ開店ですか?」
コロナ騒動で6月になるようだ。Yの時によく来ていたと言うと、ママさんが店の中を見せてくれる。壁紙も変わり明るくなった。話好きな人のようで20分くらい話をした。

Aセンセイが太ももの内側に筋肉が付いたという。そうかな、公園での階段ダッシュが良いのか。筋トレとは違って飛んだり跳ねたりすると内太ももに活きた筋肉が付く。15年前にエアロビをやっていた頃は内太ももの筋肉がかなり付いていた。
さすがに昨日は酒類は飲まなかった。

さあ、今日は焼き肉か。まだ気分じゃないが。しばらくしたらEさんに連絡しよう。
posted by shigenon at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年05月07日

近所のスーパーで

連休も終了。
部屋のパソコンデスクの前にいないだけで、自宅勤務の平日と変わりない過ごし方だ。部屋の中の片づけをと思っていたが、いつもの通り思っただけだった。
とりあえず今日・明日も在宅勤務。11日以降については今日くらいに連絡があるだろう。

昨日、近所のミニスーパーに買い物。カットキャベツと卵とナッツ類、あとチーズを・・と狭い店内を行ったり来たりしていた。
「お久しぶりです」と太い声をかけられた。Eさんだ。
居酒屋Yで知り合い、一緒にゴルフも行った。昨年、Yとゴルフに行って以来だ。連絡は確か3月の頭にした。居酒屋Yが閉店したという連絡。また時間あるときに飲みに行こうと誘った。

近況なんかを話した。
狭い店内だ。店員の品出しや他の買い物客の邪魔にならないよう、通路の右に行ったり左に行ったり。さしずめ、近所のオバサンの井戸端会議のようだ。後から考えると、コロナ禍の中、店内でダラダラ会話しては行けなかったなと思うが。

Eさんは僕の部屋から見えるマンション。徒歩50歩だ。今、部屋から外を歩く人の歩数を数えた。
そこから徒歩10歩内に居酒屋Yはあった。昨日遇ったミニスーパーもすぐ近くだ。
レジの支払いを待ってくれていた。短い距離を話しながら歩き、彼のマンション前で別れた。

Eさんとはゴルフ以来だ。あれは去年の8月の最初だったか。帰ってからYマスターと3人で焼き肉に行った。
最初は楽しく飲んでいたが。Yは酒を飲むとダメだ。酒に飲まれるわけでない、本来持っている自分が強くなる。自分より下と見下している人に高圧的なのだ。
この日も酒が進むとEさんをいじり始めた。それもしつこい。僕は何度も話を逸らすが、Eさんにとって気分の良いゴルフ休日にはならなかっただろう。
それからEさんは居酒屋Yに来なくなった。

このコロナ状況が変わったら飲みに行こうと別れた。
帰ってから、部屋に誘って飲んでもよかったな・と思ったが、人を呼べる部屋の状態ではない。ソファー前のテーブルは色んなモノが散乱。床もそうだ。
掃除機をかけるときは、それらを吸い込まないようにヘッドで押し出している。連休の終わりに、連休中の怠惰を反省する。

身体の状態は変わりなし。昨日の朝、左手の親指がずっと痙攣していた。頚髄損傷・痙攣で検索すると色んなテキストが出てくる。今日・明日はパソコン前に居る時間も長い、少し学習してみよう。
posted by shigenon at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年05月05日

経験したことのない・・

“経験したことのない”が耳をつく。
そりゃそうだ、人間、経験したことばかりだったらラクでいい。気にせず耳にしていたが、だんだんこのコトバに違和感を覚えてきた。
そう目くじらを立てることではないのだろう。確かに‘人類が経験したことのない’という解釈で使っているのだ、正しいコトバだ。みんなに警鐘を鳴らすには解りやすいコトバだろう。
片や、「経験したことがないから仕方ないよね」「誰も悪くないんだよ」というようにも聞こえる。

確かにそうなのだろう。一方で「平和ボケ」を感じてしまう。
戦地で暮らしている人々が、毎日何らかの敵対攻撃を受けている人々が、かつてない一斉攻撃を受けた時に「経験したことのない攻撃だった」というだろうか。
餓えや病気が日常化している環境の人が、「経験したことのない」と感じるのはどういう時なのだろう。

不適切なことを書いているかもしれない。そういう環境の世界にいる人々を傍観者として“例”として書いていることに。

人の毎日って経験したことのないことの連続ではないのか。
同じことをやっていても、それは昨日やったことと違うはずだ。何よりも1日経っている。それは昨日やったことよりも優れていなければいけないのでは。自分はそう思うが。
病気やケガなんて「経験したことがない」状態に降りかかってくるのだ。

「経験したことのない」というコトバは逃げだ。コロナ禍で非常事態宣言になって何日だ。
それは、もう「経験したこと」とじゃないのか。
経験したことは学びだ。そして次に考えて行動を起こす。

PDCAというコトバ。Plan Do Check Action。これにStudyを加えるということを最近学んだ。PDCSと言い切る人もいる。僕のイメージはPDCASだが。

昨日は「ピアノの森」の最後2巻を読み終えた。ほとんど聞いたことのないショパンが絵の中から聞こえてくる。涙が止まらなかった。
そのあと、YouTubeで1990年のショパンコンクールのドキュメントを見たり、2015年のコンクール上位者の演奏を探したりした。
こういう感動も身体にはいい影響を与える。痛いところが気にならない、感動している間は。

さあ、まだいい天気だ。ラーメン作って食べて、公園に行くか。
(在宅勤務以降、昼メシはヤサイの入ったインスタントラーメンをほぼ毎日作っている)
posted by shigenon at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年05月04日

腕を上げる

GW:ゴールデンウィークをガマンウィークとTVで言っていた。
まあ、こんな生活も1ヶ月になればガマンも慣れてくる。何かをやろうという気力も起きない。これは独りだからか。普通の家族がいる家庭は違うのだろう。せっかくの休日だ、家庭から出たくなるとは思う。

土・日とお出かけ日和だった。ギリギリまで実家に帰ろうと思っていたので鍼の予約もしていない。いつもの公園には太陽を浴びに行った。1時間もいなかったが、半ズボンの足と半袖の腕は日焼けした。
あとはテレビを見て過ごしている。

土曜にK整形外科にリリカを貰いに行った。
Kセンセイ「どうですか、相変わらずですか」と聞いてくる。「相変わらずです」から始まる。
身体が硬直することが多いことを話す。2キロのダンベルを左手で上に上げようとしても止まってしまう。寒い時に腕と脚が動かないように。何も持たないと腕は上がる。500gのダンベルだと普通に上がる。2キロになると重くなって上げられないのではなく、腕にブレーキがかかったようになる。

腕を上げようとすることを意識から外す。他のことを考える。そしたら上がる。
寒さを感じて脚が硬直して動かないときもそうだ。無理やり動かすのでなく、他のことを考える。そしたら動く。脚がそうなった時、手を後ろに組んだら脚がスムーズに動くことを最近見い出した。

これは脳の働きだ。脳と末梢神経のキャッチボール。寒さを皮膚が感じると震えようとするが、それがうまく伝達できない。その上に歩く指令を加えても動かない。恐らく、震える指令を取り消さないといけないのだろう。重さを感じたら力を入れる指令が働く。でも、それがうまく伝達できていない。
多少の重さだったら意識せずとも持つことはできる。重くないという再指令が必要なのだろう。

この話をKセンセイにした。Kセンセイが言う、「動くようになった替わりの神経が、まだ慣れていないんですね」。
替わりの神経・・・神経の可塑性を認めてくれる発言だ。思わずセンセイに聞いた。「センセイ、神経の可塑性はありますか?」センセイ、「ありますよ、その替わりの神経が慣れてくれば動きも良くなるんでしょうね」

失礼ながら、街の老医師にあるのは経験・・・目の前の事象を多く見てきたということだけかもしれない。
エビデンスではない、目の前の事象を見て、確信に変わる。日々、それの繰り返しだろう。
その方に言っていただけるのが一番有難い。
自分もそうだ。当事者なのだ。当事者が言うことが一番正しいのだ。

先週、鍼のAセンセイと話した時。Aセンセイは言う。「自分が患者さんと同じ症状がないから判らないんですよ」いや、判らなくても、充分に鍼の必要なポイントを探り当ててくれる。
それは、その患者の痛みは感じなくても、その痛みを感じようとしてくれている姿勢なのだろうか。
2キロのダンベルの話も興味深く聞いてくれた。

話は変わって・・・電子マンガにはまっている。
入院中に読んだ「一色まこと作“花田少年史”」このマンガで笑って泣いた。今年に入って電子マンガで購入した。
この作者の「ピアノの森」も名作だ。金曜に26巻を大人買いした。最後2巻を今日読む。終わらせるのがもったいなくて小分けで読んだ。読み終わると喪失感が来るだろうな。
posted by shigenon at 09:26| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年05月01日

戻れるか

元通りになるのか。
これは僕の身体でなく、このコロナ禍による影響。昨日は11時頃から16時頃まで会社で仕事をした。会社にしかないデータだったので仕方なく。
電車はガラガラ。人はどこへ行った、家に居るのか。

会社で仕事をするのもイヤだ。3人ほど出てきていたが、触れ合いたくない。会社の共有部分に触れたらアルコール消毒をする。見えないウイルスとの戦いだ。目をつぶってモグラ叩きをしているようなものだが。
長い在宅仕事は会社に居ることさえ辛くなる。家に居たら人恋しさもあるが孤独にも慣れてきた。

元通りの社会。みんなこぞって満員電車に乗って出勤。これに耐えられなくなる人が多くなるだろう。人との関わりが煩わしくなる人も出てくるだろう。すべてはこれまで潜在していたコトだろう。それが今回のコロナ禍によって露呈してくるかもしれない。

元の世界に戻れるだろうか。自分自身で考えた時、定年後の生活を思い浮かべる歳だ。会社に行かなくなってどう過ごせるだろう、どう過ごそうは何度も考えたことがある。
規則正しく起きて、株式市場が開くのを待ってデイトレ、昼から散歩、それからジム。ジムの定休日はゴルフ。週に2回くらい飲みに行く。これが思い浮かべていたルーティン。

今の状況は、ジムと飲みに行くことがない中で、よく毎日を過ごせている。あっ、仕事があるか、今は。
コロナウイルスはもちろん早く収束してほしい。が、その後の環境は大きく変わるだろう。
自分には目標があって良かった。元通りの身体。少し動けるようになったら満足している自分を戒めないといけない。

筋肉が落ち始めてきた。何かを始めないと。
両親はロングブレス体操を毎日続けているという。けっこうキツイ内容なのだが。見習わないといけない。
posted by shigenon at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年04月30日

思い出は心に

症状も“習慣化”する。
習慣化というより定着か。断リボトリールによる‘後遺症’も慣れて定着してきた。断薬時の禁断症状はもうなくなったのだろう。悪夢は消え、寝付きも良くなった。深夜に目を覚ますこともない。良く寝た感で目が覚める。
痙縮は一時よりマシか。起きた時の伸びで感じるが、強弱はその日ごと。

朝起きて立ち上がると疼痛が酷くなる。これは前からそうだったが、少なくとも断薬前は気にならなくなっていたのだが。生活が変われば気にならなくなるだろう。
手の痺れは断薬前くらいになったか。多少強くなっても動かせるので、強くなったかどうかはわからない。
脚の痺れは同じくらい。坐骨神経からくる神経ラインは押すと痛いが、良くもなく悪くもなく。
皮膚に強い冷感を感じる部分があるが、左手首の冷感が手の甲まで感じるようになった。禁断症状時にやけに左手の人差し指・親指に付け根の痺れが強くなっていたが、強い痺れが消えたあとに冷感が残った。

動作。歩きは快調。腕の動きは、前々回の鍼で左腕を稼働させながら鍼を打ってもらったが、その後に逆に伸ばすと痛みが出ていた。前回の鍼後にそれが緩和された。動かさずに打ってもらう方が良いのか。
全く問題なく日常生活はおくれている。

漢方薬も飲んでいない。飲んでいるのはリリカと痛風の薬だけ。
今回の断薬で思ったのは、薬ってすごいなぁと改めて解った。リボトリールが神経痛に効くのは間違いない。漢方薬の効果も実感した。柴胡加竜骨牡蛎湯には助けられた。適当に止めたが、それでいいのだろう。

リリカは安心剤でもある。朝飲んで昼過ぎになると疼痛を強く感じる時がある。
でも、たまに飲まない時もある。飲まなければ飲まないでその時は済む。でも夜になって痛みを感じた時に、あぁー、飲んでいたら良かったと悔やむ時がある。もちろん薬効で痛みは無くなっているのだろうが、これまでその実感はあまりない。気分だ。

火曜に2回目のZOOM会議。やはりWEB上とはいえ、人と会話するのはホッとする。考えたら声を出したのはクリーニングを出した時以来だ。会話に飢えている。クリーニング屋でも受け付けの女性と長々と話した。冬物スーツやジャケットを出した。その時に「クリーニング出しても来年着るかな、服も捨てないとね」と話したので、昨日は実践した。

スーツ4着。パンツ4本。シャツ数枚。3つボタンでツータックのスーツなんて着ることはない。タックの入ったパンツも捨てた。とりあえず目につく範囲内で捨てたが、仕立てたスーツは捨てられなかった。ゴミ袋2つになったので止めたが。
アパレル時代にやっていたブランドのスタッフジャンパーも捨てた。30年以上置いていた。思い出は心に。

捨てた服は全てクリーニング済み。クリーニング代を惜しく感じるが。いくつかのスーツにはカビが生えていた。クリーニング袋のまま数年置いていたらこうなるのだ。捨てるのはクリーニング前にしようと心に決めるが、それができれば不良在庫は増えない。

実家の母からメールがきた。「何とか苦労しながらメールしています」。ガラケーからスマホに変えたのだ。電話をした。元気そうだった。父にも代わった。父はこちらの言うことを聞き取れないことが多かった。耳はずいぶん前から遠くなっている。酷くなったのか、単にスマホのスピーカーに耳を当てていないのか。
今回、実家に帰らないと伝える。実家の町はまだコロナ患者は出ていない。
万一、僕が帰ったことで患うようなことがあったら悔やんでも悔やみきれない。帰省の電車で持ち込む可能性もある。

さあ、今日は画像が必要なので会社に行かないといけない。朝からベッドシーツを洗濯して干した。
昼前までは書類作成。米株価が上がっている。少し株を売っておこう。
posted by shigenon at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年04月28日

時をかけるオッサン

昨日も自宅。外出は昼に公園で階段トレーニングと唐揚げ弁当を買いに行っただけ。唐揚げをツマミにビール。テレビも飽きた。音楽番組を見ていた、1995年とかの曲が流れる。
そういえば先週に録画していた「時をかける少女」を見た。大林宣彦監督の追悼で放映された。最後のシーンで原田知世が成長した姿が出る。その時のカレンダーが1994年となっていた。

映画の主内容の10年後という設定で1994年かと思って調べたが、公開されたのは1983年だった。この映画で思い出すのはウメムラ君。大学時代の友人だ。
別の友人が所属していた音楽サークルに入っていた。同じ学部。顔立ちもよく、背が高く、当時では珍しい茶髪。なぜか仲良くなって、よく一緒にミナミのディスコに行った。ナンパもした。

そんな彼が、“時をかける少女”が封切りになった時に「原田知世がかわいい」「妹に欲しい」とか言い出した。どちらかというとクールに見えるウメムラだった。それを言っているウメムラは気持ち悪かったのを覚えている。この頃、会うたびに原田知世のことを言っていた。
実はこの映画は当時見ていない。この映画と同じ原作で、1972年にNHKで「タイムトラベラー」というタイトルでドラマ放映された。このドラマが大好きだった。当時9歳。SF小説が好きで海外の古典的な小説を読んでいた頃だ。毎週、このドラマが楽しみだった。

尾道3部作と言われている作品だ。尾道は縁がある。広島在住時によく飲みに行った。同じ得意先に営業に来るメーカー同士が仲良くなって、尾道・久保のポプラ前集合でよく飲んだ。寺ちゃん、いばちゃん、オガワはどうしているのか。寺ちゃんは2年くらい前に会ったことをこのブログで書いたと思う。いばちゃんは定年退職したとハガキが来ていた。奇遇にも実家が近い人だ。

1983年の時点で、1994年に尾道で頻繁に飲んでいることなど想像できただろうか。
1994年の時点で、10年後に東京で生活していることが想像できただろうか。
2004年の時点で、10年後に不自由な身体になることが想像できただろうか。
posted by shigenon at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ

2020年04月27日

ステイホーム週間

ステイホーム週間といってもずっとだ。
平日と土・日の違いがない。ずっと家中心。ジムが閉鎖で予定がポッカリ空く。
土曜日は鍼の予約をしていた。ずっと家の中だと症状の強弱はあるが、それほど鍼への意欲もないのだが。

鍼に来る患者も少ないようだ。半分までは減っていませんが・・とセンセイは言っていた。
相変わらず‘ここに打って欲しい’という箇所を何も言わなくても探り当ててくれる。そこが誰もが知っているツボの箇所なら解るが、そうではない。「なんか表面が少し違って見えるんですよ」とセンセイはよく言う。自分で何度も見てみるが、見ては判らない。

もちろんセンセイが気づかない箇所もある。そんな時「ここに打って下さい」と言う。それを許してくれることも嬉しい。
筋トレ→鍼→筋トレという土日の構図が崩れた。筋肉は組織を破壊しながら大きくなっていく。鍼は組織をキズつけることで自分の修復能力で変化を起こす。鍼後の筋トレは鍼の効果を倍増させていた、僕には。

土・日は鍼以外に外出をしなかった。ずっとテレビだ。この機会に大掃除や片付けをしないといけないとは思っているが。特に服を整理しないと。鍼の帰りにクリーニングを取って帰ったが、ハンガーに架けるスペースがない。ヒートテック関係だけでも引き出し2つ分ある。
連休に実家に帰るかどうかも悩む。万一、コロナを実家に持ち込んだらと思う自分と、まあ大丈夫だろうと思う自分もいる。でも世間の言う通りだろう、ここはステイホームか。
posted by shigenon at 07:07| Comment(0) | TrackBack(0) | リハビリ
ファン
検索
<< 2024年10月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
最新記事
写真ギャラリー
最新コメント
タグクラウド
カテゴリーアーカイブ
プロフィール
shigenonさんの画像
shigenon
2014年クリスマスイブのプレゼントは最悪でした。 「頸髄損傷」というケガなのか病気なのか・・その症状との戦いの記録と現在の日々をアップします。 (2018年4月追加) 不全の頸髄損傷は「健常な人」に見えます。“ふつうに見える”様に努力をしています。が、反面、「もう良くなったんだ」と思われがち。 骨折とは違い、中枢神経の損傷は完全回復はしないという現実。 「健常に見える」「もっと良くなるよう努力する」「もう治っているんでしょ」の狭間で何とか毎日を過ごしています。
プロフィール