新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
2018年12月29日
ショートショート(超短編)――第 11 話 パパー!
ショートショート(超短編)――第 11 話 パパー!
茂樹は学校に自転車で行く途中、公園で休んでいた。数年前に手術した後遺症で、今も手足に痺れが残っていて、いつも屈伸運動をしていたい感じがあった。大学の教授をしている茂樹は、健康のためといって、5キロばかり離れたところにあるマンションから、勤務している大学まで自転車で通っていた。いつものように、予定の時間より1時間ばかり早く出て、公園を回って大学に向かっていた。この公園にいつも立ち寄って、まずベンチに座って、背もたれを軸にするようにして、背中を伸ばして屈伸をするのが気持ちがよかった。その後、腕や足の屈伸をして、縮こまった感じの体を十分に伸ばすのであった。首の関係で手術を受けていた茂樹の症状は手足の関節にしこりが残り、体の関節が固まった感じになっていた。その感じを何とかほぐそうとするために、屈伸運動を欠かさず行っていたのだ。茂樹にとっては、自転車で10分近くやってきて、体が少し温まり始めたころに、節々を伸ばす感じで屈伸運動をするこの日課が心地よかった。自転車で大変でしょうと、周りの人たちから言われても、口にはこの気持ちよさを出さなかったが、心の中で密かに楽しみにしていたのだ。
その公園は大学の自宅のマンションのほぼ真ん中に位置していていることもお気に入りだった。また、いつも座る公園のベンチの前には大きな運動場があり、老人たちがゲートボールをしたりすることもあったり、幼稚園の子供たちが大挙してミニ運動会的なことをすることもあった。また、若者が友達と一緒に野球をしたり、ボール遊びをすることもあった。その横はミニ公園があり、子供用の滑り台や砂場があり、若いお母さんたちが子供を連れてやってきていた。ベンチの裏手にはエスキーというスポーツやテニスやゲートボールのコートがあった。すなわち、前からも横からも後ろからも元気な声が聞こえてくる位置にベンチがあり、その声に囲まれて屈伸運動をすることに心地よさを感じていた。もともと、小さいころからスポーツ好きであった茂樹は、スポーツに伴う様々な声は心地よく響いた。
その日もいつものように十分に体をほぐして一休みしようとベンチに座っていたときに、思いがけないことが起きた。ミニベンチに向かっていたのだろうが、母親に連れられた1歳半くらいの男の子が、ヨチヨチとした足取りを早めて茂樹の方にやってきて、パパーといいながら抱きついてきたのだ。母親は急に早く歩き始めた我が子に少々遅れをとっていた。茂樹はとっさに、この子のパパにしては自分が年を取り過ぎていると思ったが、この位の子供にはそんな違いはあまり関係ないのだろうとも思った。それで、彼の口から出てきた言葉は、ごめんねパパでなくて、だった。するとその子は悲しそうでもあり、気まずそうでもある表現を子供なりに浮かべると、泣き出してしまった。泣き出したその子は近づく母に向かって抱きついていったが、直ぐにまた茂樹のほうに向かって来て、指差しながらパパって言った。茂樹はなんと応えて言いか戸惑いながら、ベンチから降りて子供の高さになるように跪いて、ごめんね、パパでなくてといった。すると、思い出したようにその子はまた大声を上げて泣き始めた。母親がいくらあやしても泣き止まず、茂樹は若かりし頃を思い出しながら、彼女に目配せをして、自分がちょっとあやしてやりましょうというサインを送って、その子を抱き上げ、泣かないよ、といいながらあやしてやった。すると、茂樹自身が驚いたことに、その子はパッと泣き止んだのであった。自分がこの子のような赤ん坊の面倒をみたのも、もう20年以上も前のことだなと思い出しながら、まだまだ子供をあやすことも錆付いていないなと自己満足をしていた。泣き止んだその子を下におろすと、また直ぐに泣き出してしまい、また同じように抱き上げてあやすということが数回続いた。母親はどうかというと、すいませんといいながら、満足そうな表情を何とか隠そうとしていた。よくこの公園にはこられるのですか? と母親に声をかけると、ええ、時々、と短く彼女は答えた。私も、時々この公園に立ち寄ってここに座って、ちょっとした運動をするんですよ。体がなまってきて、とかく運動不足になりがちですからね。そういいながら、子供を下におろすと、また泣き始めた。母親が受け取ってあやしたが、泣き止むことがなく、今度は茂樹の方に行きたいと体をくねらせてぐずったので、結局また、茂樹がその子を抱きかかえることになった。最初、昔自分が子供を育てていた頃のことを思い出して、若返ったような気持ちを抱いていた彼だったが、しがみついて離れない小さな子供に今度は驚きも感じ、煩わしささえ少々覚え始めていた。そろそろ大学に行かないと、予定していた印刷物や準備などができなくなると思い始めていた。普段、計画的に日々を送っている茂樹にとって、公園での滞在時間は長くて30分という頭があった。いろいろ運動をしても30分もすれば十分だと思っていたので、その程度の時間を公園で過ごしていた。しかし、今日はその予定をひっくり返すことが起こっているのだ。どうも好かれちゃったみたいですね、こんなおっさんですが、というと、母親はすいません、お仕事がおありでしょうから、すいません、といいながら子供を茂樹から受け取ってあやしたが、結果は同じことであった。茂樹の頭の中には、この母親は本当の母親なんだろうか、父親はいるんだろうか、自分は本当に父親に似ているんだろうか、この子と母親は今まで見たことがないがこれは何か陥れる罠があるんじゃないか、こんなことにかまっている時間はないので、早めに切り上げて学校に行かなければ行けないがどうやってこの場から離れるか、などなど、浮かんできた。お父さんに似ているんでしょうね、ご主人もメガネをかけていらっしゃるんですか、と自信なさそうな声で母親に聞いてみた。30歳くらいの母親は茂樹の質問に答えにくそうに、はぁといっただけだった。茂樹はその声を母親と同じように、不安げな気持ちでただ聞くだけだった。
散らかってるんですよ。といいながら母は部屋の中に入っていき、子供のために読みかけになっているように見える、テーブルの上の数冊の絵本を片付けた。どうぞそこにお座りください、といって茂樹をソファーに座るように勧めるので、茂樹は子供を抱いたまま腰を下ろした。すると、子供が目を覚まして、また愚図り始めたため、母親はすいませんといって、こちらのベッドに寝かせて頂けますかと、ダブルベッドの上を指差した。ベッドの真ん中に子供を静かに置くと、また愚図るので、横にその子に添い寝するように横になって、軽く眠りを促すかのように胸を叩いていると、また眠り始めた。これでやっと一安心だと思っていると、母親がベッドの反対側からタオルケットをその子に掛けながら、囁くような小声で、この子、今日ちょっとおかしいです、普段はこんなことはないんですが、本当にすいませんといった。茂樹も母親の小声につられて、よっぽど気に入られたみたいですね、パパによく似てるんでしょうね、といいながら、苦笑いをしてみせた。そのとき、母親は公園でつけていた上着はとっていて、途中まで前開きになっているボタンを外れたままにしたTシャツ一枚になっていた。公園では気づかなかった若さが彼女のその姿に溢れていた。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。コメントなどありましたら、お願いします。また、ご訪問下されば幸いです。