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2018年09月14日

拓馬篇−終章7 ★

 大男に変身した化け猫はエリーの隣りへ座る。エリーはニセモノの仲間をじっと見た。視線に気づいた大男は不敵に笑いかける。
「どうじゃ、そっくりか?」
「みためは、そう。かんじは、ちがう」
「須坂があらわれればまじめにやる。無口で無表情をつらぬけばよいと、おぬしの仲間に言われておる」
 シドと大男の両方の実在を知らしめるための変装だ。内面の真似はしないつもりらしい。完璧な身代わりをこなすだけの準備時間がなかったので、妥当な落としどころだった。
 ヤマダが大男の隣りへ移る。大柄な男性がソファにいるせいで、彼女が座れる場所はせまい。ヤマダはソファから落ちまいとして大男にぴったりくっつく。
「ほんとに猫ちゃん? この服も変身の一部?」
「いや、服は借りた。そのほうがわしもラクじゃからして」
「体だけ化けるのと服ごと化けるの、ちがうんだね」
「この衣装はさほど見慣れておらぬゆえ、再現がちとめんどうでな」
 ヤマダは老猫の変化術に関心を寄せている。拓馬はべつのことが引っ掛かり、もどかしくなる。
「なぁ、先生と須坂はいつくるんだ?」
「そうあわてるな。ちゃんとくる」
「なんであんただけさきにきた?」
「女性の部屋にいかつい男二人が押しかけてみい。犯罪臭がしよるぞ」
 額面のまま解釈すると「世間体がわるい」という意味だ。しかし、須坂の観点においても恐怖心をあおる訪問にちがいない。シドはともかく、大男が純然な味方であるという確信は須坂が持てないはずだ。
「こやつ、敵か味方かわからんまま通してきたんじゃろ。人の多い場で会うなら、まだ須坂が安心できよう」
「そうか、気をつかってくれてるんだな」
 会話中、ヤマダは大男の腕に抱きついて「腕ふといねー」とはしゃいだ。長袖の上着の下には筋骨隆々な肉体が再現されているのだろう。
 もとが猫である大男はヤマダの慣れなれしさを放置し、エリーに話しかける。
「今後もあの教師とこの大男の姿を同時にあらわすべき時がくるやもしれん。その日まで、おぬしがこの姿に化けられるようにそなえておけ」
「うん、れんしゅうする」
 エリーは現在、ヤマダの想像した女性形態ですごしている。彼女が自在に変身できるようになれば融通がきくだろう。しかし変身とはどう特訓して会得するものだろうか。それを熟知する老猫が直接教えたらよいのではないか、と拓馬は疑問に感じる。
「あんたは変身の専門家なんだろ?」
「そうとも」
「独学でやるの、たいへんじゃないのか?」
「おぬしらがシドとよぶやつは基本を理解しておる。あやつの指導で不足はなかろ」
 シドの教導があてにされている。そのへんの力量は拓馬たちの理解がおよばないので、どうとも返答できなかった。
「このエリーとやらが苦戦するようならシズカに言うてみい。わしかわしの相方が手ほどきをしてやろう」
「相方……ああ、もう一体、化け猫がいるんだったな」
「あちらは女性寄りの個体ゆえ、この娘っこ向けかもしらん」
 はじめに人型へ化けた性別が以後の変身にも左右されるかのような言い方だ。本人の意思とは無関係に少女になった者を、拓馬はじっと見た。エリーはジュースをしずかに飲んでいる。そのふるまいは正直どちら寄りともつかない。もともと無性な生き物のようなので、これからどの性別が合うかわかってくるのだろう。
 エリーがストローから口をはなして「きたよ」と言った。その一言はシドらの到来を意味している。彼女の目は緑色のままであるため、シドとの連絡なしに彼の気配を察したらしかった。
 店内の者に来客を知らせるインターホンが鳴る。二人の男女が店員の案内をことわり、拓馬たちのテーブルへ向かってきた。銀髪の男性がテーブルへ到着し、立った状態で後方の長髪の女子に振り向く。
「スザカさん、こちらの席へどうぞ」
 彼がしめすのは拓馬の隣り。向かい側のソファは定員オーバーなせいだ。しかし須坂は首を横にふる。
「いいわ。これで帰る」
 炎天下の足労を無にする言葉だ。一同がおどろく。
「もういいのですか?」
 シドがたずね、須坂は「ええ」とごく当然のように言う。
「その男の人のことは道中で聞いたし、見た感じ、あぶなくないってこともわかった」
 彼女の判断基準はヤマダだ。同年の女子が大男と親しげに接する様子を根拠としている。ヤマダは腕組みを解いて「ただの友だちだからね!」と自己弁護した。
「いつから友だちなの?」
「今日からだよ。わたしたちも、この男の人が先生の仲間だと最近知ったの」
「そう……じゃ、捜査ごっこしてるときはだれも知らなかったわけね」
 須坂はシドを見上げ、皮肉まじりに笑む。
「あなたも人がわるいのね。必死にさがされてるの、わかってたでしょう?」
「事情を明かせぬ理由がありました。どうかご容赦を」
「気にしてない。みんな、あなたを許してるみたいだし、私から言うことはないでしょ」
 須坂は大男の隣りの少女を一瞥した。奇異なものを見るような目つきになったが、エリーのことは話題にせず、テーブルを離れていく。
「暑い中を歩いてきたのです、飲みものを飲まれては?」
 シドが須坂に飲食をすすめるものの、彼女は温和にこばむ。
「そんなきゅうくつな場所は遠慮するわ。あなたたちがたのしんでて」
 須坂は店を出ていった。彼女が機嫌をそこねた様子はないので、拓馬たちは須坂の行為を受け入れた。
 老猫が扮する大男も「着替えてくるでの」と言って、席をはなれる。その際にヤマダは拓馬の隣りへうつった。大男のいた位置にシドが座った。みなが話し合い当初の座席にもどる。いないのは離席した猫だけだ。
「えーっと、話、どうする?」
 拓馬はヤマダにたずねた。シドとの質疑を継続するつもりは拓馬になく、あとはヤマダの心次第。彼女は首をひねって「なんかもうお腹いっぱいな感じ」と消極的だ。
「あとは耳から耳へぬけていきそう」
「同感。これで解散するか?」
 この提起にはシドが難色を示す。
「もうじき昼食の時間です。ごはんを食べていかれてはどうです? お代は私持ちです」
「うーん、どうすっかな」
 ヤマダに聞くも、彼女はメニュー表を拓馬の目の前へ展開する。
「食べてこうよ。いい思い出になるよ!」
 満面の笑みに押し切られ、拓馬は承諾した。ヤマダがエリーにもメニューを見せるうちに老猫がもどってくる。拓馬たちがごく普通の食事と談話をしていくのを、猫はじっと窓辺で耳をかたむけていた。話中、シドの復職がまたヤマダの口から出る。このときにはもうシドがこばむ理由はなくなっており、彼は即座に校長へ連絡をとった。

 シドたちとの会合をおえた夕方、拓馬は約束通りにシズカへ連絡をした。喫茶店での会話自体は猫を通じてシズカにも伝わっていて、『やっぱり先生と仲良いみたいだね』と開口一番に言われた。
「先生にはきらうとこがないですよ」
『使命だとかケンカとかがなかったらフツーにいい人だもんね』
「だから先生の上っ面だけ知ってる人たちにも評判がよくて、職場に簡単に復帰できるんです」
『ああ、そうだね。校長先生もよろこんでたみたいだし』
「シズカさんは、それでいいですか?」
『いいよ。きみたちが満足してる取り決めなんだ。おれが口をはさむ余地はない』
 それはそうなのだが、拓馬はシズカが本心でどう感じているのか知りたくなる。
「でも心配になりませんか? 先生がいつ心変わりするか……」
『完全にないとは言えないね』
 鷹揚にかまえるシズカとて、人外を拓馬たちのそばに置く危険性は心得ている。けっして楽観しているのではないのだと、拓馬は気を引き締めた。
『だけど当分は平気だ。先生はきみたちが「赤毛」とよんでるやつを警戒してる。先生がアルジさんに寝返るとしても、きみたちを赤毛にうばわれないようにがんばるはずだ』
 獲物の取り合いをする獣のような根拠だ。現実的な指摘であるぶん、気休めではないと思えるが、人情味には欠ける。
「そんな『敵の敵は味方』みたいな……」
『イヤな言い方をすればそうなる。でも先生は本心できみたちを守りたいと思ってるよ。そこは信じてあげてほしい』
「はい、俺だってもう先生がだまそうとしてないことは、わかります」
『ああ、そうとも。だからおれは先生の好きなようにさせたい』
「あぶないとしたら、赤毛のほうですか?」
『え? ああ、そうだねー』
 上の空な返答だった。シズカも赤毛を危険視しているはずなのだが。
「あいつのこと、シズカさんも注意してるんじゃないんですか」
『見つけたら追い払うようにはしてる。でもあんまり警戒しっぱなしにしなくていいと思う』
「わるいやつなんじゃ?」
『たしかに、悪事をはたらこうと思えばとことんやりかねない相手だ。だからこそ適度に接したい』
「適度?」
『強くうたがうほど、むこうも意地になる。かえってよくない結果を引き寄せてしまいそうだからね』
「そうですか……」
『もしも拓馬くんが危険だと感じたら、おれに知らせてくれ。そのときはちゃんと対策する。「いたいけな子どもがこわがってる」と言えば、おれがきつく当たってもうらみはしないだろう』
「そんなに、子どもにあまい性格してるんですか?」
『うん、まえにいたご主人がやさしかった影響なんだろうな』
 シズカがなつかしそうに言った。その言葉からは、彼自身も赤毛の主人を好意的に思っていることが伝わる。シズカはさまざまな事情をくんでうえで様子観察をするつもりだ。それが適切だと思った拓馬は通信を終了した。
(これで、やることはぜんぶおわったかな)
 あとはなるようになるしかない。これから夏休み。人間に扮する異形たちが人間とともに生きていくのを、見守っていく。それが己にできることだ。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 00:15 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年09月12日

拓馬篇−終章6 ★

 話がまとまってきた。拓馬はほかに聞くことが思いつかなくなり、隣りの女子に会話の主導権を視線でゆずる。ヤマダは彼女に見えないはずの猫に視線をやっている。
「あとは……美弥ちゃんのことだね」
「須坂のこと? 先生が尾行してた理由は聞いたろ」
「わたしたちは納得したけど、美弥ちゃんはそうじゃないでしょ?」
 ヤマダ拓馬と目線を合わせる。
「自分を守ってた人が先生だと知らないままじゃ、モヤモヤがのこると思う」
 言われればそうだと拓馬は共感する。須坂は大男の素性を知りたがっていたのに、わからずじまいでいる。知れるものなら知っておきたいと、本人は思うはずだ。ただし、ありのままに話しても理解されない。
「でも、あいつに変身や化け物のことを話しても……」
「信じないだろうね、きっと」
 せっかく拓馬たちとの信頼をきずきつつある女子に、非現実的な真実を教えても彼女の混乱を招いてしまう──そのような考えから拓馬はヤマダに賛同できないでいた。
「だったら全部がぜんぶ、ホントのことを言わなくてもいいと思う」
「どういうウソをまぜるんだ?」
「先生と大男は別人ってことにする」
 拓馬はさっきまでヤマダが見ていた窓辺を見る。ゆったりくつろぐ白黒の猫。これが彼女の発案に関係する存在だと察する。
「先生以外の変身できるやつが、大男に変装する?」
「うん、シズカさんの友だちに変身の得意な子がいるって、言ってたよね」
「ああ、いまここに猫がいる。そいつに化けてもらうか」
「それができるか、聞いてもらえる?」
 ヤマダは拓馬とシドの顔色をうかがった。彼女は精神体の猫とは意志疎通がとれない。ヤマダの声は猫にとどくだろうが、猫の声は彼女に聞こえないのだ。
 シドが「そのまえに決めたいことがあります」とさえぎる。
「いつ、スザカさんと会合するか、です」
「いま化け猫がいるんだ、ここですませたほうがいい」
「スザカさんにも都合があります。それに、我々の話し合いはいかがします?」
「俺はもうじゅうぶん聞けたと思うけど……お前は?」
 ヤマダはメモ用紙をたたんで「今日はいいかな」と答える。
「いま必要なことはわかったから、ほかは時間があるときに聞く」
「あとは、だれがどう須坂にこの話を持ちかけるかだが……」
 拓馬はヤマダの顔を見た。彼女なら須坂の連絡先を知っているかもしれないという期待がもてる。しかしヤマダははにかんで「いますぐはムリ」と言う。
「電話番号を教えてもらってないんだ」
「そうか……じゃ、だれかが直接言いに行くしかないか」
「わたしが行ってこようか? 美弥ちゃんの部屋は先生が知ってる──」
 ヤマダが須坂の居室をたずねようとした。シドは「私が行きます」と提案する。
「私ならすぐに訪問できます。結果はエリーを介して貴女たちに伝えましょう」
「先生は足速いもんね。わかった、猫ちゃんの了解をとれたら、そうしよう」
 拓馬は窓辺の猫を見た。老猫のまるい目が開く。
『シズカの同意は得た。わしがひと肌ぬごう』
 老猫はすでにシズカに報告した。どういう方法で意志疎通をとったのか拓馬は知らないが、そこは無用な追究なので、話題にしない。
「急なこと言ってわるいな。だけどぶっつけ本番で大男に化けられるのか?」
『ちょいと見本を見せてもらいたい』
 白黒の猫が言うとシドは「私の部屋ですこし練習しましょう」と返答し、席を立つ。彼が店を出ると猫は窓をすり抜けて、どこかへ消えた。猫が不在では拓馬らの会話は他者に聞かれてしまうおそれがある。拓馬は人に聞かれてもごまかしが利く会話を心がけようと思った。
 テーブルには三人の少年少女がのこる。ヤマダはカップの茶を飲み干し、飲料をとりに行った。拓馬も冷茶を飲むが、替えを入れるほどの空きができなかったので座ったままでいる。会話にほとんど参加しなかった銀髪の少女を見てみると、彼女はにんじんジュースらしき橙色の飲料をストローでちびちび飲んでいた。人間には健康によい飲みものの一種だが、彼女らではその感覚が通用しない。
(飲み食いじゃ元気が出ないんだっけか)
 その説明は彼女たちとは異なるタイプの異形が言っていた。存在の保持に用の為さないものをなぜ飲んでいるのか。疑問を感じた拓馬は単純な質問から攻める。
「なぁ、それって飲んでてうまいか?」
「たぶん、うまい。おみずでもいいけど」
「飲みものでも元気を補給できるのか?」
「ものによる。あわがでるもの、おもったよりよくなかった」
 この店にある、泡が出る飲料──それは子どもに人気な炭酸飲料だと拓馬は思いつく。
「炭酸ジュースか……俺らが飲むと甘くてうまいんだけどな」
「ミカク、なんとなくわかる。でもゲンキがでるもののほうが、うまくかんじる」
「どういうものが先生たちの栄養になるんだろうな……」
「シズカ、そういうものつくってる」
 エリーが指示語で述べているものは黒い丸薬だ。実際に服薬するのを拓馬はまぢかで見ている。
「あ、そういやシズカさんが先生とたたかうまえに薬のんでたっけ……あれでいいのか」
「うん。でも、いきものからホキュウするのがラク」
「逐一ねむらされるんじゃ、ちょっとしんどいんだけど……」
 口下手な少女と話すうちにヤマダがもどってくる。彼女は温かい飲みもの用の陶器と冷たい飲みもの用のコップの二つを卓上に置いた。両方とも飲料が入っている。
「エリーとなに話してたの?」
「飲みものを飲んでも元気がでるのか聞いてた」
「先生が言うには、気休めくらいの効果だってさ。あんまりあてにできないみたい」
 ヤマダの知識量が拓馬にまさっている。シドが人外であることは同時に知ったはずなのに、どのタイミングで聞きだしたのか。
「いつ聞いたんだ?」
「わたしたちがはやく店にきてたでしょ。そのとき」
「俺がくるまえ、か」
「ドリンクの注文をしたついでに、気になってたことを聞いたの。先生はよく学校でコーヒー飲んでるから」
 シドは食事をしないが、コーヒーだけは飲む。普通のコーヒーが彼の活動源になるとは思えないのだが。
「コーヒーも気休めか?」
「うん、あとは人らしく見せる偽装もかねてるって」
「そういうもんか……やっぱお前がちょくちょく睡眠過多になるっきゃないか」
「そこんとこはまかせて。先生とエリーを餓死させないようにかんばる」
 健康体なヤマダの睡眠時間を増やしても、彼女にはなんのメリットもない。そのことを拓馬は気兼ねする。
「どうせなら不眠症な人にやってくれりゃ、いいことだらけなんだが」
「ねむれてない人をみきわめるの、むずかしそうだね」
 拓馬とヤマダが話しだすとやはり銀髪の少女はだまった。こちらから話題をふらぬかぎり、傍聴に徹するつもりらしい。その双眸は緑であったはずだが、片方が青に変色している。
「スザカがこっちにくるんだって」
 聞き役にまわっていた少女が告げた。拓馬たちに伝えるよう、シドに指示されたとおぼしい。
「え……先生がそう言ってる?」
「うん」
 両者は通信機器なく連絡をとれている。おそらく老猫がシズカと即時通話していたのと同じような手段だ。拓馬は周囲の注目がないことを確認したのち、その特殊能力について話す。
「便利な力だな。だれとでもできるのか?」
「なかま、みんなとだいたいできる」
「目の色が変わるのは、先生と話すのと関係ある?」
「これ、シドとれんらくすると、そうなる」
 話者の片割れの姿に変化があるのなら、その片割れもまた同じ変化が起きるのでは──その可能性はひとつの謎を解決できる。
「先生も、そんな体質か?」
「そう」
「だからサングラスをかけるのか?」
「それもある」
 エリーの片目が緑にもどる。これが電話でいう受話器を置いた状態だろう。彼らの特性を知ったヤマダが「なるほど」と得心する。
「『青い目はめずらしがられるから』って理由だけじゃないと思ってたよ。黄色いサングラスのほうがよっぽど目立つもん」
「だいたい、人目につくのがイヤなら髪を無難な色に変えるだろうしな……」
「なんで銀髪のままでいたの?」
 拓馬と気持ちを同じくしたヤマダがエリーにたずねた。銀髪の少女は拓馬たちが取り沙汰しなかった褐色の手の甲を見る。
「みため、あんまりかえたくなかった」
「あるじさんが想像した姿を、大切にしてるの?」
「うん、でもそのままだとこわがられるから、もっとセンセイらしいかっこうにした」
「その参考元って、もしかしてうちの高校の教師?」
 ヤマダは唐突な推測を打ち出した。拓馬は彼女の予想に該当する人物がまったく思い出せない。だがエリーは「よくしってるね」と肯定する。
「たまたま、おなじ学校のひとだったんだって」
「へー、そうなの」
 女子二人は共通の人物を想定しているが、拓馬はさっぱりわからない。
「だれのこと言ってんだ?」
「あ、タッちゃんは知らない? 去年の一学期は学校にいた人なんだけど」
「本当に先生みたいな外見の人、いたか?」
「体格と顔は似てるよ。八巻(やまき)っていうんだけどね」
「ぜんぜんおぼえてないな……」
「上級生の授業を担当してたから、一年生だと会う機会があまりなかったね。そのうち学校にもどってくるらしいよ。そのときに教える」
「そもそもなんで学校を休んでるんだ?」
「大ケガしちゃって、休職したんだって。その人がぬけた穴をヤス先生が埋めてる……てのもちょっとちがうか。休んでる教師の代わりをほかの先生がやるから、その先生がやってたことをヤス先生にまかせてある」
 去年の二学期から拓馬たちの社会科の担当が変更されていた。もともとの担当は以後上級生の授業を受け持つようになり、不在となった下級生向けに新人の教師が就任した。
「じゃ、社会科の先生か。一年ちかくも休むって、どれだけヒドいケガしたんだ?」
「それが今年、病院でまた大ケガしちゃったせいで治療が長引いたんだって。ツイてないよね」
「病院で、どうケガするんだ……?」
「なんか院内の古い銅像がたおれて、その下敷きになって、足を骨折したとか」
「そら不運だな……」
 その経緯をヤマダがなぜ知ったのか気になるところだが、拓馬の疑問は直後にかき消された。三人がいる卓上に、大きな手がどんと乗る。だれがきたのかと見上げてみると、闇夜で出会った男に似た人物がいた。
 つばの広い帽子を被った男が拓馬たちを見下ろした。かつて目元を隠していたサングラスはなく、顔がよく見える。それは拓馬が老猫の見せた幻影で登場した、無名の男にとても似ている。
「あんた、あの猫の……」
「ちゃんと化けておろう?」
 声自体は老猫のものだ。二十歳程度の若い顔つきには似合わぬ口調でいる。その落差がはげしいようでいて、肩にかかる銀色の長髪とは無性に合う雰囲気もあった。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 23:45 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年09月06日

拓馬篇−終章5 ★

「先生が大男の格好で須坂の周りをうろついてたワケはなんだ?」
 拓馬は考え中らしき教師に問う。
「俺はてっきり、須坂がねらわれてるもんだと思ってた。俺らが最初に異変に気付いたのも、須坂絡みの事件だったろ」
 まだ相手は顔をこちらに向けてくれないので、自分の考えをさきに述べる。
「あれはなんのために起こしてた騒ぎなんだ? さんざん騒がせておいて、ねらいが俺らじゃないと油断させるブラフだったのか?」
 目くらましのために余計な事件を起こしていた、とあっては完全なる被害者な須坂に申し訳が立たない。その思考のもと、拓馬はシドをにらみつけた。シドがようやく拓馬を見る。
「……特別な意味はありません。私はスザカさんと同じ、校長が管理するアパートに住んでいます。もともと彼女の見守りを校長から依頼されていたので、暗い時分に彼女が外出する際、こっそり後を追いました。万一、スザカさんに私が尾行していると知られれば学校生活に支障があるかと思いまして、大男の形態に変身していたのです」
 騒動の大きさのわりに動機は至極まともだ。その落差に拓馬は拍子抜けした。
「え……校長の指示を守ってただけ?」
「はい、貴方たちに注目されるつもりはありませんでした」
「成石をたおしたのも、須坂を守るためか?」
「私の早合点でした。故意に彼女に接近する少年が同じ学校の生徒だと思わず、不良とばかり」
 須坂の周辺で起きた事件はシドの予定にない事態だった。教師の職務を果たそうとするあまりの出来事だと知り、拓馬はこの真面目が過ぎる教師にあきれる。
「んな就業時間外のことを熱心にやらなくたって……」
「校長の機嫌はとっておきたかったですし、私個人としてもスザカさんたちには同情の余地があったので」
「須坂のお姉さんのことも、聞いてたのか?」
「はい、校長からひそかに教えていただきました」
 これで辻褄はいろいろと合った。しかし謎はまだある。
「須坂の護衛をしてたせいで、シズカさんに身元がバレたんだ。やめようとは思わなかったのか?」
「はじめはまずいと思いました。オヤマダさんの近辺にシズカさんの見張りがつくと、私の活動を継続する補給源が絶たれましたし……」
「補給源って、やっぱりヤマダから夜な夜な力をうばってたわけか」
「そうです。一言断っておきますと、嫁に行けなくなるようなことはしていません。安心してください」
 エリーが「なでなでしたりぎゅーっとしたり」とシドの腰に両腕を回した。ヤマダが顔を赤くする。彼女は自身の指を突き合わせて、しゃべらない。恥ずかしがっている彼女に代わり、拓馬がシズカから知りえた疑問を投げる。
「力を補給するには、異界にもどるのがいいんだってシズカさんは言ってたぞ。どうして帰らなかったんだ?」
「双方の世界では時間の流れが異なります。たった数分あちらで過ごしてもこちらでは数日経つかもしれず、教師になった以後はその回復手段を乱用できませんでした」
「じゃあ先生が向こうに行ってる間に、こっちで無断欠勤するかもしれねえってわけか」
「そうです。抜け道はありますがね」
「どんな?」
「こちらの生き物を異界へ連れてもどるときは時間が経過しないようです。これは十回以上の試行がどれも該当したのでまちがいないかと」
 試行──つまり異界へ連れて行かれた者がいるということだ。
「え、なにを連れてったんだ?」
「直近の事例ですと、オダギリさんが該当します。それ以前にも私がこの土地へ移るまえにいた地区で同じ犯行を繰り返しました。そのときにシズカさんに目をつけられまして、活動場所を変えたのです」
「えっと、その金髪以外にもこっちの被害者がいるってこと?」
「はい、そちらはすでにシズカさんが復帰させたそうです。被害者がトラウマになりうる記憶は封じたそうですし、今後私が被害者たちに接触しなければ、とどこおりなく生活をつづけられるかと思います」
「そっちの被害は、警察としちゃ罪に問えないのか?」
「証拠がなにもないので、どうしようもないそうです。なにか詫びる方法があればよいのですが、被害者が私と関わると悲惨な記憶がもどりかねないため、そっとしておくべきだとシズカさんに忠告されました」
「そうか……ほっとくのがいちばんいいんだな」
 すでに日常を取りもどした人々にいらぬ節介は出せない。拓馬はこれで質問をおえた。
 気を持ちなおしたヤマダが「えーと」と声を出す。
「先生がわたしをねらったきっかけはなに?」
 その問いは拓馬たちがあらゆる騒動に巻きこまれた原点にあたる。それが話し合いのはじめに出なかったのは、自分たちのこと以上に気がかりな事情が山積みになっていたせいだ。
「わざわざ危険を冒して、高校に赴任するめんどうな手続きもやって、長い時間を教師でいて……それだけの価値がある力なんだろうけど、どうしてわたしがその力をもってるとわかったの?」
「この時計を使いました」
 シドが懐中時計を出した。それは拓馬が偽の体育館内で見かけたものだ。その場ではヤマダが見ていなかったはずだが、ヤマダは「あ、それ……」と反応した。拓馬の知らない経緯が二人にはある。
「ためしに一度、ネギシさんが時計の蓋を開けてみてください」
「ああ、いいよ」
 拓馬は懐中時計の側面のでっぱりを指で押した。部品はびくともしない。指先が白っぽくなるほど力をこめてみたが、なにも変わらなかった。これは異空間内にあった、開かない机の引き出しやクイズの木箱と同じ現象だ。
「開かないね……」
 とつぶやくヤマダに、拓馬は手中の時計を渡した。一般人ではこうなる、という手本を見せる役目はおわったのだ。
「この時計の蓋を、また開けてもらえますか」
「うん……」
 ヤマダは拓馬と同じ手順をふみ、簡単に蓋を開けた。あらわれた盤面の針は現在時刻でない時を指し示している。それを見たヤマダは懐かしそうに、ややさびしそうに眉を下げた。シドは不可思議な現象を解説する。
「私の試験は単純明快。術のかかった道具に試験者がさわり、術効果をなくせば合格でした」
「普通の人は、開けられないわけね」
「はい。この試験に合格した者の多くは……私が対象との接触に手間取ったり、満足な術をかけていなかったりして、術効果がきれた状態でふれた人ばかりでした」
「それ、わかっててやってたの?」
 冷静沈着な男性が微量のうろたえを見せた。言外から想像しうる指摘におどろいている。
「……試験に意味がない、ということですか?」
「うん、先生の話を聞いてるとね、そうやってたまたま運がわるかった人をえらんでた、って感じがした」
 ヤマダがうつむき、うっすら口角をあげる。
「先生は……やっぱり気がすすまなかったみたいだね」
 彼女は時計のふちをなで、その盤面を見つめる。
「試験なんてせずに、手当たり次第連れていっちゃえばいいのに……なにか理由をつけて、すこしでも被害者をへらそうとしてた……学校の教師になったのも、牛歩戦術みたいな結果の引き伸ばし目当てだったんじゃないかな?」
「そう、ですね……私は主命にさからえもせず、順調に使命をまっとうしようともしませんでした」
「あるじさんはよく文句を言わなかったね」
「信頼を、されていました。おそらく、同胞の中で一番に……」
 シドは左手にはめた指輪を外し、卓上の中央に置く。
「この指輪は模倣でつくったものですが……もとの世界では、主が私に大男の姿を与えたのと同時にお渡しになったものです。あの方が多量の力を分け、このような装飾品を贈った亡人は、私だけだと思います。うぬぼれかもしれませんが、私はあの方にとても目をかけられていたようです」
「いちばん、愛されてたんだ?」
 ヤマダがくだけた表現をすると、語り手はやさしい顔つきになる。
「私は、そう思っています。だから、主の思いに、応えようとしていました」
 自分が慕う者から期待されている──その自信が、彼の心にそぐわぬ行為を推進させていったらしい。
(けなげ、だな……)
 つくづく、仕える主人が穏当な性格であればこんなことにならなかった、という残念さが拓馬の胸にこみあげてくる。
「それで、そのあるじってやつの命令は無視していても、先生は平気なのか?」
 相手が答えにくいことだと承知のうえで、拓馬はたずねた。主人への反意をいだく者は意外にも快活な笑みを見せる。
「心苦しくはあります。ですが、主命を遂行することにも同等の苦しみを感じます。でしたら、ちがう試みをしていってもよいと思うのです」
「事がバレて、あるじに怒られても、先生は傷つかないか?」
「わかりません。ただ……貴方たち人間が傷つくこととくらべたら、微々たる損害です」
「ずいぶん人間びいきな考えだな……」
「この世界に長く滞在した影響ですね。主や同胞と距離をへだてた活動をして……価値観が変わってきました。私のすべてだと思っていた仲間たちがいなくとも、私は私として成り立っている、と……」
 卓上の指輪が持ち主の指へもどる。その指輪は彼と主を精神的につなぐものだ。それがあるかぎり、シドは同胞と完全に縁を切るつもりはないのだと知れる。
「自分は自分、と思ってても、指輪をなくそうとは思わないんだな」
「はい。私は主を見捨てるつもりはありません。ともに納得のいく生き方をさぐりたいと考えています」
「それって、先生があるじと正直に話し合うってことか?」
「そのつもりです」
 おそらく成否を一度で決めねばならぬ議論だ。相手は人間の死に無頓着な者。その感覚は仲間であっても共通する危険がある。忠実な手下が自身の欲求を果たさなくなったと知った時、切り捨てにかかるかもしれない。その未来を感じ取った拓馬は遠回しに会話を継続する。
「……いつごろの話になる?」
「オダギリさんの件が落ち着いたあと、としか、いまは言えません」
「そっか……まあそうだよな」
「私が主と会うときは貴方たちにも伝えましょうか?」
「そうしてほしい。そうすりゃ、先生に万一のことがあって、こっちにもどれなくなっても……あきらめはつくから」
 これまでまともな意志疎通をはかってこなかった二人のことゆえに、話し合いが穏便にいくとは拓馬には思えなかった。その不安がシドにも伝わったらしく、彼は神妙に自身の指輪を見つめる。
「私の告白によって、主は心をゆさぶられるでしょう。その後の展開は、予想がつきません。逆上して、私の抹殺を同胞に命じるか……悲嘆して、主がご自身や同胞の存在を消滅しようとするか……そのとき、私は、こちらの世界にこなくなるかもしれません」
「ああ……そうならない、って保証がないからな……」
「なるべく早くに主を説得しようかと思っていましたが、慎重にそなえたほうがよさそうですね」
 早期に暴挙を止める必要があるのもたしかだ。いらぬ心配をあおったかもしれない、と拓馬は若干の悔いを感じた。
「大事なことを気付かせてくれて、ありがとうございます」
「あ、でも、あんまりのんびりしてるのもな……」
「はい、こうしている間にも、私以外の同胞が人をおそうかもしれませんからね。それは念頭に置いておきます」
「いまは金髪の復帰が優先、だな」
「そうです。私が罪滅ぼしをさせてもらえる、数少ない被害者ですから。貴方たちにも報いる方法があればよいのですが……なにか希望はありますか?」
 ようやく拓馬たちへの謝罪の念がはっきりと話題にのぼった。拓馬は満を持して「とくにない」と言い放つ。
「先生がやろうとしてることを、きっちりやってくれればいいよ」
「欲がないですね……オヤマダさんはどうです?」
「わたしは……先生の用事がないときでいいんだけど、稽古をつけてほしい」
 ヤマダは大真面目だ。あらゆる武術をたしなむという男性は「武術の、ですか?」と確認した。ヤマダがこっくりうなずく。
「うん、やっぱね、わたしよわっちいもん。もうちょっと先生相手にねばれるようになりたい」
「最終目標は私に勝つことですか?」
「それはムリだね。だって寿命がたりないじゃない」
 ヤマダは笑顔で答えた。対するシドは「そんなことはありません」と真顔で言う。
「貴女も異界で鍛錬すればよいのです。あちらにいる間はこちらの時間がすすまないはずですから」
「えー、わたしがあっちに?」
「イヤですか」
「イヤじゃないよ。先生といっしょならどこでも行ける。でもわたしはあぶない力をもってるのに、行っていいの?」
「いますぐ、は不安ですね。もうすこし、自衛の手段を体得したあとにしましょう」
 予想外にヤマダの異界行きが決まった。拓馬は大丈夫かと案じるかたわら、精神体の異界の生き物が見えない彼女にはちょうどよい体験だとも思う。
(そのついでにシズカさんの猫みたいな仲間ができりゃ、安泰だな)
 ヤマダは人外が見えないのに人外に好かれる体質だ。こちらの世界にとどまるかぎり、本当の意味での自衛は不可能。拓馬は二人の決定をだまって了承した。

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posted by 三利実巳 at 21:33 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年09月04日

拓馬篇−終章4 ★

「わたしかシズカさんみたいな人をさがしていて……それで先生たちはどんないいことがあるの?」
「私も知らされていないのです」
 ヤマダは目を丸くした。悪事の動機をよくわからずに犯行をかさねていた、という盲信的な事実に耳をうたがっているようだ。しかし拓馬はその自白を信じる余地がある。
「エリーも同じことを言ってたな」
「わたしがねてたときに聞いたの?」
「ああ、お前に伝えてなかったけど……」
「赤毛さんは聞いてた?」
 赤毛──拓馬が忘却していた存在だ。本物の悪党らしき人物は気になる予想を立てていた。
「そういやあいつ、お前とシズカさんの力の使い道を言ってた」
「どう使うの?」
 赤毛が例え話にあげたものは、あの時拓馬たちが捜索していた白い狐だ。当時の狐は生死のない状態におちいっていた。それがあちらの世界の犯罪者を罰した状態と同じだという。その状態を正常化させる人間がシズカたちだ。しかしヤマダは狐がどんな状態だったか知らない。彼女がわかりやすい説明はないか、拓馬はなやむ。
「なんて言えばいいか……あ、校長室にいた武者の霊をおぼえてるか?」
「うん、武者のおじさんね」
「あいつ、お前がさわるまで固まってたよな。異界にはそういう状態の人が集められてる場所があるらしいんだ」
「なんで固まった人を集めるんだろ?」
「極悪人は死んだらまた悪人に生まれ変わる、とかなんとか信じられてるんだとさ。それで悪人を生き返らせないように、ずーっと固めたまんまにしとくらしい」
「へー、犯罪者を保管してるんだね」
「悪人連中をめざめさせれば一波乱起こせるって話だが」
「その線はあるの?」
 ヤマダはかるい調子で仮説段階の推論をシドにたずねた。彼は「どうでしょうね」とあいまいな返事をする。
「そのような囚人の収容所を突き止めろと命じられたことはありません。私以外の同胞が探っているのかもしれませんけど、私が知りうるかぎり、囚人の解放の可能性は低いかと思います」
「そっか……ほかに、わたしを利用できることはある?」
「あります。言い伝えが真実であるなら、そちらのほうが汎用性が高いでしょう」
「どんなことができる?」
「のぞみをなんでも叶えられる……そんな装置を使えるそうです」
 夢のような装置だ。そんなものが異界にあって、シズカもあつかえるという。そうでありながらなぜ彼は地道に不穏分子を対処しているのだろう、と拓馬は疑問がわく。
「それをシズカさんが使えるってんなら、こっちで悪事をはたらくバケモノ連中を出禁にしたらいいんじゃないのか?」
「彼は使わないのです。使用時の代償をおそれています」
「どういう代償?」
「世界が不安定になる……といいます。天変地異が起こりやすくなったり、凶暴な化け物が増えたりするとか」
「あ……それはハタめいわくだな。シズカさんが使わないのもわかる」
「はい。使用者には害が直接およばないところが、厄介な仕組みだと思います」
「自分さえよけりゃいいって考えのやつには格好の装置なんだろうな……」
「そうですね……私たちの種族には被害がありませんし、かえって活動しやすくなるそうですから、わが主がお使いになることに抵抗はないかと」
「さっき言った『凶暴な化け物が増える』ってのは、先生たちのことか?」
「それもあります」
 つまるところ、シドとその仲間たちにはメリットばかりの装置の利用、が彼の人捜しの終着点である可能性が高いようだ。
「なにかねがいごとをして、その反動で仲間を活発にさせる……のが最終目的か?」
「確証はありませんが、その方法がもっとも理にかなっていそうですね。主は私のような手駒を増やしたいとお考えのようですし」
「先生はそうしたいと思うか?」
 化け物の代表格たる人物は困り顔で「どうとも言えません」と言う。
「まことに同胞たちが皆、外の世界へ行きたいとのぞんでいるなら……かなえたいです。ですが、ネギシさんの推測通りの手段をとるべきだとは思いません」
「先生ならどうする?」
「同胞の自我がはっきりするまで、待ちます」
「待つ……って、ようはなにもしないのか?」
「自我を確立する手助けはしたいと思います。現時点では模索段階ですが……」
「ヤマダを向こうに連れていくってことはないんだな?」
「はい、オヤマダさんの力を悪用するつもりはありません。その力をだれかがねらうのも私が阻止する考えでいます」
 その一言が聞けて、拓馬は肩の荷が下りる思いがした。ヤマダは人外に興味をもたれやすいが、その対抗手段が彼女にも拓馬にもない。守ってくれる者が増えれば心強いのだ。
「それはたすかる。こいつ、ヘンなのに好かれやすいからさ」
「貴方たちが異空間で会った人物も、オヤマダさんのことを気にかけていそうです。しばらく警戒しておきましょう」
「あの赤毛か?」
「はい、たとえ捕まってもオヤマダさん相手なら丁重にあつかってくれるとは思いますが」
「あいつのこと、どういうやつだか知ってるのか?」
「簡単に言うと……いわゆる、西洋のドラゴンですね。英雄譚でいえば、主人公である勇者の敵役になるような存在です」
「やっぱわるいやつなのか」
「そうとも言えません。悪評は立っていますが、実際に人を害した記録というと、あまりのこっていないようです。その主人が二代目の魔王とよばれた方でして、こちらは不穏な呼び名に反した人格者だったそうです。この魔王の命令を忠実に聞いていた竜だといいます」
「マオウ? なんかおとぎ話じみてきたな」
「はい……その魔王は私の時代だと亡くなっています。もう、過去の話です」
「手綱を引いてくれるやつがいないとなると、あの赤毛がどううごくかわからないんじゃ?」
「無意味に人を傷つけることはしないと思います。幼少期から養育された竜は、そういった主人の言い付けに縛られて生きていく生き物だと聞きますから」
 忠犬のような特徴だ。亡き主人の影をずっと追いかけているのだと思うと、あの赤毛もあわれなやつだと、拓馬に同情心が芽生える。
「思ったより、情の深いやつなんだな……」
「その竜のこと、くわしく知りたいですか?」
「いや、もういい。いまは俺らに関係あることを……そうそう、金髪っていまはどうなってんだ?」
 この問いには複数の意図がある。もし目覚めてから日数が経過したのなら、彼は現在なにをしているのか。もはや拓馬たちへの報復は考えていないのか、といった危険性の確認。もしまだねむっているのなら、どのように起こすのか。そして覚醒後の彼の危険性はどう解消するか、といった手段の確認だ。
「現在は昏睡状態で、まもなくシズカさんが目覚めさせる手筈になっています」
 金髪はこれから活動をはじめる。そうと知った拓馬は質問内容を絞る。
「あいつ、元気になったらまた俺たちや先生にケンカふっかけてくるんじゃ?」
「その対策として、彼の記憶を部分的に思い出せなくさせる予定です」
「そんなことができるのか?」
「貴方が会った白い服の男性ならできます。その際に異界のとある道具を使うのですが、こちらの世界では精気で捻出した贋物を使わざるをえず、効力はだいぶ落ちるそうです。うまくいく確約はできません」
「セイキ……でつくる、ニセモノ?」
「精気とは私たち異界の者の生命力だと思ってください。その生命力をけずることで、姿を実体化したり、なにもないところから物を生み出したりします。先日ネギシさんが痛い思いをしたナックルも、私が精気で創りだした武器です。本物は、異界にあります」
 拓馬はナックル攻撃で負傷していた部位をさすった。シズカが上げてくれた防御力を贋物でも突き破ってきたのに、本物ならどれだけの威力になったのだろうと思うと、ぞっとする。
「あ、うん……だいたいわかった。こっちの世界だと道具の性能を完全再現できないってことか」
「そうです。記憶を封じる効果がはやく切れてしまうおそれはありますが……オダギリさんの場合はその特性を逆手にとるつもりです」
「わざと思い出させるのか?」
「いえ、わすれたままでもかまいません。ただ、その状態では本人が不満に感じると思われます。失った記憶を取りもどすのを見返りとし、私との同行を彼が希望する方向へ誘導しようと考えています」
「なんかむずかしそうだな……あいつ、頭いいんだろ? フツーに言ってもこっちが思ったとおりにうごいてくれなさそうなんだが」
「その心配はごもっともです。私も順調にいくとは考えていないので、その都度やり方は変えていくつもりです。シズカさんにいくらかフォローしてもらいますし、おそらく貴方たちの協力も必要になるかと思います。しばしお付き合いを願えるでしょうか?」
 拓馬はヤマダと顔を見合わせる。
「俺はかまわないけど……お前はどうだ?」
「わたしもいいよ。でも金髪くんのほうがわたしをイヤがると思う」
 彼女はいつぞやのプロレスごっこの一件を言っている。あれで金髪にトラウマを植えつけた自覚があるのだ。その場にいなかったシドは事情を知らないはずだが、彼は「その心配はいりません」と言う。
「オダギリさんには皆さんのこともすべてわすれてもらいます。しばらくは初対面の者同士のように接してよいかと」
「うん、だったらだいじょうぶだね」
 直近の計画が決まった。これで金髪の件はみなの納得がいっている。
「なんかほかに聞くこと……」
 拓馬はヤマダの書いたメモ用紙に注目した。聞きだせた内容は文頭にペケが書かれてある。話の最中に彼女がチェックしたのだろう。未着手の質問のうち、重要性の高いものは──
「あ、須坂のことを聞いてないな」
 メモには「美弥をストーキングした理由」と直球な文が書いてある。書いた本人が「ホントだね」と他人事のように言う。
「美弥ちゃんと先生ってけっこう接点があったと思うけど、これまでの話題でかすりもしなかった。どうして?」
 回答を想定しなかった質問らしく、シドは窓に顔をむける。窓辺の猫はうすく開眼したが、すぐに寝顔にもどった。

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posted by 三利実巳 at 20:55 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年08月27日

拓馬篇−終章3 ★

3
 シドが才穎高校へ再就任する方向で話が落ち着いた。ヤマダはさっそく「いま校長に言ってみたら」と催促するが、教師はこばむ。
「いえ、まずは双方の疑問を解消しましょう。そのうえで貴女たちが私をそばに置いてもよいと思うのか、たしかめたいのです」
「先生の疑問って……わたしたちが先生の裏の顔を知って、どう感じたかってこと?」
「そうです。私はさきほど、自身が犯した罪を告白しました。それを知ってなお、私の復職を希望する理由はなんですか?」
「先生がほんとうはわるい人じゃないと思ってるから、だけど……」
 彼女の本心は拓馬も感じている。しかしその信頼がなにに依拠するものか、相手方には伝わっていない。
「でも、勝手にわたしがそう思いこんでるんだよね。先生がどんな気持ちでそうしてきたのか、知らないから」
 願望にも似た思いこみをヤマダが自覚した。意図した話題に誘導できたシドはうなずく。
「私を知るために貴女が必要だと思う情報を、引きだしてもらえますか?」
 ヤマダが拓馬の顔色をうかがう。
「タッちゃんからの質問は、どうしようか?」
「順番なんか気にすんな。俺は自分のタイミングで聞くから」
 実際、ヤマダによる質問の話題の中に拓馬の問いを織り交ぜていた。そういった自由な形式でよいと拓馬は思った。
「……じゃ、つっこんだことを聞いてくよ」
 ヤマダがシドに向き直る。
「先生はあるじって人の言うとおりにしてきたんだよね?」
「はい、どんなことも手をくだしてきました」
「先生がやりたくないと思うことを、いっぱいしてきた?」
「……はい」
「よく、ずっと耐えてきたね」
 ヤマダは子どもをさとすようなやさしい口調で言った。気遣われた大人はヤマダから視線をそらした。そのいたわり方を予想だにしなかったために、困惑しているようだ。
「どうして我慢してきたの? あるじさんが、こわかった?」
「いえ……恐怖に縛られての従属ではありません」
「じゃあ、あるじさんが好きなの?」
「その表現が近いと思います。私の記憶がはじまった以後、私をふくめた同胞はみな主を慕いました。なんの疑問ももたず、主の指示にしたがうのを最良の行為だとみなしていたのです」
「そう……生まれたときから、あるじさんの言うことを聞くのが当たり前だったんだね」
「愚かだとお思いでしょう?」
「ううん、その環境じゃ、だれでもしたがっちゃうと思う」
「なぜ、そう思うのですか?」
 その問いと同時にシドがヤマダを直視した。温厚な教師の目つきにするどさが見え隠れする。安易な同情か否かを見極めるつもりらしかった。ヤマダはカップを両手でつつみ、器の中の茶を見る。
「わたし、これでも小さいころはいろんな習い事をしてたの。生け花だとか、お茶だとか、ずいぶん昔の女の子らしいお稽古は、ひととおりね。なんでわたしがそういうことをやってたと思う?」
「……家族が、すすめたのですか?」
「うん、どれもお母さんがわたしに習わせたことだよ。わたしがやりたいと言ったおぼえ、ないんだけどね」
 ヤマダは拓馬に視線をやって「タッちゃんもだよね?」と聞く。
「格闘技を習ったきっかけは、親のすすめ、だったよね」
「ああ、父さんがな……むかし自分が習いたくてもできなかったからっつって、俺にやらせたんだ」
 べつにイヤじゃなかったけど、と拓馬は自分の意思を表明した。その思いは、この会話に関わる要素だと感じたからだ。
「うん、わたしも、お母さんがかよわせてくれた習い事はきらいじゃなかった。でも、イヤなことはひとつおぼえてる」
 ヤマダが手中の茶をぐいっと飲んだ。半分減った茶を、あらためて見ている。
「タッちゃんが格闘技をやってるのを見たら、わたしもやってみたくなった。それをお母さんに言ったら、ことわられちゃった。『ケガをするからダメ』って……だったらタッちゃんはどうなの? って聞いたら、タッちゃんは丈夫で強いからいいんだって。そんなの、体の弱い人が丈夫で強くなるためにやったっていい習い事なのにね。いま考えたらヘンな理由だけど、そのときはあきらめるしかなかった」
「親の言うことが絶対……だったのですね?」
 シドの目にヤマダへの猜疑がなくなっていた。
「そうなの。結局はジュンさんやタッちゃんが戦い方を教えてくれたから、まったく格闘技が学べなかったわけじゃないけど……でも、小さいときはすごーくかたよった価値観で生きてたの。親が世界のすべてって感じで。そういう子どもの時期って、だれにでもあると思う」
「私も、盲目的に親にしたがう子どもであったと言いたいのですか?」
「うん、同じだと思う」
 ヤマダは年長者を幼子と同一に見る。そんな変わった視点を持つ者が顔を上げる。
「先生は、親の言いなりになる時期がとっても長かった。いまやっと反抗期に入ったとこだね」
 外見的にも実年齢的にも成熟した大人を、成長過程にある未熟者だと断ずる──そんな言い方ができるのはヤマダだけだ、と拓馬は彼女の特異性を感じた。
「先生は心がどんどん成長していってる。もう、むかしのようにはならないよ」
「私が心を入れ替えたとしても……罪深い私が安穏と生きるのを、貴女は不服には思いませんか?」
 真剣なまなざしで罪人が問う。対する感性の特殊な女子は首をかしげる。
「被害者がのぞんでるんだったら、いいじゃない」
「それは私の被害を受けた人のひとりが希望したことです。貴女の意思とはちがいます」
「わたしも先生が教師をやっていけばいいなぁと思ってるよ」
「どうしてです?」
「わたしや校長やサブちゃんとか、先生を気に入ってる人がたくさんいるから。ほんの数ヶ月いて、これだけ好かれる先生って、なかなかいないと思うよ」
「……わかりました。貴女がそのように評価するのであれば、その言葉を信じます」
「『信じる』って、そんなおおげさに言わなくていいんだけど……先生は自分のこと、教師むきじゃないと思ってる?」
「はい、最初から貴方たちをだますつもりで就いた職務です。よこしまな理由でえらんだ仕事が適職だとは思えません」
「そうは言うけどね、けっこう就くまでがたいへんでしょ? 何年も勉強したりスクールにかよったりしなきゃいけない。ホントにむいてない人はそこでもう挫折してるよ」
 潜伏時の職業選択が話題となり、拓馬は気になった質問をはさむ。
「そういや、なんで教師になろうと思ったんだ?」
「私がこちらでお世話になった人がすすめました。その人のお子さんがたまたま教師をめざしていて、その教材を再利用させてもらったのです」
「へえ、そういう縁でか」
 身近にあった選択肢が教師だった、というのはしごく単純な成り行きだ。その疑問は解消できたが、またあらたに謎は生まれる。
「でも先生に偽装の職業なんて必要あったか? 姿を消して、活動できるのに──」
 人さらいをするだけなら、こちらの人間として潜伏しなくてもよい。異界の生き物はねらった対象に気付かれることなく、接近できるすべがあるのだから。ただ、その手段が通用しない相手がいる。
「もしかして俺みたいな、見えるやつをねらってたのか?」
「はい、ネギシさんのような方も捕獲対象に想定していました。精神体の者が見える人は、あちらの世界とつながりを持っている可能性が高いので」
「むこうの世界とつながりがあるってことが、大事なのか?」
「はい、おそらくは……オヤマダさんのような力を持つ方は、あちらの世界と縁故があるはずです。その力はこちらで役に立つ機会がありませんし」
 あちらでどう役に立つのかも拓馬たちは明確に知らされていない。そのことをヤマダが問いはじめた。

posted by 三利実巳 at 09:00 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年08月23日

拓馬篇−終章2 ★

 飲食店への集合時刻は午前九時。拓馬はその五分前に到着した。店内を見回したところ、四人から六人掛け用のソファ席に、ヤマダと銀髪の二人が向かい合っていた。
 三人がすわるテーブルにはコップが三つある。現実の学内では常人に見えなかった少女も、いまは実体化しているらしい。
 拓馬と少女の視線が合う。彼女はとなりの銀髪仲間になにごとか告げ、そこからシドがヤマダに話した。するとヤマダが席を立ち、拓馬に近づいてくる。
「タッちゃんの分のドリンクバーはもう注文したよ」
「じゃあ取ってくるか」
「うん、話しこむまえに飲みものを確保しとこう」
 二人はドリンクコーナーへ向かった。拓馬はプラスチックのコップに氷と冷たい茶をそそぐ。一方でヤマダは十種類以上あるティーパックを品定めする。彼女の支度は時間がかかりそうだと拓馬は判断した。それゆえ一足先に、待ち人のもとへ行った。
 拓馬は「みんな早いな」とシドへ声をかける。彼は温和に「ほかにすることもなかったので」と答えた。その様子は普段と同じ。先日の騒動に対する引け目は感じられなかった。
 しかしながら、彼の謝罪はすんでいない。律儀な人物らしからぬ態度だと拓馬は思う。
(この話のどこかで、あやまるのか?)
 拓馬たちがシドを許す許さないを決めるには、彼がどうして問題行為にいたったのか知る必要がある。その説明がすむまではだまっておくことにした。
 のちに座るヤマダのことを考え、窓側のソファへつめる。すると窓のへりに白黒の猫がいた。いつぞや会った、老翁のような口調の猫と柄がそっくりである。おそらく同じ猫だ。
(シズカさんの猫か……)
 老猫はねころんでいる。飲食店内に動物がいても客は無反応。シズカの宣言通り、姿を消した状態のようだ。銀髪の二人も猫が見えるはずだが、猫には無頓着。拓馬も彼らにならい、猫をいないものとしてふるまうことにした。
 ヤマダが湯気の立つカップを持ってきた。そろそろ本題に入ってよい頃合いだ。しかし拓馬は「なにから聞いたもんかな」と迷ってしまった。シドが秘匿してきたことは多大にある。そのどれに優先順位をつけるべきか、質問の場をむかえても決めかねた。
 ヤマダは拓馬のとなりに座った。そしてズボンのポケットからたたんだ紙を出す。
「先生に聞くことリストを書いてみたよ」
 広げた紙には箇条書きに文章がならぶ。質問項目が十個はあるだろうか。
「そんなに準備してきたのか」
「雑談みたいな質問もまじってるけど……タッちゃんの好きなように聞いていって」
 拓馬は出たとこ勝負でやってきた。行き当たりばったりな自分が話の主導権をにぎるにはふさわしくないように感じる。
「お前が聞いたらいいんじゃないか?」
「じゃあ交代で聞いてく?」
 彼女もあまり会話をグイグイ引っ張りたがる性格ではない。そのことを察した拓馬は提案を受け入れる。
「そうだな……さきにやってくれるか」
「うん。えーっと、まず目先のことから。先生はこれからどうするの? 帰っちゃう?」
 教師の帰郷先はこちらの世界にはない。その前提は皆が周知しており、拓馬は言葉足らずの問いを補足しなかった。
 答弁者はゆっくり首を横にふって「ここに残ります」と言う。
「私が病院送りにした少年の、生活指導をするつもりです」
「オダさんってよばれてた金髪くんのこと?」
「はい、本名をオダギリといいます」
「その指導は、先生が金髪くんを痛めつけたことへのお詫びなの?」
 シドは返答に窮した。ヤマダはあわてて言い換える。
「あ、責めてるわけじゃないからね。先生が金髪くんにやったこととか、わたしたちにしたことも、蒸し返すつもりはないの」
「わかっています。私が言葉につまった理由は、その答えが一種類ではとどまらないからです」
「金髪くんのためだけじゃないの?」
「はい……異界にいる被害者が、そのような問題を抱えた子の救済をしてほしいと、私に言いつけました。私の罰は……他者を救うこと、です」
 拓馬はその罰の軽さに違和感をおぼえる。
(そんなのですむような犯罪なら、シズカさんに裁かれようとするか?)
 シズカらのやり取りをヤマダは知らない。それゆえヤマダは「意外だねー」と感嘆する。
「先生がやったことって、じつはそんなにあくどいことじゃなかったの?」
「いえ、そんなことはありません」
 のんきな問いには断固とした否定が返ってくる。
「私はその方の家族をさらったのちに、殺害しました」
 今度はヤマダが言葉をうしなった。拓馬もまた、背すじの凍る思いがした。相手は人殺しを平然と自白してみせた。人の死に対する感覚が麻痺しているかのようだ。
「私は主《あるじ》の命じるまま、人々をさらいました。そのうえで、さらった者たちが主の欲する力をそなえていなければ、その身を同胞に喰わせました。このとき、ほとんどの者が死に絶えます。ですがある人たちだけ、生き残りました。その人たちとは、こちらの世界に住む人です」
 拓馬たちが沈黙したためか、シドは一挙に解説をする。
「こちらの人があちらの世界へ渡る際、肉体をこちらの世界に置いていきます。そのため偽物の体が損傷しても、生命には大事なく帰ってこられたのです。その精神や精気の面では、無事とは言いがたいですが……ですから、オダギリさんは昏睡状態でながらく入院しているのです」
 彼は目を伏せる。
「私のしてきたことは万死に値します。それでも被害者は私の現在の身分を知ると、怨恨を抑制し、他者の幸福を第一に願いました」
「……先生が教師をやってるからおとがめなし、か」
 拓馬はシドの説明を言い換えた。拓馬の常識では理解しがたい酌量だが、拓馬たちとは比較にならぬほど重度の被害を受けた者が決めたことだ。異を唱える余地はなさそうだ。
「その人もだいぶお人好しだな」
「はい、とてもすぐれた人格を持つ人だと思います」
「でも、なんでその被害者は先生に教師をつづけてほしいんだ?」
「あの方は私のせいで孤児になりました。その生い立ちゆえに、現在は家族と暮らせない子どもへの援助に生涯を捧げています。その経験上、子どもを教えみちびく職業には特別な思い入れがあったようです」
 ヤマダは「どこで教師をやるの?」と問い出す。
「うちの高校は今月で辞めるんでしょ。また才穎ではたらく? それとも金髪くんの世話をしに雒英《らくえい》に行く?」
「雒英は無理かと……私の経歴は変わっていますし、やはり才穎が私の性分に合うと思います」
「自由さで言ったらうちの高校がいちばんかもね。あの校長はもし先生がバケモノだと知っても、あんまり気にしなさそう」
 その推量は拓馬も思わないことはない。校長はおおからな性格、かつ豊かな想像力をもつ。あの中年ならば非現実的な真実を受け入れる器量がありそうだ。
「なんだかんだ言って心は広いし、頭ん中がファンタジーにできてるもんな」
「夢と希望がつまってるおハゲだよね!」
 校長をほめているとも、けなしているともとれる評価を二人は交わした。復職をすすめられた教師はほほえむ。
「貴方たちは校長に敬意があるのかないのか、よくわかりませんね」
 途中からあった物々しい話題がどこへやら、拓馬たちの好き放題な発言は場をなごませた。

posted by 三利実巳 at 23:00 | Comment(0) | 長編拓馬 
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