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2018年01月14日

拓馬篇−1章3

 紅白幕で彩った体育館の中、校長が壇上で演説を始める。彼の目前にはパイプ椅子に座る、初々しい生徒が並ぶ。中年は生徒たちを眺め、声を張り上げた。
「新入生諸君、入学おめでとうございます! 保護者の方々にもお喜び申し上げます。この才穎高校を善良な子たちが選んだこと、大変誇りに思っています!」
 中年は昨日と打って変わって校長らしい言葉を新一年生に投げかける。
「わが校では各自の人格、思想こそが知識よりも重要です。かつて五千円札の肖像にもなった新渡戸稲造は、彼の著作『武士道』で次のように述べました。『知識それ自体を求むべきで無く叡知獲得の手段として求むべきとし実践窮行、知行合一を重視』すべきだと。つまり、得た知識を活かし、行動を起こすことがまことの知恵と言えるでしょう。その行動とは当然、道徳にかなうものであるべきです。これから三年間、貴方たちの美しき人徳と個性を磨き上げ、親しき友を持ち、自由に学びましょう」
 校長の演説はまさに退屈な学長の弁だ。始業式との落差に苦笑いする在校生が何人か現れる。拓馬もその一人だ。隣りの女子生徒が拓馬に小声で話しかけた。
「うまいこと言ってるけど、どうせ恋愛ネタが欲しいのよね」
「千智もそう思うか?」
 前髪をヘアピンで留めた女子生徒はさも当然と言わんばかりに胸を張る。
「拓馬とヤマちゃんを見てる時の顔が違うもの。三郎だってあたしと幼馴染だから……」
「あいつも? モテるけど恋人はいないからな」
「ま、いまのあたしはよその学校の彼氏がいるからノーマークだけど」
「……そういや三郎はどこだ?」
 拓馬は二年三組の列を見回すがそれらしい人物は見当たらない。整列の時は出席番号順で並ぶため、拓馬より番号の若い三郎は前方にいるはずだった。「あ、後ろ」と千智が言う。二年生の最後列に精悍な男子生徒がいた。彼は折りたたんだ白い紙を手にしている。
「在校生代表の挨拶、か…」
「新入生に近い前列で待機したらいいのに。もとの位置より遠いじゃない」
 二人の視線に気づいた三郎が頭を振る。「ちゃんと前を向け」という合図だ。二人はすぐに前へ向きなおった。
「……普通、入学式の祝辞は三年生がやるもんだよな?」
「他人がやりたがらないことをしたがるヤツだし、自分から買って出たのかもね」
 プログラムの祝辞の時間が近づいてきた。マイクを持つ教師が「在校生、祝辞」と言い放つ。三郎が走り、壇の下の中央に設置されたマイクスタンドに向かう。三郎は教師陣が並ぶ壁側を通る。同時に新入生の女子生徒も椅子から立ち、壇下の中央へと歩いた。
 三郎は教師たちの前を静かに駆けていく。その姿を拓馬が追ううち、奇怪な人影が映った。グレーのスーツジャケットの下に黒いシャツを着た長身の男。男は褐色に焼けた肌と灰色の髪を持つ。色素の薄い髪は加齢によるものか、との仮説は間髪を置かず白紙にした。男の年齢は高く見積もっても四十にかかりそうにない。男の髪は体質の影響か、染髪の産物だ。式典に相応しくない黒シャツの存在により、後者の線が濃厚に思えた。この男も三郎を見る。男に最も接近した生徒は異質な存在に気付かない。彼は在校生代表の務めを果たすことで頭がいっぱいなのだ。もしくは見えないのか。
「ねえ……あの銀髪の人って先生かしら?」
 千智も男の姿が見えた。拓馬はほっとする。そして男の目撃証言を思い出す。スーツの男は始業式の時に現れた。二度目の出没となる今、騒ぎがないのは不審者ではない証拠か。
「たぶんそうだ。先生たちがフツーにしてるから部外者じゃないな」
「教師なのに銀髪ってどうなの? あんなに派手にやっちゃっていいのかしら」
「それは本人に聞いてやれ」
 拓馬は千智の不信感を軽く受け流した。拓馬も男の目立つ頭髪を快く思えないものの、この場で議論すべきではないとして黙った。幾人かの生徒の視線も祝辞の主役ではなく、教師が待機するほうへそそがれる。当の本人はその視線に気付かないようだ。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます! 我々は新しい仲間が増えることを心待ちにしていました。初めての学び舎に戸惑うこともあるでしょうが、そのたびに我々を頼ってください。あなた方は同じ才穎高校の生徒です。苦楽を共にし、充実した学校生活を送りましょう。我々在校生一同はあなた方を歓迎します! 在校生代表、仙谷三郎!」
 三郎は深く一礼した。よく通る声と堂々とした所作は、彼が所属する剣道部の活動で培われたものだ。彼の終始毅然とした態度に、新入生代表の女子生徒は少々たじろいだ。進行役の教師は女子生徒の動揺を意に介さず「新入生代表、答辞」と式を進める。女子生徒が紙を広げて話し出した。拓馬はふと教師たちの待機場所を見る。銀髪のスーツ男はなおもいた。男は体を体育館の出入り口へと歩く。まだ入学式は終わっていない。
「また途中退場か……?」
「新しい先生が? 『また』って、昨日もいたの?」
「ジモンが見たらしい。始業式の途中から来て、途中からいなくなったって」
「そう……もうすぐ終わるのになんで待てないのかしら。早く帰りたいのはわかるけど」
 男は体育館の外へ出た。男に抗議する者はいない。彼に気付く者が少数だった。式典参加を全うできない様に、拓馬はまたも男への不信感を抱いた。拓馬の気持ちが晴れないまま入学式は終わった。新入生や保護者などが全員退場するまで在校生は立ちつくす。この後、体育館の片付けがある。それは新一年生のクラスを受け持たない教師も同じだ。紅白の幕や大量に並んだパイプ椅子の片付けなど、複数人で取り掛からねば終わらない仕事だ。
「さーて、一仕事やってから帰るか…」
 拓馬は心のもやを振り切るように、片付けに意気込む友のもとへ駆け寄った。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 23:40 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年01月13日

拓馬篇−1章2

 体育館に全校生徒と教師が一堂に会した。壇上には頭皮の面積の多い中年が立っている。この場では物理的にも立場的にもトップに位置する人物だ。その中年が喋りだす。
「全校生徒の皆さん、春休みは満喫されたかな? 今日からは再び学校生活をエンジョイする時期となった! 一同、大いに学び、大いに交友するように! 以上!」
 中年は簡潔に話を終わらせ、半歩後ろへ下がった。進行役の若い教師が慌てる。
「羽田校長! お話が短くはありませんか?」
 校長が再度マイクに顔を寄せる。
「そうか、ではもう一つ言っておこう。今学期から来る転校生と先生は皆、ステキな人だ! 特に新二年生の諸君、是非とも彼らと親しくなり、心躍らせたまえ!」
 進行役の教師は校長の言葉に呆れ、そのまま始業式を進めた。校長は型破りだが他は至極普通な式典の流れだった。生徒たちは新たに振り分けられた教室へと帰る。大勢がぞろぞろと歩く中、流れに逆らう生徒がいた。拓馬のもとにポニーテールの女子がくる。
「タッちゃん、校長の話聞いた? まーたハゲたことを企んでるみたいだね」
「あの様子じゃ、二年に転校生と先生が来るか」
「どんな刺客が来ようと、わたしたちの信念に変わりはないよ」
 ヤマダは拓馬の肩を叩いた。彼女の信念とは学内で恋愛をしないことだ。二人は親しい間柄だが恋仲ではない。物心ついた時から共にいた兄弟同然の友人だ。ベタな男女の恋物語を好む校長の格好の標的として、なにかにつけ校長との接触がある。
 二人は他愛もない話をしながら二年生の教室へ行く。始業式前に自身のクラスは知っていた。ところがヤマダは他の教室へ入っていく。彼女は黒板に貼ったクラス名簿を見る。それは一度は目を通した印刷紙だ。
「やっぱり、このクラスに転校生は来ないんだね」
「うちのクラスには二人、知らない名前が載っていたのにな」
 ヤマダはさらに別のクラスへ入る。どの一覧表にも見知った名前が載るばかり。
「と、いうことは……うちだけ転校生が割り当てられたんだね」
「校長が『転校生はステキな人』だとか抜かしてたな、きっとそういう狙いなんだろ」
「あの校長、よっぽどわたしらを目のカタキにしてんのかな?」
「メインはお前だ。男友だちが多いから」
「くそう、いっそ男に生まれていれば……」
「そのときは女友だちと変な目で見られるんじゃねえの?」
 校長はとかく生徒に恋愛を奨励する。その目的は定かではないが、校長には重要な行動理念だ。標的となる生徒は恋愛沙汰に関心が薄い反面、仲の良い異性のいる者たちだった。
「うおーい、拓馬!」
 野太い声が廊下から飛んでくる。ひときわ体格の良い男子生徒だ。
「わしらはこっちの教室じゃ、もうすぐ先生が来るぞ!」
 拓馬が「いま行く!」と返事をした。早歩きで自分の教室へもどる。まだしっかり覚えていない自席に着くと、まもなく男性教師が入室した。白髪交じりの中年だ。拓馬たちが見慣れた英語教師がクラス全員に話しかける。
「二年三組を受け持つ本摩だ! 皆、よろしく頼むよ」
 ヤマダ含めた一部の生徒が「はーい」と答えた。
「クラス分けの一覧を見ただろう。このクラスには転校生が二人やってくる! 新しい仲間は授業が始まったら登校する。紹介はその時にするから楽しみにしておくよーに」
 次に本摩は連絡事項が載るプリントを配る。その中に土曜補習の日程があった。補習は週続きだったり隔週だったりと規則性なく行われる。拓馬は今月の補習日を念入りに確認した。
「配布物をもらったら今日は解散! 明日も半日だ。最後の休み気分を味わいなさい」
 本摩が教壇から降りるや否や、生徒が活発になる。脇目もふらずに帰宅する者、友人と話す者、他の教室へ行く者など様々だ。拓馬は鞄を担いだ時にヤマダに話しかけられた。
「ねえタッちゃん、気になったことがあってね」
「なんだ?」
「去年……つっても二学期の始業式ね。新任の先生は校長の話の後にステージに立って、挨拶してたでしょ?」
「ぺーぺーのヤス先生か?」
 昨年の二学期から勤める教師は教員未経験の若者だった。彼は新任早々、一年生の社会科科目を担当した。この新人は、事情があって休職する教師の代替要員だという。しかし拓馬は現在休職中の教師のことを知らない。一年生の一学期中に関わる機会がなかったのだ。
「うん。でも今日、校長は新しい先生が来ると言ってても、先生の挨拶がなかった」
「そういやそうか。転校生みたく授業日から来るんじゃねえか?」
「新任の先生なら、わし見たぞ」
 声も体も大きい男子が会話に入る。二人が他の教室にいた時に声をかけた生徒だ。
「どこで見た……というかジモンはいつ来た? 整列した時にはいなかったような」
「わしはちと出遅れてな。始業式が始まったころに、体育館めがけて走っておった」
「初日から遅刻するか……」
「それはそれ、触れてくれるな!」
 失態をつつかれた生徒は豪快に笑った。ヤマダは首をかしげる。
「ジモンのことだから、教室へ行かずに体育館に直行したんでしょ?」
「ん? それがどした?」
「クラス名簿を見るヒマがなかったのに、よく自分のクラスへ迷わず行けたね」
 言われればそうだ。始業式後の拓馬たちは自分の席がないとわかっている、ほかのクラスにおもむいていた。そこでジモンに会わなかったのは、彼が正解のクラスを一発で引き当てたからだろう。
「あー、ほら、列の最後にワカがおったから、教えてもらったんじゃ」
 ジモンの言う人物は若浜という男子だ。クラスごとに生徒が整列する時は名字の五十音順に並ぶ。そのため、最後のわ音から名字のはじまる彼は列の最後尾にいることが多々あった。
 ジモンは「んで先生のことなんだがの」とヤマダへの質疑応答を短く切り上げ、本題に入る。
「わしが体育館に行く途中でよく知らん先生を見かけたんじゃ。グレーのスーツを着た男の人で、その人も体育館に向かっておって」
「そんな人、見たか?」
 拓馬はヤマダに尋ねた。ヤマダは「わたしは気づかなかった」と首を横に振った。
「その先生は式が終わる前に帰ったんじゃ。だから気付くもんがおらんかったんじゃろ」
 ジモンの言葉に拓馬は引っ掛かる。その男が先生だと断定できる情報がないのだ。
「しっかし、その人が先生とは限らないんじゃ……」
 拓馬の主張にヤマダもうなずいた。ヤマダは自身のリュックサックを担ぐ。
「入学式じゃないから保護者も外部の賓客も来ないし、先生か不法侵入者じゃないの?」
 本摩先生に聞いてくる、とヤマダは駆け足で廊下に出た。拓馬は彼女に同伴しようか迷ったが、ジモンが新しい教師だと談ずる人物への興味がわかないのでやめておいた。遠ざかる後ろ姿に拓馬が叫ぶ。
「俺は先に帰るからなー!」
 わかったー、という返答が廊下に響く。ジモンは「わしも帰るかの」とそっけなく言う。
「ジモンは聞きに行かなくていいのか?」
「授業で会ってのお楽しみにしておくんじゃ」
「そっか……で、カバンは?」
 拓馬がジモン本人とその机を見て、荷物がどこにもないのを確認する。
「ない! 授業も弁当もないからの。おかげで全力疾走できたわい!」
 拓馬は豪快なジモンに「プリントを持ち帰る用意はしとこうな」と忠告した。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 23:59 | Comment(0) | 長編拓馬 

2018年01月12日

拓馬篇−1章◇

 けたたましい音が鳴る。耳をつんざく高音域だ。その音色が少年の覚醒をうながした。
 図体の大きい少年は微妙に赤のまじる黒い視界のなかにいる。周囲の状況が目視できない。直感をたよりに腕を頭の上へとうごかした。
 室内に響く音と視界の色は早朝の合図だった。そのように習慣で身についた感覚が理解している。音の出所は頭上に位置することも、体がおぼえていた。
 動員した手に固い感触が伝わる。その物体のわずかな凹凸の部分をさぐり、手のひらで押さえた。音がやむ。少年は騒音がなくなったことで一安心した。
 少年は音の発生機に手をついたまま、体を横向きにする。
「学校に、行かんと──」
 登校の意思に反して体は休息を続ける。眠りの誘いに抵抗できず、少年の動きは静止した。
 あわただしい足音が近づいてきた。ふすまを勢いよく開ける音が間近に聞こえると、少年は本能で危険をさとった。
「また二度寝して!」
 せっかちな肉親の声だった。直後に冷たい液体を顔に吹きかけられる。二度、三度と噴霧攻撃を受ける。少年は触感による覚醒を余儀なくされた。手で顔をぬぐい、ようやく目を開ける。目の前には普段着姿の母親がいる。少年とは似ても似つかぬ細身の中年だ。彼女はタオルを息子の顔に投げつける。
「顔ふいて! 洗面所にいく時間だってもうないよ!」
 どうも寝過ごしたらしい。少年は遅刻の可能性を感じながら、母の命じるとおりに顔をごしごしふいた。手をおろすとタオルがパッと取られる。空いた手に白いワイシャツが落とされた。学校指定の衣服だ。
「制服に着替えて! そのシャツのうえから着れるでしょ!」
 少年は上体を起こした。着ていた半袖のシャツはそのままに、制服の袖を腕に通す。無我の境地のていでボタンをちまちま留めていると「移動中にやりな!」と今度は制服のズボンを投げ渡された。母はさすがにパンツ一丁姿の息子は見たくないらしく、廊下へ出る。
「今日は授業ないんだろ? 手ぶらでダッシュして行きなよ」
 母は霧吹きとタオルを回収し、一階へ降りていった。少年は部屋着のズボンを布団のうえに脱ぎ捨て、制服を着た。この格好で登校しても見た目には問題ないが、まだ不足がある。母がくれなかった靴下や制服のジャケット等を身に着ける。ふすまを乱雑に閉めてから自身も一階へ降りた。
 一家の台所へ入ると母がいた。野菜や果物を細かく砕くジューサーの片付けをしている。そういった添加物のない野菜ジュースは美容によいと聞いてからは定期的に作っているのだ。見てくれの善し悪しに頓着のない少年には関心のうすい努力だった。自分の母親が美人か不美人なのかさえ、よくわかっていない。
「かーちゃん、メシある?」
 とっとと行け、と言われるのが順当であったが、一応たずねる。母は泡のついた手で、食卓にある透明なコップを指差した。コップの中には不透明な薄緑色の野菜ジュースが入っている。量にして缶ジュース一本分あるかないか。これを朝食として飲めとの仰せだ。
「わしにゃ足りんよー」
「帰ってくるまで我慢しな」
 なにも口にしないよりはいい。少年はひと息に母お手製のジュースを飲む。甘い風味からはバナナやリンゴが入っていると感じた。天然の甘さが野菜類の青くささを消していて、飲みやすかった。
「ごちそーさん!」
 コップを食卓へ置いた。すぐに台所横の勝手口で靴を履く。ここが玄関だ。家の正面は一家が経営する飲食店の出入口になっている。室内側に掛けたのれんをくぐり、外へ出る。いってらっしゃい、という声が聞こえた気がした。その声は少年が定刻通りの登校をする際と同じ調子だった。
 少年は町中を駆けていく。体を動かしていると頭も連動する。
(時計……見んかったのう)
 現在の時刻は不明だ。彼は目覚まし時計に触れていながら、その盤面をちらりとも見ていなかった。いまこの時点ですでに遅刻しているのか、急げば間に合う程度の余裕はあるのか、はっきりしない。
(時間を知っておっても、どーにもならんか)
 どちらであろうと走らねばならぬ状況は同じだ。少年は雑念を払い、疾走に注力した。
 学校に近づくほどに少年と同じ制服を着た若者は増えるはずだが、一人も登校中の生徒を見かけない。少年はいよいよ自身の窮地を実感しはじめた。しかし生来のおおらかさが焦燥感を抑えこみ、走力のパフォーマンスを崩すことなく校内に入る。
 屋内には静けさがたちこめる。その静寂はすでに始業式が開始したことを示していた。少年は教室には寄らず、式場である体育館に向かうことにした。なるべく足音がうるさく響かぬよう、注意しながら走る。体育館への曲がり角にさしかかったところ、前方に人影を見つけた。灰色のスーツを着た大人の男性だ。
(この人も遅刻か?)
 始業式に用のある者は生徒と教師の二種類に限る。男性のいでたちは教師のようだが、少年に見覚えはなかった。
(なんでもいいや、とっとと入る)
 小事にこだわらない少年は男性を警戒せず、後を追うように接近する。男性は体育館の鉄扉を開いた。人ひとりが通れるすきまを空けたまま、中へ入らない。少年は男性の行動を不思議に思いつつ扉に近づくと、男性が後ろを振りむく。
「お先にどうぞ」
 男性が人の良さそうな微笑で言う。
「静粛にお入りください」
 他人に静けさを求めるにふさわしい小声だった。少年は落ち着きのある男性に信頼感をいだく。地声の大きい少年は小声での応対が苦手であり、こっくりうなずいた。言われるままに体育館へ入る。館内はスピーカーを通した教員の声がこだましている。整列する生徒の数名が、少年のいる扉のほうへ視線を向けた。少年は生徒の視線を意に介さない。
(どの列にならぶか……?)
 同学年の知り合いがいる列を探す。列はクラス別に並んでいるようだが、この際学年が合っていればいいと考えた。
 少年は同年の友人を発見する。足音を忍ばせ、列に加わった。乱れた呼吸をなるべく周囲にもらさぬよう調整しつつ、目的を果たした達成感を胸に秘めた。
 しばらく教員のスピーチに耳を傾ける。次第に入館前に会った男性が気になり、教師が立ちならぶ壁際を見やる。灰色のスーツ姿の男性がいた。彼は教師陣にまぎれている。
(やっぱり先生か)
 少年は合点がいった。そのまま新任らしき教師を見ていると、彼は教師の一団から離れていく。鉄扉を開け、姿を消してしまった。
(遅刻で早退?)
 その行為は休みがちな怠け者のようだ。しかしそんな不真面目な人には見えなかった。少年はあの教師になんらかの事情があったのだと思い、式典にふたたび意識を向けた。

タグ:拓馬
posted by 三利実巳 at 23:55 | Comment(0) | 長編拓馬 

2017年11月20日

拓馬篇−1章1

 複数の机と椅子が整列した教室があった。そこに四人の若者が鎮座する。教卓には四人を見張る白髪まじりの中年が一人いた。中年へ、もっとも体格のよい男子が話しかける。
「先生、どこまで書いたら帰らせてもらえるんじゃ?」
 男子の口調は年寄りじみていた。これが彼のクセだ。中年の教師は苦笑する。
「半分は埋めてくれ。これも作文の練習だ」
「半分かぁ。きついのう」
 男子は机にひじをつき、頭を抱えた。長い髪をポニーテールに結った女子が「簡単だよ」と男子に言う。
「書く内容は決まってる。『もうしません』とか『迷惑かけてごめんなさい』ってことをいろんな言葉で書けばいい」
 反省文はそういうもんなんでしょう、と女子が教師に同意を求める。教師は「極論は、な」と歯切れ悪く肯定した。
 四人の生徒は一ヶ月前、他校の生徒とのいさかいを起こした。原因は他校の不良が不当にデパート内の一画を占拠したことにある。そこの職員と利用客が不良の存在に耐えているとの情報を生徒たちが得て、乱闘を起こすにいたった。怪我人こそ出なかったものの、同じことが繰り返されては教師一同が困る。それゆえ生徒たちは先月に校長の呼出しを食らった。だがその時点では正式な罰を与えられなかった。ポニーテールの女子が、校長の弱点をたくみに利用したせいだ。
 あれから一月を経た校長はなにをきっかけにしたのか、もう一度乱闘に加わった生徒たちを招集した。あらためて事件を反省させるつもりだ。今回は逃げられない、と監督の中年に宣言された生徒たちは「反省文」と印字された紙とにらめっこする事態になった。
 三人の会話を聞いていた、二番目に上背のある男子が矢庭に立つ。
「オレは悪いことをしたとは思っていませんよ!」
 男子が肩を怒らせた。教師は興奮する動物をなだめるように声色を和らげる。
「まあまあ、お前たちが他人のために行動したことは俺がよくわかってる。本当に悪いのは人様に迷惑をかけた連中だ。警察が協力してくれないから仙谷たちが打って出た、その正義感は褒めたい」
 仙谷は昂ぶる感情をいくらかしずめた。しかし不満の色は消えない。教師が仙谷に対抗して眉をしかめる。
「だがな、殴り合いでの解決は感心しない。もっと穏便にだな……」
「交渉が決裂して武力行使になったんです。最初から喧嘩する気はありませんでした」
「喧嘩したことに変わりない。そんな危ないまねはやめてくれ。それが俺たち教員のねがいだ」
 仙谷は教師の言い分に納得できず、ますます不服そうな顔をする。
「事前に本摩先生たちに言っていたら、誰か手伝ってくれましたか?」
「それは……難しいな」
 本摩は自嘲ぎみに肩をすくめ、すとんと落とす。
「いまの先生方は平和主義者ぞろい。荒っぽいことは不向きだ」
「じゃあオレ達でやるしかなかったんじゃないですか」
「うーむ……お前たちにピッタリな先生はいたんだが、ケガで休養中なのが悔やまれる」
 本摩は思い出したように腕時計を確認した。次に反省文の進捗状況を見る。
「とにかく反省文を書きなさい。前回、呼出しを食らった時にうやむやになったのを、校長が掘り返したんだ。なにを言おうと逃げられん。早く書いて家に帰るといい」
 仙谷はそれ以上反論しなかった。本摩に噛み付いたところで、問題児の監督という貧乏くじを引いた教師をさらに困らせるだけ。そうはっきり理解できたのだ。本摩自身は生徒視点での利口な対応を説いているにすぎない。
 生徒たちは黙って反省文に取り組んだ。女子生徒が一番に書きあげ、紙面の大半を文字で埋めた反省文を教卓に置いた。
「お、小山田が一番か」
「買い出しを頼まれてるので、はやく書きました。提出した人から帰っていいですか?」
 女子は教師の帰宅許可が下りた。女子が片付けを始めると、一字も書けていない男子が口をとがらせる。
「ええのぉ、ヤマダは作文が得意で」
「書くことがないなら日記みたいに、その日あったことを順番に書いたら? 朝起きてから不良を倒したことまで」
「日記ぃ〜? もう一月も経っておるんじゃ、忘れた」
「手に汗握る格闘シーンも?」
「それは覚えてるぞ! ほんじゃ、やってみるか」
 反省文の作成に進展のなかった男子がやる気を出す。ヤマダは「シメに謝る言葉をつけておいてね」と付けたした。彼女がリュックサックを持って退室する。それきり室内はテスト時間に通じる静けさになる。
 次に反省文を書き終えた者は、会話にまったく参加しなかった男子だ。女子が出ていったこの場ではもっとも背が低く、髪の色がやや明るい。
「根岸、お前が一番の被害者だったな」
 本摩は憐れみ半分、からかい半分に言う。鼻の上にそばかすを浮かべた男子は、仙谷の頼みで不良退治に加わった。今回の騒動は不本意での参加だ。
「……面倒事に巻きこまれるのは慣れてるんで、どうってことないです」
 これといった反省点のない男子に仙谷が「拓馬、怒ってるか?」と控えめに尋ねる。拓馬は首を横にふった。拓馬が書いた反省箇所は、仙谷の誘いを断れなかったことだった。
「お疲れさん、帰っていいぞ」
「その前に質問」
 本摩が「ん?」と眉を上げた。
「なんで本摩先生が見張り役なんだ? 俺たちの担任じゃないのに」
 本摩は拓馬らの学年の他クラスの担任だ。本摩が「これは内緒なんだがな」と声をひそめる。
「来年度からお前たちの担任を任された。若手な先生たちには荷が重すぎる、との校長の判断だ。羽田校長は本気でお前たちの意識改革をするようだぞ」
 本摩は快活な笑みを見せた。その表情を推察した拓馬が二択に絞る。
「『意識改革』って俺らが優等生になること? それとも校長好みの生徒になること?」
 本摩が「どっちかと言うと後者だろう」と冗談めいて答えた。この学校において、一般的な優等生と校長の理想の生徒は一致しない。校長が特殊な信条を持つことは学校中に知れ渡っていた。
 拓馬は「また面倒が増える」と気怠そうに言う。そして居残る生徒を尻目にして教室を出た。現在地は二階。一階の生徒玄関へ向かう。
 階段を降りると踊り場でしゃがむヤマダが見えた。彼女は階下を見つめている。視線の先には一階の廊下があるだけだ。
「おい、どうしたんだ?」
 女子生徒は拓馬の顔を見上げた。長い束ね髪が床につくかつかないかスレスレになる。
「あ、タッちゃん……いま、人が通っていって。それで、お辞儀された」
「お客さんなんじゃねえの? べつに珍しくねえだろ」
「目、青かったんだ……」
 青い目の客人はそうお目にかかれない。だが彼女の場合はちがった。
「オヤジさんの付き合いでいろんな外国人を見てるだろ。目が青いくらいがなんだ?」
 ヤマダの父親は海外へ長期間出張する仕事に就いていた。現在は退職して地元の飲食店に勤務中だ。いまでも同じ会社に勤めた世界各地の仲間が小山田家へ来訪する。訪問客には、種々様々な目や肌の色をした者もいた。そのことはヤマダと幼馴染である拓馬が記憶している。
「そっか……変だよね。……じゃ、帰る」
 上の空のヤマダがすっくと立ち上がる。彼女は一人で玄関へ向かった。普段なら拓馬に「一緒に帰る?」と、彼女が寄り道する用事があっても聞くのだが。
(あれは目の色に引っ掛かってるんじゃねえな)
 拓馬は十数年に渡る古馴染みの異変を見逃さなかった。彼女が口にしなかった原因を予想してみて、かるい自己嫌悪におちいる。それは校長じみた陳腐な発想だった。

タグ:拓馬

2017年10月12日

拓馬篇−* ★

*
 日が暮れゆくころ。男は店舗と住居が混在する通りを進んだ。すれちがう人々は暖かい衣服に身を包んでいる。男は寒暖の感覚にうといが、周囲の者に合わせた格好をしていた。しかしそれでも男は好奇と畏怖が入りまじる視線を感じてきた。そこへいたる道中も現在も、人々が男を注目する。その理由を男はよくわかっていた。自身の風貌が特異なのだ。背と、髪と、肌と、目とが、この国の標準とかけ離れる。それらの外見が目立たなくなるよう帽子を被ったものの、あまり効果は体感できなかった。
 ひとり、男に対する強い好奇を放つ者が歩いてくる。その者は厚手のコートを羽織り、ニット帽子を被った子どもだ。年頃は十代の後半。大抵その年齢になると男女の違いがはっきりしやすくなるものだ。だが生地の厚い服装を着ているせいで、少年と少女の区別がつきにくかった。
 性別不明の若者は紙袋を大事そうに抱えていた。それでいて視線は男に向かっている。年若いがゆえの好奇心なのだろう。男は若者から物怖じしない無邪気さを感じた。その性情は男が普段庇護する存在と似ており、男は若者に心惹かれるものがあった。
 男と若者の距離が縮まる。若者は猫のように射ていた視線をふっと逸らした。凝視していることを男に気付かれれば失礼にあたると配慮したらしい。
 二人は最接近し、たがいに相手を無視しようとした。二人のすれ違いざまに足音以外の音が鳴った。重量の軽い金属が硬い物にぶつかる音だ。男がうつむく。アスファルトの地面に蓋付きの懐中時計が落ちていた。若者がいち早くしゃがむ。
「これ、お兄さんのものですよね?」
 柔和な声だ。男は若者の性別が女だと確信した。少女が時計を拾い、その側面のでっぱりをおさえる。蓋がぱかっと開いた。少女はうれしそうに「よかった」と言う。
「ちゃんとうごいてますよ」
 少女は時計を男にも見せた。たしかに針は正常に動いている。男は胸の内で「時計はうごいている」という言葉を繰り返した。しかし反芻してばかりでいては不審がられる。少女に返答せねばならない。男は突いて出る言葉がつとめて善人に聞こえるよう心掛ける。
「ありがとう。これは私の大切なものだ」
 男はそう答え、時計を返してもらった。穏便なやり取りは成功した。これでこの場を立ち去ろうとする──が、後ろ髪を引かれてしまう。そのとまどいは少女の態度によって生まれた。彼女はまだ足を止めている。
「その時計、指してる時刻がめちゃくちゃですよ」
 男は時計の盤面に注目した。針は現在とはまったく無関係な時刻を指し示している。
「わたしが直してみましょうか?」
 少女の親切心は落し物を拾うだけにとどまらない。その厚意に男は感じ入るものがあった。しかし彼女の申し出をことわる。
「いつもは止まっている時計だ。これでいい、じきに止まる」
「そう……だからお兄さんは複雑な顔をしてるの?」
 男が予期しない問いだった。過去に男の微妙な表情を読み取った者は数少ない。
「うれしいのと悲しい気持ちが混ざってるみたい」
 思いがけない言葉を得た男はだまっていた。どう返事をしてよいかわからなかったのだ。
「……変なこと言った? それじゃ、その時計は大事にしてね」
 少女は離れていく。男はしばらく少女を見送った。そして彼女の姿を見失わぬうちに時計を見る。針は止まっていた。男はこの状態に困惑している。針が止まる事態は自分が少女に述べた通りのこと。とはいえ、この現象は一度も体験したことがなかった。時計は壊れておらず、電池が古いわけでもないのだ。多くの被験者は時計の蓋を開けられないか、針が稼働しつづける時計を返してきた。少女は過去の例に見ない時計を、男に与えてきたのだ。
 男は未知の現象について思い悩むのをやめた。次に形無き仲間に語りかける。
『あの娘を追え。勘付かれないようにな』
 男は少女が去った逆の道を歩く。男の目的は達成された。あとは人目につかぬ場所へ移動し、仲間の報告を待つのみ。その胸中に抱く思いは、なにもない。男はそう信じた。

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