2018年01月13日
拓馬篇−1章2
体育館に全校生徒と教師が一堂に会した。壇上には頭皮の面積の多い中年が立っている。この場では物理的にも立場的にもトップに位置する人物だ。その中年が喋りだす。
「全校生徒の皆さん、春休みは満喫されたかな? 今日からは再び学校生活をエンジョイする時期となった! 一同、大いに学び、大いに交友するように! 以上!」
中年は簡潔に話を終わらせ、半歩後ろへ下がった。進行役の若い教師が慌てる。
「羽田校長! お話が短くはありませんか?」
校長が再度マイクに顔を寄せる。
「そうか、ではもう一つ言っておこう。今学期から来る転校生と先生は皆、ステキな人だ! 特に新二年生の諸君、是非とも彼らと親しくなり、心躍らせたまえ!」
進行役の教師は校長の言葉に呆れ、そのまま始業式を進めた。校長は型破りだが他は至極普通な式典の流れだった。生徒たちは新たに振り分けられた教室へと帰る。大勢がぞろぞろと歩く中、流れに逆らう生徒がいた。拓馬のもとにポニーテールの女子がくる。
「タッちゃん、校長の話聞いた? まーたハゲたことを企んでるみたいだね」
「あの様子じゃ、二年に転校生と先生が来るか」
「どんな刺客が来ようと、わたしたちの信念に変わりはないよ」
ヤマダは拓馬の肩を叩いた。彼女の信念とは学内で恋愛をしないことだ。二人は親しい間柄だが恋仲ではない。物心ついた時から共にいた兄弟同然の友人だ。ベタな男女の恋物語を好む校長の格好の標的として、なにかにつけ校長との接触がある。
二人は他愛もない話をしながら二年生の教室へ行く。始業式前に自身のクラスは知っていた。ところがヤマダは他の教室へ入っていく。彼女は黒板に貼ったクラス名簿を見る。それは一度は目を通した印刷紙だ。
「やっぱり、このクラスに転校生は来ないんだね」
「うちのクラスには二人、知らない名前が載っていたのにな」
ヤマダはさらに別のクラスへ入る。どの一覧表にも見知った名前が載るばかり。
「と、いうことは……うちだけ転校生が割り当てられたんだね」
「校長が『転校生はステキな人』だとか抜かしてたな、きっとそういう狙いなんだろ」
「あの校長、よっぽどわたしらを目のカタキにしてんのかな?」
「メインはお前だ。男友だちが多いから」
「くそう、いっそ男に生まれていれば……」
「そのときは女友だちと変な目で見られるんじゃねえの?」
校長はとかく生徒に恋愛を奨励する。その目的は定かではないが、校長には重要な行動理念だ。標的となる生徒は恋愛沙汰に関心が薄い反面、仲の良い異性のいる者たちだった。
「うおーい、拓馬!」
野太い声が廊下から飛んでくる。ひときわ体格の良い男子生徒だ。
「わしらはこっちの教室じゃ、もうすぐ先生が来るぞ!」
拓馬が「いま行く!」と返事をした。早歩きで自分の教室へもどる。まだしっかり覚えていない自席に着くと、まもなく男性教師が入室した。白髪交じりの中年だ。拓馬たちが見慣れた英語教師がクラス全員に話しかける。
「二年三組を受け持つ本摩だ! 皆、よろしく頼むよ」
ヤマダ含めた一部の生徒が「はーい」と答えた。
「クラス分けの一覧を見ただろう。このクラスには転校生が二人やってくる! 新しい仲間は授業が始まったら登校する。紹介はその時にするから楽しみにしておくよーに」
次に本摩は連絡事項が載るプリントを配る。その中に土曜補習の日程があった。補習は週続きだったり隔週だったりと規則性なく行われる。拓馬は今月の補習日を念入りに確認した。
「配布物をもらったら今日は解散! 明日も半日だ。最後の休み気分を味わいなさい」
本摩が教壇から降りるや否や、生徒が活発になる。脇目もふらずに帰宅する者、友人と話す者、他の教室へ行く者など様々だ。拓馬は鞄を担いだ時にヤマダに話しかけられた。
「ねえタッちゃん、気になったことがあってね」
「なんだ?」
「去年……つっても二学期の始業式ね。新任の先生は校長の話の後にステージに立って、挨拶してたでしょ?」
「ぺーぺーのヤス先生か?」
昨年の二学期から勤める教師は教員未経験の若者だった。彼は新任早々、一年生の社会科科目を担当した。この新人は、事情があって休職する教師の代替要員だという。しかし拓馬は現在休職中の教師のことを知らない。一年生の一学期中に関わる機会がなかったのだ。
「うん。でも今日、校長は新しい先生が来ると言ってても、先生の挨拶がなかった」
「そういやそうか。転校生みたく授業日から来るんじゃねえか?」
「新任の先生なら、わし見たぞ」
声も体も大きい男子が会話に入る。二人が他の教室にいた時に声をかけた生徒だ。
「どこで見た……というかジモンはいつ来た? 整列した時にはいなかったような」
「わしはちと出遅れてな。始業式が始まったころに、体育館めがけて走っておった」
「初日から遅刻するか……」
「それはそれ、触れてくれるな!」
失態をつつかれた生徒は豪快に笑った。ヤマダは首をかしげる。
「ジモンのことだから、教室へ行かずに体育館に直行したんでしょ?」
「ん? それがどした?」
「クラス名簿を見るヒマがなかったのに、よく自分のクラスへ迷わず行けたね」
言われればそうだ。始業式後の拓馬たちは自分の席がないとわかっている、ほかのクラスにおもむいていた。そこでジモンに会わなかったのは、彼が正解のクラスを一発で引き当てたからだろう。
「あー、ほら、列の最後にワカがおったから、教えてもらったんじゃ」
ジモンの言う人物は若浜という男子だ。クラスごとに生徒が整列する時は名字の五十音順に並ぶ。そのため、最後のわ音から名字のはじまる彼は列の最後尾にいることが多々あった。
ジモンは「んで先生のことなんだがの」とヤマダへの質疑応答を短く切り上げ、本題に入る。
「わしが体育館に行く途中でよく知らん先生を見かけたんじゃ。グレーのスーツを着た男の人で、その人も体育館に向かっておって」
「そんな人、見たか?」
拓馬はヤマダに尋ねた。ヤマダは「わたしは気づかなかった」と首を横に振った。
「その先生は式が終わる前に帰ったんじゃ。だから気付くもんがおらんかったんじゃろ」
ジモンの言葉に拓馬は引っ掛かる。その男が先生だと断定できる情報がないのだ。
「しっかし、その人が先生とは限らないんじゃ……」
拓馬の主張にヤマダもうなずいた。ヤマダは自身のリュックサックを担ぐ。
「入学式じゃないから保護者も外部の賓客も来ないし、先生か不法侵入者じゃないの?」
本摩先生に聞いてくる、とヤマダは駆け足で廊下に出た。拓馬は彼女に同伴しようか迷ったが、ジモンが新しい教師だと談ずる人物への興味がわかないのでやめておいた。遠ざかる後ろ姿に拓馬が叫ぶ。
「俺は先に帰るからなー!」
わかったー、という返答が廊下に響く。ジモンは「わしも帰るかの」とそっけなく言う。
「ジモンは聞きに行かなくていいのか?」
「授業で会ってのお楽しみにしておくんじゃ」
「そっか……で、カバンは?」
拓馬がジモン本人とその机を見て、荷物がどこにもないのを確認する。
「ない! 授業も弁当もないからの。おかげで全力疾走できたわい!」
拓馬は豪快なジモンに「プリントを持ち帰る用意はしとこうな」と忠告した。
「全校生徒の皆さん、春休みは満喫されたかな? 今日からは再び学校生活をエンジョイする時期となった! 一同、大いに学び、大いに交友するように! 以上!」
中年は簡潔に話を終わらせ、半歩後ろへ下がった。進行役の若い教師が慌てる。
「羽田校長! お話が短くはありませんか?」
校長が再度マイクに顔を寄せる。
「そうか、ではもう一つ言っておこう。今学期から来る転校生と先生は皆、ステキな人だ! 特に新二年生の諸君、是非とも彼らと親しくなり、心躍らせたまえ!」
進行役の教師は校長の言葉に呆れ、そのまま始業式を進めた。校長は型破りだが他は至極普通な式典の流れだった。生徒たちは新たに振り分けられた教室へと帰る。大勢がぞろぞろと歩く中、流れに逆らう生徒がいた。拓馬のもとにポニーテールの女子がくる。
「タッちゃん、校長の話聞いた? まーたハゲたことを企んでるみたいだね」
「あの様子じゃ、二年に転校生と先生が来るか」
「どんな刺客が来ようと、わたしたちの信念に変わりはないよ」
ヤマダは拓馬の肩を叩いた。彼女の信念とは学内で恋愛をしないことだ。二人は親しい間柄だが恋仲ではない。物心ついた時から共にいた兄弟同然の友人だ。ベタな男女の恋物語を好む校長の格好の標的として、なにかにつけ校長との接触がある。
二人は他愛もない話をしながら二年生の教室へ行く。始業式前に自身のクラスは知っていた。ところがヤマダは他の教室へ入っていく。彼女は黒板に貼ったクラス名簿を見る。それは一度は目を通した印刷紙だ。
「やっぱり、このクラスに転校生は来ないんだね」
「うちのクラスには二人、知らない名前が載っていたのにな」
ヤマダはさらに別のクラスへ入る。どの一覧表にも見知った名前が載るばかり。
「と、いうことは……うちだけ転校生が割り当てられたんだね」
「校長が『転校生はステキな人』だとか抜かしてたな、きっとそういう狙いなんだろ」
「あの校長、よっぽどわたしらを目のカタキにしてんのかな?」
「メインはお前だ。男友だちが多いから」
「くそう、いっそ男に生まれていれば……」
「そのときは女友だちと変な目で見られるんじゃねえの?」
校長はとかく生徒に恋愛を奨励する。その目的は定かではないが、校長には重要な行動理念だ。標的となる生徒は恋愛沙汰に関心が薄い反面、仲の良い異性のいる者たちだった。
「うおーい、拓馬!」
野太い声が廊下から飛んでくる。ひときわ体格の良い男子生徒だ。
「わしらはこっちの教室じゃ、もうすぐ先生が来るぞ!」
拓馬が「いま行く!」と返事をした。早歩きで自分の教室へもどる。まだしっかり覚えていない自席に着くと、まもなく男性教師が入室した。白髪交じりの中年だ。拓馬たちが見慣れた英語教師がクラス全員に話しかける。
「二年三組を受け持つ本摩だ! 皆、よろしく頼むよ」
ヤマダ含めた一部の生徒が「はーい」と答えた。
「クラス分けの一覧を見ただろう。このクラスには転校生が二人やってくる! 新しい仲間は授業が始まったら登校する。紹介はその時にするから楽しみにしておくよーに」
次に本摩は連絡事項が載るプリントを配る。その中に土曜補習の日程があった。補習は週続きだったり隔週だったりと規則性なく行われる。拓馬は今月の補習日を念入りに確認した。
「配布物をもらったら今日は解散! 明日も半日だ。最後の休み気分を味わいなさい」
本摩が教壇から降りるや否や、生徒が活発になる。脇目もふらずに帰宅する者、友人と話す者、他の教室へ行く者など様々だ。拓馬は鞄を担いだ時にヤマダに話しかけられた。
「ねえタッちゃん、気になったことがあってね」
「なんだ?」
「去年……つっても二学期の始業式ね。新任の先生は校長の話の後にステージに立って、挨拶してたでしょ?」
「ぺーぺーのヤス先生か?」
昨年の二学期から勤める教師は教員未経験の若者だった。彼は新任早々、一年生の社会科科目を担当した。この新人は、事情があって休職する教師の代替要員だという。しかし拓馬は現在休職中の教師のことを知らない。一年生の一学期中に関わる機会がなかったのだ。
「うん。でも今日、校長は新しい先生が来ると言ってても、先生の挨拶がなかった」
「そういやそうか。転校生みたく授業日から来るんじゃねえか?」
「新任の先生なら、わし見たぞ」
声も体も大きい男子が会話に入る。二人が他の教室にいた時に声をかけた生徒だ。
「どこで見た……というかジモンはいつ来た? 整列した時にはいなかったような」
「わしはちと出遅れてな。始業式が始まったころに、体育館めがけて走っておった」
「初日から遅刻するか……」
「それはそれ、触れてくれるな!」
失態をつつかれた生徒は豪快に笑った。ヤマダは首をかしげる。
「ジモンのことだから、教室へ行かずに体育館に直行したんでしょ?」
「ん? それがどした?」
「クラス名簿を見るヒマがなかったのに、よく自分のクラスへ迷わず行けたね」
言われればそうだ。始業式後の拓馬たちは自分の席がないとわかっている、ほかのクラスにおもむいていた。そこでジモンに会わなかったのは、彼が正解のクラスを一発で引き当てたからだろう。
「あー、ほら、列の最後にワカがおったから、教えてもらったんじゃ」
ジモンの言う人物は若浜という男子だ。クラスごとに生徒が整列する時は名字の五十音順に並ぶ。そのため、最後のわ音から名字のはじまる彼は列の最後尾にいることが多々あった。
ジモンは「んで先生のことなんだがの」とヤマダへの質疑応答を短く切り上げ、本題に入る。
「わしが体育館に行く途中でよく知らん先生を見かけたんじゃ。グレーのスーツを着た男の人で、その人も体育館に向かっておって」
「そんな人、見たか?」
拓馬はヤマダに尋ねた。ヤマダは「わたしは気づかなかった」と首を横に振った。
「その先生は式が終わる前に帰ったんじゃ。だから気付くもんがおらんかったんじゃろ」
ジモンの言葉に拓馬は引っ掛かる。その男が先生だと断定できる情報がないのだ。
「しっかし、その人が先生とは限らないんじゃ……」
拓馬の主張にヤマダもうなずいた。ヤマダは自身のリュックサックを担ぐ。
「入学式じゃないから保護者も外部の賓客も来ないし、先生か不法侵入者じゃないの?」
本摩先生に聞いてくる、とヤマダは駆け足で廊下に出た。拓馬は彼女に同伴しようか迷ったが、ジモンが新しい教師だと談ずる人物への興味がわかないのでやめておいた。遠ざかる後ろ姿に拓馬が叫ぶ。
「俺は先に帰るからなー!」
わかったー、という返答が廊下に響く。ジモンは「わしも帰るかの」とそっけなく言う。
「ジモンは聞きに行かなくていいのか?」
「授業で会ってのお楽しみにしておくんじゃ」
「そっか……で、カバンは?」
拓馬がジモン本人とその机を見て、荷物がどこにもないのを確認する。
「ない! 授業も弁当もないからの。おかげで全力疾走できたわい!」
拓馬は豪快なジモンに「プリントを持ち帰る用意はしとこうな」と忠告した。
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