2018年08月23日
拓馬篇−終章2 ★
飲食店への集合時刻は午前九時。拓馬はその五分前に到着した。店内を見回したところ、四人から六人掛け用のソファ席に、ヤマダと銀髪の二人が向かい合っていた。
三人がすわるテーブルにはコップが三つある。現実の学内では常人に見えなかった少女も、いまは実体化しているらしい。
拓馬と少女の視線が合う。彼女はとなりの銀髪仲間になにごとか告げ、そこからシドがヤマダに話した。するとヤマダが席を立ち、拓馬に近づいてくる。
「タッちゃんの分のドリンクバーはもう注文したよ」
「じゃあ取ってくるか」
「うん、話しこむまえに飲みものを確保しとこう」
二人はドリンクコーナーへ向かった。拓馬はプラスチックのコップに氷と冷たい茶をそそぐ。一方でヤマダは十種類以上あるティーパックを品定めする。彼女の支度は時間がかかりそうだと拓馬は判断した。それゆえ一足先に、待ち人のもとへ行った。
拓馬は「みんな早いな」とシドへ声をかける。彼は温和に「ほかにすることもなかったので」と答えた。その様子は普段と同じ。先日の騒動に対する引け目は感じられなかった。
しかしながら、彼の謝罪はすんでいない。律儀な人物らしからぬ態度だと拓馬は思う。
(この話のどこかで、あやまるのか?)
拓馬たちがシドを許す許さないを決めるには、彼がどうして問題行為にいたったのか知る必要がある。その説明がすむまではだまっておくことにした。
のちに座るヤマダのことを考え、窓側のソファへつめる。すると窓のへりに白黒の猫がいた。いつぞや会った、老翁のような口調の猫と柄がそっくりである。おそらく同じ猫だ。
(シズカさんの猫か……)
老猫はねころんでいる。飲食店内に動物がいても客は無反応。シズカの宣言通り、姿を消した状態のようだ。銀髪の二人も猫が見えるはずだが、猫には無頓着。拓馬も彼らにならい、猫をいないものとしてふるまうことにした。
ヤマダが湯気の立つカップを持ってきた。そろそろ本題に入ってよい頃合いだ。しかし拓馬は「なにから聞いたもんかな」と迷ってしまった。シドが秘匿してきたことは多大にある。そのどれに優先順位をつけるべきか、質問の場をむかえても決めかねた。
ヤマダは拓馬のとなりに座った。そしてズボンのポケットからたたんだ紙を出す。
「先生に聞くことリストを書いてみたよ」
広げた紙には箇条書きに文章がならぶ。質問項目が十個はあるだろうか。
「そんなに準備してきたのか」
「雑談みたいな質問もまじってるけど……タッちゃんの好きなように聞いていって」
拓馬は出たとこ勝負でやってきた。行き当たりばったりな自分が話の主導権をにぎるにはふさわしくないように感じる。
「お前が聞いたらいいんじゃないか?」
「じゃあ交代で聞いてく?」
彼女もあまり会話をグイグイ引っ張りたがる性格ではない。そのことを察した拓馬は提案を受け入れる。
「そうだな……さきにやってくれるか」
「うん。えーっと、まず目先のことから。先生はこれからどうするの? 帰っちゃう?」
教師の帰郷先はこちらの世界にはない。その前提は皆が周知しており、拓馬は言葉足らずの問いを補足しなかった。
答弁者はゆっくり首を横にふって「ここに残ります」と言う。
「私が病院送りにした少年の、生活指導をするつもりです」
「オダさんってよばれてた金髪くんのこと?」
「はい、本名をオダギリといいます」
「その指導は、先生が金髪くんを痛めつけたことへのお詫びなの?」
シドは返答に窮した。ヤマダはあわてて言い換える。
「あ、責めてるわけじゃないからね。先生が金髪くんにやったこととか、わたしたちにしたことも、蒸し返すつもりはないの」
「わかっています。私が言葉につまった理由は、その答えが一種類ではとどまらないからです」
「金髪くんのためだけじゃないの?」
「はい……異界にいる被害者が、そのような問題を抱えた子の救済をしてほしいと、私に言いつけました。私の罰は……他者を救うこと、です」
拓馬はその罰の軽さに違和感をおぼえる。
(そんなのですむような犯罪なら、シズカさんに裁かれようとするか?)
シズカらのやり取りをヤマダは知らない。それゆえヤマダは「意外だねー」と感嘆する。
「先生がやったことって、じつはそんなにあくどいことじゃなかったの?」
「いえ、そんなことはありません」
のんきな問いには断固とした否定が返ってくる。
「私はその方の家族をさらったのちに、殺害しました」
今度はヤマダが言葉をうしなった。拓馬もまた、背すじの凍る思いがした。相手は人殺しを平然と自白してみせた。人の死に対する感覚が麻痺しているかのようだ。
「私は主《あるじ》の命じるまま、人々をさらいました。そのうえで、さらった者たちが主の欲する力をそなえていなければ、その身を同胞に喰わせました。このとき、ほとんどの者が死に絶えます。ですがある人たちだけ、生き残りました。その人たちとは、こちらの世界に住む人です」
拓馬たちが沈黙したためか、シドは一挙に解説をする。
「こちらの人があちらの世界へ渡る際、肉体をこちらの世界に置いていきます。そのため偽物の体が損傷しても、生命には大事なく帰ってこられたのです。その精神や精気の面では、無事とは言いがたいですが……ですから、オダギリさんは昏睡状態でながらく入院しているのです」
彼は目を伏せる。
「私のしてきたことは万死に値します。それでも被害者は私の現在の身分を知ると、怨恨を抑制し、他者の幸福を第一に願いました」
「……先生が教師をやってるからおとがめなし、か」
拓馬はシドの説明を言い換えた。拓馬の常識では理解しがたい酌量だが、拓馬たちとは比較にならぬほど重度の被害を受けた者が決めたことだ。異を唱える余地はなさそうだ。
「その人もだいぶお人好しだな」
「はい、とてもすぐれた人格を持つ人だと思います」
「でも、なんでその被害者は先生に教師をつづけてほしいんだ?」
「あの方は私のせいで孤児になりました。その生い立ちゆえに、現在は家族と暮らせない子どもへの援助に生涯を捧げています。その経験上、子どもを教えみちびく職業には特別な思い入れがあったようです」
ヤマダは「どこで教師をやるの?」と問い出す。
「うちの高校は今月で辞めるんでしょ。また才穎ではたらく? それとも金髪くんの世話をしに雒英《らくえい》に行く?」
「雒英は無理かと……私の経歴は変わっていますし、やはり才穎が私の性分に合うと思います」
「自由さで言ったらうちの高校がいちばんかもね。あの校長はもし先生がバケモノだと知っても、あんまり気にしなさそう」
その推量は拓馬も思わないことはない。校長はおおからな性格、かつ豊かな想像力をもつ。あの中年ならば非現実的な真実を受け入れる器量がありそうだ。
「なんだかんだ言って心は広いし、頭ん中がファンタジーにできてるもんな」
「夢と希望がつまってるおハゲだよね!」
校長をほめているとも、けなしているともとれる評価を二人は交わした。復職をすすめられた教師はほほえむ。
「貴方たちは校長に敬意があるのかないのか、よくわかりませんね」
途中からあった物々しい話題がどこへやら、拓馬たちの好き放題な発言は場をなごませた。
三人がすわるテーブルにはコップが三つある。現実の学内では常人に見えなかった少女も、いまは実体化しているらしい。
拓馬と少女の視線が合う。彼女はとなりの銀髪仲間になにごとか告げ、そこからシドがヤマダに話した。するとヤマダが席を立ち、拓馬に近づいてくる。
「タッちゃんの分のドリンクバーはもう注文したよ」
「じゃあ取ってくるか」
「うん、話しこむまえに飲みものを確保しとこう」
二人はドリンクコーナーへ向かった。拓馬はプラスチックのコップに氷と冷たい茶をそそぐ。一方でヤマダは十種類以上あるティーパックを品定めする。彼女の支度は時間がかかりそうだと拓馬は判断した。それゆえ一足先に、待ち人のもとへ行った。
拓馬は「みんな早いな」とシドへ声をかける。彼は温和に「ほかにすることもなかったので」と答えた。その様子は普段と同じ。先日の騒動に対する引け目は感じられなかった。
しかしながら、彼の謝罪はすんでいない。律儀な人物らしからぬ態度だと拓馬は思う。
(この話のどこかで、あやまるのか?)
拓馬たちがシドを許す許さないを決めるには、彼がどうして問題行為にいたったのか知る必要がある。その説明がすむまではだまっておくことにした。
のちに座るヤマダのことを考え、窓側のソファへつめる。すると窓のへりに白黒の猫がいた。いつぞや会った、老翁のような口調の猫と柄がそっくりである。おそらく同じ猫だ。
(シズカさんの猫か……)
老猫はねころんでいる。飲食店内に動物がいても客は無反応。シズカの宣言通り、姿を消した状態のようだ。銀髪の二人も猫が見えるはずだが、猫には無頓着。拓馬も彼らにならい、猫をいないものとしてふるまうことにした。
ヤマダが湯気の立つカップを持ってきた。そろそろ本題に入ってよい頃合いだ。しかし拓馬は「なにから聞いたもんかな」と迷ってしまった。シドが秘匿してきたことは多大にある。そのどれに優先順位をつけるべきか、質問の場をむかえても決めかねた。
ヤマダは拓馬のとなりに座った。そしてズボンのポケットからたたんだ紙を出す。
「先生に聞くことリストを書いてみたよ」
広げた紙には箇条書きに文章がならぶ。質問項目が十個はあるだろうか。
「そんなに準備してきたのか」
「雑談みたいな質問もまじってるけど……タッちゃんの好きなように聞いていって」
拓馬は出たとこ勝負でやってきた。行き当たりばったりな自分が話の主導権をにぎるにはふさわしくないように感じる。
「お前が聞いたらいいんじゃないか?」
「じゃあ交代で聞いてく?」
彼女もあまり会話をグイグイ引っ張りたがる性格ではない。そのことを察した拓馬は提案を受け入れる。
「そうだな……さきにやってくれるか」
「うん。えーっと、まず目先のことから。先生はこれからどうするの? 帰っちゃう?」
教師の帰郷先はこちらの世界にはない。その前提は皆が周知しており、拓馬は言葉足らずの問いを補足しなかった。
答弁者はゆっくり首を横にふって「ここに残ります」と言う。
「私が病院送りにした少年の、生活指導をするつもりです」
「オダさんってよばれてた金髪くんのこと?」
「はい、本名をオダギリといいます」
「その指導は、先生が金髪くんを痛めつけたことへのお詫びなの?」
シドは返答に窮した。ヤマダはあわてて言い換える。
「あ、責めてるわけじゃないからね。先生が金髪くんにやったこととか、わたしたちにしたことも、蒸し返すつもりはないの」
「わかっています。私が言葉につまった理由は、その答えが一種類ではとどまらないからです」
「金髪くんのためだけじゃないの?」
「はい……異界にいる被害者が、そのような問題を抱えた子の救済をしてほしいと、私に言いつけました。私の罰は……他者を救うこと、です」
拓馬はその罰の軽さに違和感をおぼえる。
(そんなのですむような犯罪なら、シズカさんに裁かれようとするか?)
シズカらのやり取りをヤマダは知らない。それゆえヤマダは「意外だねー」と感嘆する。
「先生がやったことって、じつはそんなにあくどいことじゃなかったの?」
「いえ、そんなことはありません」
のんきな問いには断固とした否定が返ってくる。
「私はその方の家族をさらったのちに、殺害しました」
今度はヤマダが言葉をうしなった。拓馬もまた、背すじの凍る思いがした。相手は人殺しを平然と自白してみせた。人の死に対する感覚が麻痺しているかのようだ。
「私は主《あるじ》の命じるまま、人々をさらいました。そのうえで、さらった者たちが主の欲する力をそなえていなければ、その身を同胞に喰わせました。このとき、ほとんどの者が死に絶えます。ですがある人たちだけ、生き残りました。その人たちとは、こちらの世界に住む人です」
拓馬たちが沈黙したためか、シドは一挙に解説をする。
「こちらの人があちらの世界へ渡る際、肉体をこちらの世界に置いていきます。そのため偽物の体が損傷しても、生命には大事なく帰ってこられたのです。その精神や精気の面では、無事とは言いがたいですが……ですから、オダギリさんは昏睡状態でながらく入院しているのです」
彼は目を伏せる。
「私のしてきたことは万死に値します。それでも被害者は私の現在の身分を知ると、怨恨を抑制し、他者の幸福を第一に願いました」
「……先生が教師をやってるからおとがめなし、か」
拓馬はシドの説明を言い換えた。拓馬の常識では理解しがたい酌量だが、拓馬たちとは比較にならぬほど重度の被害を受けた者が決めたことだ。異を唱える余地はなさそうだ。
「その人もだいぶお人好しだな」
「はい、とてもすぐれた人格を持つ人だと思います」
「でも、なんでその被害者は先生に教師をつづけてほしいんだ?」
「あの方は私のせいで孤児になりました。その生い立ちゆえに、現在は家族と暮らせない子どもへの援助に生涯を捧げています。その経験上、子どもを教えみちびく職業には特別な思い入れがあったようです」
ヤマダは「どこで教師をやるの?」と問い出す。
「うちの高校は今月で辞めるんでしょ。また才穎ではたらく? それとも金髪くんの世話をしに雒英《らくえい》に行く?」
「雒英は無理かと……私の経歴は変わっていますし、やはり才穎が私の性分に合うと思います」
「自由さで言ったらうちの高校がいちばんかもね。あの校長はもし先生がバケモノだと知っても、あんまり気にしなさそう」
その推量は拓馬も思わないことはない。校長はおおからな性格、かつ豊かな想像力をもつ。あの中年ならば非現実的な真実を受け入れる器量がありそうだ。
「なんだかんだ言って心は広いし、頭ん中がファンタジーにできてるもんな」
「夢と希望がつまってるおハゲだよね!」
校長をほめているとも、けなしているともとれる評価を二人は交わした。復職をすすめられた教師はほほえむ。
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