2018年08月22日
拓馬篇−終章1 ★
はた迷惑な騒動が鎮まった日の夜、拓馬のもとにシズカの連絡が入った。これまでの出来事について犯人みずからが話すという。そのため、ヤマダとともに話し合いの席を設けてほしいとの依頼だ。その会話は当然、他者に聞かれてはまずい内容である。
「俺かヤマダの家で話しますか」
と拓馬がたずねたところ、通話者は『場所は気にしなくていいよ』とやんわり否定する。
『きみたち以外の人には、おれの友だちがべつの話を聞かせる。ようは幻術の音声バージョンだね』
「あ、じゃあまた猫がくる?」
『ああ、普通の人には見えない姿で行かせるよ。だから場所はどこでもいい。そのときに必要になるお金は先生が負担してくれるっていうし、すずしくて、気軽に飲み食いできるところがいいんじゃないかな?』
この提案に拓馬の異存はない。しかし独断では決定できないことだ。相方の余暇のすごし方には制限がある。彼女はしばしば個人経営の喫茶店の手伝いに行くのだから。
拓馬は「ちょっとヤマダに話します」とシズカにことわりを入れ、一時通話を中断した。携帯電話でヤマダに連絡し、日時と場所を相談する。
「──で、お前の都合のいい日と店はあるか?」
『そうだねー、じゃあ──』
近場のチェーン店の喫茶店がいい、とヤマダが言う。日取りは土曜日がフリーであり、その日の午前九時の集合にすることになった。最低限の取り決めがすむと彼女はさっさと電話を切った。質問をするのは皆があつまる当日でいい、と割り切っているようだ。
(あいつは、シズカさんの言ってたことを知らないもんな)
正直なところ、拓馬はシドとの会合が用意できること自体が不可解だ。その要因は、彼とシズカの果し合いが決着した際、シズカの口走った言葉にある。
(先生の被害者は、先生の死をのぞまなかったか……先生が俺らに事情を話すために、先延ばしにしたのか?)
この疑念を胸に秘めておくにはどうも居たたまれない。拓馬は再開したシズカとの必要連絡がすんだ直後、質問をつっこむ。
「……ところで、先生って結局どうなるんです?」
『ん? 話し合いのまえに聞いちゃうかい?』
約束の日まで待ちきれない駄々っ子、と言いたげな言い方だった。拓馬は自分がごく自然な疑問をたずねていると思うので、この物言いを少々不服に感じる。
「だって、異界の被害者の希望次第で、先生をころす、なんて物騒なことを言ってたじゃないですか」
『結論から言うと、先生はこれからもこの世界で活動する。おれが死なせる予定はない』
毅然とした返答だ。その決断の裏には並みならぬ経緯があったように感じられる。
「被害者は、先生をこらしめようとしなかったんですか?」
『そうとも言えるけど、ちょっとちがうな。罪の報い方はちゃんと指定してもらった』
「それはどういう──」
『その質問は先生にしたほうがいい。きっとヤマダさんも先生がこれからどうすごすのか、気になってるだろ? いっしょに聞いてきなよ』
やはり明確な回答は得られない。いつものことではあるが、拓馬はがっかりした。だまっていると『わるいね』と謝罪の言葉が聞こえてくる。
『きみにイジワルをしたくはないんだが、これは先生の口から言ってほしいことなんだ。きみらと話すうちに、決まってくる行動もあると思う』
「具体的になにをするかって、まだ決めてないんですか?」
『当面のやることは、おれが先生にすすめたよ。でも何ヶ月もかからずに解決の目途が立つと思う。それからあとのことは、きみらにまかせたい。その決定は、きみらの今後に関わるからね』
「はぁ、そうですか……」
『先生との話がすんだら、また連絡をしよう。そのときは先生に質問しきれなかったことや、話してて感じた疑問をおれに言ってくれ』
「はい、そうします。話はこれで──」
『最後にひとつ、聞いていいかい』
シズカが若干の緊張感をもった声で、聞いてくる。
『拓馬くんは先生のこと、どう思ってる?』
「どうって……」
主旨がよくわからず、拓馬は口ごもった。
『ああ、おれの聞き方が大ざっぱだったね。ええと、拓馬くんはこれまで先生にだまされたり、ボコボコにやられたりしたわけだけど、うらんでないのかな?』
そう言われれば拓馬がシドを嫌悪してもおかしくない出来事はそろっている。だが不思議とシドに対する感情は、真相を知るまえとあとで変化がない。彼の誠実な人柄を信じれば、のっぴきならぬ事情があったと思えるからだ。ただし、その信用は彼がたくみに演じてきた一面によるもの。彼の告白次第では信用が強固になりうるし、もろくも崩れ去る可能性はある。
「うらみ……はとくにないです、いまのとこ」
『先生の話を聞いたら、気持ちが変わるかな?』
「はい、たぶん。先生が人騒がせなことをやってきた理由を知って、俺が納得いかなかったら……そのときは怒るかもしれないです」
『うん、それはそうだよね』
「シズカさんはもう、先生の事情は知ってるんですか?」
『ああ、聞いたよ。おれはおおむね納得したけど、拓馬くんもそう思えるとは決まっちゃいない。怒りたかったら怒ってきていいんだ。きみはそれだけの被害を受けたんだから』
この助言を最後に通信をおえた。シズカの提言はつまり、本音で話し合ってこいということだ。双方に遺恨がのこらないようにする──そのための会合である。
(なにか準備すること……あるか?)
質問内容をまとめておけばスムーズに質疑応答ができる、とは思うものの、拓馬はやる気が起きなかった。長い一日をすごしたせいで、心身共に疲労がたまっている。
(いいや、その日に考える)
当日の自分の発想にまかせて、今夜は早々に寝る準備をした。
「俺かヤマダの家で話しますか」
と拓馬がたずねたところ、通話者は『場所は気にしなくていいよ』とやんわり否定する。
『きみたち以外の人には、おれの友だちがべつの話を聞かせる。ようは幻術の音声バージョンだね』
「あ、じゃあまた猫がくる?」
『ああ、普通の人には見えない姿で行かせるよ。だから場所はどこでもいい。そのときに必要になるお金は先生が負担してくれるっていうし、すずしくて、気軽に飲み食いできるところがいいんじゃないかな?』
この提案に拓馬の異存はない。しかし独断では決定できないことだ。相方の余暇のすごし方には制限がある。彼女はしばしば個人経営の喫茶店の手伝いに行くのだから。
拓馬は「ちょっとヤマダに話します」とシズカにことわりを入れ、一時通話を中断した。携帯電話でヤマダに連絡し、日時と場所を相談する。
「──で、お前の都合のいい日と店はあるか?」
『そうだねー、じゃあ──』
近場のチェーン店の喫茶店がいい、とヤマダが言う。日取りは土曜日がフリーであり、その日の午前九時の集合にすることになった。最低限の取り決めがすむと彼女はさっさと電話を切った。質問をするのは皆があつまる当日でいい、と割り切っているようだ。
(あいつは、シズカさんの言ってたことを知らないもんな)
正直なところ、拓馬はシドとの会合が用意できること自体が不可解だ。その要因は、彼とシズカの果し合いが決着した際、シズカの口走った言葉にある。
(先生の被害者は、先生の死をのぞまなかったか……先生が俺らに事情を話すために、先延ばしにしたのか?)
この疑念を胸に秘めておくにはどうも居たたまれない。拓馬は再開したシズカとの必要連絡がすんだ直後、質問をつっこむ。
「……ところで、先生って結局どうなるんです?」
『ん? 話し合いのまえに聞いちゃうかい?』
約束の日まで待ちきれない駄々っ子、と言いたげな言い方だった。拓馬は自分がごく自然な疑問をたずねていると思うので、この物言いを少々不服に感じる。
「だって、異界の被害者の希望次第で、先生をころす、なんて物騒なことを言ってたじゃないですか」
『結論から言うと、先生はこれからもこの世界で活動する。おれが死なせる予定はない』
毅然とした返答だ。その決断の裏には並みならぬ経緯があったように感じられる。
「被害者は、先生をこらしめようとしなかったんですか?」
『そうとも言えるけど、ちょっとちがうな。罪の報い方はちゃんと指定してもらった』
「それはどういう──」
『その質問は先生にしたほうがいい。きっとヤマダさんも先生がこれからどうすごすのか、気になってるだろ? いっしょに聞いてきなよ』
やはり明確な回答は得られない。いつものことではあるが、拓馬はがっかりした。だまっていると『わるいね』と謝罪の言葉が聞こえてくる。
『きみにイジワルをしたくはないんだが、これは先生の口から言ってほしいことなんだ。きみらと話すうちに、決まってくる行動もあると思う』
「具体的になにをするかって、まだ決めてないんですか?」
『当面のやることは、おれが先生にすすめたよ。でも何ヶ月もかからずに解決の目途が立つと思う。それからあとのことは、きみらにまかせたい。その決定は、きみらの今後に関わるからね』
「はぁ、そうですか……」
『先生との話がすんだら、また連絡をしよう。そのときは先生に質問しきれなかったことや、話してて感じた疑問をおれに言ってくれ』
「はい、そうします。話はこれで──」
『最後にひとつ、聞いていいかい』
シズカが若干の緊張感をもった声で、聞いてくる。
『拓馬くんは先生のこと、どう思ってる?』
「どうって……」
主旨がよくわからず、拓馬は口ごもった。
『ああ、おれの聞き方が大ざっぱだったね。ええと、拓馬くんはこれまで先生にだまされたり、ボコボコにやられたりしたわけだけど、うらんでないのかな?』
そう言われれば拓馬がシドを嫌悪してもおかしくない出来事はそろっている。だが不思議とシドに対する感情は、真相を知るまえとあとで変化がない。彼の誠実な人柄を信じれば、のっぴきならぬ事情があったと思えるからだ。ただし、その信用は彼がたくみに演じてきた一面によるもの。彼の告白次第では信用が強固になりうるし、もろくも崩れ去る可能性はある。
「うらみ……はとくにないです、いまのとこ」
『先生の話を聞いたら、気持ちが変わるかな?』
「はい、たぶん。先生が人騒がせなことをやってきた理由を知って、俺が納得いかなかったら……そのときは怒るかもしれないです」
『うん、それはそうだよね』
「シズカさんはもう、先生の事情は知ってるんですか?」
『ああ、聞いたよ。おれはおおむね納得したけど、拓馬くんもそう思えるとは決まっちゃいない。怒りたかったら怒ってきていいんだ。きみはそれだけの被害を受けたんだから』
この助言を最後に通信をおえた。シズカの提言はつまり、本音で話し合ってこいということだ。双方に遺恨がのこらないようにする──そのための会合である。
(なにか準備すること……あるか?)
質問内容をまとめておけばスムーズに質疑応答ができる、とは思うものの、拓馬はやる気が起きなかった。長い一日をすごしたせいで、心身共に疲労がたまっている。
(いいや、その日に考える)
当日の自分の発想にまかせて、今夜は早々に寝る準備をした。
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