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2020年08月02日

習一篇−3章3

 午前の授業がおわった。生徒たちは昼食をとりにかかる。その際、習一の席の周りにいた生徒は自席を離れるか、別室へ逃げていった。皆、問題児との関わり合いを避けている。習一はそれが当然のことだとし、気にしなかった。以前の優等生であった自分も同じ状況下なら同じ行動をしただろうと思ったからだ。
 反対に、午前最後の授業を担当した教師は習一に寄ってくる。彼は四十代の中年男性で、意志の固そうな太い眉毛が印象深かった。姓を掛尾という。習一は掛尾をこの学校の教師の中では珍しい真人間だと認めている。それは同時に、校内の異端者であることも意味した。
「小田切、体の調子はどうだ?」
 異端児の教師は習一の顔や腕を見て「だいぶ痩せたようだが」と心配そうな顔をした。習一は「なんともない」と強がる。
「先生こそ、変な教師がやってこなかったか?」
「才穎高校の人のことか? 見た目は一風変わっていたが、誠実な先生だったぞ」
 その人物評が世辞でないことは評価者の晴れやかな表情で伝わった。
「小田切が不慮の事故で期末試験を受けられなかったから、再試験の機会を与えてほしいと頭を下げてこられた。よその学校の人なのに、感心したよ」
 あの銀髪が頭を下げた。習一は彼に慇懃無礼さを感じた瞬間もあったが、基本的には謙虚な人物であるらしい。
「学校の評価がどうだ、生徒の成績がどうだという体面ばかり気にして、肝心の子どもの気持ちを考えようとしない連中に見習ってほしいもんだ」
 掛尾はここぞとばかりに一部の偏狭な教師を糾弾する。あるいは学力主義な親をもなじったかもしれない。習一はそういった大人たちと衝突しやすいため、これがほかの人物なら、習一の機嫌をとるためにわざと習一の気に入りそうな発言をとった可能性は出てくる。が、この教師の場合はこれが本音に聞こえた。
 習一は掛尾が信頼に足る教師であると見込み、彼が才穎の教師から話を聞けたことを前提として、習一は銀髪の教師がなぜ自分を援助するのか質問した。すると掛尾は狐につままれたような顔をする。
「小田切が才穎高校の生徒と喧嘩しただろ? 止めに入った先生が彼だったそうだ」
 掛尾は当事者が他人事のような口ぶりでいることに戸惑いを感じたようだ。
「そのとき、小田切をひどく痛めつけてしまったことを気にしていて、おまえを手助けしたいと思っているらしいぞ」
 習一の記憶には銀髪の男が自分を苦しめた情景が存在しない。これが警官の言う、習一が失った記憶だ。習一には話さなかったくせに、掛尾には話した理由は、再試験を要請するために必要な経緯だと判断したからだろう。
「シドさんは伝えてないのか?」
「あいつ、オレには説明してくれやしない」
 習一はふてくされ気味に答える。掛尾は「彼なりに理由があるんだろう」と他校の教師をかばった。習一は掛尾がたった一度会っただけの人物に多大な信頼を寄せることを不思議に感じる。
「なんでそんなにあの野郎をいいふうに言うんだ?」
「実を言うと俺の同期が才穎高校に勤めていてな、そいつがシドさんのことを教えてくれたよ」
 銀髪の教師は、真面目すぎて融通の利かないときもあるが生徒を想う優しい人だと、掛尾は知人の評をならべる。
「当面、あの先生の言うことを聞いておいて大丈夫だろうよ」
「先生がそう思うのはわかった。ほかの教師連中はどうなんだ? 外野に余計な手出しをされて、不満があるんじゃないのか」
「そんなもの、言わせておけばいい。どうせ口だけだからな」
 掛尾は笑顔で人聞きのわるいことを言い捨てる。
「そうそう、プリントはもらったか?」
 習一は今朝がた、銀髪の少女に補習関連の用紙をもらった。そのことと今日の遅刻登校について話す。
「今朝、あの教師のお使いが届けにきたよ。そいつが出席日数のために登校しろと言うから、退院したばっかなのに学校にきたんだ」
 中年がくしゃりと笑う。
「そりゃよくできたお使いだな、小田切に言うことを聞かせるなんて、うちの教師にできないことをやってのけるとは」
 外柔内剛とはこのことか、と掛尾はあらたに人物評価をくだした。
「話をもどすとな、来週やる補習を受けるのと、プリントを提出するの、二つをこなして及第だ。補習はプリントの問題に沿って解説をする。答えを聞かれても答えられる程度には予習しておけ」
 必要事項を生徒に伝えた教師は腕時計に視線を落とす。
「昼飯を買って食う時間がなくなるか。んじゃ、午後もがんばれよ」
 気さくに話しかけてきた中年は、教卓にある授業道具を抱えて退室した。

タグ:習一
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posted by 三利実巳 at 02:10 | Comment(0) | 長編習一 
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