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2018年08月07日

拓馬篇−10章5 ★

 シズカはヤマダのいる壇上へ駆ける。その進路に、長身の男が立ちふさがる。彼もシズカの作戦は予想がついているのか、シズカの進行をはばもうとした。
 シズカが呼び出した猿が、全身を使って敵の足にまとわりつく。猿は両手両足を使い、敵の捕縛に徹する。つまり、無防備な状態だ。敵はその隙を見逃すことなく、猿の背に鉄拳を落とす。鈍い音が鳴る。重い一撃をもらった猿は床に伏した。
「ごめん、エーコちゃん!」
 シズカがさけんだ。それと同時に一枚の札をシドに向ける。札は上下にやぶけ、分かれた隙間から渦を巻く風が生まれる。渦は散り散りになった札を巻きこみ、床と並行にのびる竜巻となった。横向きの竜巻はシドの腹部に命中する。質量のある長身が、軽々と体育館の後方へ押しやられた。
(こんなこともできるのか!)
 拓馬はシズカ自身に魔法的な攻撃手段があるとは思っていなかった。それゆえ「なんでそれを最初から使わないんですか!」と大声でたずねる。
「俺をあてにしなくたって──」
「これじゃ先生はたおせない。ジリ貧になるんだ!」
 あとは任せたよ、とシズカが改めて壇上をめざした。シドは館内の用具室の前まで飛ばされ、片膝を付く状態だ。しかしすっと立ち上がる。彼は無傷のようだ。シズカの読みどおり、あの程度の攻撃では屈さないらしい。
 拓馬はちらっと猿の様子を確認した。ついさっきまでシドと格闘した猿はまだたおれている。いま、敵に立ち向かえるのは拓馬だけだ。
(俺が、先生を止める……?)
 無謀な挑戦だとわかっていた。だが、こうして拓馬がまごつく間にも、シドはまたシズカにねらいをさだめている。ここで臆してはシズカが負けてしまい、拓馬とヤマダも敵に拉致されることとなる。皆が不幸になるのだ。
(四の五の言ってられないな……!)
 拓馬は自身をふるいたたせ、背負っていたリュックサックを壁際へ放り投げた。そしてシズカとシドの直線上をふさぐように立つ。
「先生、手合せをたのむ!」
 このフレーズは以前、拓馬以外の者が発していた。強い者が好きな三郎だ。この男子はシドの強さにほれこみ、何度か組手を要求したことがある。そのときに笑顔で応じた教師の面影は、すでになかった。
 元教師は生徒を障害物として避けようとする。拓馬は両腕をのばして、シドの進行をさえぎる。彼の青い目が拓馬に向けられる。
「どきなさい!」
 威圧する命令と蹴りが飛来する。拓馬はとっさに両腕を縦にして、防御する。きたる衝撃は重く、数歩後ろへのけぞる。しかし痛みは感じなかった。腕がしびれる感覚もない。
(これが、札の効果か)
 猛攻を無痛ですませるとはおどろきだ。そのことを知った拓馬は気がかるくなった。これならシズカのねらい通り、時間を稼げる。
 シドは次に右拳を振るう。拓馬はシズカの助言にしたがい、ナックルに触れないように避ける。しかし鉄拳は二つもある。ひとつめを回避したあとの連撃を想定して、拓馬は左拳の挙動に注意をはらった。
 突然、敵方の姿が視界から消えた。直後に拓馬の視野が転回する。床の感覚がなくなった、かと思うと、仰向けでたおれてしまった。どうやら足払いをかけられたらしい。シドの拳を警戒するあまり、足元がお留守になっていたのだ。
「貴方も素直が過ぎるようですね」
 その言葉とともに、シドの左拳が拓馬のみぞおちへ落ちる。拓馬は緊急的に腕で攻撃を受け止めた。拳の衝撃は人体をつらぬき、床までとどく。床の振動で拓馬の体がすこし跳ねた。その衝撃にたがわず、この攻撃は骨が折れんばかりに痛い。きっと札の援助がない状態で受ければ本当に折れていたのだろう。
 拓馬は急所に一撃を食らい、瞬間的に呼吸ができなくなった。思わずむせる。しかし、ひるんでいるヒマはなかった。敵の追い打ちがこないうちに、体勢を立て直さねばならない。拓馬は体を転がし、うつ伏せの状態になる。
(まだ、足止めしないと……)
 その一心で床に両手をつき、上体を持ち上げる。この隙に攻撃がこないものかと顔を上げた。するとシドの横顔が見える。敵の注意はすでに壇上のシズカにある。拓馬のことは戦闘不能者と見做しているらしい。
(行かせるか!)
 拓馬の両手が床をはなれ、片膝をつく。そのとき、進撃を防ぐべき者の足が止まった。彼はなぜかシズカのいない方向へ跳ぶ。シドがいた場所に、薄茶色の巨大な獣が降り立つ。体高がシド並みに高い、尋常でない大きさの獣だ。その体躯や顔つきは狼に似ている。
(これが、先生をたおせる仲間?)
 巨狼は巨躯に似つかわしくない軽やかさで敵に跳びかかった。シドが鉄拳で迎撃する。巨狼は打ちこまれる拳をまったく意に介さず、分厚い毛皮で受けとめる。そのまま太い前足をシドの両方の二の腕に、強靭な後ろ足をシドの両足へ乗せた。
──捕縛の成功だ。

 シドはナックルを放り、巨狼の足を手でどかそうとする。巨狼の体重がシドの怪力に勝るのか、縛が解かれる様子は微塵もない。これでシドを生かすも殺すも、巨狼次第となる。
 巨狼を使役するシズカが、仰向けになったシドに接近する。
「やっと捕まえた。さ、おれたちを元の世界へ帰してくれ」
 シズカはほほえみながら言う。対するシドは無表情だ。
「私を消せば術は解除され、すべて元通りになります」
 消す、ということは死ぬことと同義だろうか。拓馬はシズカの顔色を見て、シドの真意をさぐろうとした。
 シズカの表情が凍る。
「……死ぬ気かい?」
 やはり物々しい申し出だったのだ。拓馬は二人ののっぴきならない会話を見守る。
「昔の私の呼び名をご存知ならば、重ねた罪状も知っておいででしょう。……早く断罪を。貴方にはその力と天意がある」
 決然とした物言いを前にし、シズカも真剣な顔つきになる。
「ほかに、言いのこすことは?」
 シズカの言葉は暗に、シドの要求を飲むようにも聞こえた。拓馬はまことにシドが誅滅されるのかと思うと、それが妥当な処遇なのかもしれないという納得と、この数ヶ月親交のあった人物がこの世界にも異界にも存在しなくなることへの同情がないまぜになった。
「……エリーと名付けられた同胞がいます。あの子は人を傷つけたことがありません。おそらく、これからも他者に危害を加えることはないでしょう。それをどうか胸に留めおいてください」
 シズカが重々しくうなずく。その仕草を見届けたシドは目を閉じる。それまで巨狼の脚を除けようと抵抗した手が、床へ投げだされる。
「もっと早く、こうするべきでした」
 淡々とした声が響いた。その言葉は心から出てきたものだと拓馬は感じた。
(先生が、この空間をつくった理由……)
 赤毛が推測した、ヤマダの力を確認する試験場ではない。シドみずからが討たれるために用意した墓場──その意図が、彼の懺悔からうかがい知れた。
 シズカはだまってしまい、シドもまた耳目を閉じている。両者の決定に拓馬は口をはさめる立場ではないが、率直に「どうするんですか?」とシズカにたずねた。
「どうするかは──」
 不意に鉄扉の開く音が鳴った。扉を開け放った者は銀髪の少女だった。拓馬がそう認識したときには、彼女がシズカめがけて跳びついていた。シドを拘束する巨狼が迎撃の姿勢を見せる。だが「アオちゃん、待て!」と主人のおあずけを食らう。巨狼の助けをこばんだシズカは、少女の体当たりを受け止めて、たおれた。
「消さないで! おねがい!」
 少女はシズカにしがみつき、精一杯の助命を求めた。
「隠れるように言ったはず!」
 シドの怒号が飛ぶ。これが拓馬がはじめて見る、彼のはっきりとした負の感情だった。
 怒気を浴びた少女は肩をすぼめる。それでも彼女はシズカから離れない。
 たおれていたシズカは頭を上げた。少女と目線が合う。
「きみがエリーっていう子?」
 エリーは「うん」と答えた。シズカが「それなら話は早い」とにっこり笑う。
「最初からきみの仲間を消す気はないよ。だから安心してくれ」
 この言葉には少女だけでなく、拓馬も胸のつっかえがなくなる思いがした。
 シズカが「おりてくれるかな」と少女に頼む。エリーは素直にしたがった。
 シズカは体を起こした。巨狼に命令を出し、シドを解放する。寝そべるシドに、少女が嬉々として抱きついた。そのかたわらには巨狼が控える。この獣は人型の異形を見張っているらしい。シズカが巨狼ののどをなでて「もう大丈夫」と警戒心をゆるめさせた。
 シドが片膝を立てて座り、シズカをにらむ。
「どういうつもりですか?」
 シズカは巨狼から手をはなした。その表情は平常通り、緊迫感のない顔だ。
「おれは……罪の重さを理解し、悔いている者を、頭ごなしに罰する気にはなれない」
「罰さずに、どうするのです?」
「おれの役目はあくまで罪人の逮捕。あとは役人や被害者に罰を決めてもらうよ。といっても役人は異界のもこっちの世界のも、あなたの犯行を把握しきれちゃいない。おまけにこっちの被害者は被害当時の記憶を消しちゃったしで、身柄を渡せる相手は異界の被害者になるな」
 シズカは犯人を罰を受けないまま釈放するつもりはないようだ。それを知ったシドは憤怒の面持ちをやめ、自身にすがる少女をあわれんだ目で見る。少女は一転して不安顔になった。
「正当な報いです。わかってください」
 シドは少女をさとした。そのやり取りを見たシズカが語り出す。
「本当に罪を悔いているんなら、おれに処断されるのはお門ちがいだ。そんなラクな方法をとるまえに、あなたが会える限りの被害者の生き残りに詫びるんだ。たとえばあなたに家族を奪われた男の子は、おれの時間軸だと老いて病に伏せっていた。だけど立派に生きている。まずはその人に、あなたが会えるのなら償ってもらおう。おれが手を下すのは、被害者がそう望んだときだけだ」
 シズカはしゃがんだ。おびえた目で見る少女に、シズカは悲しく笑ってみせる。
「彼はいろんな人の、大事な家族をうばってしまった。それはきみにとっての彼と同じくらい、大切な人だった。だから、彼は謝らなくちゃいけない」
「消しちゃうの?」
「そうならない、とは約束できない。おれはそれが適切な罰だとは思わないがね」
 シズカが立ち上がり、今度は拓馬を見る。
「ヤマダさんを担いでもらっていいかい? おれも手伝うからさ、早いとこ帰ろう」
「でも、帰るには先生を……」
 たおさなくてはいけない、と言おうとする拓馬を、シズカが人差し指を立てて止める。
「方法はそれだけじゃない。ちゃんと本人が術の解き方を知っているはずさ。なにせ、おれの知り合いの弟子なんだ。正規の解除方法がわからない危険な術なんて、教わらないと思うよ」
 シズカは「それじゃ解除をよろしく」とシドに言いつけた。そして薄茶の巨体生物が消え去る。シドへの抑止力となる獣を、シズカが帰らせたのだ。そのことに拓馬はおどろく。
「え、いいんですか? あの狼をもう帰らせて」
「だいじょーぶ、先生は襲ってこないよ。彼がやりたかったことは、おれたちを連れ去ることじゃなかったんだからさ」
 シズカも拓馬と同じ心境にいたっていたのだ。拓馬はうなずいて「俺もそう思います」と答えた。
posted by 三利実巳 at 00:30 | Comment(0) | 長編拓馬 
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