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2018年08月08日

拓馬篇−10章6 ★

 シズカと拓馬は壇上へ向かう。壇上にてヤマダが演台にもたれかける様子を拓馬は記憶していた。いま見てみると彼女は壇上で横たわっている。
「あれ? あいつ、体勢が変わってるような……」
 拓馬たちが体育館にきたとき、彼女は壇上にある演台にもたれかかっていたはずだ。
「おれがああしたんだ。ヤマダさんから力を分けてもらうときに、ちょっと姿勢をくずさせちゃってね。変なことはしてないから、信じてくれよ?」
「わかってますよ」
 拓馬はシズカの潔白を疑わなかった。次に拓馬は壇へのぼる方法を考える。式典のときにはよく移動式の短い階段が設置されるが、現在は撤去されてあった。それがないと一メートルは高さのある壇からの上り下りが穏便にできない。
「壇にあがる用の階段、さがしてきましょうか?」
「二人がかりなら無くてもいいんじゃないかな。おれが壇にのぼるから、拓馬くんは下でヤマダさんをおぶってほしい」
 シズカが壇に両手をついた。ぐっと体を持ち上げ、壇上に片足ずつのせる。壇へのぼったシズカはさっそく、ヤマダの背後から彼女の両腕を持った。
「それじゃ、下ろそう」
 壇の縁までヤマダを引きずる。そこで方向をかえ、被救護者の両足を下ろす。拓馬は壇に背を向け、前傾姿勢になる。そのとき、銀髪の二人も壇の付近にいることに気付いた。彼らは拓馬たちには無関心のようだ。
(ヤマダを運ぶのを手伝う、って感じじゃないな)
 拓馬は自身の体に人一人分の重さが加わるのを感じながら、二人の動向を見守った。シドが壇の壁をうごかす。そこには式典で使われるパイプ椅子と滑り止め用の薄いマットが収納されている。壇下の格納庫にエリーが入った。壇上にいるシズカは不思議がって「この下に、なにかあるの?」と拓馬にたずねた。
「あ、壇の下はちょっとした倉庫になってて……」
「へえ、倉庫?」
 学校の造りに詳しくないシズカが壇上からおりた。彼は開いた壇の壁の奥を見つめる。
「これは言われなきゃ気付かないぞ。ここに、術の仕掛けがあるのかい?」
 シズカがシドに問うと「はい、あります」とほほえんだ。死闘を演じたあとでいながら、シドはすっかり平時の篤実な教師にもどっている。まだ腕が痛む拓馬には信じがたい早変わりだ。
(切り替えがはえーな……)
 人のよい教師と無骨な大男、その二つを演じ分けた者のなせる業なのかもしれなかった。

 拓馬が周囲のなごやかさに置いてけぼりを食う中、格納庫からエリーが出てきた。その両腕に平たく丸い石がある。その形状は一段だけの鏡餅のよう。不思議なことに、淡い光をはなっていた。シズカが発光する石に注目する。
「それがこの空間をたもつ術具か」
「はい。手元にあるものでつくりました」
「器用なことをするもんだね。これを壊したら帰れるのかい?」
「そうなのですが……ここで解除すると、元の世界の体育館に行き着くかもしれません」
「ん? なんかまずい?」
「人目につくかと……部活動をする子たちがいますから」
「そっか、せめて体育館は出ておこう」
 シズカがヤマダのリュックサックを回収し、鉄扉を開ける。一行は一時、館外へ出た。全員が通路へ出ると、シズカは鉄扉を閉める。
「ここでいい? それとも、試験をする教室まで行くかい?」
「ここにします。この場なら人目についても、体育館から出てきたのだと思われそうですし」
 少女が抱える奇妙な石を、シドが受け取る。彼が持ったとたんに石の光は失われ、粉々に砕けた。砕けた石の粉は消えてなくなる。彼の手中には紫色のガラス片だけがのこった。
(あ、小瓶に入ってたやつ……)
 シドの仕事机にあった石と同じものだ。赤毛が言った「石が空間をつくる補助になっている」という見立ては正しかったようだ。
 周囲に熱気がこもってくる。外から蝉の鳴き声が聞こえた。そしてたったいま出た館内からも、ボールが床をつく音や人の走る音も鳴った。生命の気配がもどってきたのだ。
(もどるときって、案外フツーなんだな)
 拓馬とヤマダが異空間に連れてこられたときは気絶させられていた。その落差を意外に感じつつも、拓馬は安堵の一息をついた。
 さいわい、体育館前には人がだれもいなかった。そこでシドが「いかがしますか?」とシズカに今後の行動を問う。
「その、私の償いはいつ──」
「それはあと! まずはいまやることをやってかからないとね」
「と、言いますと?」
「ヤマダさんの追試を優先しよう。そうしなきゃ、彼女が夏休みをすごせないんだろ?」
「おっしゃる通りですが、いまのオヤマダさんは試験ができる体調ではないと思います」
 拓馬の背には就寝中のヤマダがいる。いろんな人から元気を吸われて、現在はヘロヘロな状態にちがいない。これは試験の日を改めたほうが無難そうである。
「ほかの日にずらせることって──」
 拓馬が提案しかけたのをシズカが「ちょっと待った」とさえぎる。
「すぐに復活できる方法がある。おれの友だちを呼ぶんだ」
「シズカさんの友だちって、疲労回復までできるんですか?」
「うん、体調不良はなんでも治療できる知人がひとり、ね」
「はー、そら便利な……」
「その代わり、おれがしんどくなる」
 シズカは冗談めいて言った。だが本当のことだ。拓馬はそういった現象に立ち会っている。一時的にヤマダの仲間になった武者が、ヤマダの力を借りて戦い、ヤマダがたおれる事態になったのと同じ理屈だ。
「わかりました。その手でいきましょう」
 シドは二つ返事でシズカにしたがう。一同は二階の空き教室へ向かうことになった。
 エリーはシドの背後からおぶさるかのように、彼の両肩に腕をのせる。ヤマダを背負う拓馬の真似をしているようだった。シドは仲間の行動に一言もふれない。なので拓馬とシズカも言及しなかった。

 拓馬たちは階段に向かう。廊下にて、後ろ手を組みながら歩く中年男性に遭遇した。この中年は校長である。額の面積が広い彼は拓馬たち一行に気付くと、早歩きで接近してくる。
「おお、シド先生! それにも露木さんも。お二人はお話ができましたかな」
「ええ、まあ……」
 校長はシドの背にいるエリーに気づかずに話す。彼女は常人に見えない姿でいるらしい。
「いやはや、二人とも忽然と消えてしまったからどうしたものかと──」
「校長、勝手に追試を放棄して、申し訳ありません」
「いや、気にしないでくれたまえ」
 低頭するシドに対し、校長は太っ腹なおおらかさで応じる。
「きみにはふかーい事情があったのだと思う。仔細は聞くまい、無粋ゆえ!」
 校長はいたく上機嫌だ。なにかうれしいことがあったのだろうか。
「成績は期日までに出してくれればいい。細かいことにはこだわらんよ」
「お許しいただけるのですか?」
「そうとも! きみと小山田くんは身持ちが堅いから、安心して見ていられるというものだ」
 校長は「存分に逢瀬を楽しみたまえ!」と言いのこし、スキップしていった。
(なんかカンちがいしてるみたいだな……)
 教師と生徒が試験をすっぽかす間、その二人がいちゃいちゃしていた、とでも校長は思ったらしい。その能天気さのおかげで不可思議な事情を不問にされた。それは痛い腹をさぐられたくない拓馬たちにとって幸運である。しかし──
「これが現実か……」
 と拓馬はぼやき、全身に疲労を感じた。念願の帰郷に際して出迎えてくれた人があれでは、ありがたみがうすれた。
「二人は校長公認の仲?」
 シズカは真顔でシドにたずねる。質問された側は首を横にふる。
「校長の偏見です。私にはそういった感情がありません」
「うん、それはおれの知り合いからも聞いてる。でもヤマダさんのほうは?」
「オヤマダさんも、校長が考えるような色恋の情はないと思います」
「そうなの?」
 シズカは拓馬に聞いてきた。拓馬もはっきりしたことはわからない。
「俺もどうなのか、ちょっと……友だち感覚だとは思うんですけど」
「じゃ、校長さんの思いこみのおかげで責任追及を回避できたわけか。結果オーライだね」
 以降、三人はだれともすれちがわずに二階の空き教室に到着した。シズカが教室内の椅子をうごかす。
「ここにヤマダさんを座らせてくれ」
 拓馬はヤマダを席に着かせた。シズカはヤマダの荷物をそばの机に置く。
「友人を呼ぶまえに、先生に聞いておこうか」
「なんでしょう?」
「先生の仕事って、いま立てこんでる?」
「いえ、この追試に関わること以外は、いそがしくありません。なぜそれをお聞きになるのです?」
「先生の仕事がおわったら、おれと一緒に向こうへいこうかと思って」
 罪人の表情がけわしくなる。
「あちらで、私の被害者に会うのですね?」
「ああ、まずはこれまでの犯行とその動機を聞かせてもらう。そのあと被害者に会って、被害者希望の罰を受ける。その段取りでいいかい?」
「貴方の意向に従います」
「いい返事だ。おれは近所の喫茶店にいるんで、あとで合流しよう。案内はちゃんとつけるからね」
「案内は遠慮します。この子を、貴方に同伴させますので」
 シドの背に乗っていた少女が床に立った。シズカは「わかった」と了承する。
「そうしてくれるとたすかる。おれも力の消費っぷりがひどいんだ」
 シズカは目を閉じた。口元を手でおおうと、シズカの周りの景色がゆがむ。ゆがみは人の形を成し、人らしい色が着く。着色後、白いコートを着た黒髪の男がシズカのとなりに現れた。無表情な男性に、シズカが笑いかける。
「クラさん、薬を分けてくれる?」
 うねった長い髪の男は懐に手を入れ、小さな包みを出す。
「……お前が直接、精気を渡せばいいだろうに」
「用事はそれだけじゃない。この子の体をちょっと治してほしいんだ」
 シズカは包みを受け取るかたわら、拓馬を指さした。長髪の男性は拓馬をじっと見る。
「腕にあざができているな……」
 拓馬は自身の前腕を見てみた。たしかにナックルに触れた部分は赤紫色に変色している。
「お前がついていながら、ケガをさせたのか」
「むかしの教え子くんにナックルをあげたろ? あれを食らった子なんだ、療術で全回復しておいてよ」
 男性はシドの顔を直視する。シドは一礼して「お久しぶりです」と言った。
「こんな男は知らん」
「え……」
「私が術を教えた男はもっと素朴で、心やさしい若者だった。他者をなげき悲しませるようなやつは知らん」
 男性はシドの過去を責めている。そうと知ったシドは「返す言葉はありません」と一言答え、男性から顔をそむけた。
 かつての教え子を叱責した男性が、拓馬の右手首をつかんだ。前腕部分をさわられると痛みが走る。
「いっ……そのへん、モロに食らったとこなんで……」
「わかった。すぐに治す」
 男性の手があたたかくなる。あたたかみは右腕から背中へ伝わり、左腕まで達する。その感覚に拓馬は既視感をおぼえる。
(あれ? この感じ、はじめてじゃないような)
 拓馬の父がケガの回復をはやめてくれるときも、このようなあたたかい力を感じていた。拓馬が負傷部分を見ると、すっかり肌の色がもとにもどっている。
(もしかして、父さんの力もリョウジュツってやつなのかな)
 その疑問を男性にたずねてみたかったが、彼は治療を終えるとさっさと教室を出てしまった。出ていく背中に対し、シドが「治療していただき、ありがとうございます」と謝辞をのべた。
 拓馬の治療の間にシズカはヤマダの服薬はすませたようで「拓馬くんには夜に連絡するね」と言って、彼も退室した。この場は教師と二名の生徒だけになる。
「ネギシさんは、ここにいますか?」
 教師は突然な質問をしてきた。彼の言わんとすることは、拓馬の想像がついた。
「オヤマダさんを一人にしては気が休まらないでしょう。この教室で読書や宿題をして、時間をつぶしていてもかまいません」
 シドは「試験の準備をしてきます」と言って教室を出た。拓馬は教室にのこるか帰るか、選択を迫られている。
(心配っちゃ心配だけど……)
 シドの目的はシズカに打倒されること。拓馬たちはそのダシに使われたのだ。拓馬がシドを警戒する必要はない。だがほかに懸念はあった。
(こいつがちゃんと家に帰れるかってことが心配かな?)
 拓馬は本日何度目の居眠りをしたかわからない女子を見る。弱っている彼女をひとりで帰らせるのは心もとない。一緒に帰宅するか、と拓馬は考えた。
 居残りを決意した拓馬は自分の荷物を取りにいく。自席にあった鞄を持った。その際、ふと現在の時刻が気になって、教室内の時計を見る。あの異空間に二、三時間は閉じこめられていたように感じたのだが、時計の針はせいぜい三十分ほどしかうごいていない。
(あの中だと時間の流れ方がちがうのか?)
 シズカに聞いた異界の特徴によれば、あちらで何年すごそうしても、もとの世界では数分程度の時間経過ですむのだという。異界の特性に近いという異空間も、似たようなものなのだろう。
 ひとつ疑問が解消できた拓馬は空き教室へもどる。このときにはヤマダが起きていた。彼女は狐につままれたような顔で、拓馬を見る。
「ねえタッちゃん、わたしはここでずっとねてた?」
「いや、いろんなとこでねてたよ。ここの下の教室とか、向かいの校舎の階段とか」
 拓馬が具体的な就寝場所をあげていく。ヤマダは拓馬と共通の記憶を有していることを知って、笑顔になる。
「あ、じゃあ夢じゃないんだね、あれ」
「ああ、くわしい話は追試がおわったあとでな。俺もここにのこるから」
 ヤマダが試験に集中できるよう、拓馬は彼女の視界に入らない位置を陣取った。拓馬の時間つぶし方法は、夏休みの宿題だ。国語の問題集をひらき、課題に指定されたページをさがした。
 拓馬が自習の姿勢をとる中、シドが追試用の問題と答案用紙を持ってくる。ヤマダは緊張した面持ちでシドを見ていた。彼が渡す紙を、無言で受け取っていた。
「貴女が解答を終えれば試験終了です。一発合格できるよう、がんばってください」
 シドは教卓に着いた。ヤマダは一言も発さずに試験問題を解きはじめる。拓馬も宿題に手をつけた。
 ときおり、時刻の確認がてらシドを見る。その様子はさっきまで熾烈な戦いを行なった者とは思えないほど、おだやかだった。
posted by 三利実巳 at 02:55 | Comment(0) | 長編拓馬 
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