2018年08月05日
拓馬篇−10章4 ★
「It's so great!」
壇上より、拍手とともに称賛の声があがった。壇上の演台の奥には笑みをたたえた銀髪の教師が立っている。いつもの黒シャツに黄色のサングラスを身に着けた格好だ。異形の少女の話では大男が待ち受けるはずだが、拓馬はおどろかなかった。これは想定しえた一場面だ。
(やっぱりか……)
みずから正体をあきらかにしていても、教師は人の良さそうな演技を継続している。その対応が殊更彼の空恐ろしさを助長させた。
不気味な人物がいる演台の側面に、ヤマダが座っていた。演台にもたれかかっている。例のごとく元気を吸われて、ねむっているのだろう。
(しばらく起きなさそうか)
無事だと知れただけ、一安心できた。彼女を拉致した者が拍手をとめる。
「皆さん、よくたどり着きました」
偽りの教師は気さくな調子を維持する。
「ツユキさん、貴方にもお越しいただけて感激しています」
シズカも対抗してか温厚な顔をする。
「お招きありがとう。えーと、あなたのことはなんて呼んだらいいかな。『シド』さん、『ジルベル』さん、それとも『スタール』さんか」
拓馬には聞きおぼえのない名前が出た。それは銀髪の教師が教師に扮する以前に使っていた名前におぼしい。
「どれでも結構です。すべて、私の名ではありません」
「そうかい。じゃあシドさん、あなたに聞こう。今年の一月から発生した高校生が昏睡する事件と、先月に同じ症状になった小田切くんの件、すべてあなたがしたことか?」
オダギリ、という名も拓馬は初耳だった。しかしその名に心当たりはある。
(『オダ』ってよぱれてた金髪の本名かな?)
あの不良少年が現在どうしているか、知らない。病院に搬送された以後、シズカがその居場所を突きとめたはずだが、そこがどこかはまだ教えてもらっていなかった。
私服警官に問われた教師から笑顔が消える。
「聞いてどうします。私が『はい』と答えて、逮捕できる証拠はありますか?」
「ないね。でもおれは警官だからここにきたんじゃない」
「ではどんな動機です?」
「異人の代表として、あなたを止める」
その立ち位置こそが、シズカを警官の職に向かわせた理由だ。
「私を制するおつもりなら、屈服させてください。手段は問いません」
「決闘をしようってことかい?」
「はい」
「ご指名がおれ一人だけじゃないなら受けよう」
「もとよりそのつもりです。どうぞ、だれを呼ぶか選んでください。三分待ちましょう」
シドが懐中時計を手にする。彼が時計をいじる光景を、拓馬ははじめて見た。
「拓馬くん、おりいって頼みがある!」
シズカは拓馬の両肩をつかむ。
「おれは猿の友だちを呼ぶ。でもこの子じゃ彼はたおせない。あくまで足止め係だ」
「足止め?」
「そうとも。先生をたおすには、ほかの子の助けがいるんだ」
「どうして最初から強いやつを呼ばないんですか?」
「ここへくるまでに力を使いすぎた。回復薬を飲んでも、その子を呼ぶにはすこーし力が足りない」
「じゃ、どうやって力を回復するんです?」
「ヤマダさんから借りる。見たところだいぶ弱ってるが、それでも充分だ」
拓馬は壇上のヤマダを見ようとした。が、シズカの両手が拓馬の両頬をおさえたせいで、視線をずらせなかった。
「おれがヤマダさんに近づければ勝てる。でも先生はきっとおれのジャマをしてくるはず。だから、だれかが先生の注意を引く必要がある」
「それが、猿の友だち?」
「そう。それと、きみもだよ」
シズカは無理難題を要求してきた。拓馬はその期待が現実的でないことを、あわてて伝える。
「ムチャ言わないでください! あの人、拳法の達人をあっさり負かしてるんですよ」
「勝たなくていい。負けなきゃいいんだ」
「どっちにしても無理です」
「大丈夫、おれがきみの体を強化しておくよ。この札の力で」
シズカは肩掛け鞄から札を二枚出した。漢字らしき模様が墨で書かれた札だ。一枚はさきほど見た模様だが、もう一枚は別物のようだ。
「さっき廊下で使ったのと同じ種類もある。効果は期待できるだろ?」
拓馬は脚力が増幅された体験により、札があれば俊敏性においてシドに遅れをとらない希望が見えてくる。
「はい、まあ……もうひとつのはなんですか?」
「こっちは防御力を高めるんだけど、先生相手だと注意事項が──」
シズカが話しおわらない間に「三分が経ちます」と無情なタイムアップ宣告がくだる。
「準備はよろしいですか?」
シドは自身の提示した約束事を守ろうとしている。シズカは拓馬との相談と戦闘支度が完了していない。にもかかわらず、一歩まえへ出る。
「ああ、いいよ。あなたの相手はこの子だ」
シズカが立つ前方に、こげ茶色の猿が現れる。大きさは一般的なニホンザルと同程度の、人の背の半分。その身に赤い法被を着て、顔にお面を被っている。
シドが奇異な外見の獣を一瞥した。あまり興味がなさそうに目をつむると、サングラスを外し、それを演台に置く。
「結構。その小さな体でどれほど持つか、試してみましょう」
シズカが「バレてるかな?」と猿が本命の対戦相手ではないことをつぶやいた。だが前言撤回するかのように声を張り上げる。
「おれたちが勝ったらもとの世界に帰してもらおう。でも、あなたが勝ったらどうするつもりだ?」
「私と同行を願います。我が主《あるじ》がお待ちです」
「そのアルジさんの目的はなんだ? 世界平和のため、というわけじゃなさそうだが」
「答えられません。質問は以上でよろしいですか」
演台から離れた手には銀色に光るなにかがあった。なんらかの取っ手部分のような、金属製のもの。それを見たシズカがまた別の質問をする。
「そのナックル、おれの知人があなたに造ってあげた物かい?」
「そうです。術が不得意な私に合わせていただいた武器です」
「それは悪事の手助けをするために造った道具じゃない。自分と他者を守るために与えられたはずだ」
「御託を聞くつもりはありません」
壇上よりシドが飛びおりた。彼がシズカめがけて駆ける。もう話し合いは無しのようだ。その唐突な戦闘開始ぶりに拓馬はとまどう。
(うわ、まだシズカさんの援護をもらってないのに……)
襲来する者と対峙する者、二人の間に猿が入る。猿は両手の爪を急激に長くのばした。生やした爪で襲来者を威嚇する。シズカは「いまのうちに」と札を二枚広げた。札が二枚、同時に塵となる。
「速さと耐久力を高めておいた。これで戦いやすくなるはずだ。でも注意点がある。あの先生のナックルは食らわないようにしてくれ」
早口でシズカは説明をすませると、壇上に向かって走りだした。
壇上より、拍手とともに称賛の声があがった。壇上の演台の奥には笑みをたたえた銀髪の教師が立っている。いつもの黒シャツに黄色のサングラスを身に着けた格好だ。異形の少女の話では大男が待ち受けるはずだが、拓馬はおどろかなかった。これは想定しえた一場面だ。
(やっぱりか……)
みずから正体をあきらかにしていても、教師は人の良さそうな演技を継続している。その対応が殊更彼の空恐ろしさを助長させた。
不気味な人物がいる演台の側面に、ヤマダが座っていた。演台にもたれかかっている。例のごとく元気を吸われて、ねむっているのだろう。
(しばらく起きなさそうか)
無事だと知れただけ、一安心できた。彼女を拉致した者が拍手をとめる。
「皆さん、よくたどり着きました」
偽りの教師は気さくな調子を維持する。
「ツユキさん、貴方にもお越しいただけて感激しています」
シズカも対抗してか温厚な顔をする。
「お招きありがとう。えーと、あなたのことはなんて呼んだらいいかな。『シド』さん、『ジルベル』さん、それとも『スタール』さんか」
拓馬には聞きおぼえのない名前が出た。それは銀髪の教師が教師に扮する以前に使っていた名前におぼしい。
「どれでも結構です。すべて、私の名ではありません」
「そうかい。じゃあシドさん、あなたに聞こう。今年の一月から発生した高校生が昏睡する事件と、先月に同じ症状になった小田切くんの件、すべてあなたがしたことか?」
オダギリ、という名も拓馬は初耳だった。しかしその名に心当たりはある。
(『オダ』ってよぱれてた金髪の本名かな?)
あの不良少年が現在どうしているか、知らない。病院に搬送された以後、シズカがその居場所を突きとめたはずだが、そこがどこかはまだ教えてもらっていなかった。
私服警官に問われた教師から笑顔が消える。
「聞いてどうします。私が『はい』と答えて、逮捕できる証拠はありますか?」
「ないね。でもおれは警官だからここにきたんじゃない」
「ではどんな動機です?」
「異人の代表として、あなたを止める」
その立ち位置こそが、シズカを警官の職に向かわせた理由だ。
「私を制するおつもりなら、屈服させてください。手段は問いません」
「決闘をしようってことかい?」
「はい」
「ご指名がおれ一人だけじゃないなら受けよう」
「もとよりそのつもりです。どうぞ、だれを呼ぶか選んでください。三分待ちましょう」
シドが懐中時計を手にする。彼が時計をいじる光景を、拓馬ははじめて見た。
「拓馬くん、おりいって頼みがある!」
シズカは拓馬の両肩をつかむ。
「おれは猿の友だちを呼ぶ。でもこの子じゃ彼はたおせない。あくまで足止め係だ」
「足止め?」
「そうとも。先生をたおすには、ほかの子の助けがいるんだ」
「どうして最初から強いやつを呼ばないんですか?」
「ここへくるまでに力を使いすぎた。回復薬を飲んでも、その子を呼ぶにはすこーし力が足りない」
「じゃ、どうやって力を回復するんです?」
「ヤマダさんから借りる。見たところだいぶ弱ってるが、それでも充分だ」
拓馬は壇上のヤマダを見ようとした。が、シズカの両手が拓馬の両頬をおさえたせいで、視線をずらせなかった。
「おれがヤマダさんに近づければ勝てる。でも先生はきっとおれのジャマをしてくるはず。だから、だれかが先生の注意を引く必要がある」
「それが、猿の友だち?」
「そう。それと、きみもだよ」
シズカは無理難題を要求してきた。拓馬はその期待が現実的でないことを、あわてて伝える。
「ムチャ言わないでください! あの人、拳法の達人をあっさり負かしてるんですよ」
「勝たなくていい。負けなきゃいいんだ」
「どっちにしても無理です」
「大丈夫、おれがきみの体を強化しておくよ。この札の力で」
シズカは肩掛け鞄から札を二枚出した。漢字らしき模様が墨で書かれた札だ。一枚はさきほど見た模様だが、もう一枚は別物のようだ。
「さっき廊下で使ったのと同じ種類もある。効果は期待できるだろ?」
拓馬は脚力が増幅された体験により、札があれば俊敏性においてシドに遅れをとらない希望が見えてくる。
「はい、まあ……もうひとつのはなんですか?」
「こっちは防御力を高めるんだけど、先生相手だと注意事項が──」
シズカが話しおわらない間に「三分が経ちます」と無情なタイムアップ宣告がくだる。
「準備はよろしいですか?」
シドは自身の提示した約束事を守ろうとしている。シズカは拓馬との相談と戦闘支度が完了していない。にもかかわらず、一歩まえへ出る。
「ああ、いいよ。あなたの相手はこの子だ」
シズカが立つ前方に、こげ茶色の猿が現れる。大きさは一般的なニホンザルと同程度の、人の背の半分。その身に赤い法被を着て、顔にお面を被っている。
シドが奇異な外見の獣を一瞥した。あまり興味がなさそうに目をつむると、サングラスを外し、それを演台に置く。
「結構。その小さな体でどれほど持つか、試してみましょう」
シズカが「バレてるかな?」と猿が本命の対戦相手ではないことをつぶやいた。だが前言撤回するかのように声を張り上げる。
「おれたちが勝ったらもとの世界に帰してもらおう。でも、あなたが勝ったらどうするつもりだ?」
「私と同行を願います。我が主《あるじ》がお待ちです」
「そのアルジさんの目的はなんだ? 世界平和のため、というわけじゃなさそうだが」
「答えられません。質問は以上でよろしいですか」
演台から離れた手には銀色に光るなにかがあった。なんらかの取っ手部分のような、金属製のもの。それを見たシズカがまた別の質問をする。
「そのナックル、おれの知人があなたに造ってあげた物かい?」
「そうです。術が不得意な私に合わせていただいた武器です」
「それは悪事の手助けをするために造った道具じゃない。自分と他者を守るために与えられたはずだ」
「御託を聞くつもりはありません」
壇上よりシドが飛びおりた。彼がシズカめがけて駆ける。もう話し合いは無しのようだ。その唐突な戦闘開始ぶりに拓馬はとまどう。
(うわ、まだシズカさんの援護をもらってないのに……)
襲来する者と対峙する者、二人の間に猿が入る。猿は両手の爪を急激に長くのばした。生やした爪で襲来者を威嚇する。シズカは「いまのうちに」と札を二枚広げた。札が二枚、同時に塵となる。
「速さと耐久力を高めておいた。これで戦いやすくなるはずだ。でも注意点がある。あの先生のナックルは食らわないようにしてくれ」
早口でシズカは説明をすませると、壇上に向かって走りだした。
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