2018年08月04日
拓馬篇−10章3 ★
拓馬は狐を抱え、職員室前を通り過ぎた。ヤマダを置いてきた空き教室へもどる道中、またも化け物連中が出現する。ただし一体二体がちらほら通せんぼする程度だ。その脇を危なげなくすりぬけて行った。
(なんでさっきだけ、かたまってたんだ?)
最短ルートは通行止めをくらった。五、六体の異形がその体を盾にしてきたのだ。この現象は単なる偶然ではないように思えてくる。
(俺のジャマをする意味……時間稼ぎか?)
拓馬が二階の空き教室へ帰還するのを遅らせたかった。そんないやがらせか、もしくは拓馬を疲弊させるつもりだろうか。
(セコいことしてくるんだな)
持ってまわった仕掛けにめんどくささを感じた。
(まあいいや、いまはシズカさんと合流する!)
拓馬は空き教室に到着する。戸の窓をのぞくと人影が見えた。毛先が外に跳ねた短髪、学生のような白い半袖シャツ、肩から提げた肩掛け鞄──それらの特徴を持つ人物と拓馬は直接会う機会はすくないが、見間違えることはない。これが拓馬たちの守り手だ。
「シズカさん!」
拓馬は力いっぱいに戸を引いた。室内にいた若い男性は物柔らかな笑みで入室者を見る。
「拓馬くん、大変だったね。ケガはしてないかい?」
「大丈夫ですっ」
拓馬は安堵と歓喜を押しとどめながら即答した。拓馬がシズカを観察したところ、彼は手に持った紙切れを見ていたようだった。ヤマダの無地のメモ用紙ではなく、罫線が印字された紙だ。拓馬はその紙がなんなのか気になったものの、先にもうひとりの仲間の姿をさがした。
教室を見渡すとヤマダの荷物が机上に置かれている。しかし持ち主はいなくなっていた。
「あれ? あいつ、どこに……」
「おれはさっき着いたばかりだけど、この教室にはだれもいなかったよ」
「え……ヤマダがいたはずなんです」
どこかに行ったのだろうか、と拓馬は心配になる。
(俺のメモ書き、気付かなかったのか?)
拓馬直筆のメモが落ちてないかと思い、ヤマダが横になっていた付近の床を見る。白い紙は見当たらない。
「彼が連れていったらしい」
シズカは持っていた紙切れを拓馬に見せる。罫線が引かれた紙には「体育館にて待つ」の一言が書きのこしてあった。その字は、シドのものと似ている。
「俺がヤマダを置いていったせいで……」
拓馬は自身の選択が誤っていたのだとくやんだ。この教室に寄りつかないのは、下っぱの化け物のみ。連中を指揮する男には無関係なのだと、いまになって気付いた。
(ずっと体育館で待ってるんじゃないのか……)
赤毛が校内をめぐっても大男または英語教師に遭遇しなかったという。なので、拓馬は勝手に、相手はラスボスらしく最深部に閉じこもっているのだと思っていた。
「その子を捜してくれたんだろ? きみはわるくないさ」
シズカは拓馬の腕に抱かれた白い狐を受け取る。
「それに、彼はおれにも用事があるんだ。おれが行くまではヤマダさんに危害を加えないと思うよ」
シズカが狐をなでながら言う。するとぴくりともしなかった狐が目を開ける。そして霧のごとく消えた。
「あ、キツネが……」
「ツキちゃんには一足先に帰ってもらった。いまは弱ってて、一緒に戦えなさそうだ」
「ほんとに生きてたんだ……」
「ああ、この子なら……大男さんにつかまっても殺されはしないと思ってたからね」
「?」
「彼、動物が好きなんだよ。とくにキツネは彼の故郷にいたんで、愛着があるらしい」
「動物好き、か……」
シドも拓馬の飼い犬相手に愛情をもって接していた。いよいよもって同一人物の確信ができあがっていく。
「やっぱ先生なのか……」
「それを確かめるためにも、体育館に行こう」
シズカは肩掛け鞄から細長い紙を出した。変な字形の漢字が書いてある。
「それ、おフダですか?」
「そう。異界限定で使える道具だ。この世界にもどってから自作してみたけど、なにも効果が出なかった」
「ここなら使える……と?」
「ああ、異界に近い空間みたいだからね」
シズカは目を閉じて深呼吸する。これから使用する札はどういう性能なのか拓馬は知らされていないが、彼のすることならきっと意味のあることだと信じた。
拓馬は移動の準備のため、ヤマダの荷物を持った。さきほど拓馬がヤマダを置いていった際に拓馬が散らかした文具類はリュックサックに収納されてある。七つのピースの置き場も、拓馬が取り出すまえの位置にもどっていた。おそらくヤマダが片付けたのだ。言い換えれば、ヤマダは意識のある状態でシドに連れ去られたことになりうる。
(こわかっただろうに、そばにいてやれなかったな)
拓馬が教室にいたとしても、あの教師にかなう見込みはゼロ。そうと頭でわかっていながら、自分が友人を守るために善処しなかったことをくやんだ。
気落ちする拓馬の周りに、もくもくと煙が出てきた。シズカを見ると、彼の持つ札が焼け焦げている。札の上部から徐々に黒くなり、塵と化していた。その塵から色のうすい煙がやおら出て、二人をつつむ。
「この煙はなんです?」
「足が速くなる効果がある。ちゃんと効いてるか、ためしてみよう」
シズカが廊下に出る。数メートル先に異形が、複数うごめいていた。
「おっと、こんなに歓迎してくれるんだね」
「あいつらニブいんで、逃げきれますよ」
「よし、それじゃ体育館までダッシュで案内してくれるかい」
拓馬は快諾した。リュックサックを背負い、走り出す。床を蹴る感触がさほど強くないにも関わらず、一歩一歩の進む距離が長かった。野生動物のように軽やかに走れている。拓馬の後ろを追うシズカが「ちゃんと効いてるね」と満足げに言った。
二人は階段を駆け下りる。階段にも黒い連中はいたが、それらを跳びこさんばかりに駆け抜けた。
「こんなに亡人がいるなんて、びっくりだな」
「もうじん?」
「この黒い生き物のことだよ。異界では亡人が人を襲う事件がたびたびあったんだ」
「凶暴なんですか?」
「それがどうとも言えない。おれには亡人の知り合いがいるんだが、そいつはやさしくて気のいいやつだよ」
「個体差があるってことですか?」
「そうかもね。だから、一概にわるい生き物だとは言えないんだ」
シズカは異形に理解があるようだ。それを聞いた拓馬がひそかに安心する。
(やっぱり、あの子がビビるような人じゃない)
銀髪の少女は、過剰な自己防衛に走ったのだ。おそらくそれが司令塔の命令なのだろう。
(それはいいとして……解答、どうしよう)
シズカの的確な補助の影響で、二人はすぐに体育館前に到着した。扉にはなお問題文の書かれた札がある。シズカが札の文字を指でなぞった。
「これは……向こうの文字か。こういう並びは見たことがないけど……」
「それ、スペルは英語なんです。問題は訳してあります」
拓馬はリュックサック内にあるヤマダのメモ帳をさがした。メモ帳を見つけると、いま必要なページを開く。それをシズカに渡そうとした。そのときの彼は黒い丸薬を飲む最中で、両手がふさがっていた。
「なんの薬ですか?」
シズカがペットボトルの水で丸薬を押し流した。口の中が空になった彼は「回復薬だよ」と言う。
「友だちをよぶときに使う元気を、はやく取りもどすためのものなんだ。おれにとっての常備薬だね」
シズカは拓馬が広げたメモをじっと見た。しばらくして彼がうなずく。それが「メモの内容を理解した」という合図だと拓馬は察する。
「あつめた七つのピースを問題の板にはめて、正しく答えられたら扉が開くみたいです」
シズカは「なるほど」と納得しながらも、鉄扉を開けようとした。扉はびくともしない。
「おれがくればフリーパスになるかと期待したんだがね」
ビップ待遇はしてくれないか、と冗談半分でシズカは残念がった。拓馬もその意見には同意である。相手方が必要とする役者はすでにそろった。いつまでも面会の場を封鎖する意味があるだろうか。
シズカはそれきり問題を解く方向へ事を進めた。拓馬は文字の変換表を提示する。
「これの、丸のついた文字とアルファベットが、解答に使う文字で──」
説明のさなか、拓馬は表の余白に注目する。ヤマダの字で書いた英単語があるのだ。その語句は表中に丸をつけた字で構成されている。しかしそれは六文字までの記述だった。拓馬はシズカと顔を見合わせる。
「あいつ、答えがわかったんじゃ……?」
「その答えをあてはめてみよう。解答に使うものは……」
拓馬はピースを収納したリュックサックのポケットを開く。シズカは拓馬が開けたポケットに手を入れた。そこからピースを片手でつかめるだけつかむ。拓馬は作業効率を上げるため、のこるピースをすべて自身の手のひらに乗せた。
解答をこころみるシズカの手際は良かった。拓馬ではいまだに文字の向きが熟知できていないのに、シズカは表を見なくても正しい向きに直せた。異界の文字が頭にインプットされているらしい。
シズカが最後のピースに手をかけたとき、彼はそのピースの文字をしげしげと見る。
「のこり一個……入れてみようか」
シズカはアルファベットの「A」にあたる文字の板をはめる。カチっと音が鳴った。鉄扉にかかった札は透明になって、消える。
「あー、答えが消えちゃったね」
シズカが淡い落胆の声をあげた。
「なんて答えたんですか?」
「フォルトゥナという女神さまだよ。英語のフォーチュンの語源になってたと思う」
拓馬はシズカが発声した英単語を最近見聞きしたおぼえがある。
「フォーチュン……?」
「『幸運』とか『運命』って意味だよ」
「あ、『グッドフォーチュン』!」
追試会場の黒板に書かれていた激励の言葉だ。ヤマダが書きのこした六文字を見てみるに、それらはフォーチュンと綴りが同じである。そのことを知ったいま、拓馬は徒労を感じてしまう。
「黒板に書いてあった英文に、この答えをまぜてたのか……」
「最後のアルファベットだけ、スペルがちがうけどね。でもちがう文字がひとつだけならきみたちがチャレンジしてくれる、と彼は思ったんだろう」
かぎりなく答えに近いヒントが、拓馬たちの目につく場所に用意してあった。その親切心が、拓馬にはすこし憎らしく映る。
「手のこんだヒントだな……フツーにはげましのフレーズだと思った」
「おなじみのセリフに偽装しやすい言葉を、答えにえらんだのかもね」
シズカが「それで、だ」と真面目な表情になる。
「これでやっと体育館に入れる。……心の準備はいいかい?」
拓馬はぎこちなく首を縦にうごかした。緊張するが、もたもたしてはいられない。先へ進まねば、もといた世界にはもどれないのだ。
シズカはにっこり笑ってみせ、鉄扉を開けた。パッと見たところの館内は無人だ。運動器具もない。人気のない体育館に二人が入る。すると乾いた拍手が鳴りだした。音の出所は壇上だった。
(なんでさっきだけ、かたまってたんだ?)
最短ルートは通行止めをくらった。五、六体の異形がその体を盾にしてきたのだ。この現象は単なる偶然ではないように思えてくる。
(俺のジャマをする意味……時間稼ぎか?)
拓馬が二階の空き教室へ帰還するのを遅らせたかった。そんないやがらせか、もしくは拓馬を疲弊させるつもりだろうか。
(セコいことしてくるんだな)
持ってまわった仕掛けにめんどくささを感じた。
(まあいいや、いまはシズカさんと合流する!)
拓馬は空き教室に到着する。戸の窓をのぞくと人影が見えた。毛先が外に跳ねた短髪、学生のような白い半袖シャツ、肩から提げた肩掛け鞄──それらの特徴を持つ人物と拓馬は直接会う機会はすくないが、見間違えることはない。これが拓馬たちの守り手だ。
「シズカさん!」
拓馬は力いっぱいに戸を引いた。室内にいた若い男性は物柔らかな笑みで入室者を見る。
「拓馬くん、大変だったね。ケガはしてないかい?」
「大丈夫ですっ」
拓馬は安堵と歓喜を押しとどめながら即答した。拓馬がシズカを観察したところ、彼は手に持った紙切れを見ていたようだった。ヤマダの無地のメモ用紙ではなく、罫線が印字された紙だ。拓馬はその紙がなんなのか気になったものの、先にもうひとりの仲間の姿をさがした。
教室を見渡すとヤマダの荷物が机上に置かれている。しかし持ち主はいなくなっていた。
「あれ? あいつ、どこに……」
「おれはさっき着いたばかりだけど、この教室にはだれもいなかったよ」
「え……ヤマダがいたはずなんです」
どこかに行ったのだろうか、と拓馬は心配になる。
(俺のメモ書き、気付かなかったのか?)
拓馬直筆のメモが落ちてないかと思い、ヤマダが横になっていた付近の床を見る。白い紙は見当たらない。
「彼が連れていったらしい」
シズカは持っていた紙切れを拓馬に見せる。罫線が引かれた紙には「体育館にて待つ」の一言が書きのこしてあった。その字は、シドのものと似ている。
「俺がヤマダを置いていったせいで……」
拓馬は自身の選択が誤っていたのだとくやんだ。この教室に寄りつかないのは、下っぱの化け物のみ。連中を指揮する男には無関係なのだと、いまになって気付いた。
(ずっと体育館で待ってるんじゃないのか……)
赤毛が校内をめぐっても大男または英語教師に遭遇しなかったという。なので、拓馬は勝手に、相手はラスボスらしく最深部に閉じこもっているのだと思っていた。
「その子を捜してくれたんだろ? きみはわるくないさ」
シズカは拓馬の腕に抱かれた白い狐を受け取る。
「それに、彼はおれにも用事があるんだ。おれが行くまではヤマダさんに危害を加えないと思うよ」
シズカが狐をなでながら言う。するとぴくりともしなかった狐が目を開ける。そして霧のごとく消えた。
「あ、キツネが……」
「ツキちゃんには一足先に帰ってもらった。いまは弱ってて、一緒に戦えなさそうだ」
「ほんとに生きてたんだ……」
「ああ、この子なら……大男さんにつかまっても殺されはしないと思ってたからね」
「?」
「彼、動物が好きなんだよ。とくにキツネは彼の故郷にいたんで、愛着があるらしい」
「動物好き、か……」
シドも拓馬の飼い犬相手に愛情をもって接していた。いよいよもって同一人物の確信ができあがっていく。
「やっぱ先生なのか……」
「それを確かめるためにも、体育館に行こう」
シズカは肩掛け鞄から細長い紙を出した。変な字形の漢字が書いてある。
「それ、おフダですか?」
「そう。異界限定で使える道具だ。この世界にもどってから自作してみたけど、なにも効果が出なかった」
「ここなら使える……と?」
「ああ、異界に近い空間みたいだからね」
シズカは目を閉じて深呼吸する。これから使用する札はどういう性能なのか拓馬は知らされていないが、彼のすることならきっと意味のあることだと信じた。
拓馬は移動の準備のため、ヤマダの荷物を持った。さきほど拓馬がヤマダを置いていった際に拓馬が散らかした文具類はリュックサックに収納されてある。七つのピースの置き場も、拓馬が取り出すまえの位置にもどっていた。おそらくヤマダが片付けたのだ。言い換えれば、ヤマダは意識のある状態でシドに連れ去られたことになりうる。
(こわかっただろうに、そばにいてやれなかったな)
拓馬が教室にいたとしても、あの教師にかなう見込みはゼロ。そうと頭でわかっていながら、自分が友人を守るために善処しなかったことをくやんだ。
気落ちする拓馬の周りに、もくもくと煙が出てきた。シズカを見ると、彼の持つ札が焼け焦げている。札の上部から徐々に黒くなり、塵と化していた。その塵から色のうすい煙がやおら出て、二人をつつむ。
「この煙はなんです?」
「足が速くなる効果がある。ちゃんと効いてるか、ためしてみよう」
シズカが廊下に出る。数メートル先に異形が、複数うごめいていた。
「おっと、こんなに歓迎してくれるんだね」
「あいつらニブいんで、逃げきれますよ」
「よし、それじゃ体育館までダッシュで案内してくれるかい」
拓馬は快諾した。リュックサックを背負い、走り出す。床を蹴る感触がさほど強くないにも関わらず、一歩一歩の進む距離が長かった。野生動物のように軽やかに走れている。拓馬の後ろを追うシズカが「ちゃんと効いてるね」と満足げに言った。
二人は階段を駆け下りる。階段にも黒い連中はいたが、それらを跳びこさんばかりに駆け抜けた。
「こんなに亡人がいるなんて、びっくりだな」
「もうじん?」
「この黒い生き物のことだよ。異界では亡人が人を襲う事件がたびたびあったんだ」
「凶暴なんですか?」
「それがどうとも言えない。おれには亡人の知り合いがいるんだが、そいつはやさしくて気のいいやつだよ」
「個体差があるってことですか?」
「そうかもね。だから、一概にわるい生き物だとは言えないんだ」
シズカは異形に理解があるようだ。それを聞いた拓馬がひそかに安心する。
(やっぱり、あの子がビビるような人じゃない)
銀髪の少女は、過剰な自己防衛に走ったのだ。おそらくそれが司令塔の命令なのだろう。
(それはいいとして……解答、どうしよう)
シズカの的確な補助の影響で、二人はすぐに体育館前に到着した。扉にはなお問題文の書かれた札がある。シズカが札の文字を指でなぞった。
「これは……向こうの文字か。こういう並びは見たことがないけど……」
「それ、スペルは英語なんです。問題は訳してあります」
拓馬はリュックサック内にあるヤマダのメモ帳をさがした。メモ帳を見つけると、いま必要なページを開く。それをシズカに渡そうとした。そのときの彼は黒い丸薬を飲む最中で、両手がふさがっていた。
「なんの薬ですか?」
シズカがペットボトルの水で丸薬を押し流した。口の中が空になった彼は「回復薬だよ」と言う。
「友だちをよぶときに使う元気を、はやく取りもどすためのものなんだ。おれにとっての常備薬だね」
シズカは拓馬が広げたメモをじっと見た。しばらくして彼がうなずく。それが「メモの内容を理解した」という合図だと拓馬は察する。
「あつめた七つのピースを問題の板にはめて、正しく答えられたら扉が開くみたいです」
シズカは「なるほど」と納得しながらも、鉄扉を開けようとした。扉はびくともしない。
「おれがくればフリーパスになるかと期待したんだがね」
ビップ待遇はしてくれないか、と冗談半分でシズカは残念がった。拓馬もその意見には同意である。相手方が必要とする役者はすでにそろった。いつまでも面会の場を封鎖する意味があるだろうか。
シズカはそれきり問題を解く方向へ事を進めた。拓馬は文字の変換表を提示する。
「これの、丸のついた文字とアルファベットが、解答に使う文字で──」
説明のさなか、拓馬は表の余白に注目する。ヤマダの字で書いた英単語があるのだ。その語句は表中に丸をつけた字で構成されている。しかしそれは六文字までの記述だった。拓馬はシズカと顔を見合わせる。
「あいつ、答えがわかったんじゃ……?」
「その答えをあてはめてみよう。解答に使うものは……」
拓馬はピースを収納したリュックサックのポケットを開く。シズカは拓馬が開けたポケットに手を入れた。そこからピースを片手でつかめるだけつかむ。拓馬は作業効率を上げるため、のこるピースをすべて自身の手のひらに乗せた。
解答をこころみるシズカの手際は良かった。拓馬ではいまだに文字の向きが熟知できていないのに、シズカは表を見なくても正しい向きに直せた。異界の文字が頭にインプットされているらしい。
シズカが最後のピースに手をかけたとき、彼はそのピースの文字をしげしげと見る。
「のこり一個……入れてみようか」
シズカはアルファベットの「A」にあたる文字の板をはめる。カチっと音が鳴った。鉄扉にかかった札は透明になって、消える。
「あー、答えが消えちゃったね」
シズカが淡い落胆の声をあげた。
「なんて答えたんですか?」
「フォルトゥナという女神さまだよ。英語のフォーチュンの語源になってたと思う」
拓馬はシズカが発声した英単語を最近見聞きしたおぼえがある。
「フォーチュン……?」
「『幸運』とか『運命』って意味だよ」
「あ、『グッドフォーチュン』!」
追試会場の黒板に書かれていた激励の言葉だ。ヤマダが書きのこした六文字を見てみるに、それらはフォーチュンと綴りが同じである。そのことを知ったいま、拓馬は徒労を感じてしまう。
「黒板に書いてあった英文に、この答えをまぜてたのか……」
「最後のアルファベットだけ、スペルがちがうけどね。でもちがう文字がひとつだけならきみたちがチャレンジしてくれる、と彼は思ったんだろう」
かぎりなく答えに近いヒントが、拓馬たちの目につく場所に用意してあった。その親切心が、拓馬にはすこし憎らしく映る。
「手のこんだヒントだな……フツーにはげましのフレーズだと思った」
「おなじみのセリフに偽装しやすい言葉を、答えにえらんだのかもね」
シズカが「それで、だ」と真面目な表情になる。
「これでやっと体育館に入れる。……心の準備はいいかい?」
拓馬はぎこちなく首を縦にうごかした。緊張するが、もたもたしてはいられない。先へ進まねば、もといた世界にはもどれないのだ。
シズカはにっこり笑ってみせ、鉄扉を開けた。パッと見たところの館内は無人だ。運動器具もない。人気のない体育館に二人が入る。すると乾いた拍手が鳴りだした。音の出所は壇上だった。
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